小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
オレンジ色の夕方の光が川面を、そして夏目が歩いている川辺を幻想的に染めていた。よく見れば太陽はそれ一色なのではない。青や緑、赤。何色だと一言では言えないような色が入り混じり、温かさを強調するかのようにこの場所全てを照らしていた。
川面も川辺も土手も。そして夏目のすぐ前を歩く名取の背中も。
思わず眩しくて目をそむけた。眩しいまでの光はそれでも目の奥から消えはしない。もうしばらく、いや、ほんの少しの時間が経てばこの太陽は沈み、辺りを薄暮へと、そして濃紺の夜へと変えてしまうだろう。だが今はまだ。夏目は温かで眩しい暖色に包まれていた。
……この光は、いつまでここにあるのだろうか。
夏目は無意識のうちに足を止めた。
何時までもこの場所に居たいと願ったのは夏目自身。けれど、いつまでいられるのだろうかとふとした不安に襲われる。
これから世界は夜になる。暗い闇に閉ざされた世界。今はまだ、温かいけれど。
太陽をじっと見つめる。その色を、光を目に焼き付ける。
伝えたいことがある。聞きたいことも。
目の前を歩いていく名取の背中に視線を移す。
――嘘をつくのに疲れたら、私のところにおいで。
でも名取さん。夏目は心の中だけで思う。おれはまだここに居たいんです。今まで嘘つきだと罵られてきた。けれどこの場所に居る人たちの優しさに触れた。だからここに居たいと強く願った。
でも名取さん。夏目は思う。名取の背中を見つめ続ける。
言いたい言葉があるのだ。この胸の奥の奥に。名取に伝えたくて伝えられなくてずっとしまいこんでいたままの言葉を。
伝えてしまっても、世界はこんなにも温かなままでここにあるのだろうか。
伝えた後、世界が闇に閉ざされるのならこのままで、伝えないままの方がいいのかもしれない。そんな後ろ向きな考えが頭のどこかにあり、夏目の言葉は出なくなる。
伝えたい気持ちがある。けれど……。
おれが、それをあなたに伝えた後も。こんなふうにずっとおれの傍にいてくれますか?
かすかな期待とそれを上回る不安。だから言葉は出ない。足は止まる。
「どうした夏目?」
先を歩いていた名取が振り返り夏目を呼んだ。
「ほら、おいで。行こう」
「はい。……行きます」
重い足を無理矢理引きずるように。夏目は名取の横まで足を進めた。
「どうかしたのかい?」
心配げに夏目の顔を覗き込んでくる名取に、夏目は首を横に振った。
「いいえ、なんでもないんです。ただ……」
「うん?」
「夕陽が眩しいなあって思ってただけなんです」
「夕陽?」
今気がついたかのように名取は夕暮の空を見上げた。サラリとした風が名取の髪をほんの少しだけ、揺らす。
「ああ本当だ。美しい夕陽だね」
目を細めて空を見上げる名取から、夏目はさっと目を逸らす。
眩しくて、見ていられない。夕陽も、そしてそれを見つめる名取のことも。
「夏目?」
そんな夏目を不思議そうに名取は呼ぶ。先ほどと同じような声で。
「……まぶしいんですよ」
何がとも、誰がとも言えない。主語のない言葉。
「ああ……」
何かを企むように、名取は答えた。
「私のこの隠そうともにじみ出る輝きは夕陽に負けないくらい眩しいのかな?」
無駄に煌びやかに、そして冗談のように名取がそう告げれば。夏目はげっそりとしたような白い目を向けた。
「そう云うところ、すごく胡散臭いですよ名取さん」
やっぱり告げるのはやめよう。こんなふうに冗談めいて受け取られるのはきっと嫌だ。ギュッと心の中で強く。夏目はそう決意した。
「胡散臭いとは酷いね夏目」
何が楽しいのか名取は薄い笑みを夏目に向けた。
「……ひどい、ですか?」
「うん。酷いな」
嫌われるのは嫌だと思う。そのくらいならこのままで。いつか夜がやってくるのだとしても、それでも一分でも一秒でも長くこの温かな夕陽の世界に留まっていたい。
だから言わない。言いたい言葉も胸にしまう。
夏目は深いため息をつく。
「だけど夏目。君、言い方は酷いけれど、それでも君は私のことが好きだろう?」
「は、い?」
好き。夏目が胸の奥に秘めていたその単語をあっさりと名取は夏目に告げた。
「名取……さん?」
発せられた言葉の意図を聞き返す間もなく名取の顔が夏目へと近づいた。そして掠めるように名取の唇が夏目のそれに触れた。
まるで風に撫ぜられるかのような、そんなくちづけ。けれど確かに今、触れあったのだ。
ぽかんと、夏目は名取を見た。
夕方の温かで眩しい光。それに照らされて微笑んでいる名取を。
「私はね夏目。君のことが結構好きだよ」
「は、い?」
先ほどと同じような呆けた返事を夏目はただ繰り返した。
「君は、夏目?」
きみのことがけっこうすきだよ。
言われた言葉がうまく受け止められずにいた。
君は、夏目?
おれ、は……。
けっこうすきって。名取さん、それっておれのこと、好きだってことですか?
ぽかんとしている間にも空の色は変わっていく。オレンジ色の夕陽から薄暮へとして濃紺の夜にまで。
「夏目?」
呼ばれる声音は温かく、夏目の心の底へと響く。
夕陽はもう西へと沈み、今はその残像だけが残っている。
けれど、その温かさは決して消えない。眩しい相手も変わらずにここに居た。
夕方と夜の間の西の空が、どんなふうに色を変えても。
太陽が西に彼方へ沈んでしまい、漆黒の夜になったとしても。
ずっとここに居るのだとそう伝わってくるようで。
「おれ、は……」
言いたい言葉。胸の奥に秘めていた。
今なら言えるのかもしれない。
夏目は大きく息を吸いこんだ。そしてその息を吐いてから名取を見た。
「おれは……」
名取さんのことがけっこう好きです。だから、世界が夜に変わってもずっとここに居たいんです。

今、夏目は告げる。夕方と夜の間の西の空に。
想いと願いをそっと込めて。

                               - 終 -




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