小説・2

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■ 第一章 その3 桐哉隊長編 ■


「………あれが、例の、クラーケン、とかかよ……」
茫然と遠くから、見る。それ以外に何が出来るつーんだろうか?
だけど、今度あれと戦わないといけないっておいおいおいおいおいおいおい。
今まではよかったなー。単なる一般兵。っていうか正規の軍人なんかじゃなくて徴兵されたばっかりで訓練だの食料の運搬だの海岸線の調査だの土木工事だのそんなのばっかりやらされてただけだったからさー。……あー、夜盗の皆さまがイカンのだ。正規軍の方々が例のクラーケンとの戦いでボロボロになって、俺達が武器だの弾薬だのの金目のものとか食糧とか、そういうのの運搬に、護衛とかとして割ける人員がめっちゃ少なかったのがいけないんだ。
いやさあ、俺だってしたくないけど剣振り回されて向かってこられちまえばなぁ、抵抗くらいするっつの。
結果。夜盗の一団全滅させちまった。ついでにその件のおかげで数少ない正規軍の皆さまに警備係とかに任命されちまった。一人で警部が出来るかってのってカンジだったから俺と同じように運搬に徴兵されてた一般国民の皆様で、俺に協力して夜盗なんか倒してくださった皆様みですね、ご協力いただいているうちになんかこうだな。……野党倒すだのそのへんにうろちょろしている魔物だの倒したりなんかしたりして。そんでもってその働きがめでたくてさ。
正規軍の皆さまに傭兵扱いで重宝されて、色んなお仕事任されたりたりしているうちに。
「とーや隊長。アレどーやって倒すのさー」
隊長だ、隊長。そんなもんにうっかりなっちまったオレ。
あー……、国民の義務だから兵役に就いた。一家から一人徴兵の義務あるんだし、足を事故で悪くした兄貴に徴兵義務なんてとか思ったからオレがってやってきただけなのに。五年間の徴兵義務終えてさっさと兄貴の元に帰りたいっつうのになんでオレはこんなところで噂のクラーケンとかのお姿拝見しているんでしょーかねー。どうせ見るなら兄貴の可愛い顔とか色っぽい顔とか抱き寄せたい腰とかそーゆーのをさあ。ってオレが兄貴を回想してる時につんつんつんと肩を突かれた。くりっとしたでっかい目がオレを覗きこむ。
「おーい、桐哉隊長ってば聞いてんの?」
可愛いけど、この可愛さに騙されてはいけない。りっちゃんは強い。ものすごく強い上に、攻撃魔法バリバリに使えるフジ君が付いている。ある意味最強。だけど可愛い。
「りっちゃん、ちょっと待ってよオレ今色々考え中」
主に兄貴について、じゃなくてあーええとですね、あれと今度から戦わないといけないんだよねーあー気が重い。でもオレがこうやってのんびりクラーケンなんて頭足類、落ち着いてみちまっているのは海を眺める崖の上に居るからだよな。
島とか山か城かってくらいでっかいクラーケンは、オレの位置からだとまあ手のひらサイズにしか見えない遠さだ。
「考え中って言ってもさー。あれいいの放置して。クラーケンの触手だか足だか知らないけど、正規軍の帆船に撒きついちゃってるよ」
「あー、そだな。あの船もうすぐ沈むな。あれでまた正規の軍人さん大量にお亡くなりになっちまって、オレらがあんな最前線まで行って魔物様と戦わなくちゃいけないのねーってちょっと運命呪うなぁ」
「……助けるとかしなくていいの?」
「どーやって助けるんだよ」
戦えって言われても助けろって言われてもなあ。船に乗ってクラーケンになんて向かって言っ
ての触手っぽいのに撒きつかれて死ぬだけじゃねえかよ。
「彰浩にお願いする」
「あー……」
フジ君は、既になんたらかんたらというわけのわからない呪文唱えて。
そんでもって、雷に似た閃光が走る。クラーケンの触手に命中。
「律、ここからだと遠すぎてかすり傷がせいぜいだ」
ぼそっとフジ君はそう言いつつも、もう一回閃光を放つ。
でも。
「あー、ダメだ。沈没した」
船、一巻の終わり。これでまた何人お亡くなりになったんだかなー。あー、オレもあんな風にクラーケンに海に沈められるのかなって想像したら冗談じゃねええええええって思った。
生きて帰る兄貴のもとへ。
「とーやたいちょー?」
「……みんな集めて。ミノリアの海岸線に行こう。あそこにクラーケンおびき寄せてもらってそんでもってそこに留める。あそこなら船とかに乗って戦うんじゃなくて、島多いから兵士のみなさんに島から大砲とかで攻撃出来るだろって進言しとくわ。船に乗って戦わんでもいーようになんかしろってさ。じゃないとどんどこ船沈められてどんどこ正規軍のみなさん死んじまうわ」
「んー、そういうほうがいいよねー」
「で、フジ君みたいに攻撃魔法使えるヤツら組織してさー。倒せないまでも弱らせることくらいできるだろ?」
……あと、何日か。生き延びればいいんだ。
預言者が言ったんだ。あのクラーケンにイケニエをささげるって。その生贄によりクラーケンは消滅するのか鎮まるのかは知らんけど、俺達の国はあのクラーケンの脅威から逃れられるって。
だから、その生贄が、ここまで到着するまでの間生き延びればいいんだ。
今は禊の最中なんだってさ。
ソイツが禊終えて来ればみんな助かるんだってさ。


……みんな助かる。ソイツ一人を犠牲にして。

知らないやつがイケニエなんかになるんだったらオレもな、両手挙げて喜んだだろう。
犠牲になってくれてありがとう生贄のヒト。これでオレは無事に兄貴の元に帰れますってさ。
 
だけどオレは知ってる。
その生贄になるのが誰か。どんな奴なのか。

好きな相手じゃない。寧ろ邪魔なヤツ。
だけど、オレの最愛の兄貴がすげえ面倒見てやって可愛がってるヤツなんだ。
……まあ、だからムカつくんだけどあの阿呆。
でもアイツ、本当にあんなクラーケンなんかに食われちまうのかよ。
胸の中がモヤモヤする。
あんな奴、好きじゃねえ。寧ろ邪魔だ。兄貴にべたべたすんじゃねえよどっかに消え失せろ。
そんなふうにずっと思ってた。
だけど、目の前に見えるクラーケン。
帆船に触手巻き付けて、その船沈没させて。

ぎりっと、奥歯を噛みしめる。

川村優太の馬鹿はあれに食われる。

「引きつけて攻撃して弱らせることくらいはオレにもできる。だけど勇者様じゃないからあれを倒すことは出来ないと思うけどな」
フジ君がまたもやぼそっと言う。

この国を三度も様々な危機から救ってくれた勇者様。
フジ君の攻撃魔法もすごいと思うけど、そんなの比じゃないくらいのすげえ勇者がこの国には居る。
だけど、三度も危機を救ってくれたそのダメージで、勇者様の身体は既にボロボロなんだてさ。だから、動けない。だから、正規軍の皆さまが頑張って、それでもどんどんみんな死んで行って、しまいにはイケニエとかそういうの捧げるとかいう話になる。

……危機から、助けてくれる、万能の魔法なんてない。

「勇者様がご健在なら良かったんだけどね。それかドラゴン族の皆さまが助けてくれるとかさ」

りっちゃんはそう言うけど、勇者様は今回はもう無理なんだろうなあって思う。見たこともない勇者様だけどさ、今まで三回もこの国の危機を救ってくれたっていうそれ自体が奇跡だ。三回奇跡を起こして、四回目持ってちょっと無視がいい話……のような気がする。っていうかよく三回も死なないでいたよなさすが勇者様って言うべきか?
そもそも勇者様が今どこに居らっしゃるのか誰も知らないしなぁ……。
ドラゴン族なんて、人間のこと虫けら以下にしか思ってないしなぁきっと。
「あー、ドラゴン従えられるくらいの力もった竜使いなんて今居たっけか?」
「……居ないと思う。記録では三十年くらい前になら一人竜使いいたらしいけどね」
ドラゴンという生き物がこの世界には居る。空を飛び火を吐く最強の魔物。
ヤツらはわざわざ人間を攻撃しないが隷属もしない。テリトリーに入り込まない限り無関係っていうカンジでオレら人間なんて全然見向きもしてない。オレ達人間のほうからしてみれば、そんなドラゴンを従えられたらいいなあってカンジで魔導師に皆さまとか果敢にチャレンジしているんだけど、ほとんどが返り討ちにされている。そりゃあそうだろう。ドラゴン族からしてみれば人間に支配されるなんて屈辱。
だから、オレらみたいな普通で普通の人間があのクラーケンとなんとか戦わないといけない。
戦って生き延びないと国が滅びるんだってさ。
今はまだ海に居るけどアイツが陸にあがってきたらこの国なんて即座に滅ぶだろう。

魔道に予言に攻撃魔法。
そんなもん持っている数少ない人間組織してもまだ足りない。
勇者様はいらっしゃらない。
そんで……どんどんどんどん人が死ぬ。

……だから、イケニエなんてコト思いついちまうんだろうなあお城の偉い人たちはさ。

あの、馬鹿が、イケニエ。

なんとかしてやる義務はないけどすごくムカツク。
だけど、オレにはなんか出来るような力はない。フジ君みたいな攻撃魔法もりっちゃんみたいな回復魔法に剣の力も何にもない。

出来るのはそうだなー。みんな仲良くしましょうって声かけて、うまく回ってない所の調整するくらいだしなー。……ま、そのおかげっていうか、そのせいでいつの間にか隊長なんてもんになってるんだがま、いいか。
出来ること、やるしかねえな。

「出来ることだけ、やろうな。りっちゃんもフジ君もオレには何の能力もないから力貸してよ」

まずは、正規軍に進言。ミノリアに向かう。

少ししかないけど、ほんの僅かな差だろうとも。少しでもアイツが助かるように。
アイツが助かって、そんで兄貴が悲しい顔にならないように。

小さくてもできることから、始めよう。



ミノリアを選んだのには訳がある。
まぁ大前提としては正規軍の兵士の皆さまの船がこれ以上沈まないようにさせるため。無駄にがつがつ死なせてもなあ……って気があるし。それにあのクラーケンを一か所に留めておいてそこで攻撃するほうが効率的。まあ、ここにあのクラーケン連れてくるのにも結構大変だったらしいけど、オレは上に進言しただけだしな。そんでもって、それ某貴族の馬鹿息子が自分の意見として軍上層部にねじ込んだんだけどな。オレの手柄横取られた形だけど、まあ、そんなのどうでもいい。そんな作戦、オレがやる気無かったし。実行されられたのはその貴族のボンクラ息子の、部下の皆さま。……当然殉職者てんこ盛りで……可哀想だけど、ごめんな。クラーケン、ここまで引き連れてきてくれて恩は忘れないから安らかに眠ってくれ。オレが提案した作戦だけど、あのボンクラ息子が勝手に横取りして勝手に作戦実行したっていうことで、オレがやるよりまあその不手際山ほどだったんだから、恨むならボンクラ息子の采配の悪さを恨んでくれよ。それにオレには別にやることがあってだな、ボンクラ押しのけてオレが現場指揮しますなんて言う気も無かったし。んー、ごめんな。オレが指揮してたらもうちっとヒト死に少なかったと思うんだけど。ええと、さ。それに隊長なんてのになっちまったけど、軍での栄達なんてオレは望んで無い。こんな戦い終わったらさっさと兄貴に元に帰るんだし。
で、ミノリアなんだよミノリア。ここでオレ、やることあるんだよ。
この海岸付近には王族の所有する城なんか一つしかない。
だから、生贄の、あの馬鹿はこの城にまずは連れてこられるはず。
禊ってのがどこで行われているのかなんてわかんねえし。どういう手順でクラーケンなんかに差し出されるのかもわかんねえ。船になんか乗らなくても小島から戦えるような場所。クラーケンを誘導できそうな場所。つまり小島はたくさんあってもそれなりに水深が深いところ。そういう条件の場所ならミノリア以外にもいくつかある。だけど、王族所有の城が一つきり、っつうのはここしかない。
あの馬鹿が連れてこられる前に。りっちゃんとフジ君にオレがこっそり頼んだのはこの城の内部を探ること。
イケニエが連れてこられたら警備厳しくなるからその前にこの城のどこに監禁されそうなのかとか、城の抜け道とか警備の配置とかまあそういうこと調べてくれーってお願いしたわけですよ二人に。
……城の内部の地図なんてものは当然ありはしない。隠し部屋てんこ盛りなのはわかってる。しかも誰かを軟禁出来そうな場所もてんこ盛り。抜け道もトラップもてんこ盛り。
うううううううううう。やっぱ無謀だったか。
「りっちゃん、フジ君」
「…………わーかってるってばあ桐哉隊長!でも言っとくけどおれたち頑張ったんだよ!」
「あー、うん。それはわかる。でもなあ……。ぶっちゃけオレ達今どこに居んのかなーってさ」
「えっと……、地下、かな?」
「りっちゃんにもわかんないのね。フジ君どーよ?」
「北がこっち、南があっち」
「ふーじーくーん」
方角わかってもなあ……ええと、思いっきり城ん中で迷ってるぞ。あの馬鹿が、どこに居るのかわからないどころか……オレ達が城の中で迷子になっちまってます~なんて何の冗談だっつうの。……あーあ。やっぱこーゆーの、柄じゃねえんだよなあああああ。
……いやあ、さ。ちょっとさ。……川村優太の馬鹿を、だな。助けちまおうかと思ったんだけど。ほら、さ。あの阿呆死んだらオレの兄貴が悲しむし。いや、オレは別にいいんだけど。兄貴と二人の生活に戻れればいいんだけど。……兄貴が、あの阿呆、すっげ可愛がってっから。あの阿呆、拾ってきてさ。可愛がって育ててさ。まあオレとは喧嘩ばっかしてたけど。どっか行けとか山ほど言ったけど。……クラーケンになんか食われろなんて思ったことないし。そんなの寝覚め悪いし。だからまあ、その……。

とか思ってちょっとボケっとしてたのが敗因だった、のかもしれない。

「……生贄は、どこだ?」

背後に、誰かいるのなんてこれっぽっちも気がつかなかった。
首に、剣、当てられてるその冷たい感触。こんなに接近されるまで、全然気配もなかったぞ。
無意識のうちに、両手をあげる。抵抗の意志の無いことを示す。

「桐哉隊長っ!」

りっちゃんが叫んで、フジ君がぼそぼそっとなんかの呪文を唱えだして。

「……生贄は、どこに居るかって聞いてんだよっ!」

あ、なんかコイツも焦っていやがるみたいだなぁ、って思った。ちょっと心に余裕が出来て。
「そんなんオレ達のほうが知りたいんだけどねー」
なぁんて軽く言ったら、そいつは「ちっ、使えねえなぁオマエっ!」なんて叫んで。
……それで、できた隙。
フジ君が呪文を唱え終える。

電撃に似た、光が走る。クラーケンにさえ傷、与えられるくらいの攻撃呪文。

なのに。

あ、あれ?なんでコイツびくともしないんだ?

命中してますけど、呪文。

あ、あれ?
フジ君もおかしいなあって顔してる。

「……ったく、広すぎんだよこの城っ!たかが別荘のクセして何こんなに入り組んだ作りになってやがる。ちくしょっ、やっぱアイツになんか印でもつけておくべきだったか……」
「えーと、この城一応王族所有ですので、それなりに複雑な構造になってますがーってアンタ全然聞いてねえな?」
オレの首に、一応剣を当てたままですけど、どーでもいいみたいだし。
「使い魔飛ばしても埒があかねえ。あー、いっそこの城全部ぶっ壊しちまおうか」
ぶつぶつ、一人で文句言って。
フジ君がコソコソっと姑息に攻撃し続けているんですけどね。全然身じろぎもしやしねえ。何だコイツ、この男。

→その4 イケニエ前夜編に続く
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