小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
轟音と、落雷。
炸裂する光に私は咄嗟に目を瞑る。そして耳を手でふさぐ。
しかし、少し遅かったのか、耳の中は音が反響している。何もまともに聞きとることが出来ない。
「レイコ……?」
精霊が、呟いたのが聞こえた気がした。
「やっぱり御存じなんですね?」
確信するような夏目の声。
仕方なく、恐る恐る目を開ける。既に光は収まっており、なんとか辺りを見回すことが出来た。
桜の木の精霊は、じっとセーラー服の少女を見つめている。
そんなはずはないのに、と精霊の唇が動く。
レイコ、という名らしい少女は一体誰なのだろうか?
尋ねる間もなく少女の身体が揺らぐ。
ゆらゆらと、揺れたかと思うと少女はふっと消えた。いや、違う。地面に落ちたのだ。けれどその姿は少女のそれではなく。既に一枚のヒトガタの紙に戻っていた。
夏目はそれが大事なものだという手つきで、丁寧に拾った。
「……ニャンコ先生のせいで一回分無くなった」
夏目が猫を睨む。
「仕方あるまい、腹がいっぱいでこれ以上食えん」
「いくらでも食ってやるとか行ったのは先生なのに。だけど……仕方がない、か。でも、後2回分しか残ってないんだから大事にしないと」
「まあ、そういうな。それを使ったおかげで進展もあろうというものだ。なあ、桜の木の精霊よ。レイコに見覚えがあるのだろう?」
にやりと、実に人間くさく猫が笑う。
桜の木の精霊は猫を睨みつけた。
「いくら夏目がお前に話しかけようと、お前は夏目などずっと無視をしていただろう。いや、無視とは違うか。夏目などお前の視界には入っていなかった。けれど、これならどうだ?レイコならば無視はできないだろう」
にやにやと笑う。
「所詮は夏目は単なる人間。多少の力はレイコから受け継いでおろうとな……。精霊の視界になど入るはずもない」
「ニャンコ、先生、もしかしてわざと……」
「さあ、な。だか、夏目。今ならあの精霊にもお前の言葉が届くやもしれんぞ」
言うだけ言って猫はごろんと横になる。「ああ満腹だ」とばかりに。
夏目は、ヒトガタの紙を手にしたまま桜の木の精霊を見つめる。
「あの……レイコさんをご存知ですよね」
「キサマ、何者だ」
精霊はただヒトガタの紙を見つめた。
「レイコはとうに死んだだろう。お前はなに者だ」
繰り返し、問う。
「レイコさんの遺産を探しているものです。……『友人帳』についてあなたは何かご存知ですよね」
友人帳、という言葉を口にする前に、私の方をちらりと見た。何か躊躇する気配。私には聞かれたくない類の話なのだろうか。けれど、夏目は、問いかける。
「私が、尋ねているのだが?」
「おれも、貴方にずっと聞き続けたんです。『友人帳』、ご存知ですよね。それを答えていただけたらあなたの質問にも答えます」
友人帳とは何なのだろうか?レイコさんとやらの遺産?いや、それよりも、夏目は桜の木の下に遺体や、桜の木の精霊が血を流していたのに心を痛めてこの精霊に話しかけていたのではないのだろうか?違うのか?
疑問などいくらでも湧くが、敢えて私は静観していた。口を突っ込まないほうがいいと判断して。
多分、何か夏目には隠していることがある。
それが、夏目があえて妖に関わらなくてはならない事情、か。
「知っていると言ったらどうするつもりだ?」
「おれは、『友人帳』を手に入れないといけないんです。それがないとニャンコ先生にかけられた封印を解くことが出来ない。レイコさんがニャンコ先生にかけた封印を解くことが出来れば……」
「『友人帳』を思う存分使う、か?」
桜の木の精霊は夏目を実に賤しい者のように見下した。
「使いません。あれはすべて解放します。この世にあれがあればいつ何時邪な心を持つ人たちに使われてしまうかわからない。解放できるのはレイコさんの血縁であるおれだけです」
「お前が使わないという保証はあるまい」
「使いません」
「それを証明できるのか?」
「おれは、ニャンコ先生と『友人帳』を解放して欲しいとレイコさんから頼まれました。あの人型の紙人形がその証拠にはならないですか?あれはそのために、レイコさんが俺にくれた力です。解放して欲しいというのがレイコさんの遺言なんです。だからおれは……」
ふむ、と桜の精霊は一つ頷いた。
「まあ、信じるも信じないもないが、あれは放置しておいても問題はない。人間にも妖にも手など触れられない所に保管されていると聞いた」
「……やっぱり知っているんですね。あなたが封じたんですか?」
「レイコの血縁ならレイコに場所くらい聞いているはずだろう」
「おれがレイコさんから聞いたのはあなたがいる桜の木だったんです。でも『友人帳』はなくて、その代わりに血まみれのあなたがいた。だから、血まみれのあなたは……おれには『友人帳』の影響でああなったのかと思ったんですよ」
「ほう……」
やっぱり、か。と思ったが、やはり私は口を挟まずにいた。
まあ、私もね、言えることと言えないことがあるとは思うしね。
同じように妖を見る力を持っているとはいえ、そんなに簡単に信用は得られないしね。
教師と生徒なのだから、先生を信じなさい、などと言ったところではいそうですねなどと即座に信用など得られるはずもない。
だけれども、少しだけ心がやさぐれてしまうなあ。
少しだけ、もう少しくらい信用されてもいいんじゃないかなあとか思ってしまうなぁ。
……所詮、私も、夏目にとっては単なる他人、ということか。
言ってくれたら手伝うくらいはするのに。
頼ってくれたら張り切って手を差し伸べることくらいはするのに。
あーあ、と少しだけ空を仰いでしまうけれど。
夏至の夜の闇が深いだけで、希望の光など見えやしない。空に星くらい瞬いてはいるけれど、それすら夜の濃さを深めるだけだ。
などと落ち込んでいる場合ではない。
距離があるなら詰めればいい。
まだ信頼されていないというのならこれから信頼されればいい。
友人帳とやらが何かは知らないけれど、夏目の目的が何かも知らないけれど。
これから知って、夏目から頼られる存在になれればいい……と、前向きに考えたところで意識を夏目と樹の精霊のほうに向けた。
「……告げたところでお前にはあそこになど行かれはしないよ」
「それでも、教えてください」
「人間などが行ったら死ぬかもしれない所だ」
「そんなの行ってみないことにはわからないじゃないですか」
「では、場所の名前だけ、告げてやろう」
そうして、桜の木の精霊が告げたのは、私もある程度は知っている場所だった。
「お前達人間が『鬼塚』と呼んでいる場所。あそこに『友人帳』は隠されているよ」



『鬼塚』はその名の通り《鬼》の居る《塚》だ。
そこには金銀財宝が山とあり、それを鬼たちは守っているという。
的場が欲しがっているのだがいかんせん、普通の人間が気軽に立ち寄れる場所ではない。
気軽に、ではなく、気合いで向かったとしても無理だろう。
《鬼》がいる。
その鬼になど対抗できる術はない。術などないというのに、夏目はその、友人帳とやらがその『鬼塚』にあるとわかってにっこりと笑った。
「ありがとうございます。場所がわかれば後はおれにもなんとかできるかと思います。『友人帳』は必ず、誰の手にも渡らないようにおれがきちんと解放します」
……知らないとは恐ろしいことだ。
『鬼塚』の名を聞いて、先ほどまで待ったりと寝転んでいた猫ちゃんすら総毛を立たせているというのに。
「おまえ……馬鹿か」
精霊が思わずこぼした。
私も、言う。
「やめなさい夏目。あんなところに行ったら一瞬で死ぬ……。いや、真っ当に死ねるのならまだマシで、《鬼》に取りこまれて、夏目も《鬼》と化することになりかねないんだよ」
あの的場ですら、躊躇を見せた場所だ。
だというのに、夏目は笑うのだ。
「名取先生、先生は『鬼塚』の場所を御存じなんですね」
にっこりと。
……夏目は、見かけどおりの純粋無垢な、綺麗な少年ではないらしい。腹の中に黒さも秘められるらしい。いや、それだけ友人帳とやらの解放に必死になっているというべきなのか。
けれど、黒かろうが白かろうが、夏目の笑顔は可愛いなあ、と思ってしまうあたり、私も終わっている。合掌。

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