小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No3-4「それは記憶と等価な恋で」その4


丸めたままの身体が恐ろしいほど硬くなり動くことすら出来ない。氷のように自身の身体が冷たくなる。息が詰まって、ただ、心臓だけが恐ろしいほどの速さで動きを増したのがわかった。
……オレが、失敗したのか?それで記憶をなくして?
記憶をなくした恋人を責めるどころの話じゃない。思い出してくれ、なんて迫れない。失敗したのは、責められるべきはもしかしたら自分なのではないか。
ロイの記憶を奪ったのはオレかもしれない。
その考えは、エドワードの身体を支配した。
オレがロイから記憶を奪ってしまった?アルフォンスから身体を奪ったように?
いや、そうでなくとも。もしかしたらロイの記憶は戻らないかもしれない。錬成の失敗であろうと等価交換であろうと。
……どうしたら。
事実だけを確認するのならロイはオレとの記憶は無い。だから恋愛感情などは無い。そして、その記憶は一生戻らない可能性のほうが高い。
等価交換。錬成の失敗。
どっちにしてもそうやって持っていかれたのなら、記憶は戻らない。無理に戻そうとしたら、ロイの心臓が撃たれて、血を流したあの時に戻ってしまうかもしれない。
……できることはなんだ?オレがロイにしてやれることは。大総統として立つその支えになることだけか?オレを好きだって言う気持ちを取り戻せって、それはロイの負担になるだけか?
今のロイは『大佐』だ。
女ったらしで、とっかえひっかえ恋人を作っていた東方司令部時代のロイだ。
いずれ、きっと、そうなる。そうなってもオレは咎めることは出来ない。部下として支えてやることだけが、ロイから記憶を奪った償いなのかもしれない。
……心臓が痛い。持ってかれたみたいに。
だけど、それしかもう出来ることはない。ごめんロイ。オレがアンタから記憶を奪ったのかもしれない。他に手段がなかったとはいえ、錬成しなおして、心臓も無事、記憶も取り戻せるなんてそんな方程式は思いもつかない。
どうすればいい?取り戻せないのだとしたらオレがロイに出来ることはなんだ?
部下としてだけ、それだけのためにロイの側に立つ。
だって、今のロイはオレのこと好きなんかじゃない。
出来るのか、そんなこと?
いつか誰かオレ以外の人間と夜を過ごすことになるロイに納得できるのか?
そんなこと知りたくない。そんなロイは見たくなんかない。だけど、そうなる可能性はある。
……ロイがいつかオレから離れてしまうとしたら。記憶を喪失したままでこの後の人生を過ごすとしたら。
せめて、オレを好きでいてくれたこと、それが本当にあったことだって、それだけは信じて欲しい。それだけを信じてくれたら、後はもう、ロイの好きにしていい。他のオンナノヒトと恋愛したって、オレは身を引く。だけどせめて、わかって欲しい。ロイが本当にオレを愛してくれたこと。信じてくれたら、それだけでいい。いや、信じられなくてもその事実を理解してくれるだけでもいい。
出来る償いはもうそれだけしか思いつかなかった。
身を引くこと。部下としてだけ、ロイの補佐だけをすること。
だけど。
エドワードは思う。
だけど、と。
……本当は、オレを好きなんかじゃないロイから……逃げたいだけ、なのかもしれない。


眠れないままエドワードは一夜を過ごした。ロイは、しばらくした後寝室に戻ってきて。「おやすみ」と一言だけエドワードに声をかけ、眠った。
いやロイも寝たフリをしただけかもしれない。とにかく同じベッドに横たわりながら、夜が明けるのを待った。お互いに言葉を交わすことも出来ずにただひたすら朝になるのを待った。


そして朝日が昇れば。
いつもの習慣どおりに、エドワードは起きて、シャワーを浴びた。ワイシャツをきちんと着て、軍服は下だけを穿いて。そうして、コーヒーをいれに台所へと向かう。コーヒーはロイが毎朝飲むためのものだ。エドワード自身はどちらかといえば紅茶を好んで入れる。飲むことを欲して、沸かしたわけではない。ただ、いつもの通りの習慣として、エドワードはコーヒーを入れる。エプロンをつけて、朝食の支度をする。パンを軽く焼き、残ったままだったシチューを鍋で温める。正直に言うと食欲は無かった。だけど、何も考えたくはなかった。だからいつもの習慣のままに食事の支度をした。食卓に食事と飲み物を用意している間に、ロイが二階から降りていたらしい。所在無くリビングの入り口に佇んでいる。
「おはよ、ロイ。コーヒーは入ってるぜ。とりあえず飲めば?」
かけられた言葉に何かほっとし、ロイ返事をした。
「……おはよう、鋼の」
朝の挨拶を済ませてしまえば、話すことなど見受けられなかった。二人は向かい合って黙ったままだ。ロイはじっとエドワードを見た。姿勢良く伸ばされたその背。カップを掴む生身の腕。三つ編みだった髪は今では高い位置に一つに纏められている。しなやかなその金の髪が朝の光に照らされて、輝きを増している。エドワードは無言で紅茶のカップを口に運ぶ。その少しだけ開かれた唇の動きにロイは目が離せなくなった。ただ、飲み物を嚥下しているというだけなのに、カップを唇から離せば、そこは湿り気を帯びて、朝の光を反射する。自身の背に、なにやら熱が走る。その欲情にも満たないささやかな熱ではあったが、ロイは走った熱の鋭さに驚き、しかしそれを何とか隠し、コーヒーを飲む。ごくりと、音を立ててしまったのが失態か、と冷や汗が浮かびそうになったその瞬間、じっと見つめられた視線が気になったのかエドワードは「なに?」と、首を傾げる。ロイはまずいな、と自身の不埒な思考に気が付いた。
コレはエドワード・エルリック。自身が後見人を努めている、鋼の錬金術師。
子供、といえる歳ではもうないけれど、しかし青年だ。つまり、男ではないか。いくら見目麗しく成長したとはいえ、なにを動揺しているのだ私は。昨夜の発言にうろたえてしまっているのだろうか。エドワードの身体に残されていた、紅い痕も脳裏に浮かぶ。自身がつけたくせにと怒鳴られたその声が、今まさに告げられたばかりのようにはっきりと響いてくる。誤魔化すようにロイは謝りの言葉を口にした。
「ああ、いや……すまん」
何をどう、答えていいかにも迷う。記憶がないことにこんなにもあせりを感じてしまっている。
「夕べのことが気になってるんだろ?」
「あ、ああ。いや、そうだ、な」
エドワードに見惚れていたとはさすがに言えずにロイはエドワードの言葉に頷いた。
「オレとアンタはもう長いこと、こういう関係にある。一緒に暮らし始めてからはもう三年だ」
事実だけを告げようとしているのか、エドワードの態度は昨夜と異なり非常に淡々としている。言葉に感情など含まない。非難も何も。
「三年も?」
「付き合いだしてからは五年」
「なぜ、そんなことに……」
嘘には聞こえなかった。
が、やはり明確に言葉にされても信じることは難しかった。
私が、鋼のとそういう関係にあって、しかもあんなにも痕が残るほどのコトをしてしまっているというのか。その上、五年だ。それほど長い間一人の人間と付き合い続けたことなどロイの記憶には無い。いつも期間は短い。ベッドを共にしただけで別れる相手さえいた。あちこちの花を啄ばんで、次へと向かう。それがロイの恋愛遍歴だったはずだ。信じられないと、声をあげることも出来なかった。そうして、自身がつけたというその痕があるあたりを服の上からロイは凝視する。エドワードの言葉の証明のように、エドワードの身体に残されているはずの、その紅い痕を。誰とベッドを共にしても、そんな痕などは付けたことはなかった。いや、問題とするべきは痕ではないのだ。鋼のと身体を重ねていたというその事実だ。十四も年下の、子供だ。いや、子供ではもうないのだろうが、男だぞ、彼は。
「聞きたい?」
エドワードはロイの動揺した様子も気に止めないかのように淡々とした声を出した。
「聞くのが恐ろしい気もするのだが……」
未だロイの混乱は収まらなかった。説明を聞けば納得が出来るのだろうか。いや、そうとは思えない。事実を知ってどうなるというのだろうか。が、してしまったことはいくら記憶にないとはいえ、無いことにはできないだろう。ロイはエドワードの説明を大人しく待った。
「じゃ、来いよ。二階。ホークアイ補佐官が迎えに来るまでまだ時間がある。……ああ、アンタ昨日もろくにメシ、食ってねえからそれたいらげて、それから、聞く覚悟できてから、あがって来いよな」
エドワードは食卓の上のシチューを指差した。これはきっと夕べ見た、冷蔵庫に入っていたものを温めなおしたのだろうとロイは察知した。
「君は、食べないのかい?鋼の」
「……オレはいい。あとでで。アンタが食べる間に、オレも話す覚悟決めるから。それゆっくり食べてから、寝室に来いよ」
覚悟を決めるという大仰な言葉とは裏腹に、エドワードは淡々と告げ、二階へと一人で向かった。


残されたロイは自分も聞く覚悟を決める時間が必要だな、と用意されたシチューに口をつけた。
それは優しい味がした。
出来合いのものを買ってきて、それを温めたのではなく、きっとこれはきちんと料理されたものだろう。
「……美味しいよ」
ロイは誰に言うのでもなく、そう呟いた。聞いている相手はいないけれど、それでもきっとこれはエドワードの気持ちの籠った手料理だったのだろう。ロイは噛み締めるようにゆっくりとそれを味わっていった。

ロイが寝室へと戻ってきた時、エドワードはベッドの上に腰掛けて顔を床に向けていた。手と手を組んで、瞳を閉じて。その姿はまるで何かに祈りをささげているようにも見えた。それとも何かを決めようとでもしているのだろうか。ロイは先ほどの言葉どおり、彼も覚悟を決めているのだろうと思った。
「……ご馳走様。美味しかったよ」
ロイは先ほど一人で呟いたそれを、今度はエドワードに向けた。
エドワードは、ん、サンキュ、と小さく呟くと、顔を上げ、そうしてしっかりとロイの目を見つめた。何かを決意した瞳だと、ロイは思った。始めて会った時から何度も何度も見たことがあった、鋼の錬金術師の強い目の光だと。
「ロイ、その引き出し開けてみて」
「引き出し?何か入っているのか?」
「オレとアンタの関係を証明するもの、と言えば良いかな?……まあ、自分の目で確認してみれば」
ロイは嘆息すると、言われたとおりにその引き出しを開けてみた。引き出しの中にあったのは小さな箱が一つ。その箱を取り出し、開いて見る。
そこには銀色に輝く二つの指輪が収められていた。
まさか、と思い、その内側を確認した。
一つは『R to E』の文字が、もう一つには『E to R』が刻み込まれていた。
――まるでエンゲージ・リングではないか。
ロイはその思考に殴られたような衝撃を感じた。確かに証拠だ。こんなものを贈りあう仲だとは。エドワードから言われるであろうそれを覚悟していなかったわけではない。けれどそれでも言葉で言われるより遥かに実感を伴ってしまう。単なるふたつのリング。しれが異様に重たく感じられてしまう。
ロイの衝撃など関係ないようにエドワードは淡々とした口調で告げた。
「つけなくてもいいから持っててくれってアンタがオレに贈ってくれたんだよ。あれ、アルフォンスが婚約した年だから、アンタが三十五の時」
片方の指輪をエドワードは取り上げ指にはめた。
昔を懐かしむかのような顔で、じっと銀の輝きを見つめ、そっとその細い輪を指でなぞる。まるで愛撫するかのようにゆっくりとふれ、顔を傾けるとエドワードは目を瞑り、指輪に唇を寄せた。
ロイはそのエドワードの唇から目線が外せなくなった。押し殺してはいるのだろうがエドワードから切ない感情がさざ波のように押し寄せて、ロイへと流れてくる。何も言えないまま、エドワードの唇から紡がれる言葉をただ待った。
エドワードは、さっきまでの表情などまるで消し去ったかのように静穏な瞳でロイを見た。きっぱりとその唇が言葉を紡ぎだす。感情など込められていない、ただの提案だとでも言うかのように淡々と。
「して、みるか?オレのこと、抱いてみる?」


感情をすべて押し殺して、エドワードはロイの目を見た。信じられない。ロイの目はそう語っている。
そうだよな、アンタは今オレのことなんてなんとも思っちゃいねえんだろう。証拠の指輪を突きつけても、そんなの記憶にないんだよな。後は、信じてもらうにはコレしか思いつかねえな。
せめて、信じて欲しかった。ロイから離れるのだとしても。自分達の間に流れた時間は本当だと思って欲しかった。それだけで良い。それで納得する。
……ちゃんと、離れてやれるから。ロイがオレの手助けなくても大丈夫になった頃には。そうだ。ロイが大総統になる前も、離れようとしたことがあったじゃないか。思い出せ、エドワード。好きなんて気がつかなかったら一生そばに居れたのにって、単なる部下と上司だったならよかったってそんなの一番最初にも思ったことだ。忘れてた。一生離れてなんかやらないって、そうロイに言った後からは、ずっとそんなこと忘れてたけど。もともと、そうオレは思っていたはずだ。時期が来たら離れるって。だから、平気なはず、なんだ。アンタの手を離しても。だけど、その前に。思い出すのが無理なら、ロイがオレのこと好きだったって納得だけして欲しい。それだけでいいから。今のロイが今のオレを好きになんかなってくれなくてもいいから。納得してくれたら、それだけ、わかってくれたら、オレはきっと身を引ける。いつかオレじゃない、別の誰かがロイの側に立つときが来ても、大丈夫。吹っ切れる。いや、吹っ切ってみせる。そのために、なあ、信じてくれよ。
「何を、言っているんだ君は……」
ロイはエドワードの言葉に瞠目した。
射るほどに強い視線を向けてもエドワードはただ静かに寝台の側に立つだけだ。動揺しているのは自分だけ、というのがロイには気に食わなかった。
そう、動揺だ。
エドワードの身体に残されたキスマークの痕。今朝目が離せなかったのはエドワードの唇で。それだけでも自分はどうにかしてしまったのではないのかと思うのに、止めを刺すかのような誘い文句。拒絶してしまえばよかったのかもしれない。証拠として指輪などを突きつけられても信じられないのだと。
が、それも口に出すことが出来ずにいた。なにも考えずにイエスと応えることにも戸惑いを感じた。なにせ記憶が無いのだ。何が最良なのかそれがわからない。エドワードは揺るぎなく、ただ、ベッドの腰を掛けたまま、ロイの返事を待っている。琥珀の瞳が、じっとロイ自身の瞳を見あげている。戸惑うのはロイばかりだ。
なにやら反対だ。感情的になるのはエドワードのほうで、何事があっても冷静なのが自分ではなかったのかとロイは眉を顰める。
「アンタも記憶に無い過去、いくら言葉で言われても実感無いだろ?……だから、いいよ。確認してみれば」
エドワードが微笑む。
その笑みは鮮やかで。けれどその淡雪のような儚さにロイは立ち尽くすしか出来なかった。
「君は、そんなことをして後悔しないのか……」
戸惑っているのはロイ、だけだった。
そう、戸惑っているのだ。きっぱりと拒絶することも受け入れることも出来はしないで。受け入れるにせよ拒むにせよ、エドワードを傷をつけてしまうのではないのだろうかと恐れている。いや、それは本音であると同時に単なる言い訳だった。さっさと拒否できないのは自身の内に確かにある種の衝動があるからで。エドワードはロイの返事も待たず服を脱いだ。シャツのボタンをゆっくりと外していき、そのシャツを寝台の上へと放る。ロイはそのエドワードの動き一つ一つから眼が離せなくなっている自分に気がついた。しだいに顕わになる身体の白さ。機械鎧だったはずのその腕はもう生身になっていたが、傷跡は未だに印のように赤く在った。カチャカチャとベルトを外す音がして、次いでジッパーが下げられる。
ざわりと背筋を這う感触にロイはぐっと掌を握る。早く拒絶しなければ、本当に自分が何をするかわからなかった。鋼の錬金術師は自分が後見人を務めている、子供。そのはずだった。その子どもから目が離せない。タンクトップが脱ぎ捨てられればそこにあるのは二つの小さな突起。それに触れ、食んでみたいという衝動が奥底から湧き出てくる。ロイは胸から視線を逸らし、エドワードの目を見た。自分をまっすぐに貫く視線を。熱く激しいその気性がその瞳に秘められている。
そうだ、こんなに短絡的な行動に出るのも鋼のならではないのだろうか。考えても無駄ならさっさと行動に移す。それが彼だった。


エドワードは半身を晒すとおもむろに立ち上がった。ついっとその白い両手をロイの肩に伸ばし、背伸びをしてロイの耳へと囁き掛ける。
「オレはさ、キスも、その先も全部アンタしか知らない。オレの身体は全部最初から最後まで、アンタ仕様だから。記憶なんか無くてもアンタの身体とオレの身体はもう馴染んでる。アンタの記憶には無くても、アンタの身体がオレのこと覚えてるかもしれないし。試して、みろよ。アンタいつもオレの身体飽きずに触るし、こういうことするのオレだけになったし。……身体の、相性いいからさ」
言葉はあくまでも冷静で、とてもベッドに誘うような甘さはない。ただ、確認しろと、試してみろと告げる。その表情にも音声にも動揺などどこにも見受けられない。
が、ロイにはわかった。


密着したお互いの身体。
それが隠しているエドワードの感情を伝えてくる。心臓はどくどくと早鐘のように鳴り響く。瞼も、その白い腕さえも小刻みに震えて。
そうか、鋼のは冷静なんかではないのだ。ただ感情を隠すのがうまくなっただけで。
ロイは腕の中のエドワードを抱きしめることも出来ずに、ただ抱きつかれたままでいた。
私が知っている鋼の錬金術師は感情豊かに、いつも直情型で笑ったり怒ったりと忙しかった。だから、成長した今も素直に気持ちを表すのだと勘違いしていたのだ。きっと鋼のは、信じられないという私に傷ついて。それでもこの事態を引き起こしたのは他の誰でもない自分だと、全てを自分の責任だと思い込んで、自分で背負って。感情も全て隠そうとして。……変わっていないではないか、あの頃と。アルフォンスを鎧の姿にしたのは自分のせいだと全て自分の責任として旅をしていた頃と。
「……ああ、やっぱり『大佐』だから、オンナノヒトじゃねえと抱けないか。オレとするの、嫌だよな。そんな気になれないか……」
その言葉とともにエドワードはロイからその身体をすこしだけ離した。ロイの肩にかけられたままの手が小刻みに震えていた。ロイはその手の震えと「やっぱり」と言うエドワードの言葉に確信を強めた。もともとわかっている。だから諦めている。そういう風情がひしひしと伝わってくる。
鋼のは自分のせいだから、仕方がないと。だから、恋人のことを忘れてしまった私を責めることもしないでいるのだ。
ロイは自身の心を探ってみる。
恋情は見当たらない。恋などないと言い切れる。
ならば、記憶には無いが以前の私は、君を好きだと指輪を贈ったロイ・マスタングの気持ちはどこに行ったのだろう。どこにもそんな感情は見つけられない。鋼のは、私が君の身体を飽きずに触ると言った。そんな執着は今に自分のどこにも見当たらなかった。けれどエドワードに辛そうな顔をさせているのは嫌だった。太陽のように笑い、怒り、真っ直ぐに立ち向かっていく彼を支えてやりたかったのだ。いつだってそうだった。道を示すだけ示して突き放していても、心の奥底では守ってやりたくて。子ども扱いは好まれないのを知っていて、ヒューズの死を隠してしまったのも、傷つけたくはないからで。
そう、今も、傷などつけたくなどないのだ。
抱けばより深い傷を与えてしまうのではないか。それとも抱かないほうがそうなのか。
いや、そんなことは言い訳だった。
自身の身体はエドワードの身体に確かに惹かれている。
恋心などどこにも見当たらないというのに、エドワードに対しての欲が湧き上がる。その湧き上がる衝動を押さえることに苦労をしている。触れられた肌の柔らかさ、その弾力。自身の手で確かめたいという感情さえ浮かぶ。
これは、本当に私の感情なのか、それとも鋼のが言ったとおり身体にも残っている記憶があるのか。単なる衝動なのか。ロイは逡巡を繰り返した。
「……いや、そんなことはない。とても君は魅力的だ。ただ……」
「ただ、何?」
「……正直、戸惑いがある。こんな気持ちのままで君を抱いたとしたら、私は君を傷つけてしまうだろう。それが嫌だと思うのだが」
抱くほうがいいのか。それとも抱かないほうがいいのか。
身体の欲求どおり、衝動のまま彼を抱いてしまってそれで後悔しないのか。
どちらにしても傷つくのはエドワードなのだ。そのことが嫌だからこそ迷いがあるのだと、ロイはそれにしがみ付いた。口に出しても構わない言い訳などそれしか見当たらなかった。
自身の気持ちをどう表せば一番傷がつかないのか。
幾度考えてもわからなかった。ただ、湧き上がった欲望。そのことはあからさまに伝えることは後見人の立場から避けたかった。だから、仕方なく戸惑うと。
「男のオレはイヤだからじゃねえの? 」
エドワードの身体が震えを増す。
「いや、男とはさすがの私もしたことはないが、ああ、記憶に無いだけで君とは何度もしてしまっているのだったね。それはひとまず置くとしても……正直に告げると、君から目が離せないな」
今朝見つめてしまった、エドワードの紅茶を飲むその唇の動き。確かにあの時ロイ自身に熱が走ったのだ。それがなくした過去からの想いなのか、今の自身の感情からなのかはわからなくても、確かに自分の身体は反応したのだ。
エドワードに。
このエドワードの唇に、そして身体に。
「君は私のために身体さえも投げ出そうとしているように感じられる。……君をこれ以上傷つけたくはないのだが」
そう、これは紛れもなく私の本心だ。戸惑いがある。受け入れた方がいいのか拒否したらいいのかわからない。けれど、傷だけはつけたくなどないのだ。ロイはエドワードの瞳を見つめた。少しでもエドワードを苦しめない選択ができるようにとその願いをも込めて。
エドワードもロイを見た。きっぱりと、何かを期待しているような、何かを諦めているようなどちらとも取れるような瞳で。
「んなもん、いいんだ。ロイは悪くねぇ。試してみる気が有るか無いかだけで選んでもらえればそれで」
きっと、此処で抱かないと言う方がエドワードを傷つけてしまうのだろう。
そう判断したことを伝えれば、またそれで傷が深くなるのかもしれない。 ロイ覚悟を決めた。
「鋼の……」
ロイはエドワードの唇をそっと奪うとその身体を寝台へと押し付けた。


続く
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