小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
「あ……」
手帳を開いて初めて今日が5月20日であることに気がついた。
「あー、しまった……」
既に時は夕刻。オレンジ色の空は次第に暗みを増していき、そして間もなく夜の帳が落ちるだろう。あの男の、髪の色のような漆黒の時はすぐそこだ。
エドワードはふっと息を吐いた。
別に5月20日だからと言って何かがあるわけではない。
約束をしていたわけでも特別な記念日でもない。
手帳に赤丸などつけて、心待ちにしていた日でも何でもないのだ。
単なる平日。
ただのごろ合わせ。
エドワードだけが気にしている、日。
以前に、520センズという金額を、借りた。
それ以来、520という数字が心に引っかかっているだけなのだ。
今も、財布の中身を見ればいつでもそれが返せるようにその分の小銭がきちんとある。
もう、それを借りた時から何年も何年も経過しているというのに常に。
もちろん520センズぴったりの分だけがあるというわけではない。
けれど、常に520センズ以上は常備していて。
そして、エドワードは財布の中からコインを三枚だけ取り出した。もちろん520センズ分だ。
チャリ、と。手の中で音を立てたそれがエドワードの心をざわめかせた。
「アイツ……、ええと今は中将だっけ?もちっと出世したかなもう。確かイシュヴァールからはもう戻って中央勤務だって聞いたな……」
いつかきっと、約束の通りに。この金額を返す時が来るのだろう。
「予想外に早くコレ返す日が来るかもしれねえなぁ……」
約束をしたのはその金額を返すこと。
大佐が大総統になったら返してやるよ。
だから、別に、今日の日付は関係ない。
わかっていても、心がざわりと波立ってしまう。
気にしているのは自分。きっと相手はそうじゃない。今日が何月何日であるかなんて気にもしていないだろう。
単なるごろ合わせ。単なる数字の一致。5と2と0の組み合わせなんてそれこそ山のようにあるのだ。
例えば泊まったホテルのルームナンバー。
偶然520号室に宿泊した。それがいったい何だというのだ。
例えば引いてみたくじ引きが520番だった。
景品や賞金を気にしても、その番号を気にする意味はない。
それと同じだ。5月20日だからと言って何だというのだろう。
しかし、エドワードはその日だと気がついた瞬間に「しまった」と感じた。
520の数字にかこつけて、あの男に会いに行ってみてもよかったのかもしれないなんて、うっかり思ってしまったのだ。
「あー……、オレって馬鹿か」
520センズを借りたから、5月20日に会いに行く。
口実、にもなりはしない陳腐さに、エドワードはため息をつきそうになった。
会いに行く、と言っても既に夜はすぐそこ。
今からロイのいるセントラルに今から向かったところで着くのは明日以降になるだろう。
5月21日では数字が違う。もちろん5月22日でも同じことだ。
「あーっ!もううだうだとオレは馬鹿かっ!」
掌の520センズをぐっと握って、エドワードは立ち上がった。
荷物を持って駅へと走り出す。
あの男に、会うために駅へと向かったのではなく。
駅までの道のりにならあるだろうと思ったのだ。
予想通り走り出してすぐ、それは見つかった。
街灯に照らされて、ぽっかりと街から浮かび上がっているような公衆電話。
エドワードはそこへと駆けこんだ。
「うだうだ言ってるくらいなら……っ」
意を決して、握ったままのコインを投入する。そして汗ばんだ手が滑らないように、ゆっくりとあの男へとつながる電話番号を、押した。
「520センズ分だけ……っ!そんだけ……っ!」

せめて520センズ分だけ、声くらい聞いても構わないだろうと。
秘めたままの気持ちを伝えるのではなくただの近況報告くらいならと。

「あー、もしもし?大佐?じゃなかったええと今中将閣下とかだっけかアンタ……」

ざわざわと波立つ心と、心臓を抑えつけるように無愛想に、エドワードは話しだす。なのに。

--やあ、鋼の。今日という日に君の声が聞けてうれしいね。

受話器から聞こえてくる甘い声とその言葉に、うっかり気持ちが溢れてしまった5月20日の、話。
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