小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。


「ええと……夏目?私が尋ねたのは猫、なんだけれども……」
放課後の国語科資料室に夏目と二人きり。
……で、あったらなんという素晴らしいシチュエーションだろうなどと歓喜するべきだったのだろうが、残念ながらもう一人、いやもう一匹が、いた。
猫に見えないこともないそれが、しもぶくれの顔でにやりと笑う。猫の優美さからはかけ離れているというかブサイクというかちんちくりんというか……。
実に珍妙な生き物だ。
「一応、猫なんです。ええと、おれは『ニャンコ先生』と呼んでます」
「そ、そうか……」
猫か。
そうかこれでも猫なのか。
とりあえず、気を取り直してその猫に私は向きあった。
「ニャンコ先生というからには猫と言えるのか……。ええと、猫ちゃん?聞きたいんだけど、『金魚』は好物かな?」
きらんと猫の目が輝いた。
「なにっ!『金魚』だと!寄こせ、あるならさっさと寄こせ!いくらでも食ってやる好物だ!」
好物なのはよかった。
だがしかし。
「今ここにはないんだ。これから捕まえなければいけないんだけれど……。ええと、猫ちゃん?その身体であの『金魚』を捕まえることができるのかい?」
猫の俊敏さなど欠片もなさそうな丸いフォルムに少々不安を覚える。素早く動けないのであれば、逆に『金魚』のえさになってしまうだろう。
猫は「ふんっ!」偉そうに私を見下すような目つきになった。
「まねき猫を依代に封印されだのでな。この形に身体が慣れているだけであって本来はとても優美なのだ。……レイコの封印さえ解ければ……」
後半だけはぼそとした声だった。声を抑えたつもりだろうが、そんな口調で言われれば、そちらの方が気にかかってしまう。
「封印?レイコといいのは……?」
はっとしたように猫が黙った。
夏目に説明を促そうとしたが、夏目は目線を逸らしていた。
……言いたくない、のかな。知りたいと思ったけれど、無理に聞き出すことはしない。私は夏目に安心するようにとにっこりと笑いかけた。
「猫ちゃんが『金魚』を捕まえられるのであれば、優美だろうとちんちくりんだろうと何でもいいんだけどね」
夏目はほっとしたように胸をなでおろした。
やはり、知られたくないらしい。
……まあ、そのうち聞きだしてみよう。
「そうだ、問題は『金魚』だ。さっさと寄こせすぐさま寄こせ食わせろっ!」
えーと、お腹が空いているのだろうかこの猫は。
「……今、ここにはないといったよね?。夏至の夜に金魚が湧くからそれを捕まえないといけないんだけど。だから、猫ちゃんにね、捕獲の手伝いをしてもらいたいということで……」
「捕獲?」
「ああ……。さすがに私一人では不可能だからね」
不可能というよりも、食われて死んで骨までの残らなくなるだろう。
ふう、とため息をつくが、仕方がない。
的場からもうすでに『金魚鉢』も『虫取り網』も届いてしまったのだ。これをただ返却しただけでは……次にどんな無理難題を押し付けられるのかわからない。それに、私とて『金魚飴』は欲しいところなのだ。あれさえあれば……。いや、取らぬ狸の皮算用はやめておこう。捕まえてから考えればいいのだそんなことは。
とにかく、やるしかない。
そして、出来るだけ数多くの金魚を捕獲するしかない。
「捕獲などキサマにできるのか?あれは逃げ足が速い。私の……猫の姿を察知すれば一瞬硬直はするが、即座に全力で逃げ切るぞ」
「だから、私が結界を張るつもりだよ。猫ちゃんはその結界の中で『金魚』を追いかけまわしてもらいたいんだ。まあ、自力で捕まえられる分にはいくら食べてもらってもいいし。そうしてもらっていれば私も安心して『虫取り網』で『金魚』を捕まえることができる。数多く『金魚』を捕まえることができたらそれはすべて『金魚飴』にしてもらえるから……。捕獲数の半分は猫ちゃんにあげるよ。これでどうかい?」
「いいだろう。一匹でも多く生の『金魚』を食してやろう。キサマが捕まえたモノの半数の『金魚飴』もちゃんと寄こせよ。あれはあれで実に美味だ」
「ああ……。では『契約』成立でいいかい?」
金魚飴の味でも思い起こしているのか猫はニタリと笑った。
「それはコイツ次第だな」
猫は夏目に視線を流した。
「ええと、名取先生が結界を張って、『金魚』を捕まえて、ニャンコ先生がその『金魚』を追いかけまわすんですよね。じゃあおれは何をお手伝いすれば……」
おお、ありがたい。夏目はすっかりやる気になっているようだ。
だけど、夏目を危険な目にあわせるわけにはいかない。
私は少し考えるふりをする。
「夏目は結界とか張れるかい?いや、維持が出来ればそれでいいのだけれど」
「いえ……やったことないですけど。でも教えてもらえれば多分……」
「夏目ほどの霊力があれば維持はそう難しくは無いと思うよ。結界を張るのは私がやってそれを維持してもらえればとても助かるな」
「そうなんですか?」
「維持はエネルギーをキープするだけだからねえ。保て、と意識してもらえれば大丈夫。そうだね、それに夏目に結界を維持してもらえれば安心して私は『金魚すくい』に集中できる。さすがに結界を張りながら『金魚』の捕獲はしんどくてね」
「えっと、名取先生に結界の方やってもらっておれがその『金魚』を捕まえる方を担当したほうがいいのでは……」
危ないからと、私が言う前に猫がちらりと夏目を見る。
「やめておけ夏目。お前のようなどんくさいヤツは『金魚』に食われてお終いだ」
ナイスだ猫ちゃん。私は重々しく頷いた。
「正直結界の維持の方が重要なんだよ。『金魚』を一匹でも逃せば大変な被害が出るからね。だから、そちらを夏目に頼みたいんだ」
「あ……はい」
『金魚』は肉食なのだ。そんなものを逃がすわけにはいかない。
というよりも……逃がしたらきっと的場がにっこり笑って恐ろしいほどの無理難題を告げてくるだろう。
そんなことになるくらいなら『金魚』に腕の一本くらい差し出したほうがマシかもしれない。

――名取が失敗したんですから名取が責任を負うべきでしょう。その腕、差し出してください。その腕があればおびき寄せられてくるでしょうからそこを一網打尽にできますからね。

――ああ、失敗したんですかそうですか。では代わりに……そうですね、『鬼塚』にでも行ってもらいましょうか。

……まあこれらは単なる想像だが、リアルに的場の声として私の耳に響いてきてしまう。
ああ嫌だ嫌だ。
頭を一つ振って、意識を切り替える。的場のことなど考えたくは無い。

「まあ、とりあえず、最大の難関は夏目が夜に外出できるかどうかということなんだけど」
「え?夜……なんですか?」
「そう。『金魚』が出るのは夜中なんだよね。外出とか、出来る……?」
「ええと……」
「やっぱり無理かな?」
「えーと、その日は友達のところに泊って、テスト勉強するとか、理由付けて外泊すれば……」
ああ、それはいい案かもしれない。
「あ、じゃあその案に私も乗ろう。友達同士だけだと保護者の方も心配かもしれないから、担任の私も参加して、一緒に皆で勉強合宿というカンジにしておけば大丈夫かな。うん、夏目、そうしよう。そのほうが外泊しやすいだろう」
「えっといいんですか?」
「もちろん口実だけどね。希望者のみの勉強合宿、主催は私というカンジで保護者の人に話をしておいてくれ。2,3日経ったら私のほうから夏目の保護者の方に参加不参加の確認連絡の電話を入れる。そうすればまあ大丈夫だろう」
「はい、すみません」
「すまないというのはこちらだよ夏目。私のほうが夏目に手助けをしてもらうのだから」
「そうですね……。でも、今回のこれは、おれ的には前回の桜の精霊の件の御礼みたいなものですから……」
うーん、御礼かあ。それはそれで残念なような。
私としては『金魚』にかこつけて、夏目と二人……ではないけれど、夜のデート半分という下心が……ああいや、そんなこと考えてはいない。
失敗したら的場になにをされるかわからない。
的場が、夏目に目をつけてしまうかもしれない。

それは、駄目だ。気を引き締めていかなければ。

「じゃあ、夏目……それから猫ちゃん。夏至の夜はよろしく頼むね」
私は夏目と猫に頭を下げた。

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