小説・2

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No3-2「それは記憶と等価な恋で」その2


全員がそろったようにぴたりと動きを止めた。
ロイはその不自然さになんだ?と眉をひそめる。
エドワードの顔色がさっと変わった。先ほどの花のような笑みは無く、今は血の気が引き、白さを増した。
「アンタは……ロイ・マスタング新大総統だ。今日はアンタの就任演説だ」
覚えてないのか?という、そのエドワードの声が非常に遠くから響いてきたようにロイには感じられた。


「ともかく、就任演説だけはしてもらわねえといけねえんだ。そうじゃねえと南も西も安定していないこの情勢では戦争吹っかけられる機会を作っちまう。北はオリヴィエという恐ろしく強い将軍様がいらっしゃるから堅牢だけど。テロだって、今後ますます増えちまうかもしれない」
エドワードぶつぶつと呟きながら、病室のベッドに横たわるロイの側でひたすら書類にペンを走らせていた。ホークアイは努めて表情を動かさないまま、ロイに語り掛ける。
簡潔に、要点だけを述べさせていただきます。ロイ・マスタング新大総統。貴方が、キング・ブラッドレイの軍事政権を倒したのはもう七年も前のことです。そしてグラマン大総統がその後を継ぎましたが、ご高齢のため、先日引退を表明されました。そうして、本日、新大総統就任演説を執り行う予定でした。が、反対する一派により、貴方は暗殺されかかったのです。エドワード補佐官のとっさの判断により命に別状は無く、今このようにベッドの上です。まもなく就任演説を国中に放送するための機材が運び込まれます。ですから、なんとしてもその演説だけはしてもらわねばなりません。
そのホークアイの言葉をロイは信じれらない思いで、それでも表情を崩すことなく聞いていた。
「私はもう既に大総統の地位にあると?」
「はい」
「……記憶にはないのだが」
「撃たれたのは心臓ですが。一次的なショックによる記憶の混乱かもしれません……」
二人は冷静に言葉を交わす。冷静なのは言葉の上だけなのかもしれない。それとも現実味が無いから淡々としているだけなのか。ともかく状況ははっきりした。信じられないのは山々だが。
「就任演説ね……」
結果だけがぽんと示されたようだ。確かに大総統の地位に着きこの国を平和な民主国家へと移行させるのは自身の野望ではあったが。正直戸惑いは隠せない。ロイは横たわったまま、ふう、と大きく息を吐いた。その様子に眼もくれないで、がりがりと何かを書いていたエドワードが、その書きあがった書類をロイに手渡した。
「ロイ、これ。新大総統就任演説原稿。とりあえず、これ、いかにも威厳がありますっていうふうに読んで。基本ラインはアンタが話したかったはずのことだから。大丈夫、大きく外れてはいねえよ。アンタっぽく書いたし、それにオレ、昨日の夜、アンタから直接こんなことを話す予定だって聞いてたから」
「そうね。ラジオ放送だから、原稿を読んでいても大丈夫でしょう」
「ごめんな。ホントならアンタ自分でしたいと思うけど。なんせ待ちに待った大総統の地位を国の内外に示すんだから。だけど、『大佐』のままのアンタじゃ発言にミス、あるかもしれないだろう?だから、ごめん。用意された原稿になっちまうけど、アンタの気持ちはちゃんと込めたつもりだから。すまねえ、これでカンベンな」
ロイは無言のまま、原稿に目を通す。
確かに彼の言うとおり私が大総統に就任する時にはこのような内容を、このような気持ちを表すであろうという文章になっていた。
が、気持ちの上では複雑だった。東方司令部に勤務していたはずの自分。それが知らぬ間に大総統なのだ。
『大佐』から一気に『大総統』へ。
その間にあったはずの数々の過程はどういうものなのか。
何よりも気になることがある。
……私はヒューズの敵をとったのだろうか。
それすらも記憶にはあるはずはなかった。


ロイは、いくつもの疑問や疑惑を一旦は脇に置いて。言われたとおり威厳を持って新大総統就任演説の原稿を、エドワードによって用意されたそれを読み上げていく。読み上げながらも、違和感は隠せなかった。
何せ今の自分は『大佐』としての記憶しかない。
部下のうち、自身の手足のように動いてくれたハボックもいない。
その代わりのようにエドワードが軍服を着て、忙しくあちらこちらに指示を出している。
その上彼は、見目麗しいという形容がつけられる位の青年に成長していて、以前の面影はあまり見えない。
何より色彩が違う。緋色のコートを翻していた姿と、今の青の軍服姿。似合っていることは似合っている。けれどやはり違和感を覚えてしまう。
そして、そのエドワードが階級ではなく自身を『ロイ』と名で呼んでいる。
それでも皆が嘘などついているとは思えなかった。
記憶喪失などという自覚はなくとも、何かしら欠けているのは部下の面々ではなくロイ自身だと理性では理解することが出来た。
ロイは困惑を一旦保留にし、言われたとおりいかにも希望にあふれた未来が待っているとばかりの明るい声をマイクに向け、浪々と原稿を読み上げ続けた。
「……よって、私はアメストリス国大総統としてこの国を平和な民主国家へと誘うことをこの国の一人一人に約束しよう。その為に、この国の一人一人の力を私に貸して欲しい。どうか新しく生まれてくる世代が幸福を享受できるように力を尽くして欲しい。私が大総統の地位につくのはその代価である、と……」
エドワードが用意した原稿の、最後の一文字までをロイはきっちりと読み上げた。

そうして、マイクのスイッチがエドワードの持つもう一つのマイクへと切り替えられる。ロイはエドワードに視線を向ける。
「大総統補佐、エドワード・エルリック。……鋼の錬金術師です」
記憶にあるエドワードの声よりはやや低めの、それでも耳に心地のよい涼やかな声が放送機材を通して国中に流れていっている……と、そんなことをぼんやり考えていれば、ホークアイから小さなメモが手渡された。「お身体に障りますから、横になっていてください」。それにはそう書かれていた。ロイはホークアイに視線をやると、わかった、と小さく頷いた。もう身体に痛みなどは感じず、常日頃の体調と比べても遜色ないほどだと思ってはいても、今の自分に出来る最大の事は部下の指示に従うこと。状況を理解していない自分では下手な動きは部下の足を引っ張るだけだと大人しくその指示に従い、身体を横たえた。
……記憶の、喪失か。
ロイは眉をひそめ、天井を見やる。不安よりも困惑のほうが正直大きい。周りの状況も判断できない自分に違和感を覚える。部下に指示を出すのではなく、部下からの要求どおりに演説をこなし、今ベッドに横たわる自分。エドワードがマイクに向かって話している事柄は、電波に乗って国中に流れているのだろう。マスタング新政権の夜明けだと。それを支えていくことに喜びを感じているのだと。
違和感を隠せない。
自分の知っている彼は、いつも緋色のコートを翻し、旅出ていて。目的を果たすために自分ひとりの足で立っていて。私を、誰かを支えるために力を尽くすなどという発言はまるで別人の発想のようにしか思えない。
『大佐』から『大総統』、その間の時間はどのくらい長いものなのだろうか。
キング・ブラッドレイを倒したのは七年前と部下は告げた。ならば失った記憶は七年か八年分くらいのものだというのか。それともそれ以上なのだろうか?
ロイがため息とつくと同時に、演説を終えたエドワードが、スイッチを切った。
辺りから誰とも付かないほっとしたため息がこぼれた。エドワードがその部下を代表したように口火を切った。
「とりあえず、これで大丈夫だろう。後は軍部に伝令、本日の就任式典は以上を持って終了とする。テロ警戒のため、残りの式典ならびに訓示は明日以降、追って沙汰あるまで待てって……でいいよな?それから、ホークアイ補佐官、あと、頼んでいいか?ごめん、オレ……」
エドワードは、矢継ぎ早にそれだけを言うと、その場に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。その手が小刻みに震えているのをロイは見た。

「エドワード君!」
ホークアイがそのエドワードに駆け寄った。震えているその手を包むようにぎゅっと握りしめる。側にいたブレダがぽんぽんとエドワードの頭を叩いた。
「ああ、エド。ご苦労さん。よくやったな。後はオレらに任せろや」
ブレダがそれだけエドワードに告げると、オラ、機材撤収。後は軍部内に伝令だ、と太鼓腹を揺らして病室を出て行った。
「エドワード君。もう大丈夫だから。緊張が緩んだのね。……貴方も怖かったでしょう?それなのに前面に立ってくれてありがとう」
慈しむようにホークアイはエドワードを抱きしめた。ぽたぽたと、エドワードの瞳から涙がこぼれ、落ちる。ロイはその流れる涙を不思議そうに見つめた。泣いている理由など見当も付かなかったが、その泣いているエドワードから目が離せなかった。ただ、何故かエドワードが泣いているというのに彼を抱きしめているのが自分ではなくホークアイなのか、とそんな感情がわきあがり、次いで、何故そんなふうに思うのか、と自分の感情に疑問を持った。
やはり、自分は記憶を喪失してしまったらしい。わからないことが多すぎる。ロイはようやく心の底から自分の現実を納得した。
「うん。ごめん。リザさん、オレもう大丈夫。」
エドワードはその言葉だけを壊れた音声のように繰り返していた。
大丈夫。ごめん。と何度も何度も繰り返す。まるでほかの言葉を全て忘れてしまったかのようにそれだけを。ホークアイはそんなエドワードの様子を確認して、一言一言をゆっくりと正確に発音した。
「今日の貴方の仕事はあと一つよ。ロイ・マスタング大総統を官邸にお連れして頂戴。そうしてまずはゆっくりと大総統を休ませて差し上げること。……いいわね?今ファルマン少佐に警護と車の準備をさせているから、もうちょっとだけ待っていて。明日は、そうね、午後になったら私がおむかえに上がります。それまで、大総統をお願い」
エドワードはそのホークアイの言葉を聞くと、涙に濡れた自分の顔を軍服の袖でぐいっと拭った。
「了解しました、ホークアイ補佐官。……ごめん、ありがと。リザさん」
にっこりとホークアイは微笑んで、立ち上がるエドワードに手を差し伸べた。次いで、ロイに向かって敬礼をする。
「では、マスタング大総統。後のことはお任せください。まもなく少佐がお迎えにあがります。エルリック補佐官と共に本日はお身体を安めて下さい」
ホークアイも病室を出て行き、残されたのは横たわるロイとエドワードの二人だけになった。
じっと、エドワードがロイを見つめていた。その視線にどう答えてよいのかわからず、ロイはただ「鋼の……」とその二つ名だけを口にした。
エドワードはゆっくりとロイが横たわっているベッドまで歩みを寄せた。ベッドの側にひざをついて、エドワードはロイを覗き込む。
「ロイ……身体、大丈夫か?どっか痛いトコとか、ねえよな?」
心配そうに、不安そうにエドワードはロイの顔を覗き込む。潤んでいる目がロイを見つめてくる。傾げた顔とその仕草はあまりにも儚くて、まるで少女のようにロイには感じられた。先ほどまでの部下に次々と指示を出す姿。自分の後を受け持つように演説を行ったその声。そんな秀逸さは今はどこかに消えてしまっていた。……本当に鋼の、なのだろうか。いや、あれほどの手腕を持ち、尚且つ容姿の似ているものなどいるはずがない。これはやはり、鋼のと考えるべきだ。しかしこの表情は……。
ロイはやはり、何をどう言って良いのかわからないままでいた。ただ、判断などはつかなか
ったが、黙っているのは良くないだろうと、それだけを思い「心臓を再生とは生体錬成なのか?それは君が?」と、何とか言葉を発した。
エドワードは、こくりと頭を縦にふった。
「そう。オレがアンタを錬成した。アンタは心臓を撃ちぬかれたんだ。直後に、オレは錬成して。確率の低い賭けだったけど、それしかあの時は思いつかなくて……でも、良かった。ロイは生きてる。ちゃんと心臓動いてるだろ?」
エドワードが口にしたそれは、言うほど簡単なことではないだろう。
が、ありえないことはありえない。何せ彼は最年少錬金術師。天才の名をほしいままにしているのだ。幼い時でさえあれほどの才能を発揮していたのだから、成長した今どのくらいの技術を持っているのだろうかその力は計り知れない。ましてや以前とは違い多少は大人になったのだろう。無鉄砲な様子はあまり見受けれない。ならばこの部下はかなり優秀な手駒になっているのではと、ロイは冷静に計算した。

そうだ、落ち着いて他の者に指示を出す先ほどの姿。動揺も押し殺し、原稿を書き上げ、演説まで行うとは、もしやエドワードは自分の片腕として働いているのではないのだろうか。記憶の無い今の自分にはわからないのが、天才とは恐ろしいものだとも思う。が、味方で、部下であるというのならこれほど頼りに出来る存在もあるまい。ロイはにこりとエドワードに微笑みかけた。
「そうか。ありがとう、といったほうが良いのだな。さすがは鋼の錬金術師、かな?」
断言を避けて語尾を濁したのは、喪失した記憶の間の自分と彼との関係が明白ではないからだ。ロイは注意深くエドワードの反応を観察した。
「今更ほめられても何もでねえよ。……でもロイにそんなふう言われるとちょっと照れくせえな」
さっきまで不安げに泣いていたエドワードが照れ笑いをしていることにロイは安堵した。どうやら自分と鋼のは良好な上下関係を築いているらしい。以前のように出会えば眉を寄せられる、そんな関係でなくなっているようだ。何よりも『ロイ』と自分の名を呼ぶその声音に確かな信頼と愛情を感じる。
……私の側で働いている。銀時計を返上せずに。それはホークアイ中尉同様、私の意志に賛同し、国を変えるため、その礎になる決意をしたと判断して構わない、ということだろうか。いや、判断を焦ることはない。ゆっくりと周りの様子を探ればいい。『大佐』であろうが『大総統』であろうがやるべきことに変化はない。むしろ、権限が大きくなっただけと考えればいい。だた、気になっていることは多くあった。それを解消できなければ記憶喪失という事実に振り回されて、何かを成すことは難しいだろうとも思われた。ロイはそれらを少しでも探るため、何気ないフリをして尋ねていった。
「ああ、もう一つ聞いてよいだろうか?気になることはたくさんあるのだが、それは追々確かめさせてもらうとして、今はもう一つだけ」
ロイはじっとエドワードを見る。
エドワードのアーモンドのようなくりっとした瞳にベッドに横たわったままの自分が映っていた。
「ああ、何?気になることでもあんの?いいよ、ここ数年のアンタのことならオレが一番よく知ってるし」
その一番良く知っている、というエドワードの発言にロイは眉をひそめた。それから先ほどの『アンタの気持ちはちゃんと込めたつもりだから』などという発言をされた時にも感じた違和感。私をどれほど良く知っているというのだ。今のロイ自身の記憶にあるのは十六にも満たなかった頃の鋼の錬金術師。上司と部下という関係はあってもそれほど親密な付き合いはしていなかったはずだ。おまけにエドワードは旅から旅の身の上だ。頻繁に顔をあわせていたわけでもない。それなのに今は『一番よく知っている』。ということはそれだけ自分たちの距離が近づいたということか。ホークアイではなく、軍部内ですらもエドワードが一番近しい存在になったのだろうか。
ならば、とロイは思った。
一番自分に近い存在。そのはずだったマース・ヒューズ。
ヒューズを殺害した者が誰なのか。君は知っているはずだろう、鋼の。それとも未だ敵を探している途中なのだろうか。他の記憶より、何よりもそれだけは確認しなくてはならないとロイは決意を固めかけた。
しかし、これはそう気軽に聞ける内容ではなかった。敵である人間のその組織、経過、きっかけ。もし既に敵を討ち終えているとしたら、全て聞きだすには相当な時間と心構えがいるのではないだろうか。ロイはそれに想いが及ぶと、今、この場で簡単にできる話ではなかろう、と開けた口を閉じてしまった。
「ロイ?」
聞きたいと言ったきり黙ってしまったロイを不思議に思って、エドワードは首を傾げた。束ねられた金の髪がその動きにあわせて揺れる。その動きによって、ロイは自身の思いに耽っている場合ではないなと意識をエドワードのほうに戻した。それから迎えが来るまでの短時間で聞けるような些細な疑問を口にするべきだと思い直した。
……ヒューズのことはいずれ聞きだす。
今はそう、一番よく私のことをよく知っているなどと何故、鋼のがこうも当たり前のように口にするのか。それを聞いてみようと思った。
「鋼の。君は何故私を『ロイ』と呼ぶようになったのかな?私の記憶では『大佐』と呼んでいたはずだ。ああ、今はもう大佐ではないからか?しかし、いつから我々はファーストネームを呼ぶほど親密な付き合いになったのかな?」
その、ロイの言葉に、エドワードは雷に打たれたかのようにビクリと身体を揺らした。口が開き、また、閉じて。酸欠にでもなったのかと思われるくらいパクパクとエドワードは口を動かした。それから信じれないものを見たかのように瞠目したまま動きを止めた。奇妙に緊張した空気が二人の間に漂った。エドワードからは驚愕とでも言うべき感情が発せられ、ロイはその原因など見当もつかず、ただ眉を寄せるだけだった。
……これほど驚かせるようなことを言ったつもりなはいのだが。
エドワードは何度も話そうとして、口を開き、しかし言葉を発せないまま口を閉じた。ベッドにそえられたエドワードの手が、シーツを引きちぎるのではないかと思われるくらい強く握り締められている。その白く握り締めた手をロイは見つめた。ああ、両手共に生身なのだな。ということは鋼のは目的を達し、その後軍に正式に入隊したのか。
ロイは自分の一言がなにやらエドワードに多大な衝撃を与えてしまったと躊躇しながらも、そんなことを考えた。気になることは山のようにあり、その中でも一番軽いものを聞いたつもりだった。ファルマンを待つ間の単なる話題として。それなのにそれが動揺するほどの発言である事実にロイは戸惑った。
返事も出来ないほどの衝撃を受けているエドワードをじっとロイは見るだけで、言葉を発せられるのを待った。が、エドワードの解答よりも早くファルマンが病室へと入ってきた。
「失礼します。マスタング大総統、ならびにエルリック補佐官。大総統官邸へと送らせていただきます」
敬礼したままのファルマンに、エドワードは気を取り直したように、「ああ、頼むな」とだけを告げ、質問には答えないままさっさと病室から出て行った。ロイはファルマンに支えられ、身を起こすとコートを羽織る。視線は自分に背を向けるエドワードに留められたまま、動かすことが出来なかった。コートから漂う血の匂いと先ほどの握り締められたエドワードの手、それから背も。それらの全てが記憶の無い自分を象徴しているようで、ロイは困惑したまま重たい足を進めていった。

ファルマンに送られ、たどり着いたのは大総統官邸だった。さすがに中に踏み込んだ記憶は無かったが地図上で、また、外観のみなら何度も確認したことがあるこの場所。官邸警護はきっちり行いますので安心してお休みくださいとファルマンは告げ、他の部下にも指示を出していった。外に佇むままなのもおかしいなと、ロイは、官邸にすたすたと踏み込んでいくエドワードの後を付いていった。
……就任したのだからもうここに住んでいるのか。
ファルマンは官邸の警備で、鋼のが官邸の中に入っていくというのはさっきホークアイに指示されたからか、そうか身辺警備に当たってくれるというわけか。ロイが納得しかけたところにエドワードから困憊気味の声がした。
「……わりぃけど、オレ先にシャワー浴びちゃっていいかな?……なんかまだ、アンタの返り血残ってる感じがしてさ、さっさと洗い流したくて……」
「……シャワー?」
その発言にロイは眉を顰めた。
「ん?アンタが先に使う?」
「いや、私は後でかまわないが……」
返り血を浴びたのであればそういう気持ちになるのは仕方ないとしても、君は私の警護のためこの官邸にやってきたのではないのか?
上官としては部下のこのような態度は咎めるべきなのだろうが、あまりにも疲れたようなエドワードの声と自身の記憶喪失という状況から叱咤しても良いのかどうか判断できず、ロイは構わないと答えるしかなかった。
「ん、すまねえな。そだ、寝室は二階。んで、そこにクローゼットもある。オレ、シャワー浴びたらすぐメシつくるから、着替えてゆっくりしててくれ」
エドワードはロイにこう告げるとそのまま浴室のドアを開けた。
確かにロイ自身の着ているシャツも羽織っているコートも血がこびりついたままで。ロイは言われたとおり着替えておくか、と特に異論もなかったのでエドワードの言葉に従い、二階へと足を運んだ。


続く
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