小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
触れられることには慣れていない。
例えば幼い子供が母親に頭を撫でられるような。
そんな些細な接触さえ、片手に余るほどの経験しかない。

演技ならともかく。
仕事でならともかく。

無防備に、触れる。触れられる。

それには実は慣れてはいない。見知らぬに誰かに触れられること。仕事で共演者に触ること。
……本当はあまり気分がよくは無い。
相手に気が付かれないように身構える。
顔に笑顔を貼り付けて、心の中では距離を置く。

慣れていないのだから、仕方がない。
けれど。

「あの……あの、名取さん?」

夏目だけは何故か。
何故だかわからないけれど、不快ではない。
逆に、呼ばれる声のトーンが微妙に気持ちがいいと感じる。
触れられる手も同様に。

夏目の手は不思議だ。
気持ちがいい。
もっと触れてみて欲しい。
そんなことを思うのは初めてで。
だから、夏目の手や声には魔法でもかかっているのだろうかと……少々本気で思う事がある。
もしくは呪文か何かが組み込まれているのではないのだろうかと、これ以上も無く真剣に私は夏目の手を観察した。
触れて掴んで、握ってそして。
肌を、さする。表面を撫でる。深爪と言えるほどに短く切りそろえられた爪。その爪を出来得ることならば、口に含んで舌先で。
……舐めてみたいなあと思った途端にいい加減にしてくださいと告げられた。

「……もう離してくれませんか?」

居心地の悪そうな声。何故手をずっと握られているのかわからなくて不愉快だと言わんばかりの少し怒りさえ含んだような、夏目の声。けれどそれすらもどこか心地がよくて。
ごめん、もう少しだけ、と謝ってみる。
けれど、離す気など全くない。もっとずっと触っていたいんだけどね。
私はそっと夏目の手を撫で続ける。
……握手を、するほどの強さではなく。それでも離す気は無いんだよと示すようにしっかりと。
触れる。
細いな、と思う。
手首など軽く握りしめてしまえる。
小さな手、というほどではないのはさすがに細くとも高校生男子というべきか。
けれど手首も指も細い。
女性の手のような柔らかさは無い。

「あの……おれの手が、どうかしたんですか?」

気がつけば5分か10分かの時間が経っていた。
夏目の手を握っているうちに。
指に、触れているうちに。

「えっとあの……、もういいでしょう?離して、欲しいんですけど」

「もうちょっと待って。もう少しで分かりそうだから、」と答えると「何が、ですか?」と戸惑ったように問われる。

「夏目の手は不思議だと思って。観察、してみたら何かわかるんじゃないかなぁ……とね」

「え?」

この手だけが、気持ちがいい。

ヒトに、触れられることに慣れていない私が、誰かに触れられるのが本当は不快な私が。

唯一、気持ち良いと感じる手。

夏目の、細いこの腕に、この掌に、特別な何かがあるのだと、それが知りたくて、触れて触って感じてみる。

「おれの手……、変、ですか?」

少しだけ声が沈む。怯え、とまではいかないけれど。声に含まれる感情が、苛立ちに変わって弱さを増した。
オカシイと言われることに夏目は怯える。
普通ではないこと、それを普通の人に知られることを恐れているのだ。
きっと。
夏目も私も。

「変というのとは違うよ。夏目の手だけは気持ちがよくて。何故かなとね。理由がわからないからとても不思議だ」
「え……っ!」
「気持ちがいいんだよ、夏目の手は。何か理由があれば知りたいし」
「そ、そんなこと……言われても……」
頬が、少しだけ赤に染まった。
ああ、指だけではなくて、その赤にも触れてみたいなあと何故か思って。

私は片方の手で夏目の指に触れたまま、もう片方の手を伸ばす。

「夏目、」
「は、はいっ!」

夏目、の次に言うべき言葉が、喉の奥から零れそうで。
けれど、喉の奥に引っ掛かったまま留まりそうでもあって。

「もう少し、触れていてもいいかな……?」

そのままただ、夏目に触れた。



君が好きだと自覚する、ほんの少しだけ前の出来事。




終わり

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