小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
と、いうことで、とりあえず私は夏目を的場の家に連れてきた。

何年ぶりだろうか、ここにやってくるのは。
正直、来たくなかった。
的場にも会いたくはない。
ここ数年、的場とは電話でしか話してはいない。
捕まえた『金魚』だって持参するのではなく、送りつけてそれで済ませるつもりだった。
けれど、まあ仕方がない。
『鬼塚』の場所を教えてくれ、なんて、電話越し程度であの的場が教えてくれるはずもない。

私は出された茶にも手を付けずに、じっと正座をして的場が来るのを待っていた。
夏目は、落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見回し、猫ちゃんはどこかに姿を消していた。
とりあえず、視界にはいない。
視界と言っても的場の屋敷は無駄に広い。
今、待たされているこの和室もはたして何畳あるのやら……という感じである。
昔のお殿様の謁見の間とかそういうのが近いのかなというまあそういう間取りだ。ああ、日本の場合謁見の間とかは言わないんだったかな?なんて言ったけ?ええと……殿様に拝謁する場所……は、「会所」?だったかな?「大広間」?「書院」?言葉がわからないのは何となく気持ちが悪いから、今度社会科の先生方にきいてみよう……などと思考を余計な言葉で埋め尽くしてみる。
もちろん、的場に会うというその事実から目を背けているだけだ。
はあ……と、溜息を吐いてみる。
夏目が落ち着かないように正坐をした足をもぞもぞと動かしながら私のほうを伺うようにしてみる。
「……あの、先生」
「うん?」
「………………すっごく広いお宅ですね…」
夏目の言葉と同時に、かっこーんと獅子脅しの音が鳴り響いた。その音と時同じくして諸悪の根源登場。
「待たせてしまいましたね、名取。……それから、そちらの君も」
的場がにっこりとほほ笑む。
「名取がわざわざ来るとは思わなかったものですからねえ……」
私だってわざわざ来るつもりなどはなかった。
無言で。すっと、捕獲した『金魚』を的場に差し出す。
的場はちらりと確かめただけで、悠然と、座る。
「それで?名取がわざわざこれを届けるためだけに私の家に来るはずありませんよね?」
さて、どうやって切り出せば、多少なりともこちらに有利に話を持っていけるか。
私がそう思案している間に、夏目が勢い込んで告げてしまった。
「あの、貴方が『鬼塚』の場所を知っていると名取先生から聞いたんです。だからおれにその場所を教えてくださいっ!」
……止める間もなく、なんの戦略もなく。馬鹿正直に真正面から夏目はそう言った。
有利も不利もへったくれもない。
この状況をどうしようかと私は頭を抱えたくなった。
正直なのはいいことだ。
夏目の美点だとも言える。
だが、交渉相手は的場なのだ。
……他人のというかこの私の腕に気持ちの悪い虫を仕込んで平然とするような人間なのだ。
あ、人間……のカテゴリーに加えてもよいのだろうか……。悪魔とか、その手の……と、いかん。思考が脱線している。
気を引き締めなければ。うっかり足元をすくわれる羽目になる。
「的場、」
と、とりあえず、面白いおもちゃでも見つけたような、獲物を目の前にして舌なめずりをする一歩手前のような顔の的場を私は真正面から睨む。
「何ですか、名取」
視線が夏目から私へと向けられる。
「知っているだろう?『鬼塚』の場所くらい。……教えてもらえないか?」
「おや、名取も知りたいというのですか?」
「この子は私の生徒だから。それから、的場のことを教えてしまった責任もある。だから、『鬼塚』にこの子が行きたいというのなら、私にも……保護責任が生じる」
苦しい言い訳のような気もしないでもない。と、私が思っていることなど的場にはお見通しだろう。面白そうに、笑う。いや、嗤う。
「責任、程度で命を投げ出すつもりですかねえ……」
あざけるように、言う。
「命を投げ出すつもりなんかない」
「ですが、名取。自分の腕に何があるのか分かっているでしょう?『鬼塚』になんて行ってごらんなさい。あっという間に鬼どもにその腕ごと喰われてしまいますよ」
「……そうなるとは限らない」
「なりますよ。十中八九ね……」
「身を守るすべくらい知っている」
「まあ、いいですけどね。名取が行きたいというのなら連れて行って差し上げても」
「的場……?」
あっさりと、了承するとは思わなかった。いや、こうあっさり連れて行くというには何か裏がある。私は探るように的場を睨む。
「ああ、そんなに疑うように睨まなくても他意はありませんよ」
「……信じられると思うのか?」
「ええ、信じてもらいましょうか。私とても『鬼塚』に欲しいものがありまして。けれど、リスクが高いから今まであの場所には行かなかっただけですが。まあ、名取が行くというのであれば……ね」
なるほど。納得した。
いざというときは、私を盾にしてその欲しいものとやらを手に入れるのだろう。
憮然とするがまあ仕方がない。
「……連れて行ってもらえるんですか?」
的場の真意などわからない夏目はあっさりと了承したかのように一見見える的場を凝視する。
「ええ、もちろん。行きたいのでしょう?」
「はいっ!」
「ただし、聞かせてもらえますか?君はなぜ『鬼塚』に行きたいのですか……?」
「それ、は……」
「危険な場所ですよ。命を、掛けるほどの覚悟を持っていますか?物見遊山で行けばうっかり死にますよ。それにね、人に頼みごとをするのならきちんと理由くらい言うべきだと思いますけどね」
夏目は口を噛む。
言えないのだろう。多分。いや、何か言ってはいけないことでも抱えているのか。
少しの間だけ、夏目は考え込んでいるようだった。
どこまで何を言ったらいいのか、どこまでだったら言えるのかを考えている。
しばらくすると、夏目は重い口を開き始めた。
「……夏目、レイコという名をご存知ですか?」
「……君との関係は?」
「夏目レイコはおれの祖母です」
「ふうん……。彼女は死んだという噂だけれどねえ」
「はい。……それで、祖母の、ある遺品が……『鬼塚』にあると聞いたんです」
「夏目レイコの、遺品……」
「おれは、それを、取り戻さないといけないんです。……今おれが言えるのは、ここまでです。『鬼塚』に連れて行ってください」


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