小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

話したいのに上手く言葉が出ない。
いや、きっと話すことそれ自体を恐れている。

本当の自分を知ってもらいたい。
けれど知られるのは怖い。

それは相手に自分の気持ちを否定してほしくないから。否定されるのが苦しいから。



夏目も、名取も。二人とも。




――嘘をつくのに疲れたら私のところにおいで。

そんなふうに告げたことがあった。名取が夏目に出会って、そうしてほんの少し時間が経ってからの言葉だ。

――私達なら嘘をつかずに付き合っていけるかもしれないね。

名取はまるで溜息のように煙草の煙を吐き出した。元々煙草など吸う方ではないのだが最近はやたらと本数が増えている。
「あの頃は、本当にそんなふうに思っていたんだっけ……」
またひとつ、ため息をつく。部屋の中には煙草の煙が充満している。名取の溜息の多さが煙という形で現れている。見れば、ますますため息の数が増えていく。
「まいったな……。そんなこと告げた私があの子に嘘をついているなんてね」
またひとつ、ため息を重ねる。けれどいくら重ねたところで煙はただ部屋の空気を汚すだけだ。なんの慰めにも解決にも結び付かない。
「嫌われて、しまうだろうなきっと」
せっかく少しずつ距離を縮めてきたというのに。なんと堪えようのないことだと名取は自分で自分を嘲るように、小さく笑う。
――同じ風景が見える友人は君だけだよ。
そんなふうに夏目に告げた。温泉旅館はペットも可だよとすぐに別の話題へと切り替えて。さり気なさを装って。
嘘をつき慣れている上に俳優という表の職業。感情を隠し、オブラートに包み、そうして誤魔化すことなど慣れ切っている。
慣れては、いる。感情を誤魔化すことなど造作もない。
……そのはず、だった。
「まいったなあ」
なのに今更。胸が痛む。
嘘をつき続けていることに。
気持ちを押し殺し、笑顔を作って。そうして「友人」だと自らに言い聞かせるように、告げる。
何度も何度も。
夏目は、私の、友人……だ。
言い聞かせ、続けるのだ。
ふうと吐きだす煙が目に沁みたなどと涙を誤魔化せる年でもない。
けれど、この手の悩みは年齢など関係ないのだろうと名取は思う。
嫌われることを想像すれば心は痛い。大人だろうと子供だろうと、いくら年を重ねても本気ならば。
「あの子はまだ子どもだしね……」
15歳と23歳。子供と大人ほどの差異。恋愛を語るにはとても大きな差なのだろう。……まあ、それ以前に自分達は共に同じ性別なのだが。
芸能界にはその手の趣味の人間など掃いて捨てるほどほど大勢いる。しかし夏目の住んでいるあの田舎の土地はそんな特殊環境とは無縁なのだ。あたり前の高校生活。友達と戯れて、学業に専念して、様々なことを学んでいくその時期。妖を見るという、そのことだけを除外すれば普通の当たり前の生活を送ることができる。
夏目が望んでいるのは目立つことなく穏やかな、当たり前の日々。春の花が舞い散るような、優しい風景だ。
それを、ようやく手に入れて、そのことにまだ戸惑って遠慮して。それでも懸命に手を伸ばそうとしているというのに。
「私から、こんな想いを告げられたら、迷惑だとか言われそうだな。一番いいのはつかず離れずだとわかっているんだけど、どうしても会いたくなってしまうんだ。それに、あの子はわりに綺麗な顔をしているし、笑うと可愛いし……そのうちに同級生の彼女とか出来てしまうとか思わないかい?」
そうして名取はまた煙を吐き出すのだ。灰皿の中では山のように積もりに積もった吸殻が崩れかけていた。
「なあ、柊。そうは思わないかい……?」

生産性のない独り言を繰り返すのにも飽きて、名取はチラりと柊に視線を流した。無言のまま名取の傍に控えていた柊は言葉を傾けられ、仕方なさそうに返事をした。
「さあ……、どうでしょうか」
「彼の今の保護者は優しい人のようだし、同級生の友達と笑ってじゃれあっている姿を見ればそのままにしておいてあげたいと思うしね」
「そうですか」
「うん。たまに、様子を見に行って困っているようなら手助けをして。迷っているようだったら言葉をかけて……それ以上踏み込んでいいものか、悩んでしまうよ」
「主様のなさりたいようにされるのがよろしいでしょう」
ただ受け流されているような柊の返事に、名取はまたもやため息を重ねた。
「もう少し親身に答えを考えてくれてもいいんじゃないかなあ柊は」
柊は再び無言に戻る。使役されている者としての立場を超えると思ったのかもしれないし、このところ毎日毎日繰り返されている名取の言葉に飽き飽きしたのかもしれなかった。けれど面の下にある柊の表情は見えないため、本当のところ何を思っているのかは不明なままだ。名取は柊がもはや名取の言葉には反応をしてくれないと思ったのか、問いかけ先を変えた。
「瓜姫、笹後。どう思う?」
するりと音もなく瓜姫と笹後は現れる。二人も柊と同様名取が使役している妖だ。
「必要とあれば夏目などすぐにでも排除するか縛りつけておきますが」
二人の返答は即物的なものだった。
「……物騒なことはやめてくれ。あれは大事な私の……友人なのだから」
主への忠誠心は強いが人の情緒には疎いなあと名取は取ってつけたような乾いた笑みを三人の妖へと向けた。「友人」と、自分で言葉に出したその単語に、うっかり傷ついた気持ちを笑いで誤魔化そうとしたのかもしれなかった。
「すまないね。いいよ、休んでいて」
「はい、主様」
瓜姫と笹後は現れた時のように音もなく消えた。しかし、柊はじっと名取を見続けている。
「なんだ柊?」
「いえ、別に。ただ……」
「ただ、なんだ?」
しばしの後、柊は静かに告げた。
「人の子の時間は短い。我ら妖と違いすぐに逝く。……後悔はなさいませんように」
「柊……」
「言葉が過ぎました。失礼」
彼女らしくもない言葉だった。名取が驚きに目を見開いてたその隙に、柊も姿を消した。
「柊にあんな言葉をかけてもらうほど、私は愚痴を重ねていた……のかもしれないなあ」
情けない自分の心を苦笑で誤魔化す。少なくとも使役している妖にぐちぐち言うような非生産的なことはするべきではなかったのかもしれない。
「でもなあ……言うか言わないかは迷うところなんだよ夏目」
君が特別に好きだと、告げたその後が本当に怖い。
嫌われて、避けられてしまうとわかっているから。
迷ってはいる。けれど、きっといつか吐き出してしまう。その時を心のどこかで恐れている。
「夏目に嫌われるのは嫌だと思うよ」
けれど柊の言うとおり、人間の時間は短いのだ。
告げて、後悔する。
告げずに、重い気持ちを秘め続ける。
迷う時間は多くない。
それにきっといつか。秘めきれずに、告げてしまう時が来るかもしれない。
「そうならないように、私のこの心を封印してしまおうか」
出来ないこともないのだ。妖払いを生業と出来るほどの妖力。それからこの名取家に残されている様々な術の資料。気持ちを封じる手立てなどそれこそ山のように記されている。
けれど、それをするとは決められない。答えはずっと出ないままだ。
「たた好きでいることくらいなら許される……かい?」

繰り返し、考える。悩んで、立ち止まって。
けれど。

手にしている煙草の灰が落ちそうになって、名取はそれを灰皿に落とす。
いつか、積もりに積もった感情はこの灰皿の中の吸いがらのように、そのままでいれば崩れるのだろう。

けれど。


「だけど夏目。もしもの仮定の話だけれど。私が君に好きと告げて、それを君に受け入れてもらったら。……これ以上もないほどに幸福だと思うのだけれどね」


受け入れてもらえたらと、名取がそう願っていた頃。
これもまた胸の内だけで繰り返される言葉の先を告げられなかった頃の話。


3へ続く






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