小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
「知っているなら教えてください名取先生。おれは……、絶対に、レイコさんの友人帳を取り戻さないといけないんです」
真剣な夏目の視線をすっとそらす。
絶対に、ね……。
ため息を吐く。
「遺言、なんです祖母の」
だからなんだ。死んでしまった人間の頼みなら何でも聞くのか。
「だからどんなことをしてでもおれはレイコさんの願いをかなえたい。それを、かなえることができるのは多分もうおれしかいないんです」
どうかお願いします……、と。縋り付く瞳で見つめてくる。
「……簡単に、どんなことでも……とかそういうこと言葉を吐くものじゃないよ夏目」
また、ため息を吐く。引き換えに無理難題でも突きつけたらどうするつもりだろうな、夏目は。
「簡単になんて言ってませんっ!」
必死なのは、わかるんだけれどもね。
「……だったら言うけど。確かに私は『鬼塚』を知っている。というより、その場所を知っている人間を知っている。だから、夏目を案内することは……まあ、不可能じゃない。それから、どうしてもその……、なんだったけ?ああ、『友人帳』?とかいったかな?それがもしも本当に『鬼塚』にあるのだったらそれを取り戻す手伝いをすることはできるよ」
「本当ですかっ!」
勢い込む夏目を私は手で制する。
「出来るけど、ただし、よく聞いて。……の、命を懸けることになる。それでも本当にいいのかな?」
命を懸けるの前の言葉はわざと声を低めた。夏目に聞こえないように。
精霊はもはや自分には関係ないとばかりに背を向けて。
ねこちゃんは、あからさまに顔をしかめる。そして夏目は……。
「おれは、死ぬ気なんかないですけど、命を懸けるくらいに必死にならないといけないのなら、なります」
試されてると思ったのか。
それとも真剣じゃないと私に誤解されているとでも思ったのか。
全力で、頑張って、やってみる。
それは非常に美しいことなんだけれどもね。
たとえばそう、私のような教師が学校という場で生徒に必死になって全力で取り組めば願いはかなうなんて言葉を簡単に言って、そして生徒はそれを信じたりもする。
成績のあまりよくない子供たちがそれでも「先生、頑張れば志望校に受かるかなあ」だの「どのくらい練習すれば大会で優勝できると思いますか』なんて、希望に満ちた目で聞いてくる。
受からない、だの、いくら練習したって優勝なんて無理なんじゃない、なんてことは絶対に言わない。
がんばれ、全力を尽くせ。後から後悔だけはするな。
決まり文句のように、言う。
額面だけの美しい言葉。
だけど、全力で、必死になって頑張ったところでかなわないことなんて、山のようにある。
結局人生は、ある程度まで頑張ってはみるけれど、どこかで折り合いをつけて生きていくしかないんじゃないのかななんてそう思う。
たとえばそう、どうしてもほしいものがある。売っているから簡単に買うことができる。
だけどそれがもしも百億円とかそういう値段だったらどうするかな?
あきらめて、類似の、ほかのものを手にして、それはあきらめるとかしないかな?
どうだろうね?
夏目だったら本当に百億円を稼いで、それを手にするのかもしれないけれど。
それともまだ、どんなに頑張っても手に入れられないものがあるといいう現実を知らないだけなのか。
遺言、ね。
亡くなった人のために、自分の命を落とす覚悟……というか、まあ、そのくらいの必死さはあるのだろうけどだけどね。
目を細めて夏目を見る。
必死になるといった夏目に、こんなひどい言葉を浴びせるのはちょっと心が痛むのだけれども。
意地が悪いなあ私も。
「あのね、夏目。必死になる覚悟があるのはわかるけど、」
ゆっくりと言う。
「もう一回いうからよく聞いてほしい。『鬼塚』に夏目を連れて行くことはできる。夏目の望みをかなえる手伝いもできる。だけど、そのために、命を懸けることが、」
「わかってます」
「いいや、わかっていない。それから言葉を途中で遮らないように。……私が夏目を『鬼塚』に連れて行ったら、死ぬのは私だ、と言っているんだよ」
「え……?」
「それでもいいかい?」
「えっと……、名取先生?」
聞こえていなかったのではなく私の言った言葉の意味が分からなかったようで、夏目は口をぽかんとあけたまま私の名を呼んだ。
「もっと簡単に言おうか?『鬼塚』に『友人帳』とやらがあるのなら、それを夏目は手にすることができる。ただし、この私の命と引き換えに、だ。つまり、私は死ぬ。それでも『鬼塚』に行きたいかなと聞いているんだよ、夏目」

ギブアンドテイクとか。
等価交換とか。
いろんな言葉が世の中にはある。
当たり前の世の中の仕組みで、何もトクベツなことではない。
コンビニに行って買い物をする。商品と引き換えに代金を支払う。
単純で当然なことだ。
それと、同じ。
『鬼塚』に行って『友人帳』を手にする。代価は私の命。
実に単純明快。
だけど、夏目は何を言われたのか分からないという顔をしている。
まあ、そうか。そうだろうね。
私の腕の、光貴酒。それを好まない妖はいない。
よく言えば好物。的場に言わせれば妖のエサだ。
「単純な話なんだけど、私が『鬼塚』に行ったら『鬼』達は私を腕ごと食べてしまおうと襲ってくるだろうね。その隙に、夏目は『鬼塚』から『友人帳』とやらを取り戻して帰ってくればいい。
それで、夏目の願いは叶う」
「ちょっと待ってくださいよ、それって先生は……」
「いいから最後まで聞きなさい。夏目が一人で行ったところで『鬼』に食われて終わりだよ。レイコさんとやらのところに行くだけだ。まあ、だけど、私が一緒ならね」
夏目は唇をかんで、うつむいた。
あきらめる、かな?
それとも私の命などどうでもいいかな?
黙ったままの夏目を私はじっと見つめた。目など逸らさない。夏目の答え次第で私もどうするかを決めたいから。
私とは逆に夏目は視線を彷徨わせていた。考えて、何かを口に出そうとして、それを躊躇して。猫ちゃんのほうを見て、だけど、猫ちゃんは我関せずというか夏目自身が決めることだといわんばかりにそっぽを向くから、やっぱり
何度も迷って。
それでも、何度目かの躊躇の後、夏目ははっきりと私の目を見てこう告げた。
「名取先生の命も代償にしないで。それでもおれが『鬼塚』に行ってレイコさんの『友人帳』を取り戻す。……その道はありませんか?」
「ない……と言ったらどうする?」
「だったら、探します」
即座に、答えてきた。
若いなあ、子供だなあと思うけれど。
まっすぐな瞳。
身じろぎなど決してしない姿。
ああ、そうか。
私はふと思い出した。
一番最初に夏目を見た入学式の時。
あの時夏目はまるで時が止まったかのように桜を凝視し続けていた。
それと同じ瞳が今ここにある。
たぶん、私は。
そう、きっと。
この瞳に魅かれたんじゃないのかな。
大人になった自分がもうすでに失くしたもの。
まっすぐな、強さ。
まだ世の中を信じているんだなきっと。
この私の腕に、光貴虫が入り込む前。的場をヒーローのように思っていたころの私。
……裏切りとか理不尽とか。それを知らないわけではないのだろうけど、けれど、まっすぐに立ち向おうとする姿勢。
だけど、世の中そんなに甘くはないんだよ。
頭から信じ込んでいれば騙される。
所詮、弱いものは強いものの餌になる。
……なんて、言ってあげてもいいのだけれど。
だけど、私はこれでも教師の端くれだからね。
生徒が、頑張っているのなら、手助けするのが先生ってものだろう?
そのくらいの、理想論というか甘さを持っていてもいいんじゃないのかなと思うんだよね。
だから私はくすりと軽く笑ってこう答える。
「なら、探そうか。というかまあ……私も死ななくていい方法は多分あるからね」
目には目を、歯には歯を。鬼には鬼を。
そう、出来るだけ関わりたくはないが、手段はある。
『鬼』には的場を。
あの悪魔のような的場だったら、『鬼塚』の鬼に対抗できる手段はきっとある。
……だけど、その代償は……鬼に食われたほうがましかもしれないけどね。

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