小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

「ええと……『お、お嬢様、の目は、ふふふふふ節穴で、ごご、ざいますか?』に『こ、このていど、の、真相がおわかりにならないとは……。失礼ですが、お嬢様は、あ、あ、あ、あ、あアホでいらっしゃいますか』か……ううう」
喫茶店のテーブルに突っ伏して夏目は呻いた。手からぱたりと冊子が床へと落ちた。
「……どうしたんだい夏目?」
その落ちた冊子を拾って埃を払うとテーブルの上に置き、それから名取は夏目の真正面の席にすとんと座った。
「う、ううううう名取さんこんにちは……」
テーブルに突っ伏したまま顔を上げもせず、それでも挨拶は基本だとばかりに夏目は呻いた。
「君の方から私を呼びだしてくれるなんて嬉しいんだけど、その様子じゃ何か起こったのかい?」
言外に妖がらみのなのか?と聞いてくる名取に夏目は呻きながらも身を起こす。
「いえ……、名取さんに教えてもらいたいことはあるのは確かなんですけど……、主に演技方面で」
「演技?」
「学校の行事で……学年別対抗演劇大会とかいうのがありまして」
「それは面白そうだなあ」
面白くなんか無いんです、と夏目は呟いた。
「……くじ引きで配役とか決まってしまって……」
「何か読めたな。主役でも引き当てたのかい夏目?」
「……主役は、多軌なんですよ……。大富豪のお嬢様が裏の顔で表の顔が刑事さんとかいう……。それでおれはそのお嬢様の執事役なんですが……。もう、セリフとか、読むだけで果ててしまって……」
「ああ、知ってるよ!今流行っているだろうそのドラマ。たしか原作が小説で、なんとか大賞とかも取ったとかいう」
「……名取さんもご存知でしたか。そうです、その、あの有名な毒舌執事の役、引き当てちゃったんですよ……」
はあ、とため息をついてがっくりと夏目は肩を落とした。
「何が悲しくて多軌に向かって『お嬢様はアホでいらっしゃいますか』なんて言う暴言を吐かなきゃいけないんだろう……」
「まあ、演技は演技だって割りきって楽しんでしまえばいいと思うけどねえ」
「言えない……っ!多軌にアホだなんて……」
ぴくりと、名取の肩が動いた。
多軌に、アホと、言えない。
……誰だそれは。
呼び捨てにしたところから夏目の友人だと推察は出来た。それも単なる友人ではなくかなり親しくしている相手であろうこともわかった。
名取の機嫌は段々と下降していく。が、未だ突っ伏したままの夏目にはそれはわからなかった。
「女の子に……暴言を吐くなんて……」
ほう、女性か。
ひく、と名取の口元も歪む。
同級生の女子だろうか。これは早急にどんな相手か調べて牽制しておかなくてはならない。
今すぐに柊を呼ぼうかとも思ったが、夏目に悟られるのはマズイ。
嫉妬でもしているのかと思われるのはそれはそれで年上の矜持が傷つきそうだった。まあ、ぶっちゃけたところ矜持も何も、名取の心の中ではその多軌という名の女生徒に対する嫉妬の嵐が荒れ狂っていたのだが、それは笑顔の仮面の下に押しやった。
「女の子に対してでなければ暴言を吐けるのかな?演技と割り切ることは出来ないのかい?」
声が、少々低くなってしまったのは仕方がない。
「……多軌は大事な友達なんです。演技とかセリフとかでもいうのに抵抗があるんですよ。これが名取さんなら別にいくらでも言えますけどね」
「は?私に対してなら言えるのかい?」
「ええもうそれはきっとすらすらと。言ってみましょうか?ええとー『この程度の真相がお分かりにならないとは名取さんはアホでいらっしゃいますか?』でしょう?どうです?」
「…………実によどみなく、感情まで込めた完璧なるセリフだね……。私に演技指導なんか受けなくてももう十分じゃないのかい?」
名取の声はさらに低くなる。
「あ、そうか!多軌に対するセリフだと思うからどもってしまうんですね!名取さん相手だと思えばいいんだ!ありがとうございます名取さん。これで演劇大会もなんとか乗り越えられそうです!」
「……………………夏目の、役に立てたようで、とても嬉しい…………かな……」
夏目の役に立てるのは嬉しい。夏目からありがとうという言葉を貰うのも、同様に喜びだ。
だが、複雑だ。
名取は自分に対してなら暴言がいくらでもよどみなく吐けるという夏目の言葉に非常に傷ついた。
致命傷ではないが、かなりの痛手であった。
「夏目は、私のことを何だと思っているのかな……」
うっかりと、心の声が漏れてしまった。
「え?」
「ああ……、いやその……」
大人げないが、確認をしてしまいたくなってしまう。
これでも夏目と名取は一応恋人という関係だ。一応とつけてしまうのは名取がその恋人という関係に自信が持てないからなのだが。
告白は既にした。
夏目から承諾の返事もとっくに貰った。
好きだと告白して「おれもですよ?」とあっさり言われ「友人としてではなくて、その……恋人とかそういうつもりで告白したんだけど……」と付け足してしまった名取に「わざわざ友人同士で『好きだ』とか『おれもです』とか言わないでしょう?わかってます?」と笑顔で切り返されて「あ、ああそう……分かってるならいいんだけど」と微妙な空気が流れるままに微妙なお付き合いを開始した。
付き合いと言ってもデートを重ねたというわけではない。
会う時は大抵妖がらみ。そうでなくても柊だのにゃんこ先生だの付きで一対一になることは無い。
当然手を繋ぐとかキスをするとかそんなことには発展しない。
それどころか会うことさえ稀だった。
今日は珍しく夏目から呼び出されたが、名取から誘いをかけることがほとんどであり、しかも実際に会えることは少ない。名取の仕事は忙しい。夏目にも学校行事だの妖がらみの事件だの友達付き合いなどがあり、結果、予定が合うことがなかなか無いのだ。
ちなみに夏目はケイタイも持っていないので、毎日毎晩電話だのメールだのも不可能だ。藤原家の家の電話ではそうそう恋人同士のトークなども出来はせず、せいぜい待ち合わせの日時を連絡するのみだ。
これで本当に付き合っているのか。
最近とみに疑問に思ってしまう名取に、トドメのような今回の夏目の暴言だ。
やさぐれてしまうというのも致し方の無いことだと名取は心中で自己弁護をした。
「多軌さんというのが大事な友達というのなら、夏目に取って私はどんな存在なのかな、とか……」
「何って……?」
「ああ、いや、ごめん。ちょっと大人げなかったね……」
ははは……と笑って誤魔化そうとした名取を夏目は真正面から見詰めた。
「何って名取さんはおれのです」
きっぱりはっきり淀みなく、夏目はあっさりと言った。
「お、おれの……って、」
「え、違うんですか?名取さんはおれので、おれは名取さんのですよ?だから暴言吐いても平気なんですけど」
名取の体温な急上昇した。うわあ、と叫びたくなるがここは我慢だった。何せここは喫茶店だ。ここで叫ぶのは目立つ。それは避けたいところだった。
夏目は目立つのが嫌いだ。演劇大会なんてくじ引きで引き当てなければ参加などしたくもないだろう。ここで目立てば名取を放置してさっさと帰ってしまうに違いない。
落ち着け、と名取は自分自身に言い聞かせた。
けれど、嬉しい。落ち着けるはずなども無い。何せはっきりと夏目から意思表示をしてもらったのはもしかするとこれが初めてかもしれないのだ。
「な、夏目……」
名取ははやる心を無理矢理抑え込んで、そっと手を伸ばす。夏目の手を取って握りしめる。このまま良い雰囲気に持ち込んで、今日はこの先まで進んでしまえるのかもしれない。
そう期待に胸が震えた。
期待、別名下心、である。
一方夏目は真顔だった。真顔で、名取の手をペシっと払った。
「だから、ですね」
喫茶店で何をするのか、と鋭い眼光が名取の期待を切り裂いた。
「う、うん?」
手が痛い。それにも増して心が痛い。期待値が上昇した反動で限りなく落ち込みそうだった。
「そろそろいいかなーと思うんですけど」
「な、なにが、かい?」
おかしいな、私は何か間違ったかな?おれの、と言ってくれたのはなんだったのかな幻聴かな?
「おれは、名取さんのなんですからいい加減に手くらい出してもらってもいいんじゃないのかなとか思うんですけど、名取さん全然おれに手を出す気配も無いですからね。暴言くらい吐きたくなる気持ちも分かってもらえませんか?」
うわ、とうっかり名取は叫んだ。
どどどどどどと心臓が恐ろしい勢いで鼓動する。
「ま、でも名取さんヘタレですからねー。おれに手を出すのなんて何年後か……」
夏目がいいというのなら今すぐにでもっ!といきり立ちそうな名取に夏目はため息をつく。
「ま、そのうち気が向いたら誘いでもかけてみてください。……と言ってもしばらくは無理ですけどね。演劇大会終わるまではおれのほうに時間がないですし、あったとしても足腰立たなくなる事態は困りますから」
さらりと言われ、名取は混乱した。
さっさと手を出していいのかそれともこれは手を出すなという牽制か。
分からない。というよりも夏目に振りまわされている感じがしてどうしようもない。
大人の立場としてはどうかと思うが、一人で勝手に混乱しているよりも、尋ねたほうが早い。名取は腹を括った。
「それは、演劇大会が終わったら手を出してもいいということかい?」
ドキドキと逸る心臓を抑えて、名取は詰め寄った。
大人の余裕?そんなものあるものか。
少々開き直りもある。自棄とも言うのかもしれない。
夏目は、そんな名取にこれ以上も無いほどの、天使のような笑顔を向けた。
「さあ?」
「な、なつめえええええええっ!」
あははと笑って夏目は駄目押しをする。
「おれの発言をどうとるかは名取さんが決めたらいいじゃないですか?」
「夏目……」
「いいと思うかホントはダメなのか。そうですねー、名取さんが執事になって、謎を解きあかして下さいね」


終わり


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