小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

「名取先生、あの……」
「とりあえず、今回のあの桜の樹の精はあまり私達人間に干渉する類のモノではないようだからよかったけれどね。本来は危険なんだから、あまりあの手のモノに関わってはいけないよ夏目」
何かを言いかけた夏目に、あまり説教にならないような口調を心がけて、それでも注意を喚起しておく。
「でも……おれにとっては今更なんですけど。それに、おれの方にも色々妖とかその手の類のモノに関わらなきゃいけない事情があるんです」
「事情?」
「は、い……」
「その事情とやらを聞かせてもらうことは出来るかい?」
言い辛そうに、目線を下げる。うーん、知っておいた方がいのかと思うけれども……あまり問い詰めても駄目かもしれない。
「まあ、無理矢理聞きだしはしないけれど。これでもあの手のモノに対する関わりは私も長いからね。少なくとも私は夏目の手助けは出来ると思うけど。……まあ、その話はあとにして、まずは一つ頼まれてくれないかい?」
問い詰めたい気持ちはあるのだけれど。けれどまあ、とりあえず、夏目から離れて私は地面に座り込む。ああ、おしい。もう少し抱きついていたかったのだけれども、そうもいかない。
私の腕の黒いヤモリ。その尻尾が既に復活している。妖怪や精霊たちと関わっている時間は日常の時間と流れを異にする。
もう、かなりの時間が経過してしまっているのだ。夏目も帰りが遅くなれば保護者が心配するだろうし、私の方も……職員会議が始まっていることだろう。サボリはマズイ。非常にマズイ。
「大丈夫ですか名取先生?あ、ほ、保健室とか……」
「いや、違う。疲れたわけでも身体が辛いわけでもないよ」
時計を嵌め直し、腕まくりした袖を元に戻しながら時間を確認する。……やっぱり、私が職員室を後にしてから既に一時間以上経過してしまっている。
「とりあえず、あれの処理をしないといけないからね」
「あれって……あの、死体の腕、ですか?」
「そう。このままだと夏目が第一発見者という感じで警察の事情聴取を受けないといけなくなる。それは夏目も困るだろう?」
「は、い……。すみません名取先生。おれ、塔子さんたち……保護者の人に心配はかけたくないんです……」
調査書の記載には、夏目は両親が無くなった後、遠い親せきに世話になっているとあった。遠慮をして暮らしているのかもしれない。このあたりはデリケートな問題になる。今ここでさっさと話を済ませてしまうのはあまり良くは無いことだが、今はそう時間もない。とりあえず、もろもろの処理は私のほうで片付けるほうがいいのだろうと判断する。
「うん、わかってる。だからね、あの腕の第一発見者は私。で、私は死体を見つけてここで腰を抜かしてしまった、ということにする。それで、下校途中だった夏目が腰を抜かした私に声をかけたことにする。……ここまではいいかい?」
「えっと、腰抜かしているんですか?名取先生が?」
「まあ、口裏合わせ、だよ。いいかい?」
「は、あ……。下校途中って……おれ、部活にも入っていませんからそれにしては遅い時間になってますけど……」
「そうだな……。夏目は図書室で調べ物をしていて遅くなったことにしておいてくれ。細かい点で何か不都合が出れば、術を行使してそれなりの暗示をかけるからとりあえず筋が通ってれば問題ないよ」
「暗示、ですか……」
対妖用だけではなく、人間に対してもそれなりの術を使うことができる。……主に、後処理用に覚えた知識である。……もとはと言えば的場から教わったモノなのだが……。理不尽を感じるが仕方がない。背に腹は代えられない。
「あまり追及をされないようにという自衛手段的な護符……かな?言っていることを素直に信じてもらえるようにっていうものでね。……ちょっと待って、すぐ書くから」
ワイシャツのポケットから小さなメモ用紙とボールペンを取り出して、そこにまずは人型の図を描く。文字をいくつか書き連ねて、そしてそれを書いたメモを一枚破る。
「これを持っていなさい夏目。……で、話を元に戻すけどね。ええと、私はここで座っているから夏目に職員室に駆けこんで欲しいんだ。今もう職員会議が始まっている時間だろうから先生たちが勢ぞろいしているはずだし。そこでね、『警察に連絡してください。名取先生が、あの桜の木の下で、死体を発見したと言って腰をぬかしているんです』っていうカンジに伝えてくれないか?大仰に言わなくていい。半信半疑で、という口ぶりで言うんだよ。いいかい?」
「わかりました……。すみません」
「謝ることは無いよ。こういうことは大人の方が処理に向いているというだけの話だ。じゃ、頼むね」
「はいっ!」
勢いよく走りだす夏目を目で追いながら、私は息を吐いて桜の樹を見上げる。既に我関せずといった風情の桜の樹の精霊はのんびりだらんと空など眺めてこちらのことなど気にもしていない。
……まあ、いいか。
とりあえず、夏目に被害がなくてよかった。本当に万が一何かあったら。
普通の人間にはない力を持つゆえに、不遇に見舞われる。
そんなことなどないようにしてやりたいと思う。
……こんな気持ちは過去の自分を夏目に重ねているからであって、個人的な特殊な思考は無いはずだ。そう、そのはずだ。目を惹かれてはいるけれど、教師たるもの男子生徒に邪な想いをかけるなど言語道断。それに私のこんな感情が的場に知られてみろ。
……夏目が、的場のおもちゃになることは必至だ。冗談ではない。
霊力を持っている上に、私から……好意を持たれていると知ったら……。
マズイ、非常にマズイ。
こんな美味しいネタを放置しておく的場ではない。それなりの霊力を持っている人間というだけでもマズイというのに。
夏目にも何やら妖がらみで事情があるようだが……、絶対に的場に知られるようなことになってはならない。それが不可能と言うのならば……。
「私の生徒には手を出すな」
この路線だろうか……?教師として、的場を制する。可能だろうか……?
などと考えているうちに、藤谷先生を筆頭に、教頭やら何人かの先生たちが走ってきた。少し遅れて、夏目もやってくる。
「名取先生っ!」
はあはあと息を切らして藤谷先生が私の名を呼んだ。
「し、死体を、発見したって……」
私はわざと身体を震えさせる。
「あ、あれ……なんですが……。あの、桜の木の根元……、あれ、人の指とかに見えませんか……」
声も震わせてみた。
「うわっ!け、警察っ!」
教頭達が死体の腕がある桜の根元で右往左往している。桜の樹の精霊はちらとそれを目にしたが、やはり依然として我関せずである。私はゆっくりと立ち上がると、少し離れて立っている夏目の方に足を向ける。
「すまないね、夏目」
「えっと……、おれ、後何かやることとかありますか?」
私は首を横に振る。
「いや……、もう遅いから保護者の人が心配するだろう?とりあえず、夏目は家に電話だね。私から事情を説明するよ。本当だったら私が君を家まで送っていきたいところなんだけど、多分これから警察の事情聴取で時間がかかってしまうと思うから。かと言ってこういう状況で夏目を一人で帰宅させることもできないしね。保護者人に迎えに来てもらうか、別の先生に夏目を送っていってもらうかするからとりあえず、夏目も職員室に来てくれるかい?」
「えっと、おれ、一人で帰れます」
「まあ大丈夫なのはわかっているよ。だけど、これも大人社会の責任的な話なんだけどね。この状況で生徒を一人で帰宅させたら学校サイドが問題になってしまうんだ。悪いけど、もう少し付き合ってくれないかい?」
「は、あ……。面倒なんですね」
「ああ……」
「わかりました。じゃ……、保護者の人に迎えに来てもらうことにします」
「第一発見者として私はここから離れられないから、藤谷先生に頼むとするよ。いいかい?」
「はい」
夏目はこくんと頷いた。
藤谷先生を呼んで、とりあえず、夏目の保護者に電話をして、夏目を迎えに来てもらうようにいって欲しい旨を伝える。
「そうですね。生徒をこんなところに置いておくわけにはいきませんから……。わかりました、じゃあ、夏目君、行こうか」
「はい、先生……」
藤谷先生に連れられて行く夏目がちらりと私の方を振り返った。
「夏目、さっきの護符は明日の放課後にでも返してくれ。ちゃんと処分するからね」
護符の処分もあるけれど、それよりも今日の後処理の状況と、それから……夏目の能力だの事情だのについて話をしておかないといけない。そのあたりは夏目もわかっているのだろう。しっかりと頷いてきた。


夏目の事情。
妖の類のモノに関われなければならないこと。
あの、桜の樹の精霊に無視されていてもずっと話し掛け続けたことをなんらかの関わりがあるのだろうか?
我関せずで、樹の上で寝そべっている桜の樹の精霊に目をやってみる。
樹の精霊に聞いたら何かわかるだろうか……。夏目が精霊に話しかけ続けた内容くらいは把握はしてりるだろうけれど、尋ねたところで教えてくれるとは思えない。
本当に、人間などどうでもいいのだろう。
まあ、人間を弄ぶ類の精霊でないだけマシだったか……。
人間とは常識の違う存在なのだから仕方がない。
これが万が一人間に害をなすような存在だったら今頃夏目はどうなっていたことやら。
考えれば考えるほど、渋い顔になってしまう。
まあ、どんなに危ないモノであろうとも、的場よりはマシか……。ある意味的場は妖よりも厄介だ。厄介だが……恐ろしいことに的場と知り合ってしまった当初は……。私は的場に出会えたことを幸運だと思っていた。
今そんな言葉は死んでも吐きはしないが。というより、そんなことを想ってしまった過去を消し去ってしまいたいくらいなのだが、過ぎた過去はやり直しがきかない。いっそ記憶喪失になって的場のことなど忘れ去りたいが、それも無駄だろう。的場のことだ、面白がって話をひっかきまわした後私の記憶を元に戻すだろう。
……本当に、的場は人間なのかどうか。それすら疑ったこともあるが、一応人間のカテゴリーにいるらしい。
妖も見る。鬼も調伏する。精霊と交信する……なんでもありだ。
人外魔境の生き物をありがたがっていた過去の私をぶん殴りたい。
まあ、私も幼かったのだから仕方がない。
幼いころから私はこの世のモノではないモノを、見た。
ただし、私以外にそんなモノを見ることができる人間には会ったことがなかった。
私一人がおかしいのかと悩んだこともある。気でも狂っているのかとさえ。
的場が、最初だったのだ。
私と同じモノを見ている相手は。
……運命の神様とやらが居るのであれば、せめて妖を見ることのできる人間が他にももっといるのだと知ってから、その後で的場に出会わせて欲しかった。
初めて出会った同じモノを見ることのできる人間。それが何故よりにもよって的場なのかっ!
しかも的場は妖への対処法にも優れていた。
ただ妖から逃げることしか出来なかった私に比べて、的場は妖など涼しい顔で簡単に倒していった。
だから……、これは、あくまでたとえの表現ではあるが、当時の実に幼く世の中のことなど何一つわからなかった私にとっての的場は……ううううううう、言いたくはないが憧れの存在であった。
あああああ、抹消したい過去だ。
が、当時の無邪気な私はヒーローと出会ったとさえ思いこんだ。……馬鹿だ。当時の私を蹴倒してやりたい。
だのに本当に馬鹿だった幼い私は自分から的場について回ったのだ。
数多の呪文を駆使し、危険な鬼や妖を倒し、時には人間の世界ではない異空間のような場所へさえ赴いて戦う姿をキラキラとした目で見つめていた。……阿呆だ。
まあ詐欺にあったのだと思えば腹も立たな……いや、立つか。
出会った当初は的場もそれなりに猫を被っていたのだから、当時の私が的場の本性を見抜けなくても仕方がない。
思い出したくはない数々の仕打ちに出会う前に、的場などとは縁を切ってしまえばよかったのに、今となってはそれももう不可能だ。
後悔などしなかった日は無い。
一瞬たりともない。
が、的場がいなければきっと私は死んでいた。
それは、変えようのない事実だ。
悔しいが、事実だ。
悔し紛れに的場に対して暴言をうっかり吐いたこともある。
その答えがこれだ。
「そうですか?出会わなければよかった?では……そうですね、今からでも遅くありません。名取、ちょっと死んでおきますか?」
涼しげな笑顔で的場は私に言ったのである。
「死んだら死んだで私は構わないんですがね。名取の力は人間としてはそこそこ強いですから、死んでも魂は残ります。その魂を捕獲して私の使い魔にすることは容易いですからね。じゃ、ちょっと死んでおきましょうか?」
死んで的場に隷属するくらいなら、苦い思いを抱いたままでも生きていたほうがマシだ。
そして、私が本当に寿命を終えて臨終を迎える前に、魂すら木っ端みじんに滅びるように完璧に死んでやるつもりだ。それまで何が何でも生き続けてやる。
そう決意した。
だから、あんな目にあっても私は歯を食いしばって生き伸びているのだ。
あんな、目。
思い出したくもないが、的場を悪魔だと認識した最初の出来事。
的場と出会って一年目くらいの頃だった。当時の無知で無邪気な私はぽっかりと足元に開いた異空間を発見したのだ。そして興奮して的場に「変なものがあるっ!」と報告を、した。
うかつだ。
実にうかつである。
異空間……と思しき場所には足元に真っ黒な川が流れていた。もちろん人間の世のものではない。その川のところどころには金色に光る星があった。
「おや、光貴虫の川……ですねえ」
「光貴虫……?」
「そうですよ。ほら、光っている星のようなものが見えるでしょう?あれは大変貴重な虫なんです。これを見つけるとは名取、大変なお手柄ですねえ。百年に一度程度しが羽化しない虫なんですよ」
……的場に褒められたと思った私は喜びのあまり顔を赤くしたほどだった。
馬鹿だ。本当に馬鹿だった……。
「あれを捕まえたら的場の役に立つ……?」
私は自分からそんなことさえ聞いたのだ。
「ええ、とても」
「それじゃ、捕ってきたら的場は嬉しい?」
「嬉しいなんてものではないですね。名取を尊敬しますよ」
猫を、二枚も三枚も被っていた的場の言葉を素直に信じたこの私は実にあさはかだった……。
的場の言に惑わされ、私は川へと足を踏み入れ、そして光貴虫を捕まえた。
捕まえて、しまったのだ……。
「これ、的場にあげればいいのかい?」
「いえ、これは名取が持っていてください」
「え……?だってこれ、貴重な虫なんだろ……?」
「ですが私が持つわけにもいきませんのでね」
にっこりと微笑まれた的場の顔が悪魔に見えた。
見えた、ではないな。本当に悪魔の所業だ……。
何をしたのかと言えば、単純だ。
捕まえてきた光貴虫を、的場は私の左腕に入れたのだ。
「ちょっと痛いですけど我慢してください」
ちょっとどころではなかった。
私の左腕の血管の中を、得体の知れない虫がうぞうぞと這い回ったのだ。
その感覚の不快さと恐怖が誰にわかるだろうか。
「う、わああああああああ……っ!」
叫んだ。
痛いのは当然、それよりも気持ちが悪くて仕方がなかった。
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