小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No3-8「それは記憶と等価な恋で」その8


エドワードはゆっくりと顔を上げた。告げられた言葉を反芻する。
いつか必ずロイは自分に恋をする?
それは優しい嘘だと思った。頭を撫で続けていた手が、自分の頬に触れられて、その温かさが胸に沁みた。射抜くようだった眼も、今では優しいだけのものになっていて。
なあ、ロイ。そんなふうに優しくすんな……優しくされるから、諦めようとしても諦められなくなるんだ。だから、いっそ、きっぱりと腕を離してくれていい。 例えそれでこの後の一生苦しくなったとしても。ロイから逃げた後、忘れられなくなって苦しんでも。切り捨てて、いいから。オレのことなんて。
エドワードはロイから視線をそらしたまま、低い声を絞り出した。
「ロイ、無理しなくていい。オレが無茶したから慰めてくれてるんだろ?……アンタ優しいからさ。オレのことは気にしなくていい。大丈夫だから。今はこうでもすぐに平気になるから」
平気になるなんて嘘だと自分でもわかっていた。それでもエドワードは下を向いたままそう述べるしかなかった。欲しいのは同情ではないのだから。
「鋼の。いいかげんに強がりばかり言うのはやめたまえ。平気ではないから君は倒れたのだろう。私は君に本心を言ってほしいんだ。……ああ、罵りたければ罵ってくれてもかまわないよ?大事な恋人のことを忘れてしまった私に、求婚までしたくせに何で忘れるんだよとね」
「わ、忘れちまったのはアンタのせいじゃねえ、オレが失敗したからだ。アンタを責める筋はねえんだ」
そうだ、自分のせいなのだ。今、こんなに苦しいのも。錬成に失敗しなければ、こんなことにはなっていなかったはずで。だからいくら苦しくてもこれはロイのせいじゃない。
「そうやって君はいつも自分だけ責を負う。……もう少し私に頼りたまえよ。それとも記憶のない私などに頼りたくはないかね?君はもう私のことが嫌いになったのかな」
ロイはわざと自分の表情にかげりを落とし、ため息を吐いた。
「そ、んなことあるはずがねえ!オレは、オレは、ロイが好きだ。そんだけは信じろよ」
「しかしだね、君は身を引くとか言いだすし。……君は本当は私ではなく、他の誰かの所へ行きたいのではないのかね?記憶をなくした薄情な恋人のことなど忘れて、さっさともっと君を想ってくれる誰かのところにね」
ロイの言葉にエドワードは顔色を変えた。目尻には涙が浮かび、必死になってロイを見つめる。信じろと。それすら信じてもらえなければ自分はもうどうしていいかわからなくなると。
そのエドワードの顔を見て、ロイはあえて倦怠感に苛まれたように肩を落とした。あくまで演技としてだったが、エドワードにとっては思いもよらない言葉だろう。ロイはエドワードを追いつめるための言葉を放ったのだ。
……さあ、言いたまえ。身を引くなどそんなことは君の本心ではないのだろう?先ほどのように側にいさせろと泣きじゃくったのが君の本音だろう。言いたまえ、心の奥底にしまったままの、君の本音を。本当は君はどうしたい?それを口にしたまえ。私はそれを聞きたいんだ。そのために、すまないと心の中で謝りながらもロイは冷徹な表情のままエドワードを見た。
「違う違う!ロイから離れたくなんかねえ、オレは好きなんだ!ホントに本気で、だから身を引くって」
疑われたくなどなかった。去るのは仕方がない。自分はロイが好きで、本当は側にいたくて。でもいつか身を引くことしかロイにしてやれることがないのだから、仕方なく去るのだと。だけど誤解なんかはされたくない。
「ホントに本気なら、身を引くのはおかしいだろう?私なら離れないがな」
ロイはわざと、冷笑してみせる。視線も逸らし、君の言葉は信じられないと言外に告げて。
「だって、オレだってホントはっ!」
「本当はなんだね?言いたまえ、鋼の、君の本当の望みはなんだ?」
――本当の望みは。
それを言っていいのか。告げていいのか。エドワードは逡巡を繰り返す。
本当は言ってしまいたかった。とっくに封印してはずの思いを。
エドワードの胸の中にしまって隠して失くそうとした思い。
けれど何度覚悟を決めても。決め直しても、消して冷えることなくそこに在り続けていた熱は。
「本当の望み」はロイの元から去ることではない。記憶を取り戻して欲しいわけでもない。
けれど「それ」が欲しいと手を伸ばしても、「それ」に手が届かなかったら。
だって「情」だって言われた。でも、そのうち好きになる?待ってて欲しい?それって単なる慰めだろ?ロイの本心じゃないだろ?待って、それでやっぱり無理だった。情は恋には変わらなかったからあきらめろって後になって言われたら。もしそんなことになったらオレはきっと壊れる。身体が生きていても心は死ぬ。そんなふうになるくらいなら、初めから手に入れないと諦めたフリをして逃げたほうがいい。

だけど、万が一にでも望みがあるのなら。

エドワードはロイを見る。その真っ直ぐな瞳で貫くように。


ロイは待った。
エドワードが自らの心を吐露するのを。それを受け止める覚悟はまだ無かったが、それでもこのままエドワードが壊れてしまうよりはよほどいいと。
「本当は何なのだね?」
言えと、聞くからと。ロイは力強く告げた。エドワードはロイを見る。瞳の奥の奥まで見通すような目で。隠すことのない本心を告げるには勇気が必要だった。受け止めてもらえるだろうか。それこそが不安で。大事は思われている。それは知っている。ただ、ベクトルの方向性が違うだけで。自分は恋人としての意味で好きで。ロイは部下として後見人として大切に思っていてくれて。だからこそ、さっきのロイの言葉を本当は信じたくて。でも信じた後、やっぱり無理だったなどと言われた日にはもう立ち直れないと思っているからこそ、同情だ、慰めだと自分自身の心をガードして。でも、そのうち、ロイがオレを好きになってくれるその日が本当にやってくるのなら。万に一つの可能性でも、それが現実のものになるのなら。
「……オレのこと好きになって」
静かな声が寝室に落ちる。
「鋼の」
「……抱いてみろって誘ったのも、寝たらわかってもらえるとかじゃなくて、好きになってほしかったから」
エドワードは下を向いたまま絞り出すように告げた。シーツを握り締めた手が震えている。本心を曝け出すのは恐ろしかった。いつかきっと、と望みをもっていて、それがいつまで経ってもやってこなかったら。やっぱり駄目だと切り捨てられたら。きっと、その瞬間にオレは死ぬ。身体も精神も魂も全てなくして何も感じない人形になって壊れる。それでも、もう告げるしかなかった。心に秘めておきたくもなかった。
「今じゃなくていいから。記憶なんてなくてもいいから……好きになって、もう一度」
言ってしまった言葉はもう取り返しがつかない。エドワードは否定されることを恐れていた。拒否されるくらいなら、逃げ出したかった。ロイのために身を引くのだと自分にいいきかせて。逃げたほうがましだったのだ。嫌われているわけではない。ただ、記憶をなくして一緒に歩いてきた道が分かれただけだと言い訳できた。そうやって絶望に陥らずに苦しくても生きることができる。だから逃げようと思ったのだ。
好きになってほしい。慰めるわけじゃなく、ロイの本心から。心の奥から。慰めがほしいわけじゃない。きっとさっきのロイの告白は、倒れてしまった自分への同情だ。そう言わないときっとまた無茶をするからと。
ロイは優しいから。自分の下の者、と手の内に入れた人間は大事にするから。ヒューズさんのことだってずっと忘れていない。ハボックさんのことだって手を尽くして。リザさんたちがロイに架ける思いも知っているから、全部背負って、捨てはしないで。だから、みんなもロイについてくる。きっとオレだって、部下としてなら大事にしてもらえる。みんなと一緒にいることは出来る。だけどそれだけで我慢が出来ないのは自分で。そう思えば涙が止まらない。欲の深い自分がいる。部下としてロイに信頼される。それは自分の誇りだ。ロイの右腕たる自分。これ以上の誉れはない。
けれど、それだけでは足りない。誇りも愛情もどちらも欲しい。
ロイが記憶を失うまで、その時まで手にしていたその二つを自分は両方欲しくて。エドワードの瞳から涙がこぼれる。シーツを握り締めたままの手に、それは落ちて。ぱたぱたと、零れ落ちて。そしてシーツにも染み込み、そこを湿らせていった。
泣いてすがるなんて、したくはないのに。
だけど、一度溢れた感情は、涙は簡単には止まってくれない。涙腺が壊れて。自分でも止められない。いつからオレはこんなに弱くなったんだろう。強いはずだった自分は消えて無くなってしまったのだろうか。下を向いたままのエドワードをロイは引き寄せた。引き寄せられて、エドワードは、ただすがりついた。ロイは、それしか出来なかった。ようやく告げられたエドワードの本当に気持ちに対して今すぐにはイエスともノーとも告げられなかった。時間が必要だった。だからその代わりに、ロイはエドワードの唇を啄ばんだ。

涙に濡れたそれは塩の味がする。それを辿り、ロイはエドワードの瞳に唇を寄せ、次から次へとあふれ出る液体を啜り続けた。塩辛いはずの液体が何故だか熱く、甘さすら感じる。ロイは、嗚咽を堪えるために引き結ばれたエドワードの唇を舐め解き明かそうと、舌でゆっくりと何度もそれをなぞった。少しずつ、震えながらもエドワードの唇が解けていく。薄く開いた隙間にロイは舌を差し込む。舌を伸ばし前歯を舐めれば更に口が開かれる。咽喉の奥に引っ込んでいたエドワードの舌が小刻みに震えだす。歯の裏をなぞれば唾液が口元から零れていく。ロイの舌とエドワードのそれが触れ合えば、もう、欲望を止めるほうがおかしいとさえ感じた。

エドワードの咽喉がこくりと鳴ったのを契機に、ロイはエドワードの身体をそっとシーツに押し倒すと、きつく首筋を吸い上げて、ボタンを外していく。胸元をはだけさせ、服を引き毟り、ロイはあっという間にエドワードを全裸に剥いた。性急にコトを進めたのはここまでで、ここからは焦らすような愛撫を開始した。唾液を含ませた舌でエドワードの胸の突起を舐める。甘い刺激に耐えられないのかエドワードの腰が疼き始めた。

「君の本音はよくわかった……」
ロイは舌を休めずに、それから、反対側も指で摘み、先端を指の腹で円を描くように擦っていった。ひくり、とエドワードの身体が揺れる。その反応を確認すると、ロイの手はエドワードの脇腹へと滑る。腰骨を通り、そして再び胸へと戻り、またもそこに円を描く。舌で濡らされた小さな粒が膨らんで尖る。そこに今度は歯を当てて軽く噛む。ロイの行為に慣らされているエドワードの中心は、まだ触れられていないうちからその硬さを顕わにした。早く触れと、欲しいのは胸の飾りだけではなく、こちらもだと欲情を示している。ロイは目の片隅で、それを確かめると、胸を吸い上げると同時に、そのエドワードの中心へと手を伸ばした。
「……あ、……っ」
握ったそのとたん、エドワードの口から甘い息が洩れた。そんなエドワードを宥めるようにロイは昂りを愛撫する。上下に擦られて、いつしかエドワードは手淫にあわせて腰を揺らしていた。ロイはエドワードを追い上げる。痺れるような快感が、エドワードの身体の奥からせりあがってきた。
「あ、あ、……んっ」
弾け飛んだ蜜が、腹を汚した。それからそれが内腿に流れ伝って、シーツにまで滴り落ちた。そこに触れていたロイの手も粘液にまみれ、そのぬるついた手で双丘を撫でてやればエドワードの身体に得も言われぬ快楽がすぐに呼び戻された。そのままロイは自身の指を艶めかして震えているエドワードの後の孔に差し入れた。慣れた身体は抵抗などみせず、難なく指の付け根まで飲み込んでしまう。押し寄せる内壁はロイの指を圧迫し、締め付ける。その指をロイはぐるりと回した。そしてすぐに中を探っていた指をロイは引き抜いた。代わりに自身の既に怒張しているそれをエドワードの後に当てた。
「ならば、離れるなど考えずに。……私の側に居なさい」
ロイはそれだけを告げると返事を待たないまま、猛った先端だけを、狭いエドワードの入り口に触れ、そっと開いた。ただ奥まで入れることはせず、先だけを何度も何度も小刻みに動かしていった。
「あ……っ、 んっ」
入り口だけを攻められたエドワードは、その快楽を感じつつも、物足りなさに身をよがらせた。もう、足りない、はやくと、身体は既にロイのそれをよこせと雄弁に語っていた。
が、エドワードが言葉で告げるよりも早く降参したのはロイだった。一度抱いた時のエドワードの身体。止まるところを知らぬのかと自身に疑問が湧くほどに何度も突き上げたあの快楽。先端を差し込んだだけでその狂おしさをロイの身体が思い出した。
この先にある、あの気持ちよさ。あの快楽を。それを留める理性はもはやなかった。
「受け止めてやれる、から……っ」
ぐっと力を込めて、先端だけで遊んでいたロイの中心が、ねじ込まれていった。
根元まで貫かれて、エドワードの身体が仰け反った。
「ロ、イ……っ」
折り曲げた両足を抱え、エドワードの身体を前後に揺さぶる。遠慮がちに動いていたのはほんの短い間ですぐにその律動は激しさを増した。揺すり、揺すられてお互いに飲み込まれていく。
「鋼の……っ」
揺さぶられるままにエドワードはロイに身体を預けていった。強く腰を押し付けられる。ロイの腹にも擦られて、エドワードは自分の限界が近いのを知った。
だけどまだ。もっと、このままずっと。吐き出したい。けれど吐き出したくない。もっとロイを実感したくて。……なあ、ずっともっと側にいてくれよ。
ロイの背に腕を回しても。その手で強く抱きしめても。身体が限界だと叫んでも。それでも心がまだまだだ、と告げる。側に居なさいって、ロイが。居ていいって。好きって気持ちくらい受け止めてくれるって。エドワードは目の前のロイの肩に歯を当てた。筋肉の感触と、ロイの汗の匂い。それが更にエドワードを高めてしまう。ロイも、当てられた歯の感触に、痛さよりも疼きしか感じなくなっていた。角度を変え、中を穿つ、限界まで引き抜いて一気に最奥を打ち付ける。打って、突いて、抉って。粉々に粉砕せよとばかりに押した瞬間お互いが破裂して。膨れ上がった熱情がお互いの身体に浴びせかけられた。ロイのそれはエドワードの中に放たれて、エドワードのそれはお互いの腹を汚す。密着したままのお互いのから流れ出したものがシーツにまでをも濡らしていった。


荒い呼吸が寝室を満たす。それでも伝えたい言葉があった。エドワードは呼吸も整わないうちからそれを絞り出す。
「好、き……ロイ……」
だから好きになって、オレのこと。今じゃなくてもいい。今はまだ否定しないでいてくれたら、受けて止めてくれるならそれだけでいいから。だから、いつかきっとオレのコト好きになって、なぁ、ロイ。待つから、ロイがもう一回好きになってくれるならいくらでも待つから。けれど告げたかった言葉を口にする前に、ロイの唇によって塞がれた。唇が触れ合って、舌と舌が絡められれば。再び細い身体がぶるりと震えた。身体の奥底から甘く疼く快楽が背を走るのを知った。吐き出したばかりだというのに身体の奥底にはいくらでも貪欲な塊が横たわっているようで。ロイは息が整うのを待つことなく、もう一度エドワードを抱くための律動を開始した。


ロイは果ててしまったエドワードを抱きよせて、その寝顔を見つめていた。エドワードはそんなロイの視線に気が付くこともなく寝息を立てて眠っている。安心したようにぐっすりと。ロイは、エドワードの髪を撫でながら、心の中で語りかける。
……すまないね、鋼の。受け止めると告げたのはもちろん嘘ではない。嘘ではないのだが。
けれど身体で誤魔化した。その誤魔化しなどきっと君は気が付いているのだろうがな。君の本音だけを引き出して、私はその答えを保留したままで。正直、時間が欲しい。だが時間をかければかけるほど、君は追い込まれてしまってこんな風に倒れてしまう。本当にすまない。だが、私は知りたい。記憶にない、以前の自分を。過去の自分が君のことをどう思っていたのかを。説明として聞くのではなく、それを心から実感したい。今の私が君を大切に思う気持ちは所詮保護欲だと思う。恋、などではないと思う。そんな激しさは今の心のどこにも見当たらない。私の想いはもっときっと穏やかで。
だが、わかりたい。
君を愛していたという以前の自分を。
今までそれほどまでに他人を好きになったことなどないんだ、私は。いつも付き合う女性は気軽な付き合いで。一夜限りの恋人達もいて。そう、恋なんて余暇でしかなかった。溜まった熱を吐き出すための、単なる生理上のもので。そんなものよりもヒューズとの誓いのほうに重きを置いて。そう、自らの望みを果たすことを何よりも優先していたはずなのに。なのに君とは五年も付き合って。その上三年も一緒に暮らしていて。指輪まで贈り合っていて。
……どうしたら、そんなふうに私が一人の人間に、鋼の、君に執着できたのだろう?不思議でしかたがないんだよ。君に恋したことではなく、私が、誰かをこれほどまでに愛したというその事実が。
教えて欲しい。この私が君に恋したその感情を。
それを私は知りたいんだ。実感することが出来ればきっと私は。
それを知ることが出来れば、なくした記憶を取り戻したいなどと足掻くことはなくなるだろう。仕事の忙しさにまぎれ、君に辛く感じさせることに気が向いていて。それほど常に感じているわけではないだが、やはり、記憶の無い自分はどこか不安だ。どう、行動していいのか、思った通りに発言をしても構わないのか。それすら判断がつかずに惑ってしまう。今の私は単に大総統としての自分を演じているだけだ。記憶喪失と重く感じる瞬間は極力押し殺して軍務に集中して、欠落した何かにため息を付くくらいなら、次の一手を先回りして考える。部下の顔色、表情や仕草。それを探ってこれでいいと、間違った言動はしていないと、そう、単にそれだけで。
だから私は知りたいんだ。失くした記憶を。その想いを。
私に足りないものは失くしてしまったその記憶よりも、感情で。その感情を知っているのは君だろう、鋼の。きっと君を好きになることは、それを取り戻すことに等しいのではないかと思う。それを実感できれば、もう、君を泣かせることも、記憶の無い自分に臆することもなくなるだろう。そう感じる。
だから、君を愛したい。
君を心から好きになれたとき、失くした記憶は取り戻せなくとも、同じものが私の中に芽生えてくる。そう思っている。
――だから、真似をしてみようと思う。以前の私を。
結果的に君を口説くことになるのだろうか?ともかく形から入ってみようと思う。一緒に住むほどに君に恋焦がれていたと言うのなら、そのフリをしてみるとしよう。大総統としての自分を演じているように。君と一緒に寝起きをし、キスをして、こうやって身体を合わせてみる。
やってみたら、案外簡単にわかるかもしれないな。それからこの家にあったあのメモのように、私と君との交流を探していってみよう。そう、まだ片付けてもいないもいないダンボールが山のようにある。錬金術の本にも走り書きくらいは残されているかもしれないな。宝探しのようでなんだか楽しみだ。……記憶をなくしたというのに、記憶を取り戻したいと思ってもいるのに。悲壮感や焦燥感にそれほど振り回されることがないのも、君がいるからなのだろうか。感じているのはわからないという困惑だけで。単に判断に困るだけで。過去の記憶の手がかりを探すこと、それが焦燥から来るものではなく、楽しみだと覚えるなんて。だから、鋼の。待っていてほしい。私が君を好きになるまで。探すから。記憶ではなく私の感情を。
それはきっと遠いことではないだろうから。


ロイは自身の考えの通り、形から入ることにした。つまり、エドワードを愛していた過去の自身の真似をした。一緒に寝る時は腕枕を強要する。休みの前であればエドワードに抱かせろと迫り、朝起きればおはようのキスを送る。きっと以前の自分がしていたであろうその行為を考えて、実行する。過去の自分を演じているだけのはずだった。以前の自分の、単なる真似のはずなのに、気が付けばエドワードの見せる紅い顔が可愛らしくて自然とそういう台詞を口にしている自分にすぐに気が付いた。自らの感情を恋とは呼べなくとも、不思議とこれで当たり前なのだと感じていた。だから執務室でも、隙あらばエドワードを抱きしめて、キスを強いて。エドワードもそんなロイの手を拒むことをしなかった。側にいていいとロイが態度で表してくれるのだと理解して。お互いに以前どおりの自分を演じる。エドワードもロイと共に。
それでもそれは幸せだった。仮初めのものとわかっていても。ほんの小さな痛みがエドワードの心から消えることはなかったけれど、それでもそれは喜びと言えたのだ。


そうして今日もこの執務室で、ロイは書類にサインを書き続けていた。
「ロイ、手が止まってるぞ。それが終わっても次の書類の山はたっくさんあるんだから、きりきり手、動かせよ」
そうやって睨みつけるエドワードに、ロイはわざとらしくため息を付いてみせた。
「ああ、今日もサインサインサインサイン。私はサインをするために大総統になったのかね?」
「これも仕事のうち。改革には書類も伴っちまうんだ。あきらめてさっさと書けよ」
わかっているのだろうと視線を向ければ、一瞬ロイはむっとした表情を作って。それからおいでおいでと手招きをして、エドワードを呼びつけた。
「なんだよ、さっさと書けって」
ロイは真面目腐った顔で、エドワードに告げた。
「鋼の。君が私に今すぐここで接吻してくれたら、すぐさま片付けるとも。してくれないのなら……」
「しなかったら?」
「逃亡してしまおうか?……どうする鋼の。私に仕事をさせるかそれとも一緒にサボろうか?」
「だあああああ、アンタなに考えてるんだよっ」
「君の事を。……鋼の?」
さて、どちらがいい?と迫りながらもロイはその腕の中にさっさとエドワードを抱きとめた。二人分の体重を受けた椅子がぎしりと音を立てる。エドワードは「もう、しかたねえなっ」と言いながらも、溢れてくる嬉しさを隠しきれなくて、ロイの口唇に自分のそれを重ねた。触れただけのエドワードの口付けを、あっという間にロイは激しいものへと変化させた。目を見開いて、腕も突っぱねて抵抗するエドワードをロイは唇で黙らせる。
「ロ……」
「いいから、黙りたまえよ」
ロイは執拗にエドワードの口腔を嬲った。エドワードも自分からロイの背に手をまわし、次第にロイに没頭していった。


続く
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