小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
そうして、夏至の夜がやってきた。
私はまず精霊のいる桜の樹の前に、日本酒の一升瓶をどすっと置き、頭を下げる。とりあえず、お賽銭代わりというか挨拶代りというかの大吟醸、越乃寒梅。
「では、失礼つかまつります」
桜の精霊はちらと私の方を見ただけで、そのまま樹の上に寝そべり続ける。……まあ、いい。元よりこの精霊が何か手助けしてくれるとは思わない。
とりあえず、挨拶はしたのでこちらは問題ないだろう。
早速金魚捕獲の準備に入る。
広いグラウンドに、円を描く。
円の縁に文様を描いていく。
一心に、無心に、念を込めて。
この円の外に金魚が出ていかないようにとの、結界。それを張る。
張っている途中で、夏目の「名取先生……」という声が聞こえた。夏目の方を見てみたいが、結界を書いている途中で夏目の方を振り返るわけにはいかないので、そのまま描き続ける。
幸いにして猫ちゃんの方に結界の知識があったのだろう。
「夏目、アイツは結界を描いている最中だ。声をかけるな、集中が乱れる」
と言ってくれたようだ。
夏目はそれ以上近寄りも、私に声をかけることもせず、桜からも少しだけは慣れたところで猫ちゃんを腕に抱きながら黙って立ちつくしてくれたいた。
なので、ただひたすらに、私は結界を張り続けた。

どのくらい集中して描いていたのか。
私たちの通う学校のグラウンド、そのすべてに結界を描き切った。
「うーん」
腰を伸ばして空を仰ぐ。
猫の目よりも細い月が、まるで空に残した爪痕のように見える。
「さて……そろそろはじめるか」
私はゆっくりとした足取りで夏目の方へと向かっていった。
「やあ、今晩は夏目。待たせてすまないね」
「いえ……これ、結界ですか?」
夏目は私の描いた結界をつぶさに見る。
「大きいですね。おれ、これ維持とか出来るのかな……?」
少しだけ声に不安の色がある。私は安心させるようににっこりと笑いかけた。
「まだ描いただけだけだけど。これからこの結界に私の力と『血』を乗せる。まあ、つまり、光貴酒の力も使うから……それを維持してくれるのはそんなに難しいことじゃない……はずなんだけどね」
「そうなんですか?」
「まあ、結界にプラスして光貴酒だからねえ、捕獲網としては最上級クラスだと思うようん。これ以上強い結界は張れないからねえ」
「そーですか……」
「じゃ、そろそろ金魚の湧く時間だから……。夏目は桜の樹の側に居て、結界の外から結界をキープ。それだけに集中していて欲しい。猫ちゃんと私は結界の中に入るから。いいかい猫ちゃん」
「ああ、これから金魚食べ放題か」
にやり、と笑う猫の顔はちょっと不気味だった。
「あー、猫ちゃん?食べ放題だけじゃなくてお土産も持って帰るのを忘れないようにしてくれないかい?」
ふふん、と猫が更に笑う。いや、嗤う。
「土産がいくつ捕れるかはキサマの腕次第だろう名取。私は食うぞ、食って食ってくらい尽くしてやるっ!」
「……いや、食べまくってもらうのは願ったりかなったりだけど、尽くさないでね」
少なくとも2~3匹は捕獲しないと……私の未来はない。
「まあ、じゃあ始めますか」
先にと走り出した猫の後を追うように私も結界の中に入り、そして、先に描いておいた結界の線に力を加える。
ぽう……と、青白く輝きだす結界の青に、光貴酒の載せるために私は小刀で小指の先を切る。
「つっ……」
ぽたり、と一滴。
私の血の赤が光に交じる。
ぽたり、とまた一滴。
赤は、光に滲み、色を無くし、そして、結界の中を走っていく。
まるで、昼間の光のような輝きに目がくらみそうになる。
けれど、これは力を持つものにしか見えないものだ。
誰かが、この学校の傍を通っても、何も見えないだろう。
けれど、夏目は腕で目を塞ぐようにしている。
「夏目、ゆっくり目を開けて。光に目を慣らして」
「は、はい……」
結界に力を張り巡らせた後、私たちは結界の内と外で向かい合った。
「いいかい、夏目。手を出して。両手の掌を結界に当ててくれるかい?」
「はい……」
深く息を吸い、そして吐く。
そうして、恐る恐る、夏目は結界に手を当てた。
「この力を君に渡すから。キープすること、結界を維持すること。それだけを考えて」
「わ、わかりました」
ゆっくりと、力を移譲する。
「く……」
夏目が顔を顰めた。
「お、重い……」
「ごめんね、移す時はちょっと重い。……動きがあるからかな?」
奥歯をかみしめながら、耐えている夏目を見ていると、思考が別の方向を向きそうにはなるが、それは自制自粛。
「さて、私は手を離すよ。……一人で持てるかい?」
「だ、だいじょうぶ、です……」
「頼むね」
私が結界の光から手を離した途端にぽこりぽこりと水が湧くような音がした。
金魚だ。
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