小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
「夏希先輩……」
「こ、これからも、傍に、いてって、言えなくて、言っちゃいけないって、そう、思ってって……」
夏希は憧れの先輩で、そしてこの陣内家と健二とを繋いでくれる存在だった。夏希と別れた後、もうこの家には来ることはできない、そして夏希との距離も離れてしまう。それを嫌だと思ったのは健二も同様だった。そうなるくらいなら嘘でもいい。夏希に恋をしていると思い込んでもいいとさえ思っていたこともあった。夏希が健二に「好きな人が出来た」と告げてこなければ、今でも、自分の心を誤魔化してでも、夏希とこの陣内家に執着していただろう。そして、それは酷く歪んでいくとわかっていた。だからこそ、恋愛感情ではない、夏希とは恋人としての付き合いをやめることになっても陣内家の一員だと言われたことにこれ以上も無いほどの嬉しさを覚えた。
「あー、夏希姉が泣いてるー」
「健二が泣かしたー」
「え、えっと、えーと先輩……」
ひっくひっくとしゃくりあげている夏希を慰めることも出来ず、ただ、おろおろと健二は夏希を見つめている。万理子が二人の様子を見て、仕方なさそうにため息をつく。
「また来年も来るわね、健二さん」
「え、えっと万理子おばさん……」
「来るって言わないと夏希が泣きやまないでしょう?」
「えっと……、でもい。……いいんで、すか?」
それでもどこか遠慮がちに告げた健二に怒鳴ったのは翔太だった。
「言いも悪いもねぇだろっ!夏希泣かしてっとぶん殴るぞっ!」
「翔太兄……」
「もう来ねえとか……言うんじゃねえよっ!」
困り顔の健二にまたもや佳主馬がぼそりと告げる。
「来ないって言うんなら別にいいけど。それなら僕が勝手に健二さんを誘拐してここに連れてくるだけだから」
「えっ!か、佳主馬君……」
「それが嫌ならちゃんと来なよ」
佳主馬は健二を一瞥するとまた食事へと戻った。
「そーだ、佳主馬の言うとおりだ。夏も秋も冬もいつでも来りゃあいいさ」
「そうよねえ、みんな待ってるわよねえ」
皆が次々に健二を引き留める言葉を述べる。健二はありがとうございますと小さく呟いた。胸がじわりと暖かくて、涙が出そうになって、それ以上大きな声は出せなかったのだ。


「さっきはありがとう佳主馬君……」
大騒ぎの夕食後が終わりそして皆が寝静まった後、健二は佳主馬がいつもこもっている納戸にやってきた。
「別に。お礼言われるようなこと言ってない」
佳主馬はパソコンの画面から目を離さないまま、ぶっきらぼうにそう告げた。カタカタカタとキーボードと叩き続けている。
「でも嬉しかったからありがとう」
じゃあおやすみ、と言って去ろうとした健二を「ちょっと待って」と佳主馬は引き留める。
「えっと、佳主馬君?」
「今対戦中だから。そこに座って。すぐに終わる」
そっと後ろから画面を見てみればウサギ型アバターのキングカズマが流れるような動きでキックやパンチを繰り出していた。
キーボードをたたく音に連動して、次々に現れる挑戦者をそのウサギ型アバターが倒していく。OZという電脳世界の格闘ネットゲームだが、これは単なる子どものお遊びではない。佳主馬の操るこのアバターは「格闘王」とも称され、世界的な企業をもスポンサーに持つ、OZ内では知らぬ者などいない最強のチャンピオンだ。
キングカズマはあれから三年経った今でも「キング」であり続けている。強くて負けないからではない。何人、何十人、何百人もの対戦者に挑まれて、常に勝ち続けることなどは不可能だ。実際にこの三年間にキングカズマは何度かの対戦で負けたことがある。だが、負けてもキングカズマは立ち上がる。まだ負けてない。そう言って、その言葉通りに再度勝負を挑み、そして一度負けた相手に二度は負けなかった。誰かに負けても再びキングの地位に舞い戻る。それが今のキングカズマの強さだった。
タン!とひときわ高い音が狭い納戸に響いた。ディスプレイにあわられたのはYOU WINの文字。
「やったあ!キングカズマの勝利!」
思わず健二は大きな声を出し喜びを表した。が、もう寝ている人がいることを思い出し、あっとあわてて口を塞ぐ。
「まあ当然。でもちょっと時間かかりすぎかも。……お待たせ、健二さん」
カタカタとまたキーボードをたたいて、対戦を終了させると佳主馬は健二の方をくるりと向いた。
「あ、ううん。寝る前にちゃんとお礼言いたくて、それ言いに来ただけだから。それより対戦の方とかはもういいの?」
「健二さんと話す方が優先」
「そ……そっか」
佳主馬の無鋭い目つきで突き刺さるように見つめられれば何かの後ろ暗いことを問い詰められている犯罪者のような気分になるがそうではない。睨んでいるのではなく単に佳主馬の目付きが鋭いだけだ。少々気おくれするときもあるが、不快ではない。戦う人の目だなあ……と健二はぼんやりおもう。
「それよりさっきの話。来年もちゃんと来なかったら誘拐するよ。本気、だからね」
「あ、はははは。うん、ちゃんと来る。来ていいんだよね……」
「当然。栄おばあちゃんが認めたってこと以上に陣内家の人間はみんな健二さんのこと好きだしね。来なかったら合戦起こしても奪いに行くし」
「うん、ありがとう……。僕も、この家のみんなが大好きです」
好きだという言葉が健二の胸に沁みた。血の繋がりはない、大家族。最初は夏希の偽の婚約者という立場でここへと連れてきてもらった。そしてあの三年前の夏を共に戦った。だが付き合いは深くなったが、改めてどういう関係かと問われればやはり陣内家の皆は「夏希の親戚」なのである。夏希との恋人関係を解消すれば、もうこの陣内家の人たちとも縁が切れてしまう。それが当たり前のはずだった。それがどんなに寂しくて辛いことだと感じても。だからこそ好きだと言われた健二は泣きたいくらいに嬉しかった。
もう一度ちゃんと佳主馬にありがとうを告げようと顔をあげたら文字通り目と鼻の先に佳主馬の顔があった。
「か、ずま……君?」
黒の瞳が瞬きもせずに、しかも至近距離から健二を睨む。
「みんなじゃなくて、」
「はい?」
「僕のことは?」
「は、い……?」
「好き?」
「えっと……うん」
こくりと、健二は頷いた。もともとキングカズマは憧れの存在だった。佳主馬を知る前からずっと。そして、健二はこの陣内家の皆が好きだ。それは離れてしまっても心の中にずっと在り続けると思うくらいに強く。だが、改めて好きと尋ねられると少々困惑を覚える。
「夏希姉と別れたんならもう容赦はしない。それも僕もいつまでもコドモじゃないから」
「えーと、佳主馬君?」
どういう意味だろうと首をかしげる健二に、佳主馬はすっと間合いを詰める。お互いの鼻先が軽く触れて、それに驚き健二は少しだけ身体を引いた。
「……まだちょっと先だけど、高校卒業したら大学は健二さんのウチの近くのところに通うから。そっちの方がキングカズマのスポンサーとかと打ち合わせ楽だし」
「うんまあそう……なの?」
「もともとはそれから攻勢かけるつもりだったけど、別に早まったくらいはいいし」
「早まる?」
「夏希姉っていう最大の障害がなくなったのに、誰か別の人に健二さん取られるのも癪だし」
「障害……って何?」
何かと問いかけたが、佳主馬は答えずに顔を近づけてきっぱりと告げた。
「もう少し待っててよ。すぐに傍に行くから」
「うん?」
分かってない健二の頭には疑問符がいくつもいくつも浮かんでいる。だが、それはさりげなく無視して更に顔を寄せて行く。そして、佳主馬は健二に触れた。一瞬だけ、まるで掠めるように。そしてあっさりと、そこから離れる。
「じゃあこれは売約済みの証明ってことで。他の誰かに同じことされたら倒すから」
ふわっと触れた感触は唇に、だった。
「かかかかかかかかかずまくんなに今のっ!」
「だから売約済み証明。……最後まで諦めないってことを僕に教えたのは健二さんなんだから、一生かけて責任取ってもらうよ」
ふっと薄く笑う佳主馬の顔が、今までの夏の終わりと、それからこれからの新しい夏の始まりを告げていた。


‐終‐




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