小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
話したいのに上手く言葉が出ない。
いや、きっと話すことそれ自体を恐れている。

本当の自分を知ってもらいたい。
けれど知られるのは怖い。

それは相手に自分の気持ちを否定してほしくないから。否定されるのが悲しいから。


夏目も、名取も。二人とも。


夕暮れ時の川のほとりはいつもほとんど人はいない。雑草の伸びて生い茂っているその場所に寝転べば、誰からも見つかることはない。さらさらと流れていく水の音を聞く。草の間を通り過ぎていく風の香りを嗅いでみる。だけど心は晴れはしない。夏目はただぼんやりと暮れなずむ空を見上げているだけだった。
ぼんやりと、いや違う。
ぱっと見た目にはただ草原に寝転んでいるだけだ。けれど、心の中は。
悩みを抱えていることを世話になっている藤原夫妻には気がつかれたくなくて、夏目はこのところいつもこんなふうに帰宅時間を遅らせていた。
今まで一度も経験したことのない痛み。それに押しつぶされそうになっている。
今までは一方的に、悩むことなどなく。妖を見る夏目は普通の人にとっては「嘘つき」で「気味の悪い子ども」だった。夏目が思い惑う暇さえなく、その誰かの方から遠ざけられた。

けれど、今回は違う。

告げることは夏目が自分から、離れるということだ。きっと言えば道が分たれる。二度と会うこともなくなるだろう。
その痛みに耐えるだけの覚悟が出来ていない。
まだ迷っている。悩んでいる。
このままでいたい。ここから、この場所から、どこにも行きたくない。
藤原夫妻に引き取られ、友人も出来た。妖を見ることに対しての理解者も、その妖にさえ友人と呼べるような存在ができた。そして、夏目自身と同じように同じものを見る名取にも出会ったのだ。

だから、このままで。この場所に居たいのに。

生まれて初めて出会った優しい世界。
ここに、このまま居られたら。そう願う。
けれど、時は止まらない。未来へと一方通行で進むのだ。停滞は、きっとない。もう、出来ない。
変わる。
今がその分岐点。
どうしたってこのままではいられない。心を秘めたまま、その重さにきっとすぐに耐えきれなくなってしまう。今はまだ、大丈夫。けれどいつか。いつまでも堰き止めてはいられない。

……わかっている。なのにおれはいつだって往生際が悪い。

ネガティブな嗜好だとわかっている。けれど、迷ってしまうのだ、どうしても。大事なことであるのなら余計に決断は難しい。
……名取さんも、こう云う事で悩んだことあるのかな?ない、かな……。
沈む夕陽の眩しさに夏目は目を細めた。
以前に名取が使役している妖の、柊の記憶を見たことがあった。彼女の記憶の中には幼いころの名取が居た。妖である柊の手から血が出ていると包帯を巻いていた。無垢で、それから寂しげな横顔。変なものを見るせいで不幸を招きよせるなどとさえ言われていたらしい。
出会ったばかりのころの名取は既に妖怪を憎んでいた。甘いよ、と言われた。人を襲う妖怪を許しておけるわけはないと。その時の暗く鋭い瞳の色も覚えている。
妖の手当をした子供のころの名取と、妖など許しておけるわけがないと言った現在の名取。
その大きな違いは子供が大人になったという時間の経過のためだけではない。
名取は、きっと今の夏目のように痛みを抱えて、惑い苦しみ。そして取るべき道を選んだのだ。
今の夏目と過去の名取はきっとどこかよく似ている。
だからこそ過去の名取が悩んだように、今惑っている夏目を気にとめて、優しくしてくれているのだろう。

……名取さんには優しくしもらっているのに。

――嘘をつくのに疲れたら私のところにおいで。

前に、そう言われた。あれは名取と一緒に温泉に旅行に行った時のことだ。

――嘘をつくのに疲れたら私のところにおいで。

その名取の言葉は夏目の胸の奥底で輝いている。まるで夜空で瞬く星のようにそこにある。

――嘘をつくのに疲れたら私のところにおいで。

繰り返し繰り返し思い返した。まるで今、この瞬間に告げられたばかりのように。胸の奥底から取り出せる名取の言葉。大事な、大切な、嬉しさも痛みも同時に覚えたその言葉。

……でも、名取さん。

名取の言葉を思い出すたびに夏目は「でも、」と言いたくなる。

……でも名取さん、おれは。

夏目と名取とは違う。
多分、この先の道はわかれてしまう。夏目はそう思っている。だからこそ「でも」という言葉が続いてしまうのだ。

――甘いよ。人を襲うのを許しておけるわけないだろう?妖に苦しめられている君なら解るだろう?

その名取の言葉に夏目はきっぱりと答えたのだ。
相手が妖だろうと相手に傷を負わせるやり方は賛同できないと。
既に最初から、決別していたのだ。
妖を憎むべきものだと認識している名取と、そこまで非情になれはしない夏目の道はきっとこの先更に離れる。けれど。

……でも名取さん、おれは嬉しかった。あなたにそう言ってもらえて。きっとおれのことを少しは大事に想ってくれたから告げたくれたんでしょう。名取さんはおれを見てると昔の自分を思い出して何か伝えられるんじゃないかと、そう心を向けてくれたんでしょう。旅行に誘ってもらえた。同じものを見ることのできる友人はおれだけだと告げてもらえた。焦ることはない、まずは自分を知れと諭してくれた。大事に、大切に想ってもらう。それがおれには嬉しかったんです。でも、だからこそ、おれはあなたの傍には行けないんです。

たった一言。
短い言葉で表せる夏目の名取への感情。
それを告げれば世界は破綻する。
……妖をきっぱりと憎むべきものと割り切ったように、名取さんはきっとおれも。
だからこの想いは告げられない。
けれど。
嘘を、つくことに、もう夏目は疲れている。
これ以上、名取への想いを秘めるのは不可能で。

……でも名取さん。おれの本当の心をあなたに告げたら。もう二度と「私のところにおいで」なんて言ってはくれなくなるでしょう?おれはそれが嫌です。だから……だから言えないことがある。あなたに嘘をつかないといけないんです。

同じように妖が見える。
過去の名取と今の自分はきっとどこか良く似ていて、重ねるところも多いのだろう。
同じものが見える友人。
そうであるからこそ、きっと気にとめてくれているのだ。

……ごめんなさい。名取さん。妖のことだけじゃないんです。オレはあなたが、あなたのことが。

重い心を抱えていても、秘めた気持ちに押しつぶされそうになっても。
この先の言葉はまだ言えない。
けれど。
いつかきっと吐き出してしまうだろう。
無様に、無残に、何の用意もなく突然に。きっと心を堰き止めされずに溢れてしまう。

夏目が名取に。秘めた気持ちを告げてしまうその時が引き金。
きっと二度と今のようには戻れなくなる。
その時を思えば夏目は痛みを持ち続けるしかない。

……たくさん優しくしてもらったのに。きっとおれが名取さんにこんな感情を向けていると知られてしまえば。もうきっとそれで終わりだ。だって、気持ち悪いとか思うだろう。男のおれが、あなたにこんなことを想っているなんて。

ぐるぐるとした思考を無理やりに停止させて、夏目は立ち上がった。
草やら土やらで汚れてしまった服を簡単に払って、そうして家へと向かう。これ以上遅くなれば塔子が心配してしまう。
まるで夕暮れの川辺から立ち去るのが名残惜しいというかのように、重い足を引きずりながらゆっくりと。それでも夏目は歩くしかない。家へ、前へ、この先へ。

時間は一方通行で、決して止まることは無い。
繰り返し、考える。悩んで、立ち止まって。

けれど。

「名取さんのことが好きです……とか、言ったら。嫌われる、よな……」
風に流れるほどの囁きを、誰もいない夕陽に告げる。
「嫌われたくはない……なぁ」


それはまた胸の内だけで繰り返される言葉の先を告げられなかった頃の話。
告げる時が離れる時だと、夏目がそう思い込んでいた頃の想い。





2へ続く




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