小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
まずは桜散る四月の話からしようか。




――今年の新入生はラッキーだな。
なんとなくぼんやりと、名取は桜丘高校の正門から続く桜並木を見ていた。ぼんやり、というのはまだ新入生が登校してくる時間ではないからである。もうすぐ、そう、あと30分もすればぞろぞろと新入生とその保護者がこの坂道を上ってくる時刻になる。そうすれば名取は彼らに愛想よく接して、入学式を取り行う講堂に案内しなければならない。
だが、まだ、その時間には早い。
早いのだが、新入生を迎える立場の教師としては、遅いよりも早いほうがいいだろうと、とりあえず花見半分で正門の前で佇んでいるのである。それに、入学式だからと、恐ろしく早く登校する保護者もいる。また、まだ通学時間が読めないためか、うっかり入学式開始時刻よりもかなり早く学校についてしまう生徒もいたりもするものだ。
まあ、だから。遅いよりはきちんと早く正門の前で、登校してくる生徒を待ち構えていたほうがいい。
一応、名取も教師生活5年目である。
せっかくの入学式に、誰にも迎えられずに正門をくぐる新入生を想像して不憫に思う気持ちくらいはあるのだ。
だが、立っているだけというのは実に暇だ。こんな時煙草でも吸えればいいのだろうが、昨今の保護者の目はうるさい。入学式の初っ端から、ああだこうだと文句を言われるのも教師として失格であろうかとも思われる。それに生徒指導上もよろしくない。
だから、ぼんやりと。
ただ、立ちつくしたように、満開の桜を眺めていて。
そう、満開なのだ。実に珍しく。
入学式と満開の桜。
物語ではよくある組み合わせだが、実際にこの高校の入学式に桜が満開であるのはめったにない。
咲き始めの三分咲き、がせいぜいだ。つぼみである時もある。
名前が桜丘高校なのにな、と、毎年生徒や保護者の何人もがぶつぶつと文句を言う。
今年は少しだけ暖かいせいか、ちょうどタイミング良く満開である。
――ラッキーな生徒たちだな、今年の新入生は。
もう一度、思う。
そのラッキーの第一号らしい生徒が坂道を上がってきた。
――お、新入生第一号。
名取は背を伸ばして、かけている眼鏡の奥から新入生を見る。新入生は、桜をきょろきょろと眺めながら、坂道を慣れない様子で歩いてくる。
不思議と、在校生と新入生の区別はついてしまう。顔などに見覚えが無くとも分かる。
制服がまだ新しいと言うのもあるのだが、なんとなく身体と制服がしっくりと合っていないのだ。
まだ、なじんでいない。
これが5月のゴールデンウィークを過ぎる頃になるとそうも言えないのだが、4月中はなんとなく一年生ということがはっきりとわかってしまうのだ。
名取は教師用の表情を作って、その新入生第一号を迎えるための心の準備を整えた。
――入学おめでとう。まあ、第一声はこんなところか。
そう思ったのに、その第一号は正門の少し手前でぴたりと足を止めてしまった。
桜並木の、そのうちの一本だけ。場違いなほどに道に枝をせり出している木があるのだ。
大抵の木は通行上不便だとか電線に引っ掛かってしまうとかの理由である程度枝の先を切り落とされてしまうのだが、何故か、フェンスの金網に枝が食い込み、そのままぐんぐんと空に向かって枝を伸ばし続けた桜の樹。
きっとあまりに堂々としているこの枝ぶりに、伐採業者も切るのを躊躇したのではないか、と教職員達が言い合っていたこともある。だが、一本だけ、伐採業者の手が入っていない本当の理由を名取は知っていた。
理由。
それを、確かな筋から聞いたわけではない。
けれど、確信している。
あの樹だけは、誰にも切ることは出来ないだろう。
なぜなら……。
その先の理由を、名取は考えたくなかった。わかりきっていることを無視して、生徒を見る。
――考えない……ことにしている。私にはもう無関係な世界のことだ。
思考をいったん遮断して、桜の枝に心を奪われたように足を止めている新入生に目をやる。
微動だにしない。
まるで時が止まったように、一点を凝視し続けている。
強めの風が、枝を揺らしても、新入生は身じろぎもしない。
他の生徒がぞろぞろと登校をし始めても、ずっと動きもせずに桜に見入っているのだ。
――ああ、あの子が美少女だったら、春の桜にとても似合う美しい情景なのにな。
名取はわざとそんなことを考えてみる。だが、制服からすると男子生徒であることは間違いない。
わかりきったことを敢えて文章として組み立ててみる。ついでにすっきりと伸びた背中には好感が持てるかな、などと心の中で付け足して。
――せめて、可愛い男の子、とかだったら桜にも似合うのかな。
顔が見えないので、名取は勝手に想像を膨らます。けれどそれは一本だけ切られることもない桜のその理由から逃避、でしかない。それを誰に指摘されなくとも名取自身がわかっている。けれど、あの桜の樹のことは、無理矢理にでも頭の中から追い払おうと努める。
――普通の、単なる男子高校生が桜の花に心奪われて見入るような光景は実に似合わないんだけどな。普通、興ざめな風景……ってカンジになるんだけど……。
自然に感動すること。
花を、美しいと感じ入ること。
それは高校生男子には不似合いなのである。
女子ならばともかく。男子高校生が「あの花が綺麗で感動した云々」的な話をクラスメイトにしてみれば「お前何言ってんの?」と引かれるであろう。実際、登校し始めた他の新入生たちはちらと彼に目をやって、変なヤツとでも言いたげな顔になって彼を避けて正門をくぐっている。
けれど、その新入生はそんなことにためらいなどないかのように、じっと、桜に見入っている。
まばらだった新入生がどんどんと波のように登校しはじめ、それでも、立ちつくしたかのようにじっとしたままの彼。
名取は、その彼に、声をかけてやったほうがいいのかそれともこのまま放っておいた方がいいのか、少しだけ迷った。
――あの桜には極力近寄りたくはない。
けれど、新入生の波がふっと気れた瞬間に、名取は意を決して、その彼に向かって足を踏み出した。吐き出しかけたため息を飲み込んで、そしてしっかりと眼鏡をかけ直す。
「君、」
「は、はい?」
彼が、微かに首を傾け、そうして名取を見た。
うわ、っと。
何故だか名取の心臓が跳ねた。
決して桜の似合う美少年ではない。
可憐、などという形容は似合わない。
けれど、真っ直ぐに向けられた黒い瞳が。
真っ直ぐに、名取を貫いた。
「ええと、新入生、だよね君。もうすぐで入学式始まるんだけど、誰か待っていたりするのかな?友達とか?それとも保護者の人とかなのかな?」
心の動揺を教師根性で無理矢理抑えて、にっこりと名取は笑顔を見せる。
「え、ええっと、おれの保護者は……今日は来られなくて、ええと」
「そう?じゃあ、クラス確認して講堂に行けるかい?それとももう少し、桜見てる?」
「え、ええっと……」
あまりこの場所に居たくなくて、ちらりと、腕時計を確認するフリをする。
「後15分くらいなら大丈夫だけどね。入学式始まるの、9時からだから」
「あ、えっと……クラス、確認しないといけないですよね……」
「ゆっくりでいいけどね。ギリギリで飛び込むのもどうかと思うよ?」
名残惜しそうに、ちらと、新入生は先ほどまで桜に目をやって、そうして、もう一度名取を見た。
「すみません、クラスってどこで確認すればいいんですか?」
「ほら、あそこ。正門の向こうに掲示板見えるだろう?」
「あ、はい」
「あそこで、確認してくれる?」
「わかりました。ありがとうございます」
礼儀正しくぺこりと、頭を下げる新入生に名取は少々好感をもった。
「ええと、君、名前は?」
「あ、えっと。夏目です。……夏目、貴志」
「ああ……。じゃ君、C組だ」
名取は即座に答えた。それに驚いたように「え?」と新入生は目を見開く。
「えっと、新入生の名前、全部覚えてるんですか……?」
まさかあり得ない、と新入生の目が語る。
名取は、あははは、と笑った。
「全員は無理だなあ。だけど自分の担任するクラスの生徒の名前くらいは確認しているよ」
「え、っと、担任の、先生……ですか?」
「そう、1年C組の担任になる。科目は国語。で、名取周一です。とりあえず、一年よろしく夏目君」
「あ、よろしくお願いします……。名取、先生」
ぼそと続け、頭をぺこりと下げる。
その夏目の髪に、桜の花びらが一枚、舞い落ちてきた。
名取はその花びらも見ないフリを、した。



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