小説・2
BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
噴水のある池のほとりで、ロイはようやく足を止めた。風が吹き、睡蓮の花が揺れた。水が流れていくそのさやかな音に紛れるような声だった。
「……すまなかったね」
「……べつに、」
エドワードは盛大に文句でもつけようかと構えていた。が、初めて聞くような弱々しいロイの声に、喉元まで出かかった文句も急速に勢いを失った。
「だが、約束して欲しい。あそこへはもう二度と行かないでくれ」
高圧的に命令するのではなく、逆に、頼む、と頭まで下げられてエドワードは少々困惑気味だった。
「いいけど……アイツ誰?なんなんだよあの態度」
とりあえず、行かないとは約束はしてもいいけれど、先ほどの男が誰なのか、何故あのような不愉快な態度を取られなければならなかったのかくらいは説明しろ、と瞳に抗議を込めてロイを睨む。
「彼はね……、私の従兄で……女王陛下のたった一人の息子だ、と言えばいいかな……」
「……仲、悪いんか?」
「恨まれているよ」
「アンタ、なんかしたの?年寄りのじーさんは恨むと怖えぜ?」
ロイは微妙な顔つきになって笑った。
面白いのでもなく嘲るのでもなく、表情を作るのに失敗してとりあえず笑ってみた。
そんな顔だった。
「爺さん……というには従兄殿が不憫だな。彼は私と五歳違いでしか無い」
五歳違い……ということはせいぜい三十歳代の中ごろではないのだろうか。
エドワードは「ええっ!?」と思わず叫んでしまった。
「どう見ても爺さんだろ……?腕なんか骨と皮と皺だらけで……髪だって……」
先ほど見た男の様子が目に浮かぶ。
老人だと思った。
薄い頭髪。こけた頬。
けれど、確かに瞳だけには力があった。
「……生まれた時には二十歳まで生きられないだろうと言われていた。女王陛下は心を痛められて、必死に延命処置を繰り返したよ。高名な医者を外国から呼び寄せたり、魔女たちの煎じ薬なども求めたり……とだね。なんとかまだ生きている、という状態だが、それでも従兄殿は生にしがみ付いていらっしゃる」
「しがみ、ついて……?」
「そう、気力が萎えればすぐにでも国葬の準備をせねばならんだろう。だが、ね。私に王位を継がせるものかと、この国を継ぐのは自分かもしくは自分の子だと、まあ、そういうことでね……」
権力闘争の果てのいがみ合いなのかと納得しかけたが、どうもそれだけではないような気がしてならなかった。けれど、それを簡単に聞いていいのかどうかわからずに、エドワードはただ黙ってロイの言葉を待った。
「私は幸いにして健康で、しかもこんなにいい男だからして国民の受けもいい」
「あー……、自分でそゆこというかぁ?」
「言うとも。女性にはモテる。外交面でも大活躍だ。現女王の甥であるからして王位を継ぐ資格も十分だ。容姿も地位も何も文句ない。どこに出しても見栄えのするいい男だろう私は。反対に従兄殿はあの状態だからな。敵にもならん。が……」
「が?でもなんかあんの?」
「権力闘争的な話や私に対する嫌がらせ的な話など聞いてもおもしろくもないだろう?私とて不愉快な事情はあまり口にしたくはない」
顔を顰めるのは、その事情があまりにもひどいのか、それとも他の要因があるのか。
エドワードはじっとロイを見る。
「あのじーさん、じゃなかったアンタの従兄がアンタを嫌うのはひがむとかそう言うので仕方がないのかもしれねえけど。アンタさ、あの従兄のことなんて無視すればいーんじゃねえの?」
他の要因があるんだろうな、と思いながら言葉をつなげる。
「それとも……アンタさ、わざとあの従兄の人に嫌われようと煽っていたりすんの?」
エドワードの言葉にロイはゆったりと笑った。
「どうして、そう思うのかね?」
「だってさー、さっきの会話の応酬とかもさ。アンタらしくないっていうか……、そんなにアンタのこと知ってるわけじゃねえけど。市場とか連れて行ってもらったりとかヒューズさん家にいた時の様子とか……、そう言うところからしてなんか変だなとか思ってさ。今も変な顔してたし」
「変な顔とは!こんないい男に何を言うかね!」
くすくすと笑いながら、ロイは文句をつけるが、困苦なのは言葉だけで、本当に楽しそうにエドワードを見る。
「まあ、客観的に言えばいい男なんだろうけどアンタ。ああ顔はな、顔だけ」
「顔だけかい、酷いな」
「うっせ。話、ズレてんぞ?それもとわざとずらしてんの?」
「ああ、本当に君は鋭いな」
そしてロイは真顔になった。
「私は早くに実母を亡くした。だから、女王陛下が親代わりという面もある」
「うん?」
「そして女王陛下のたった一人の息子だ、従兄殿は。……私にとっても実の兄のようなものなんだよ。幼い頃はそれなりに仲も良かったしね。そう、君とアルフォンスのように互いを思いやっていた時期もあった」
昔に、思いをはせるようにロイは遠くを見る。
腫れた空にはのんびりと白い雲が浮かび、鳥も自由にその青空を羽ばたいていく。
その鳥のようにロイはどこへでも自由に行くことができる。だが、ベッドの上で、従兄は生を終えるのだろう。それを申し訳ないと思う気持ちは確かにある。同情なのかもしれない。高い位置から相手を憐れんでいるだけなのかもしれない。負い目なのかもしれない。
けれど、ロイが健康で当たり前のように生きていること、それ自体を悔いても意味はない。
事実として、片方は瀕死に近く、自分は寿命をまっとうするまで健康でいられる可能性が高い。
それをどうこう言っても仕方がないことなのだ。ロイのせいで、従兄が二十歳までも生きられないと言われる程の病身で生まれてきたわけではないのだから。
「生まれた時から長生きは出来ない。けれど、女王陛下は自分の息子を愛していらっしゃる。生きていて欲しいと、願っている……。従兄殿が生き延びるために何が必要なんのか。生きる気力。それをね、どうやって持っていただくか……手を尽くしたんだよ私も陛下もね」
さああああと風が吹く。ロイは目を伏せた。
「この方法が誤りだというのは分かっている。だが、彼に生きてもらうために私は……私と陛下は……」
「なんか、した、のか?」
「年を取るごとに、次第に従兄殿が私を羨むようになった」
「まあ……アンタが悪いんじゃねえだろうけど……」
「私のね、婚約者殿……といっても恋愛感情の果てに結婚を望んだわけではなく家柄だけで、婚約の儀が整おうとしただけなのだが……、まあ一応元婚約者殿と言っておこうか、その女性とね、結婚をしたいと従兄殿が言いだしたことがあってね」
「へ?」
「もちろん従兄殿とその女性には面識はなかった。まあ、私も無いに等しかったが……」
「王族の結婚てカンジ?」
「まあ、そのようなものだ。だが、従兄殿は……私の婚約者だから、その女性と結婚を決めた。そして、それが彼の生きる気力になるのならと、私は身を引き、女王陛下の命令としてその女性と従兄殿の婚儀は行われ……」
「で?それからこじれたってか?」
「そうだね。それがきっかけだった。それ以来、従兄殿は何をするにでもまず私に対抗心を見せるようになった。あからさまに、敵意を見せるようになるまではすぐだった」
「アンタじゃなくて相手が悪いんだろ。……そんな顔すんなよ」
痛みをこらえるようにロイは顔を顰め続けていた。言葉は淡々と紡ぎ出されてはいるが、掌を硬く握りしめ続けている。
「いや……、私も悪いのだよ。彼の敵意を、私は敢えて煽り続けている。生き続けてもらうために、ね……。彼が死ねば陛下が悲しむから」
悲しむのは女王陛下だけではなく、ロイも、なのではないか。
エドワードはそうも思ったが、それは口にはできなかった。
「……すまなかったね」
「……べつに、」
エドワードは盛大に文句でもつけようかと構えていた。が、初めて聞くような弱々しいロイの声に、喉元まで出かかった文句も急速に勢いを失った。
「だが、約束して欲しい。あそこへはもう二度と行かないでくれ」
高圧的に命令するのではなく、逆に、頼む、と頭まで下げられてエドワードは少々困惑気味だった。
「いいけど……アイツ誰?なんなんだよあの態度」
とりあえず、行かないとは約束はしてもいいけれど、先ほどの男が誰なのか、何故あのような不愉快な態度を取られなければならなかったのかくらいは説明しろ、と瞳に抗議を込めてロイを睨む。
「彼はね……、私の従兄で……女王陛下のたった一人の息子だ、と言えばいいかな……」
「……仲、悪いんか?」
「恨まれているよ」
「アンタ、なんかしたの?年寄りのじーさんは恨むと怖えぜ?」
ロイは微妙な顔つきになって笑った。
面白いのでもなく嘲るのでもなく、表情を作るのに失敗してとりあえず笑ってみた。
そんな顔だった。
「爺さん……というには従兄殿が不憫だな。彼は私と五歳違いでしか無い」
五歳違い……ということはせいぜい三十歳代の中ごろではないのだろうか。
エドワードは「ええっ!?」と思わず叫んでしまった。
「どう見ても爺さんだろ……?腕なんか骨と皮と皺だらけで……髪だって……」
先ほど見た男の様子が目に浮かぶ。
老人だと思った。
薄い頭髪。こけた頬。
けれど、確かに瞳だけには力があった。
「……生まれた時には二十歳まで生きられないだろうと言われていた。女王陛下は心を痛められて、必死に延命処置を繰り返したよ。高名な医者を外国から呼び寄せたり、魔女たちの煎じ薬なども求めたり……とだね。なんとかまだ生きている、という状態だが、それでも従兄殿は生にしがみ付いていらっしゃる」
「しがみ、ついて……?」
「そう、気力が萎えればすぐにでも国葬の準備をせねばならんだろう。だが、ね。私に王位を継がせるものかと、この国を継ぐのは自分かもしくは自分の子だと、まあ、そういうことでね……」
権力闘争の果てのいがみ合いなのかと納得しかけたが、どうもそれだけではないような気がしてならなかった。けれど、それを簡単に聞いていいのかどうかわからずに、エドワードはただ黙ってロイの言葉を待った。
「私は幸いにして健康で、しかもこんなにいい男だからして国民の受けもいい」
「あー……、自分でそゆこというかぁ?」
「言うとも。女性にはモテる。外交面でも大活躍だ。現女王の甥であるからして王位を継ぐ資格も十分だ。容姿も地位も何も文句ない。どこに出しても見栄えのするいい男だろう私は。反対に従兄殿はあの状態だからな。敵にもならん。が……」
「が?でもなんかあんの?」
「権力闘争的な話や私に対する嫌がらせ的な話など聞いてもおもしろくもないだろう?私とて不愉快な事情はあまり口にしたくはない」
顔を顰めるのは、その事情があまりにもひどいのか、それとも他の要因があるのか。
エドワードはじっとロイを見る。
「あのじーさん、じゃなかったアンタの従兄がアンタを嫌うのはひがむとかそう言うので仕方がないのかもしれねえけど。アンタさ、あの従兄のことなんて無視すればいーんじゃねえの?」
他の要因があるんだろうな、と思いながら言葉をつなげる。
「それとも……アンタさ、わざとあの従兄の人に嫌われようと煽っていたりすんの?」
エドワードの言葉にロイはゆったりと笑った。
「どうして、そう思うのかね?」
「だってさー、さっきの会話の応酬とかもさ。アンタらしくないっていうか……、そんなにアンタのこと知ってるわけじゃねえけど。市場とか連れて行ってもらったりとかヒューズさん家にいた時の様子とか……、そう言うところからしてなんか変だなとか思ってさ。今も変な顔してたし」
「変な顔とは!こんないい男に何を言うかね!」
くすくすと笑いながら、ロイは文句をつけるが、困苦なのは言葉だけで、本当に楽しそうにエドワードを見る。
「まあ、客観的に言えばいい男なんだろうけどアンタ。ああ顔はな、顔だけ」
「顔だけかい、酷いな」
「うっせ。話、ズレてんぞ?それもとわざとずらしてんの?」
「ああ、本当に君は鋭いな」
そしてロイは真顔になった。
「私は早くに実母を亡くした。だから、女王陛下が親代わりという面もある」
「うん?」
「そして女王陛下のたった一人の息子だ、従兄殿は。……私にとっても実の兄のようなものなんだよ。幼い頃はそれなりに仲も良かったしね。そう、君とアルフォンスのように互いを思いやっていた時期もあった」
昔に、思いをはせるようにロイは遠くを見る。
腫れた空にはのんびりと白い雲が浮かび、鳥も自由にその青空を羽ばたいていく。
その鳥のようにロイはどこへでも自由に行くことができる。だが、ベッドの上で、従兄は生を終えるのだろう。それを申し訳ないと思う気持ちは確かにある。同情なのかもしれない。高い位置から相手を憐れんでいるだけなのかもしれない。負い目なのかもしれない。
けれど、ロイが健康で当たり前のように生きていること、それ自体を悔いても意味はない。
事実として、片方は瀕死に近く、自分は寿命をまっとうするまで健康でいられる可能性が高い。
それをどうこう言っても仕方がないことなのだ。ロイのせいで、従兄が二十歳までも生きられないと言われる程の病身で生まれてきたわけではないのだから。
「生まれた時から長生きは出来ない。けれど、女王陛下は自分の息子を愛していらっしゃる。生きていて欲しいと、願っている……。従兄殿が生き延びるために何が必要なんのか。生きる気力。それをね、どうやって持っていただくか……手を尽くしたんだよ私も陛下もね」
さああああと風が吹く。ロイは目を伏せた。
「この方法が誤りだというのは分かっている。だが、彼に生きてもらうために私は……私と陛下は……」
「なんか、した、のか?」
「年を取るごとに、次第に従兄殿が私を羨むようになった」
「まあ……アンタが悪いんじゃねえだろうけど……」
「私のね、婚約者殿……といっても恋愛感情の果てに結婚を望んだわけではなく家柄だけで、婚約の儀が整おうとしただけなのだが……、まあ一応元婚約者殿と言っておこうか、その女性とね、結婚をしたいと従兄殿が言いだしたことがあってね」
「へ?」
「もちろん従兄殿とその女性には面識はなかった。まあ、私も無いに等しかったが……」
「王族の結婚てカンジ?」
「まあ、そのようなものだ。だが、従兄殿は……私の婚約者だから、その女性と結婚を決めた。そして、それが彼の生きる気力になるのならと、私は身を引き、女王陛下の命令としてその女性と従兄殿の婚儀は行われ……」
「で?それからこじれたってか?」
「そうだね。それがきっかけだった。それ以来、従兄殿は何をするにでもまず私に対抗心を見せるようになった。あからさまに、敵意を見せるようになるまではすぐだった」
「アンタじゃなくて相手が悪いんだろ。……そんな顔すんなよ」
痛みをこらえるようにロイは顔を顰め続けていた。言葉は淡々と紡ぎ出されてはいるが、掌を硬く握りしめ続けている。
「いや……、私も悪いのだよ。彼の敵意を、私は敢えて煽り続けている。生き続けてもらうために、ね……。彼が死ねば陛下が悲しむから」
悲しむのは女王陛下だけではなく、ロイも、なのではないか。
エドワードはそうも思ったが、それは口にはできなかった。
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