小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

返事はなかったので私は勝手に言葉を続けた。
「名のある桜の君と存じます。その貴方が何故そのような姿をしているのか疑問をもちまして。というかそんな姿で居られるのは正直迷惑なんです」
『おやおや……。この姿が気になるのかね』
気にしているのは私ではなく夏目だが、それは言わないでおく。
「そりゃあそうでしょう。血まみれの樹の精霊など見たことも聞いたこともありません。……恨みを持つ人間の霊や下級の妖魔ならともかく」
『気にしなければいいだろうに。別に私が実際に血を流しているわけではないのだから』
「まあ、痛みなど貴方は感じないでしょうけれどね」
これで、夏目も気にしなければよいのだが、と思った瞬間に桜の樹の上にいるモノは爆弾発言をのたまってくれた。
『痛みなどは感じないが影響は受けるんだよ。この私の桜の樹の下に人間の死体が埋められているのでな』
人間の、死体。
それがここに埋められている。
それを聞いて夏目が叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってください。死体が埋まっているってどういうことですかっ!」
けれど、樹の上のモノは夏目の言葉など聞こえなかったように無視をしている。
夏目を手で制して私は樹の上のモノに問いかける。
「死体がこの下に埋まっているから、貴方はその死体の影響を受けて血を流しているように見える……というわけですね」
『ああ、そうだ。この樹の根から死体の養分を吸い上げるだろう?するとだ、この私の姿にも影響が出てしまうんだよ。死体は今の私の様相と酷似しているよ。頭は割られ、腕は取れかけ……とだね。まあそれだけだ。気にすることはない』
「き、気にすることはないって……」
「夏目、ちょっと黙っていてくれないか?」
「でも……」
「いいから」
制して、私は樹の精霊に向き直る。
「貴方に取って人間などどうでもいい存在でしょうがね。私にとっては一応同族です。まあ、その死体本人とは面識もないのでどうでもいいのですが……。貴方のその姿が非常に迷惑です。この道を通るたびに同族の惨殺死体状態のものを目にする不快さがわかりますか?」
『そういうものなのかい?』
「ええ、そういうものなのです。せっかく美しい桜の花や樹を見上げた途端そこにあるのが血を流した死体では……食欲も失せるというものです。単純に気持ちが悪いですから」
『まあ……そういうものか』
「ええ、そういうものです。つきましては《契約》を願いたいのですが、受け入れる意思はありますでしょうか?」
『《契約》とはまた……』
桜の樹の精霊は片方の眉をおもしろそうに上げた。
妖や鬼や精霊や……人間も、普通はこの《契約》を結べばそれを無視することは出来ない。
書面上の契約でなくても言葉自体が呪になっているのだ。これも的場から身を守るために私がおぼえたものの一つだ。
まあ、上級クラスの精霊などには無意味なものだし……、逆に下級すぎて人語を理解できないものにも使えない上に、当の的場にも通じなかったものなのだが……。とりあえず、中級程度のものとであれば使える呪なのである。
……これが的場に効かないというのは本当に解せない。的場はやっぱり人間ではないのかもしれない。
おっと、思考が逸れてしまった。今は目の前のこの桜の樹の精霊に集中しなければ。
『もしやその光貴酒を私にくれるというのかい?』
「まずは《取引》といきましょう……。受け入れますか?それとも拒否しますか?」
『それを欲しがらないモノはいない……と先ほど言っただろう?』
「では《取引》承諾ということで、《交渉》に入ります」
私はゆっくりと私の言葉に言霊を載せる。呼吸を浅くして慎重に言葉を選ぶ。
『ああ。光貴酒と引き換えにお前は何を望む?』
私はほっと息を吐く代わりに、ゆっくりと息を吸った。よかった。安心した。この桜の樹の精霊は話しも通じるし、《取引》も《交渉》も可能なモノだ。
……小者の魔物や鬼などは交渉も何も無しにいきなり私に食いかかってくるからたまらないのだ。あとは取られ過ぎない程度に言葉を選べばいい。
「貴方の姿を元に戻すこと。割られた頭部を直し、血など流さずに。それからその切り取られかかった腕も元の通りくっつけてください」
『死体の影響を切れということかい?』
「ええ。視覚上の問題さえなければ貴方の存在に私が関与することはありません」
『視覚上問題がなければいい……。ああわかった。では……二噛みほどが妥当だな』
「姿を元に戻す程度ですよ?貴方ほどの方であれば息をするよりも簡単にできるでしょう?……一噛み程度では?」
『……まあ、一噛みでも構わないがね……』
桜の樹の精霊はあっさり承諾した。……何か、裏にあるのではないのかと勘繰りたくなるが……。まあ、止めておこう。下手を打つと藪蛇になる可能性も出てきてしまう。
私は更に上腕まで腕をまくると、精霊に対して左の腕を差し出した。
「《取引》は成立です。貴方の姿を元に戻す代わりにこの腕の光貴酒を一噛み分献上いたします。以上を持って《契約》とする。……では、どうぞ」
ふわりと軽く。桜の樹の精霊は私の元へと飛んでくる。
そして。
『では、いただこう……』
ぺろり、と舌なめずりをして、容赦なく私の左腕に噛みついてきた。
「つぅ……っ」
吸血鬼が、獲物の血を吸うのと似ていると、こういう時いつも思う。
吸われているのは私の首の血ではなく、左腕の光貴酒なのだが。
まあ細かいことはどうでもいい。
「名取先生っ!」
夏目が叫ぶが、気にするなと言ってあげる余裕さえない。
一噛み……という契約だったがそれにしては長すぎる。ずるずると容赦なく、引きずり出される感覚にめまいがしてきた。
《交渉》など無視して勝手に私の光貴酒を貪れるほどに神格の高いものだったのかこれは……。《交渉》に乗ったふり、《契約》を交わしたふりで、私を貪るつもりなのか……。だから、一噛みでいいとあんなにあっさり承諾したのか……。と、私は舌打ちしたい気分になったが、樹の精霊はあっさりと、私から離れ、桜の樹の上に戻った。
既に寝そべって、満足そうにあくびなどをしている。
私は取られ過ぎたせいでぐらりと視界が揺れた。べつに血を取られたわけではないのだがたとえるのなら貧血のような状態だ。ぐらり、と身体が傾く。それをなんとか支えようと足に力を入れるけれど、支えきれないようだ。
「先生っ!」
倒れる、と思った瞬間に夏目が私を抱きとめてくれた。
「……ありがとう、夏目」
私よりもかなり背の低い夏目が私の腕の中にすっぽりと収まる。……こんな時だが正直役得。
「……大丈夫なんですか?」
「まあ、ね。取られ過ぎてちょっと貧血。だけど、これで大丈夫だろう?」
「え?」
「これで、あの精霊のことを夏目が気にする必要は無くなっただろう?」
腕も動かせないので、樹の上に視線だけを動かした。
血まみれの惨殺死体状態の精霊はもう居ない。麗しい銀色の髪が風にそよいでいる。この姿をしていれば、夏目が気に留める必要もなくなるはずだ。ついでに樹の下の血溜まりも綺麗に消えていることだし。
これで安心……と言いかけたところで、先ほどまでは無かったそれが目に入った。
血溜まりがあったところに人間の腕が見えていた。
白骨化はまだしていないが、崩れかけた肉が付着している人間の腕。
おそらく……というかまあこの樹の下に埋められていた死体のものだろう。
「その死体の腕は……貴方がしたものですか?」
『おや?迷惑かい?』
「いいえ、助かりますが……。こういうことはきちんと《契約》してからにして欲しいものですね……」
一噛み以上私の光貴酒を吸ったのは、死体を地中から引き出したためか。
『今姿を元に戻したところでこれがある限りいつかまた私の姿は血まみれになるからね。あとは人間の領分だ。勝手にこれを処分しろ」
警察に連絡をして、遺体を掘り出して運んでもらって、葬ってもらえればまあそれで一件落着だ。納得はいったが少しばかり不満が残る。
これは一応精霊の親切心からのモノだろうと好意的に見てもいいのだが……正直勝手にするな、と罵りたい。
最初から死体の処理に対して手を貸してくれるつもりならそれを言えというのだ。
勝手に私を貪らないで欲しい。
……まあ、この桜の樹の精霊は《契約》など無視できるほどに神格が高いのだ、きっと。《交渉》をしてくれただけでも結果オーライなのかもしれないが……釈然としない。
「それでも少し吸いすぎ……だと思いますがね」
まあ、悔し紛れの捨て台詞だ。こんなセリフに桜の樹の精霊が反応するとは思わなかったのだが。
『そうかい?では……そうだな。夏至の日に注意しろ、と言っておこうか……』
「夏至の日……?」
『今年の夏至の夜に。『金魚』が湧くよ。……代価としては十分な情報だろう?』
金魚といって当然それは普通の金魚ではない。妖というか、その領分の現象の一つで恐ろしく凶暴なものだ。『金魚』いう言葉を聞いて更に私の血の気が引いた。そんなものが湧くのは本気で困る。
「それは……。ありがとう、ございます」
もしかしたらこの樹の精霊は元々これを私に伝えてくれるつもりだったのかもしれない。……と、好意的に見過ぎるのも良くないか。
《交渉》は等価でなければならない。
それが鉄則だ。単にこの精霊は不足分を私に支払っただけにすぎないのだ。
情をかけるのは私のためにもならない。
人間とは異なるルールで存在しているものなのだから。彼らの親切心がそのまま私たち人間のためになるとは限らない。
『では去れ』
「かしこまりました。感謝、いたします」
夏目に支えられたまま、私は深く頭を下げた。警戒は残しつつ、それでも感謝の言葉は嘘ではない。『金魚』……か。これはまたやっかいだな。幸い夏至までは、まだ時間がある。ゆっくりと対策を練ればいいか。
とりあえず、私は腕の中の夏目に微笑みかけた。




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