小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No.3-5「それは記憶と等価な恋で」その5


開かれることに慣れた身体だと、思った。鋼の身体だと思えば奇妙な感じがする。
が、その肢体は。
押してみれば、素直に鳴く。引いてみると絡みつくかのように纏わりつく内側の熱。
――ああ、こんな身体を抱いたことは無い。
エドワードの発する熱がねっとりと蠢く。腰を進めるたびに反応が異なる。熱く誘い、絡んで。受け入れて、突き放して。それでも貪欲に求めてくるこんな情熱は。
突いても突いても突いても、いくら揺らしてしまっても飽きることが無かった。自分のためのものだと感じた。
そうだ、先ほどエドワードはそう言ったではないか。最初から最後まで自分仕様だと。確かにそうだと思えた。私が自ら一から十まで教え込んでこんな身体にしたのか。だからこれほどすべての反応がエドワードのありとあらゆるものが自分を熱くするのか。
いつの間にかロイは我を忘れてエドワードの身体を貪った。噛み付いて、舐めあげて。内にある熱は渦巻きを増した。押し寄せてくるそれをかわせば、掻き混ざり、奥の奥から衝動が突き上げる。震えや渇きや疼きに似た何かが中心を取り巻いて、噴出する一点を求め、喘ぐ。エドワードが涙を溢れさせながら根を上げてしまっても、まだだ、と熱の解放を留まらせた。吐き出したくないんだ。君の中は熱くて気持ちがいい。まだ、この中に居たい、君の中に。そう囁けばエドワードの身体もますます熱を孕んだ。狂おしく叫びを上げて熱を放つ。その強さにロイもエドワードの中に射精した。しかし吐き出したばかりだというのに熱が収まりをみせなかった。自らのせいでぐちゃぐちゃになった中をそのまま、かき回す。待って、というエドワードの静止を振り切って、再び律動を開始した。すぐにまた、エドワードの中心も硬さを見せた。それを助長するように手で擦り上げ、中も自身のそれで突き上げる。
んん、と耐えるその声がロイを震わせ、そして更に煽る。
もっと、声を出したまえ。
ロイがそう命じれば今度は、あああ、と可愛らしく身体を震わせる。ああ、いい声だ。声も身体もまだまだ休ませる気にはならない。熱を放っても放っても、離すことは出来なかった。もっともっとよこせとばかりに中を穿ち続ける。まるで自分は自慰を教え込まれたばかりの猿のようだと思う。次から次へと欲望は止まらずに湧き上がる。
エドワードも、いくらでも欲しいだけ貪っていいからと、抵抗などは見せなかった。もっと、奥まで。そう、いい。イイから、ロイの好きにしていいから。
そんな言葉がロイの耳に届けば遠慮などしなかった。先ほどまでの戸惑いが嘘のようにエドワードの身体に溺れていく。それは滑稽なほどだった。ロイはそんな自分に哂いそうになった。けれどそれでも視線はエドワードを捕らえて離さない。反らされた細い首筋が目に堪える。もう身体にほとんど力も入らないのだろう。それでも懸命に手を伸ばし、ロイの背に縋ろうとしている。目は涙に濡れ、潤みきって。ロイを見つめようとする意志を告げている。ああ、こんなふうに無防備な気持ちを向けられたことなど今までない。今まで一緒に夜を過ごした誰からも。
ロイは、エドワードに微笑みかける。その瞳は潤んで、たとえ見えずとも、気持ちだけ伝わればいい。そっと唇を寄せた。伸ばされた手を、指を絡めてシーツ押しつける。何度も何度もついばむようなキスを贈る。
何故だか愛しさを感じていた。情熱には程遠いがそれでも縋りついてくるエドワードがあまりにも可愛らしく感じられて。だから守らなければと、ただそれだけを思った。ロイの記憶の中のエドワードは誰かに頼ることはなかった。疲れた時すら寄り掛かる肩を求めやしない。すべて自身で抱え込み、背負おうとする。だからロイ自身も幼い彼を子供としては扱わなかった。自分の足で立てと、突き放すかのようにすべてエドワード自身に選ばせて。
本当は守ってやりたかった。
君は充分よくやっているのだからと保護者のように接したかった。もっと自分を、大人を頼ってもいいではないかと、告げてやりたかった。そうか、とロイは自分の中にしまったまま、忘れていた感情を思い出した。そうしてこの感情がいつしか愛情に変化していったのかと実感は無くとも納得はできて。それから、どんなふうに年月を重ねれば、一人で立っていた鋼の錬金術師が自身にあんなふうに無防備な視線を向けてむけてロイ自身に縋るようになったのか、その時間を辿ってみたくて。ロイは言葉の代わりにただ唇をよせ続けた。


何度目かの熱を吐き出した後、ロイはようやく冷静さを取り戻した。さて、どうするべきかとロイは腕の中のエドワードを見つめた。抱いてしまったのだ、自分自身が鋼のを。記憶を無くす前の自分ではなく、今のこの、ロイ自身が。この後は、自分はどうするべきなのか。ロイは対応策だけを考え続けていた。うんっと身じろぎをしてエドワードが瞳を開ける。ぼんやりとしたその目の中に困惑したロイが映っていた。
「そろそろ……リザさんが迎えに来るから……」
時計を確認して見ればそろそろ正午だ。エドワードのぼんやりとした顔がなにやら可愛らしく感じられて、ロイは身を起こすことを勿体無く感じた。
ロイは、一度身体を重ねただけでこんなふうに思うとは私はどうしたのだと自身を不思議に思った。恋情などどこにも見当たらなかった。つい先ほどまでは。なのに今はどうだ。確かに抱いているのは恋ではない。けれどだた愛しいとさえ感じる。この時間がもう少し長引けばいいのにと、そんなふうにも思ってしまって。
……おかしい。私はいったいどうしたというのだ。まさか一度身体を重ねたくらいで愛情を感じるはずなどない。
記憶には無くとも共に過ごした年月の長さを、その間の気持ちを、言われた通りに身体が覚えているのかとも思った。そのくらいしかこの急激な気持ちの変化を説明できるものは見当たらないような気がして。
エドワードが身体を起こして伸びをする。猫のようにしなやかに伸ばされた背。その背に新しい、つけたばかりと思われる鮮やかな痕がいくつも散らばっていた。その痕を見つめてロイの動揺は更に増した。
……溺れただけではなく、痕まで。
その痕をじっと見つめると、エドワードもきょろきょろと自身の身体を見回した。
「あっ」
気が付いたように声を張り上げて、シーツを手繰りよせ、身体を隠した。真っ赤になるエドワードに気が付くと、ロイは意識しないうちにくすくすと笑っていた。
「君、可愛らしいな」
何故だか奇妙に安堵を覚えた。これが、自然で当たり前なのだと、心のどこかで納得した。先ほどの動揺もどこかへ行ってしまったようだった。対応策など検討するまでもないと思えた。
「わ、笑うな、アホロイ」
「いや、すまん。痕など君の身体にはたくさん残されているというのに。しかも夕べは堂々とキスマークの残された裸体を晒していたというのにな。……そんなに照れなくても良いのでは?」
「だ、だ、だって。慣れるかよ、んなの、いつだって何度目だって、恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよっ、これだって今アンタがしたばっかのじゃねえかよっ!」
真っ赤になって噛み付いてくるエドワード。そうだ、これが私の知っている鋼の錬金術師だ。
そうだ、これでいい。安堵感がロイの胸の内で広がっていった。
「ああ、ようやく私の知っている鋼のらしくなったな」
「え?」
「いつも鋼のは真っ直ぐに怒って笑って怒鳴って。だから君が成長した鋼のだと理解は出来てもしっくりこなかったのだが。うん、紛れもなく、君だ。鋼の」
「なにがだよっ」
「そうやって大きな声で真っ直ぐ私を見る。……先ほどの君は実に色っぽかったしね。大人びていて、冷静にものごとに対処しているようで。感情も上手く隠すことが出来るようになっていて。鋼のらしくないなと思っていたものだから」
「う、うるせっ。どおおおせ、アンタの記憶にあるオレは豆粒ドチビだろ!……これでも今はもう二十四だ、オレだって大人になるのっ!」
「すまない。だが、そうやって直情的に怒鳴るほうがいいな、安心する」
はははと声を立ててロイは笑った。
エドワードが湯気を立て怒り、ロイがからかう。以前となんら変わらないそのやりとりにロイは次第に落ち着いていった。
記憶など無くても、お互い年月を重ねても。身体を重ねた後であっても。ほら、こんなにも何も変わらないじゃないか。
けれどロイの気分とは裏腹な、絞り出すような声がエドワードから発せられた。
「……そうやって、優しく笑うな馬鹿」
「うん?」
ロイが先を促したが、エドワードは首を横に振った。
「いや、いい。なあ。信じてくれた?オレとアンタが……」
「ああ、納得はした。君の言うとおり、私はきっと君の身体に執着していたのだな」
エドワードの顔には先ほどのような甘さと親密さは残ってはいなかった。落胆して、何かをあきらめた顔つきだった。
そのエドワードの顔をロイは不思議に感じた。信じたという言葉に、きっとエドワードは満足すると思っていたというのに、この寂しそうな顔は何だ?しかしそれを口にするより前にエドワードがロイの思考を遮断した。
「信じてくれたなら……それで、いい」
――でも、今のアンタはやっぱりオレのこと、好きになるまではいかなかったな。
その心の声をエドワードが発することは無かった。


ロイの顔を見ればエドワードにはわかった。本当はちょっと期待していた。寝てしまえば、少しは好きになってくれるかもしれないと。けれど「身体に執着」とロイは言った。「納得はした」とも。
……理解してくれただけ。それだけでいいと思っていたのに。まだまだ、オレも甘い。本当は、どっかで期待していたんだ。記憶なんて無くてもオレのこと好きになってくれないかなって。身体をあわせても、そう思えなかったのなら。もうこれ以上オレに残された手段はない。手持ちのカードは使ってしまった。指輪も身体も。
……やっぱり、納得してもらっただけで、満足して、それで、いつかロイから身を引く。それしかないんだな。だって今のロイはオレのこと好きじゃない。好きじゃないんだ。エドワードは繰り返した。自分自身を無理やり納得させるために。ただ、それだけのために。
「ロイが、オレとのこと信じてくれたのなら。それだけでいいんだ。オレの気持ちをアンタに押し付けることなんてしないから。オレはアンタの右腕で。ちゃんと仕事、する。今が正念場だしな。アンタの政権発足させて国を民主化に向かわせる。大事な時だ。なあ、どんなことでもオレがしてやるから。頼りにしろよ」
いつか自分ではない誰か。それがロイの側にできるまで。自分がロイの側にいられるのはそれまでの短い期間だと。エドワードは覚悟を決めた。いや、決めるしかなかった。いらないと言われるその時まで。それまでしかロイの側にいることすら出来ないのかもしれないと。
そうやって、エドワードは無理やり作った笑顔をロイに向けた。
ロイは何も変わらないと思ったのは思い込みで、やはり自身は選択を間違えたのかと一抹の不安を覚えた。エドワードに何か言わなければならない言葉がある気がするのにそれもわからなくて。だから、ああ、とだけ返事をして、仕事へ向かうための支度をと、身を起こすしかなかった。

納得はした。鋼の錬金術師は特別なのだと。愛情に似た感情も理解できて。ただ、今の自分が恋情を抱いているのかと言われれば戸惑いがあった。拒絶という文字はきれいに消去されたが。しかし受け入れて、何事も無かったかのように関係を結ぶのにもためらいがあった。正直に言えば、もう一度確かめたかった。エドワードの身体を。あの狂おしさを。それを身体で知った時、言葉にはならないいくつかのことがらが自身の感覚として納得できたような気がしたのだ。記憶など無くても、何も変わらない。記憶があろうとなかろうと自分は、ロイ・マスタングはロイ・マスタングであって、問題など何一つない。その感触が今の自分には欲しかった。それさえつかめれば記憶の有無に限らず過去と現在の自分が同一だと感じられるように思えて。焦燥なども感じなくなるように思えて。けれど、やはり告げるべき言葉が浮かばない。エドワードに言うべき言葉があるはずなのに、それが何かわからない。自身の気持ちがわからない。これはエドワードに対する愛情なのか。それとも単なる保護欲なのか。
――結局、喪失した記憶を取り戻さねばこの違和感は付いてまわるのか。
ロイは戸惑う気持ちを表に出さす、ポーカーフェイスの裏側に秘めた。
やることは山積みなのだ。まずは個人の感情ではなく国の体制を整えるべき。そのためにと仕事へと没頭した。失った経験を取り戻すことは出来ないが、国を民主国家へ移行させるのは何も記憶など無くても可能だ。もともとのイシュバールから帰還してからの自分の望みなのだから。野望を実現するために、既に自分は大総統の地位に就いているのだからと。
そうして感情は一旦保留になった。
それは記憶に対する焦燥感を誤魔化すためだけに軍務に逃げたのか、それともエドワードに引かれていく自分に戸惑っていたというのか。この時のロイにはそれすら答えが出せないまま、感情だけを保留した。

ロイは後にこれを悔やむことになった。せめてこの時もう少しエドワードの感情に気をつけていればよかった、と。



「じゃあそろそろ、シンに探りを入れてみるか」
朝の会議でそう発言したのはエドワードだった。ロイが大総統に就任してから、朝一番で「マスタング組」は会議を持つのが通例となっていった。業務をこなす前に、今日一日必要になるであろう過去の記録や出来事をロイに少しずつ説明をしていく。そのために大総統執務室にはロイの机や応接用のソファだけでなく、会議用の椅子や机が運び込まれていた。上座には当然ながらロイ。その左にエドワード。右にホークアイの席がある。階級順にブレダ、ファルマン、ヒュリーとそれぞれの席について打ち合わせをする。そうしてここで打ち合わせをしてから、各々の執務室に散らばっていく。現在のロイの主な仕事は書類へのサインだ。が、闇雲に名前だけを書けばいいというものではない。テロへの対策、諸外国の状況把握。どれ一つとして簡単に出来るものはない。その上ロイの記憶喪失もここにいるメンバー以外には知られないようにと細心の注意が必要で。だが、後手後手にしていても無意味だ。ロイが大総統として着手するべきことは山のようにある。民主化へと国を変換させると言ってもそれは国内外を安定させねば不可能である。現在は大規模な戦争が起きていないとはいえ、国境付近で暴動でも起きれば隣接した諸外国との戦闘に繋がりかねない。下手をすれば一気に戦火が広まり、国を挙げての戦争だ。それを阻止するためにはまず、友好条約を結ぶこと。北のドラクマ、そして南のアエルゴ。それらの大国と結ぶのは相当な困難が予測される。結びやすいのは、東方のシンの国。アメストリスの遥か東、砂漠を超えたその向こうの大国だが、もともと国交もあり、敵対関係には無い。だが、数年前に皇帝が崩御し、その後各部族の覇権争いで、シンの国中は揺れている。絶対的権力を持つ皇帝が崩御し、五十を超える部族の、それこそ文字通り血みどろの争いが激化していたはずだ。内戦状態といってもいい。後継者が誰になるかによってアメストリスとの関係も変わることが見込まれる。最悪の想定は南のアエルゴなどの大国と新しいシン国の皇帝が結んで、アメストリスへの攻撃を開始すること。それも視野に入れ、対応策の検討はしておかねばならない。いざ事が勃発してから動いても、遅い。現在のシンの情報はほとんど無い。誰が、どの部族が新たなる皇帝の位に最も近いのか。それも不明のままで。ただ、エドワードには確信が在った。いや確信というよりも単に信じたかっただけなのかもしれない。リン・ヤオ、そしてその部下のランファン。それからメイ・チャン。別れてからもう何年にもなるが、きっと彼らがあの国を治める日が近いと。他の誰でもない彼らであれば単なる友好国として交流していくだけではない。強固なつながりをもつ二つの国として在ることが出来るはずだと。そうなれば他国への牽制となるかもしれない。少なくとも、簡単に戦争を吹っかけられるようにはならないだろう。つながりが、欲しかった。せめて、マスタング政権の地盤が安定するまででもいい。記憶の無いロイが、それでも大総統として足元を固めるその最初のきっかけがエドワードは欲しかった。そのためにまず必要なのは正確な情報だった。あのシンの国はもうきっとそろそろ国の外側に目を向けられるくらいになっているはずだ。最後にリンから連絡があってから、もうずいぶんと時間が経っている。未だリンから連絡がないのであれば、こちらから。他の国がシンに手を伸ばす前に、さっさと強いつながりを作ってみせる。もしまだリンやメイが苦戦をしているのなら、影ながら手を貸してやってもいい。
「そうね、きっとそろそろ大丈夫、かしら。……まずは探りを入れたいわね。このところこちらも体制を整えるのに手一杯だったから……」
「あー。とりあえず、ロス少尉にコンタクトとるか」
「そうですね」

ロイは交わされる部下の言葉に耳を傾けていた。
シンと結ぶ、それはいい。方向性としては自身の考えと一致する。が、そのロス少尉、という知らぬ名の持ち主の情報を確認するために口を開いた。記憶に無いことはさっさと発言する。そうして無い記憶の溝を少しでも埋める。部下に自由に話させ、そして不明点を補完する。それが結果的に最も効率の良い方法だとここ数日を経てロイは覚えた。
「ロス少尉?誰だそれは。私の部下にそんな名はなかったはずだな?こちらからシンに送り込んでいる密偵か何かか?」
議題が中断することを誰も咎めることはしなかった。部下もロイ同様に記憶の溝を埋めることを優先としていたからだ。ロイの質問にエドワードが答えを発した。
「ロス少尉は、ヒューズさん殺害の犯人に仕立て上げられたんだ。それでロイが采配してシンに亡命させた。だから、戸籍上は死亡扱いになってる。いつかこの国に戻してあげたいんだけど。ああ、ちょうど、そん時オレらがリン・ヤオっていうシン国の皇子と知り合いになってさ。アンタも面識あるよ、リンと。きっと今頃そのリンがシン国の皇帝になって……」
「ちょっと待て、鋼の……ヒューズ殺害の犯人?仕立てられた?」
ガタン、と音を立ててロイは立ち上がった。机についた腕も、その肩も小刻みに揺れている。顔に浮かんでいるのも怒りとも憤りとも付かない感情で。ロイはつかつかと歩を進め、エドワードの眼前に立った。エドワードの腕を掴み立ち上がらせる。顔と顔を付き合わせ、奥歯を噛んで。
そんな鬼気迫るロイの突然の変貌に、部下の誰一人として声を出すことは出来なかった。
「私はそれを聞きたかった。ヒューズを殺したのは誰だ?君は知っているのだな?」
その鋭い眼光に、つかまれた腕の強さにエドワードは声もでなかった。視線だけで動けなくなる。
「鋼のっ、答えられないのか……っ!」
エドワードは視線をロイから逸らした。自身を掴んでいるロイの手の震え。視線を逸らした先にはそれがあった。強すぎる感情を抑えることができずに震えているその手の震えが。きつく掴まれているエドワードの腕が悲鳴を上げた。ぎりぎりと軍服が音を立てる。エドワードはやっとのことで絞り出すような声を上げた。
「……痛いから、手、離せ。……話せない事なんて、ない」
ヒューズの死の遠因は自分にもある。時間が経過し、敵も討ち、過去に出来たはずのその死。それはロイにとっては未だ決着の付いていない、起きたばかりの出来事なのだと掴まれた腕の痛みからわかった。すまないという謝罪の感情と、それよりも強い気持ちに、エドワードの胸はしめつけらた。
……オレとのことは戸惑った様子で。だけどヒューズさんのことはやっぱりロイは。
エドワードの心が黒く暗く染まる。記憶から無くなったエドワード自身との月日より、今のロイは親友であるヒューズのほうがきっと心の中に占める位置が大きい。恋人よりも親友。そういうことではないのはわかっている。そう、『大佐』の記憶のままならオレは単なる後見している部下でしかない。ロイの心の大部分を占めいているのはその親友の死の原因。その犯人を討ち取ること。何年も心の奥に秘めてはいても、決して消えはしなかったその感情の大きさを自分は知っていた。エドワードは目線を逸らし、ただ、痛いからと小さく呟いた。
痛いのは腕じゃない。腕よりももっと痛みを感じているところがある。だけど、それを表に出すことはない。ロイに知られることは無い。
エドワードはただ奥歯を食いしばった。ぎりと音がするほど。そうしなければ涙が零れそうだった。それだけはしたくない、とただ耐え続けた。
「ああ、すまない……」
ロイはじっとエドワードと見つめる。つい激昂してしまったのはそれこそが聞きたくて、それでも聞き出すきっかけが無くて躊躇していたことだからだ。
が、その感情もエドワードの辛さを堪えるその表情によって急激に沈静化していく。
そうだ、ヒューズが死んで、その死を悔やんでいるのは自分だけではなかった。その死に打ちのめされたのはロイ自身もエドワードも同じだ。ロイはエドワードから手を離して、すまないとの意味を込めてエドワードの肩に手を置いた。
「ヒューズさんを殺したのはキング・ブラッドレイの一味で、エンヴィーって名のホムンクルスだ。ロイはちゃんと自分でそいつ倒して、敵討ったよ……」
「そうか……」



続く
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。