小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
この片想いをどうすればいいんだろう。

などと悩む間もなく、即告白。そして即玉砕。

……エドワード・エルリックは齢14にして人生の深淵の片鱗を見た、などとふかーく深く悩んでいた。

好きだと告白すれば即座にフォーリンラブで恋人同士になるなどと妄想を抱いていた。
それは淡い夢だと先ほど証明されたのだが。

ならば、失恋だと諦めて、次の恋へと走ればいいのか。

「嫌だな……」

ぼそりと、呟く。
それは小さな声ではあったが、固い決意に満ちていた。

「オレが好きなのはロイ兄ただ一人だ」

ふんっ!と決意と気合いを込めて立ち上がる。

ふられたから、なんだ。
それがどうした。
子供と大人、それがどうした。
恋に堕ちるのに年齢も国境も関係ない。

「めげてたまるか……。今オレがコドモで、それでだめっつーなら大人になればいい」

私と君とでは年の差があり過ぎるよ。
幼い子に言い聞かせるような、そんな声など踏みつけて乗り越える。
たとえ好きな相手に言われたことだからと言って唯々諾々と素直に従順に承諾など出来るわけはない。


「見ていやがれロイ兄め。……絶対、オレのこと、好きになってもらうからな……」


決意は固い。

そうしてエドワード・エルリックの暴走が始まった。




「頼む、なんとかしてくれないかアルフォンス……」
「そう言われましても、基本的にボクは兄さんのすることにはノータッチですしねえ……」
ロイはほとほと困っていた。
それはわかってはいたが、アルフォンスは人の恋路に首を突っ込む気などないし、突っ込んだ挙句馬に蹴られる気もなかった。
いや、馬ならいい。
けっ飛ばしてくるのは実の兄のエドワードであるからして。
――蹴られたら、死でも覚悟しないといけないじゃないかボク。
と、まあ、そんな感じに戦々恐々としていたりする。
だから、いくらロイの頼みとはいえ、関わり合いたくはない。
が、無関係だと放置するにもあまりにも無情。
「……とりあえず、話は聞きますよ。ウチの兄さんは今度はロイ兄さんに何をしたんですか……?」
聞きたくはないのだが。
諦観して、アルフォンスはずずずずずずとお茶を飲む。
そして、ロイから視線を逸らす。
リビングから見える空は実にすばらしく晴れ渡っている。雲ひとつない晴天で、今日は洗濯物もすっきり乾くし、布団を干したらふかふかになるだろう。
……しかし、ロイの周りだけは暗雲が立ち込めている。
――まあ、ロイ兄さんも、うちのにーさんに求愛されて早二年だしねえ。よくもまあ貞操を守っていられるもんだなぁ……。
エドワードがロイにプロポーズをしたのは14歳の頃だった。

冗談ではなく実に本気。

今は16歳の高校生になり、本腰を入れて花嫁修業をしているエドワードである。
今日も、その花嫁修行の一環として毎週日曜には料理学校になど通っているのだ。花嫁修業と称してはいるが、そして、それが本来の目的ではあるが、習い出したら究めるのがエドワードである。既に調理師免許などは取得済みで、今はレストランサービス技術検定だのふぐ取扱登録者証、食品技術管理専門士などの資格取得に励んでいたりする。
まあ、それはいい。なんでも取りたいだけとればいいのだ資格など。
料理の腕が上がるのも好ましい。その上、エドワードが出かけてくれているので、その間はロイはゆっくりと休息をとることができるのだ。

そう、この時間だけが、最近のロイの憩いの時間である。
エルリック家にやって来ても、エドワードに迫り倒されることもない。自宅でも気を抜いていられるのだからである。
「……昨日、エドが私のオフィスにやって来て、だね……」
「ボクは部活で朝から出かけていたんですが、何があったんでしょうか……」



ロイの勤務するオフィスはセントラルの中の一等地中の一等地、三歳の子どもでもその名を知る、とある高層ビルの20階にある。自社ビルではなく、テナントビルの一室を借りての稼働ではあるのだが、このビルに会社の本社や支社があるという、それだけでも一種のステイタスなのだ。
1階から10階までは豊富な飲食店や娯楽施設が充実し、映画館や劇場までをも完備しているため、昼夜問わず多くの人でにぎわいをみせる人気のスポットになっている。実に陳腐な文言だが、このビルが建った当時は「セントラルの最も新しいランドマークのひとつです」などというコピーが新聞雑誌などを踊りまくっていた。デートで使うカップルや映画の撮影などにも使われたことがある。
11階から20階までが完全なオフィスフロアになっている。もちろん娯楽施設のフロアとは違い、オフィスフロアに気楽に足を踏み入れることは出来ない。映像管理セキュリティや入退室管理システムが厳しいというだけではなく、11階のエントランスは専属の受付までがあり、数カ国に対応できる専属のスタッフが常時対応可能であり、また、何人もの警備員も目を光らせている。

そんなビルの受付に、エドワードは一人やって来たのであった。

「は?私の……婚約者が、受付に来ている……?は?ものすごい美少女?金髪の……?エドワードと名のったと……」
受付の女性から連絡を受けて、ロイは即座に自分のオフィスを飛び出しエレベータに乗って11階まで降りた。

「エ、エドワードっ!」

ロイの叫び声がエントランス中に響いたが、それを咎めるものは居なかった。
受付の女性達は引きつった笑顔を浮かべているし、警備員の皆さまは口を開けたまま微動だにしない。
たまたまエントランスにいた他の企業のビジネスマンやその会社への来客たちもぽかんとした表情のみを浮かべている。

ロイは回れ右をして自分のオフィスフロアに逃げ帰るか、この場に沈みこんで頭を抱えてしまいたかった。

「あっ、ロイ兄っ!」
にこおおおおおお、と。
まるで大輪の花が咲くような輝くばかりの笑顔をエドワードは浮かべ、小さくロイに手を振った。

いつも無造作に束ねている金の髪をツインテールにして結び、念入りにブラシをかけ、毛先をくるんと可愛らしくくカールさせていた。
ご丁寧にレースのメイド帽までを乗せ、更に薄く化粧を施している。もちろんそんなものを頭に載せているからには着ているものも当然メイド服だ。黒のサテン生地のミニスカート。その裾は豪華なレースが添えられて、さらにスカートの下にもパニエを重ね履きしているようでスカートがふんわりとしたボリュームを生んでいた。そのスカートの上に白の前掛けをし、胸元にはびろうどリボン、たっぷりと膨らんだ半袖、とどめのように、足にはレースのガーターで止めるオーヴァーニーソックスまで穿いている。

エドワードはただでさえ顔形の整った少年だ。
それがオフィスビルのエントランスに、こんないわゆるコスプレ・メイドのような格好であわられたのだから、テレビのドッキリ番組かとカメラを探すものも少なくなかった。
ここまで行けば目の保養を通り越して目の毒かもしれない。
「……エド」
どうしたんだね、と聞く前に、大きなバスケットを手渡された。
「はい、これ。届けに来たんだ」
それをうっかり受け取ったロイは予想外にずっしりした重みに文句を言うのも忘れた。
「何だねこれは……」
「ん、お弁当。ちょっと自信作だったから、届けに来たんだ。もうちょっとで昼飯の時間だろ?だから慌てて……」
「そ、それは……、ありがとう……」
「リザさんたちの分もあるからみんなで食べてくれると嬉しいかなって思ってさ……。あ、でも急にごめんな?」
怒る前に謝られてしまっては、致し方がない。
「君の気持ちは嬉しいが……その、だ。仮にもここは私の仕事場だからして、来る前には事前に連絡を……」
「うん、だから、ごめん」
「そそそそそそれに……その格好はなんだねエド」
「あ、これ?」
エドワードはスカートの裾を少しつまんで、くるっとまわって見せた。
「似合わない……?」
少しだけ不安げに金色の瞳が揺れる。
「い、いや、とても良く似合ってはいるが……」
「ホントか!?よかったあ」
これまた天使のような無垢な笑顔を浮かべたのだから、鼻から血を拭いて失神しそうな可憐である。いや、実際に、エドワードに目を向けていたビジネスマンの何人かは悩殺されたようで、ばったりと突っ伏していた。
「初めてロイ兄の仕事にくるからさ、せいそう、必要かと思って。
清掃・政争・成層・星霜・西走……と二字熟語がロイの頭の中を一瞬でよぎる。
「あー……エド?正装というのはその手のメイド服とは無縁だと思うが……」
「うんにゃ。正装じゃなくて盛装。気合い入れつか、こーんな一等地のオフィスビルにはリザさんみたいなうつくしーお姉さまたちがいっぱいいそうだからさ。……牽制?戦闘挑むには準備も念入りにってさー。がんばってみた。ど?ロイ兄、オレ様かわいい?」
期待の瞳がロイに向けられる。
ロイは「うっ」とつまった。
見た目だけなら文句なしに美人である。可愛いと告げることも吝かではない。
が、告げたらどうなるか。

嬉しいと満面の笑顔で抱きつかれるのではないだろうか。
衆目を集めながら、ビジネス・フロアのエントランスで。
こんな、一見非現実な(外見だけは完璧なる)美少女と、言いたくはないがラブシーン的なものを繰る広げるのかこの私が……と、心の内側でロイは大量の汗をかいていた。
可愛いと問われ、可愛くはないとは口が裂けても言えはしない。見た目だけなら文句などつけようもないくらいの美少女だ。「可愛い?」などと問われたら100人が100人とも「可愛いに決まっている」というだろう。
少女、ではなく少年だなどと周りのギャラリー達にはわかるはずもない。
というより、少年の癖に、こんな恰好が似合ってしまうエドワードにも問題があるが、この場でそれを指摘することもできない。多分、理不尽ではあるが、メイド服の少年がロイの婚約者と名乗ったなどとばれた日には変態の烙印を押されるのはメイド服を着ているエドワードではなくロイの方だ。実に理不尽である。
が、この場面で可愛いとも言えないのだ。
抱きつかれる程度ならまだいいかもしれない。先ほど、準備は念入りに、戦闘に挑むには……などと不穏な発言をエドワードはしたのだ。ロイのオフィスがあるビルに、やって来る準備だけで戦闘とは。
――エドワードは何をするかわからんからな……。
過去の所業が次々と思いだされた。
「ロイ兄はオレのものだからっ!」などと激しく主張されたのはこれまで幾度あっただろうか。人目などは気にもしないエドワードである。この、職場で、そんなことをされれば……。
うっかり遠い目になりそうになるが、ここでそんな回想などのんびりしている時間はない。即時即決、即時行動である。
ならば、逃亡か。
しかし、逃げようにも腕にエドワードの自信作の昼ごはんを抱えているのだ。
現状どうであれ、エドワードの手料理は美味い。こんな美味しいものを無駄にするのはもったいない。
もったいないが……。
それに、こんな場面で逃亡するなどとは沽券にかかわるとロイは思った。
エドワード以外の女性から「可愛いですか?」と問われたところで、歯が浮くようなセリフをいくらでも返せる上にそのまま親密な関係に持ち込むのも得意技だというのにここで逃げては男がすたる。
だらだらと冷や汗を流しつつ、どうする?どうしたらいいのか……?と、脳内だけはぐるぐると廻ってはいるが解決策は見つかりはしなかった。

その時だった。
ロイの背後で「かつん」とハイヒールの高らかな音が、した。
「とっても可愛いわよエドワード君」
その、おどろおどろしい低い声に、恐る恐るロイが後ろを振り返ればホークアイが、いた。
満面の、100パーセント完璧なる業務用の笑顔を浮かべている。しかし、瞳だけは笑っていない。
その上、彼女の纏っている空気は、マイナス45度の世界ではバナナで釘が打てます、というほどに冷ややかだった。
前門の虎後門の狼とはこのことか、と口に出しかけたが、ロイはその言を無理矢理喉の奥へと仕舞いこんだ。
「あ、リザさんこんにちは」
軽やかに、ぺこり、とエドワードは頭を下げる。
「いらっしゃいエドワード君。とても美人ね。よく似合っているわよ」
「えへへへへ。ありがと」
「ここまでゴシックロリータ調のメイド服が似合う子もなかなかいないわねえ。本物のメイドさんみたいよエドワード君。どうしたのかしらこの服は」
「え?服?なんかそれっぽいの手作りしてみた」
「あら、これエドワード君のお手製なの?」
「うん。メイドさん服ってよくわからないんだけど、ゴシックなんとかとかっていうのかこーゆーの?まあそれっぽい感じでそれっぽいものを適当に縫った。とりあえず雑誌を参考にしてみたから、ちょっとニセモノメイドサンっぽいかもだけどまあいいかって」
「すごいわねえ……。これ、売れるくらいにすごい綺麗な出来栄えじゃないかしらね」
「あ、そうかな?ちゃんとしてるかなこの服」
「ええ。とっても素敵よ。服も、エドワード君も」
エドワードは照れたように頬を染めた。
またその様子が愛らしくてたまらんと、遠巻きにエドワード達を眺めていた幾人かの男性サラリーマンが次々と撃沈した。まさに悩殺、である。
「だけど、ごめんなさいね。部長は今はまだお仕事中なの。……部長、秘書である私に断りもなく、全力疾走でオフィスから飛び出されていかれてはフォローに困ります。打ち合わせの最中だったのですよ?部下に示しがつきません」
ひやりとした空気が氷の刃のようにロイに突き刺さった。どうやら、突然やって来たエドワードにではなく、いきなり職場放棄的に疾走したロイに対して批難しているらしい。
「まあ、エドワード君であれば仕方がないのですが……。せめて駆けだす前に私に一言告げてください」
「わ、わかった。すまない」
ロイは即座に頭を下げた。ここで言い訳だのをした日には後が怖い。
「あ、オレもごめんリザさん。そ-だよな。お仕事中だったんだよな。……ホントごめん、オレ、お昼休み前に届けなきゃってそれしか頭になくて……。じゃ、オレは帰るから、ロイ兄、リザさんたちとそれ食べてな」
くるりと背を向けて駆けだしそうになったエドワードの襟を、ロイは無造作にがしっと掴んだ。
「待て、エドワード」
こんな恰好のエドワードを一人で帰したらどうなることか。
考えるだに恐ろしい。
「危ないから君一人で帰るんじゃない。送っていくから待ちなさい」
エドワードが返事をする前に、気温がさらに下がった。氷点下などとっくに通り越して血管までもうが凍結しそうな寒さだった。
「……部長、」
さっさと打ち合わせに戻らないと後が怖いですよ?とホークアイがロイを睨んでいた。
ロイが指示を出さねば、ロイの部下たちも身動きが取れない状態だったのだ。
「わかっているとも。私はすぐ会議に戻る」
ロイはエドワードをつかんだ手を一度離すと、背広の内ポケットから分厚い財布を取り出し、それを無造作にホークアイに渡した。
「タクシーでもハイヤーでも使ってエドワードを送ってくれないか」
一秒も迷わずに「かしこまりました」とホークアイは答えた。
「私用に君を狩り出してしまうのは心苦しく思うのだが……」
「今このタイミングで、部長が直接エドワード君を送って行ってもらっては困りますので。これも部長の仕事を速やかに進ませるための秘書の業務のうちと数えましょう」
「すまない」
「ただ、一つだけ、お願いがあるのですか……」
珍しく、ホークアイが言い淀んだ。
「私が君に勝手なお願いをするのだから、もちろん行きだけでは無く帰りもそのままタクシーを使って戻ってきてくれ」
「いえ、そちらではなく……エドワード君のお手製のお昼ご飯の件、なのですが……、」
ロイが両腕で抱えているバスケットの中を透視するかのごとき視線で凝視していた。
エドワードの料理を腕を、ホークアイも知っていた。
そして、食べ物の恨みは恐ろしいという言葉をロイはわかっていた。
「……もちろん君が帰って来てから皆でいただくつもりだ。それに、君に私用を頼んでおいて、先にのうのうと食事をするほど私は厚顔ではないつもりだが……」
にっこりと、すばらしい笑顔でホークアイは笑った。一点の曇りのない満面の笑みであった。
「それではエドワード君を無事に、ご自宅まで送ってまいります」
「……………すまない。頼んだよ」
そしてそのまま、二人を見送ろうとしたその瞬間。
そっと、エドワードが両腕を伸ばし、そしてその手をロイの肩に載せた。背伸びをして、顔をロイに近付け耳元で囁いた。
「じゃーなロイ兄。……オシゴトがんばってな」
そして、ロイが何か返事をする前に。
ちゅっと、音を立てて。
エドワードはロイの頬に、愛らしいピンク色の唇を、触れさせた。

うををををををを、と周囲から声が上がった。
いやぁあああああ、という甲高い叫び声もあった。
場内騒然阿鼻叫喚。
微動だにしないのはホークアイ唯一人のみであった。

「え、エド……っ!」
両手にエドワードお手製のランチを抱えていたので、避けることも振り払うことも出来なかった。
硬直するロイに、エドワードは「えへへ」と微笑んだ。
そのエドワードの頬も照れのためか薔薇のように染まっている。少しだけ伏せ目がちになったその視線が彷徨っているところも非常に愛らしい。
そう、可憐と言っても差支えがない
愛らしい。実に愛らしい。
――愛らしいが……これは男だ未成年だエドワードだ。
ロイがぱくぱくと口を開け閉めしている間に、エドワードは留めの爆弾を放った。
「じゃあな、ロイ兄。……えーっと『お仕事がんばってねダーリンv』」
じゃあなロイ兄まではいつもと変わらない口調で。
そして、後半の『ダーリン』発言はアニメ口調の可愛らしい高めの声を、エントランス・ホールに響かせて。

そうして、周囲が騒然もしくは茫然としているうちに、エドワードはまるで王女様のように可憐に優雅に愛らしく、ロイのオフィスから去っていったのであった。



その2に続く








スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。