小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
それから後のことを、エドワードははっきりと覚えてはいない。というか覚えているどころではない。
いや、何をどうしたのかは分かっている。
ただ、心もとないというか、自分の動作に現実感が全くない。

眠っていたロイの瞼がゆっくりと動き、その瞳を開き、エドワードをみた途端にゆったりと安心したように笑ったことも。
「やあ、おはよう……というには少々遅いか。すまないねエドワード、ありがとう。とてもよく眠れたよ」と寝起きの低いかすれた声で告げたのも。
エドワードがいるのにも構わずに、着替え出したロイの、その背中のラインを凝視してしまい、目が離せなかったことも。
そのまま手を引かれて、そのままロイのプライベート・ガーデンとやらに連れてこられたのも。

一応は、認識している。
だが、ロイに導かれるまま右往左往しているだけだった。

足元が、ふわふわとして、現実感がない。
胸の奥がざわざわ騒ぐ。
いや、ロイの一挙一動に目が奪われて、目が離せない。
かと言って、そのロイと目が合ってしまえば「ぎゃーっ!」と心の中で叫びをあげて目を逸らさざるを得ない。
気持ちが揺れているのがわかる。
ぐらんぐらんで、訳がわからない。

「エドワード?」
不思議そうに見つめてくるロイの視線を受け止められない。
「は、はははははははははいいいいいいいいい、な、なんだよっ!」
思い切り、声が裏返る。
「……いや、まずは落ち着いて、お茶でもどうぞ?」
くすくすと、笑うロイのその顔に、その声に。またもやエドワードの心臓はでんぐり返る。
「お、おおおおおお茶、飲めばいいのかっ!」
「喉は乾いていないのかい?」
「そそそそそそだな乾いてるっつかなんつかえーと、いただきますっ!」
「どうぞ。熱いから気をつけて」
湯気を立てている暖かなカップをがつっと掴むと、エドワードはそれを一気に飲み干した。
「あつっ!」
思わず落としたカップが、がっちゃんと音を立ててテーブルの上で転がった。
「……暑いと言っただろう。……火傷はしなかったかね?」
エドワードは即座にロイによって差し出されたグラスを受け取り、冷えた水をこれまた一気に飲み干した。
「だ、だいじょー……ぶ、」
はああああ、と息を吐きだす。
「熱かったぜ……」
「……そうだろうね」
「だけど、ちょっとだけ、舌がひりひりするくらいかな。べっつにへーきそう」
べーと、出してみた舌は少しだけ赤く。しかし、火傷というほどではなさそうだった。
「それはよかった」
「はあ……、何やってんだろオレ」
ほけっと、上を見上げれば、綺麗に晴れた青い空があった。

――さっきまで、コイツの部屋っつうか、えっと、べ、べっど……で、えと、いつの間にこんなところまで連れてこられたんだ……っつうか、オレがなんかこーオカシかっただけか。アイツちゃんと「せっかくのいい天気だから庭で食事をしよう」とか言って、オレも「そそそそそうだな。外の方がいいな」とか返事して、そんでもってこのなんか花の咲き乱れてる庭にって……、花咲き乱れてるのはオレの頭かよ、真っ当じゃねえぜなんだオレ。頭がぐらんぐらんしてたし。動悸に息切れにめまいもしてたし、顔も赤かったし。っていうかそれ今もだし……なんだろうなこれ。ぜってー、オレ、おかしい……。

気を、落ち着けるために、息を、吸い込む。そして長く長くゆっくりと、エドワードは息を吐きだした。額に滲んでいた汗が、ゆっくりと冷えていく。

――あー、オカシイとか言って目を逸らしてちゃダメだよな。真正面からコイツにぶつかるって、そう思ったのに、さ。

エドワードはもう一つ、ため息のように息を吐いた。すると、今見た青空のような色をした花が目に入った。
「あー、青い花ってあんまり見た事ねえなあ……」
くっきりとした、青紫の鮮やかさ。
リゼンブールでは青い花などあまり無い。あったとしても薄紫ていどのもので、これほど鮮やかなものは見たことがなかった。
「ああ、あれはベロニカ・オックスフォードブルー。冬でも枯れないからこういうガーデンでは良い色どりを添えてくれる」
「へー……」
「ああ、それから、花の形は異なるが、あちらの麦の穂のような花もベロニカという種類だよ。シャンデリアのようなのはホワイト・リリー。近寄るとむせ返るほどの芳香がするよ。それから、紫がかったピンク色の花がモナルダで、そちらの背の高いのがたしかマロウとか言ったかな?このあずまやからだと絵のように見えるだろう?色々な宿根草や球根植物を組み合わせているから色彩も豊富でね。ローズガーデンというのも美しいが、多種多様なこの庭のほうが私は落ち着いて良いと思うんだが……」
「……アンタ、花とか詳しい人?」
男では珍しいのではないか、とエドワードは思った。ロイは少しだけ目を細めると「そうだね……」とどこかぼんやりと呟いた。
「花にはそれほど詳しくは無いが……この庭は、今は私の持ち物だが、元々は母が丹精したものでね」
「え、っと。アンタのおかーさん……?」
「そう。王族に生まれたというのに夜会やらドレスやらには全く興味が無かったようでね。庭師と一緒になって朝から晩まで泥にまみれ、肌を日に焼いて……。叔母……ああ、現女王陛下などは『王族に生まれるよりも庭師の家系だったほうがよかったんじゃないかい?』などと言って笑うし、母は『別に王族でも庭師でも構わないわよ。どちらにせよワタクシはワタクシのやりたいことだけをいたしますから』などと言っていたようではあるし……。まあ私の幼いころの話なのであまり記憶に残っていないのだがね。それでもこの庭で、土まみれの指で、私に花の名を次々と告げてきたのは母でな。……まあ、一応、母の記憶の庭ではあるからそれなりに詳しくないと……母に叱られそうな気がするな……」
「アンタのお母さんて今は……」
聞いていいのかどうか、迷った末に、それでもエドワードは尋ねてみた。
聞かなくても、わかるような気がした。
ぼんやりと、遠くを見つめるようなロイの声。
記憶に残っていないというその言葉。
「うちの一族は少々特殊でな。……従兄殿や私の母のように、短命の者がいる。逆に現女王陛下や私のように殺しても死なないような図太さで生き延びる者がいる。……まあ、その二種類しかいない家系だ」
「へ……?」
「家系図を見ると笑えるとも。二十歳そこそこまでであっさりと命を落とすものが約半数、90歳や100歳まで生き伸びるものが約半数とだね、わりと綺麗に二分されるんだよ。50代や60代、70代で亡くなる者は本当に少ない。明らかに珍しい家だな……」
「へー……」
「それを考えると従兄殿などは実に例外中の例外だ。本当だったらもうあっさり亡くなっている頃なのに、あの方は根性で生き延びていらっしゃる。……まあ、どこまで頑張れるのかが見物と言えば見物かもしれないか……」
ふざけるような口調とは裏腹に、ロイの瞳は生き延びて欲しいという懇願が浮かんでいた。
「……多分、生き延びてくれるんじゃねえの?」
根拠のない慰めなど、エドワードは告げたことがない。
けれど。
「あの人さ、必死になって生きるってこと、してんだろ?コドモみたいな考えかもしれないけど、オレ、必死なのに、叶わないつうの嫌だし。叶えるためにだったら全力尽くしたいし、多分あの人もそうだし、きっとアンタだって、出来る限りの手段使って、憎まれ役とかもしてそれで頑張ってんだろ。……だったら、たぶん、つか希望的観測、かも、だけど………、大丈夫だと、ええと……、思いたいっつか、その……」
しどろもどろになりながら言葉を繋げるエドワードに、ロイの顔が変わった。

ゆっくりと、立ち上がる。
ゆっくりと、エドワードの傍に近寄ってくる。

ロイの手に、ぐっと力が込められているのが伝わってきた。
「エドワード」
見上げたロイの瞳は、一瞬だけ泣きだしそうに見えた。けれど、黒の瞳から涙がこぼれることは無く。ただその黒が不思議な優しさを帯びてエドワードを見つめていた。
躊躇したのは一瞬で、それからそっと、まるで腫れ物に触れるような繊細さで、エドワードの目を覗き込む。
「ありがとう」
風に、吹き消されてしまいそうなほどのささやかな声。そのロイの声が、聞こえたか聞こえないかのうちに、そっと、ロイの唇がエドワードの頬に触れた。
エドワードは唇を引き結んだ。
先ほどのようにじたばたとはしてはいない。
心臓の鼓動も、踊りだすのではなくむしろその逆で。
凪、というほどに静かで。
けれど、何故か、目の奥だけが熱い。
その熱が、胸に落ち、身体全体に伝わっていく。
動けない。
けれど。
身体の中の熱を、吐きだしてしまいたい。
口を開けば、その熱が飛び出してしまいそうだった。
叫び声のように、ロイの名前が込み上げてきた。


この叫びの名前を、エドワードは既に分かっていた。

きっとこれがそうだと。



口を開きかける。けれど、エドワードは今まで一度たりともロイの名を呼んだことは無い。
声に出して「ロイ」と呼ぶ。
たったそれだけが、恐ろしいほどに難しかった。

名を呼ぶ。
名を呼ばれる。

それだけできっと思いが伝わってしまう。


だから、エドワードは、こみ上げてきた思いを全て飲みこんでしまった。


まだ、言葉には出せない。

だけど。

出せない気持ちは身体中に回る。


――ああ、いつの間にかオレは。


好きという感情がどういうものであるのかはわからない。
けれど、だたロイが好きだとエドワードは思った。
















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