小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
◇サ/マ/ー/ウ/ォ/ー/ズ(佳主馬×健二)◇

 

「夏の終わり、そして始まり」1  *本編より三年後設定


 

あれから三年。また夏が巡ってきた。一年ぶりに見る上田の風景。傾きかけた太陽に目を向けて、眩しそうに健二は目を細めた。もうまもなくすれば夕暮れに沈むそれはまだ夏の鋭さを残しながらもどこか暖かく感じられた。息を吸ってみれば少し焼けたような草の香と土の匂いがする。向日葵とそれから夕顔に彩られた田舎の道。
ゆっくりと愛おしげにそれを眺めならが健二は歩く。その横には夏希がいた。駅から陣内家に向かう道、二人は黙ったままただ歩く。
「健二君……」
ようやく陣内家の敷地まであと僅かなところまでたどり着いた時。夏希が小さく健二を呼んだ。
「……ついたらすぐに言うつもりです」
夏希が健二の名を呼んだだけで言いたいことが分かったのだろう。健二はそう答えた。
「そう……だね」
「この風景を見るのはもうこれで最後ですけど、僕はずっと忘れません。夏希先輩のことも忘れません。今も、そしてこれからもずっと大事で……、いつまで経ってもそれは変わりません」
淡く、健二は微笑みを浮かべた。
「健二君……」
まるで泣くのを我慢したような声で、それでもありがとうと夏希は言った。はい、と健二が答える声に被さるように、どこか遠くからカナカナカナとひぐらしの声が響いていった。


二人が陣内家にたどり着いた時は皆が夕飯の支度に追われ、まるで戦場のような騒がしさだった。挨拶もそこそこに、健二も夏希もいいからこれ運んでと、由美や典子に大きな皿を手渡される。「あー夏希姉と健二が来た。おっせぇ」と言いながらバタバタと走り回る子供たち。それを横目で見ながら陣内家の男達は早くもビールやつまみを持って、どっかりと座りこんでいる。食事の支度ができる前にいち早く喉を潤すのだ。実に美味しそうに万作がグラスを開ければ負けじと翔太も勝彦達も飲み始め、あっという間に数本の瓶が空になる。「ちょっとこれ運ぶの手伝ってよ」と言ったところで男達からも返答はない。そして皿運びを手伝っていた健二の腕を引っ張って「もう大学生なんだから一杯くらいいいだろう呑め呑め」とグラスを押し付ける。女達はその様子にため息をつきながら大人数の食事を運ぶ。明日は三年前に亡くなった栄の命日である。陣内家の親戚一同はほとんどが既に集まっていた。わいわいと実に騒がしいが、これが武家の血筋を受け継ぐ旧家、陣内家の当たり前の夕食風景である。曾祖母である栄が亡くなった後も変わらない。そんな大家族に囲まれて、健二はどこか寂しげな顔になった。
皆に告げなければならないことがあったのだ。それを告げに今日はここまで来た。ようやく夕食の準備が整い、陣内家の全員がテーブルの周りを取り囲むように座ると一斉に箸が動き食事が始まった。それを健二は見渡し、そして大きく息を吸った。
「あの、すみません」
健二の言葉に皆は一瞬静まり返る。
「あの、僕、これからはもう……ここには来られません……」
あれから3年が経った。あの夏を陣内家の皆と共に戦い、そして既に健二はこの家の家族同然となっていた。婿殿などと呼ばれ、将来は夏希と結婚するはずだった。この時まで陣内家の誰もがそれを疑ったことは無かった。だからもう来られないという健二の言葉に一同は皆きょとんとした顔を向けた。
「はあ?いきなり何言いだすんだよオマエ?」
「来られないってどうしたのよ婿殿。しばらくの間留学でもするの?」
翔太や直美達が一斉に声を上げる。何も言わない面々も皆訝しげに健二を見ていた。一人だけ、夏希だけがさっと下を向く。
健二の声は小さくそして細かったけれど、確固たる意志を持ってはっきりと皆に届いた。
「ここの皆さんに、本当に家族みたいに受け入れてもらって僕は嬉しくて。毎年ここに来させていただくことを楽しみにしていました。でも……今日は最後のご挨拶に来たんです」
もう居来られなくなる。最後の夏だと健二は薄く微笑んだ。そして。
「今まで本当にありがとうございました」
そう言って健二はすっと頭を下げた。皆は信じられないような目で健二とそして夏希を見た。なに?どうしたの?と皆が疑問を口にする前に、「ごめん、ごめんなさいっ!あたしのせいなのっ!」と夏希が叫んだ。
「夏希ぃ?」
「あたしにね、その……あたしに好きな人が出来たの。大学出たらその人と結婚したいって思っているの」
夏希が発した言葉を咀嚼し、そして理解するとまたもや爆発するように皆が口々に健二と夏希を問い詰め始める。
「何言ってんだ夏希っ!」
「ええええってどういうことよっ!」
「ちょとなにそれ!健二君はどうすんのよ夏希っ!」
夏希はぐっと唇をかみしめた。
「あ、あたしが悪いのっ!健二君とはその……好きだけど、大事だけど、今だって憧れてるけどだけど……。気持ちが大きくなりすぎてもう家族みたいになっちゃって、好きだけど、好きの意味が恋愛とは違うみたいで……」
ぼそぼそと夏希は告げる。夏希らしくない憂いに満ちた顔。それでも言葉を止めることはしなかった。三年前、偽の婚約者として健二をこの陣内家に連れてきてからいくつもの時を夏希と健二は共に過ごした。お互いに好意を抱いていた。けれどいつしか気がついてしまったのだ。お互いがお互いに向ける想いは恋愛のそれではなくむしろ憧れか家族のそれに近い感情であることを。きっとお互いにお互いを大事に思い過ぎたのだ。理想に近い思いばかりが増えていって、身動きが取れなくなる寸前だった。それでも好きと思いこみ続けたのだ。健二もそして夏希も二人とも。
「あの……夏希先輩のことは今でもその……憧れています。でも僕もその……」
三年たっても健二は夏希のことを「先輩」と呼ぶ。「健二君」と「夏希先輩」が「健二」と「夏希」になることは一度も無かった。そして夏希は恋をした。憧れや家族への想いなどとは違う熱くて激しい恋愛感情を知った。
「その……すみません」
「健二君は悪くないの!あ、あたしが……」
――健二さん。覚悟はあるかい?
三年前に栄に告げられた言葉が健二の心に蘇る。
――ちゃんと幸せにする自信はあるかい?
すみません。健二は心の中で栄に謝る。僕は夏希先輩を今でも大事に思っています。守りたいと思った気持ちに嘘は無かった。ちっぽけな僕を信頼してくれて受け入れたくれた人たちを裏切るようで本当にすみません。でも、大事だからこそ違うとわかってしまったんです。嘘はつけなかった。皆にも、自分の心にも。
「先輩は悪くない。僕も同じです。夏希先輩のことは今でも、これからもずっと大好きです。この気持ちは変わりません。でも……大事で、大切で守りたくて、でも、違うって思ってしまったんです」
「健二、君……」
「多分僕は、先輩のこと、家族とか兄弟とか、そんなふうに大事で。すごく大事で。でも……。結婚とか、そういうのは違うってホントはずっと思ってて。だから、今日は皆さんにご挨拶に来たんです。栄おばあちゃんとの約束守れなくてすみませんって……。夏希先輩のことは今でもすごく大切です。でも、先輩に好きな人が出来たって聞いた時、僕はショックより何よりよかったなって思ってしまって……。だから、次からは夏希先輩がここに連れてくる人は僕じゃなくなりますけど、その人もすごく先輩のことを大事にしてくれる、僕より何倍も素晴らしい人ですから、あの……その……。ええと、今まで本当にありがとうございました」
この陣内の家に来られなくなることは寂しくて辛い。だが、来られなくなったとしてもここで起きた三年前の夏のこと、それから今まで家族同様に接してくれた皆のことを決して忘れない。陣内家の誰もが健二にとって大切な人だ。思い出になったとしても絶対に色褪せない。だから、笑って、そしてしっかりと別れを告げようと思ったのだ。
もうすべて決めている健二に誰も何も言えなかった。健二の意志の強さは誰もが知っていた。だからこそもう引きとめることもできないとわかっていた。だが……。

「なんだ。そんなこと」
しんと静まり返った中、その静寂を破ったのは佳主馬だった。
「夏希姉と結婚するとかしないとか関係ないよ。健二さんはうちの家族だろ」
黙々と一人、佳主馬は里芋の煮っ転がしに箸を伸ばしながら言う。もぐもぐと咀嚼してからようやくのようにその箸を置いて、夏希とそれから健二を見る。鋭く射抜くような眼つきで。
「ここに来ないって、それおかしいし」
「え……と。でも、佳主馬くん……」
「なに?来る理由がないっていうなら作ればいい。どうせOZではいつも話とかしてるんだし僕に会いにくればいいだろ」
そっけないほどに淡白に佳主馬はそれだけを言うとふいと視線を逸らし、また箸を手にして食事を続けた。
「そうよっ!そうじゃないのよ!佳主馬の言う通りよ!」
直美が立ちあがった。
「そうだな。健二君はもうおれたちの家族だろう?来ない方がおかしいな」
「毎年栄ばあちゃんにお線香あげに来てくれてるじゃない。もう来れないとか言ったらばあちゃんが悲しむわよ」
「そうよ。健二君は栄おばあちゃんが認めた人じゃない!」
佳主馬の言葉を発端にして、皆が皆来ない方がおかしい、家族だろうと言い始めた。
「え……、でも」
ぱちくりと大きめの目をまたたかせて健二は言葉を失った。夏希も皆の言葉に驚いて、そして。しばらくしたのち安心したかのように身体から力を抜いた。その瞳にはジワリと涙が浮かんでいる。失くしたくはないのは夏希も同様だった。恋ではない。けれど強い気持ちがある。繋がりを断ちたくない。健二ではない別の人を好きになってしまったことを悔いてはいないけれど、健二がこの上田の陣内家に来なくなることは嫌だった。どうしてもそれは嫌だった。健二の存在は夏希の心の中に大きな位置を占めている。恋や愛じゃないからといって、離れたくはなかったのだ。
「男と女だからね。うまくいかないなんてこともあるでしょうよ。それはまあ仕方がないことだよ。だけど夏希と別れるからって我が家と縁が切れるってのはちょっと違うわねえ……」
「そうだそうだ!おまえさんはもうれっきとした陣内家の男じゃないか!」
万理子や万作の言葉に、夏希がうわあああああんと声をあげて泣きだした。
「せ、先輩……?」
まるで三年前、栄が亡くなった時のように。溢れる涙を抑えることもせず。まるで幼い子供のように夏希は泣いた。
「あ、あたし……あたし……」
耐えていたものが、涙となって零れおちる。あふれて止まらなかった。
「ずっと、健二君と離れるの嫌で。嫌、で……」
泣きながら、とぎれとぎれに夏希は告げる。
「一緒にいたい、の。好き、の、種類が違うけど、大事なの」
「先輩……」
「だから……だからっ!」
大粒の涙が溢れて落ちる。
「離れるの、嫌……っ!」
恋人としての付き合いをやめて、それでも傍にいてほしいなんて身勝手だと、夏希はずっと耐えていた。



2へ続く





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