小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

「……来た」
一匹、また一匹と金魚が湧く。
地面から顔を出し、そして、ゆらゆらと月を目指して夜空を泳ぐ。
白地に赤の体色は実に鮮やかで、まるで紅色の花びらの衣をまとっているようだ。月の光を浴びた鱗がきらきらと光って見える。四つ尾の尾びれもゆうらりと誘うように揺れている。
漆黒の空の下、月の光を浴びながらの空中遊泳だ。
鑑賞用としては、実に美しい。
優美とさえ思うのだが……いかんせん、こいつらは肉食だ。その証拠に、金魚の口元は恐ろしく、人間の顔でたとえるのなら耳のあたりまで裂けている。
……金魚の場合は耳と言うよりも、眼下を通り越してエラ蓋までが裂けていると言うべきか。その大きな口からは尖った歯が無数に見える。剃刀の刃のように切れ味は良い。もっとも簡単に根元から折れてしまうものではあるのだが、それがかえって厄介なのだ。腕にでも噛みつかれれば、その腕の肉に折れた歯が突き刺さったままで、それを抜こうと格闘している間に金魚には新しい歯がさっさと生える。
しかもやつらは団体行動を好む。
数十匹の金魚に襲われるなど全く持って冗談事ではない。
死なないまでも、あっという間に全身がかみ傷だらけでそのかみ傷にはもれなく剃刀のような歯が突き刺さっているのだ。
できれば、尻尾を巻いて逃げてしまいたい。私に尻尾なんてないけれれど。
だからというわけではないが、逃げることは出来ないのだ。
放置して、妖力のない普通の人間を襲われても困るし、何より……金魚を一匹も捕まえられなかったとしたら的場に何をされるのか……。

前門の金魚、後門の的場。

天秤にかけて、考えてみる。

考えるまでもなく結論は出ている。
そう、既に、金魚鉢を用意し、虫取り網を手にしているのだから何を言わんや、である。
単に、自分の状況を平静に鑑みたくなかっただけだ。
「さて……捕まえないとね」
ため息を、吐く。
複数匹捕まえて、的場に差し出し、そして報酬に私も金魚飴の一つや二つもらわねば、単なるただ働き。
無料奉仕は好みではない。
労働にはせめて正当な代価くらい貰わないとね。
まあ、夏目と夜のデート、と考えてみれば報酬など得なくてもと思うが、どう考えてもこれはデートではないだろう。うん、デートと言うには少々殺伐としている。どうせなら、二人きりで海辺へとドライブ……くらいではないと納得がいかない。
などと現実逃避をしている場合ではない。
夏目を振り返ってみれば、緊張した面持ちで、それでもしっかりと結界を維持してくれている。これなら大丈夫……かな?とりあえず、猫ちゃんに目を移すと、むずむずむずっと猫ちゃんが身体を震わせた。
「う、おおおお……っ!」
……獲物を目の前にした肉食獣の目つきだな。うん、猫ちゃんも大丈夫だろう、多分。
「じゃ、始めようか。……猫ちゃんは、好きに金魚を追いかけて食べて……」
くれてかまわない、という言葉も発せないままに、猫ちゃんはスーパーダッシュで金魚に向かって突進した。
「やれやれ……」
ふう、とため息を吐句。とりあえず、急いで『金魚鉢』の封印を解き、それを左手に抱える。
「じゃ、私も行ってくるよ夏目」
一応、さわやかに見える程度の笑顔を夏目に向けてみる。
「い、行ってらっしゃ、い……?」
緊張しているようで、言葉が堅いと言うか上ずっている。私の言葉をおうむ返しにしたようである。
これが満面の笑顔で、しかも花柄のエプロンで新婚モードの……ああ、いや。妄想はやめなければ。
とりあえず、虫取り網を右手に構えて、何気なくすたすたと結界の中心へ向かって歩く。
既に、金魚達はパニックの極みだった。
猫に追いかけ回されて、捕食される。結界に閉ざされているので逃げ道はない。月を目指して浮遊するが、見えない結界に遮られて、その結界にごつごつとぶつかるモノもいる。
そんなパニック状態の金魚に、私は虫取り網を振りまわしていく。
虫取り網と言っても、セミを捕るような網ではなくて、むしろこれはハエ叩きに近いものだったりする。まあ、セミを取るような種類のものもあると言えばあるのだが、的場が用意してくれたのはこちらのタイプだった。
これは使い方が難しい。
ハエ叩きのように、べしっと金魚を潰してはいけない。まあ、それで身を守ることはできるが、つぶれた金魚は使えない。味が悪くなるのだ。
叩くのは、金魚の尾先かもしくは腹ビレの部分だけだ。
そこをかすめるように叩く。
すると、金魚は感電状態になって地面へと落ちるのだ。
そんなひらひらとした部位を叩くのが実に難しい。ついうっかり、失敗する。
「あー……」
潰れた金魚がまた地面に落ちた。
「うーん、やっぱり難しいねえ」
金魚に食べられないように、自分の身を防御しながらの作業はかなり難易度が高かった。それでもなんとか4匹の金魚を捕まえて、金魚鉢の中へ放り込むのに成功した。
金魚鉢の中の金魚は半分覚醒し、半分眠っているような状態をキープする。
ゆらりと、ぼんやりと、揺れているだけだ。
もう二・三匹くらいは欲しいなと思った時に、何やら悪寒がした。
ざわり、と肌が泡立つ。
金魚が、その目が、凶悪な光を帯びている。
今まで、猫に追いかけ回されて、パニック状態だったと言うのに。
「名取先生っ!危ないっ!」
夏目の声にハッとする。
金魚が、大きな口を開けて私へ向かってきている。とりあえず、虫取り網を振りまわして金魚を叩く。捕まえるどころではなく。容赦なく、殴り倒す。いや叩き潰す、か。
夏目がまたも叫びを上げた。
「ニャンコ先生っ!寝るなよっ!」
え?と思って猫ちゃんを見れば……「もう腹いっぱいだ……」と満足げにゴロゴロと横たわっていた。
満腹になって、小休止、か……?
……こ、これだから猫はっ!
今にも寝そうな、とろんとした目の猫ちゃんは無視して、私はひたすら身を守る。
叩いて叩いて叩き続ける。
金魚は一匹また一匹と地面に落ちていくが、これではきりがない。
かと言って何らかの術を行使する暇もない。
全ての金魚を叩き潰すしかないか……。
幸いにして結界の中に、金魚の群れと私と……役に立たない猫一匹。
まあ、時間がかかるし、体力も持つかどうかだが、なんとか単純作業を繰り返しておけばいつかは全ての金魚を叩きつぶすことが出来る……かな……。
「名取先生っ!逃げてくださいっ!もう無理……」
叫びと共に、ゆらり……と、何かが揺らいだ。結界だ。
「夏目っ!私は良いから結界を維持しなさ……」
叫んだが、遅かった。
「……え、えっ?」
結界が、歪み、壊れる。
金魚達が、一斉に動きを止めた。
結界の外に逃げるのかと思えば……違う。
無数の金魚がゆらりと向きを変える。
金魚は私など既に眼中がないようで、ただ夏目を、夏目だけを見ていた。
……何故だ?
向かってきても虫取り網で叩きつけられるから私に向かうのをやめて夏目に標的を変えたのか?
いや……。
理由などわからない。
考えても意味がない。
今は、夏目を金魚から守らなくてはならない。
金魚たちが一斉に夏目に向かって泳いでいく。
私は夏目の方へと走り出す。
最悪の場合はこの私の腕を犠牲にして金魚達を引き寄せれば……。
走る。全力で。
けれど、間にあわない。
金魚が、無数の金魚が夏目に牙をむく。
「夏目っ!逃げなさいっ!」
「……夏目、レイコを呼べ」
私の叫びと猫ちゃんののんびりした声が同時に発せられた。
硬直していた夏目は、はっとしたようにポケットから一枚の紙を取り出した。
ヒトガタの、紙。
それにふっと息を吐きかける。
「レイコさん、お願いします……」
紙の人形が、セーラー服の少女の姿を取った。
夏目に、よく似ているその少女は不敵な笑みを浮かべると、天に向かって指を立てた。


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