小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No.3-9「それは記憶と等価な恋で」その9


突然、バタンと大きな音が響き渡った。大総統執務室の扉が開けられる、というより叩きつけられた。そしてその音よりももっと大きな声が、部屋中に響き渡った。
「な、なにやってんのさっっっ!!!」
音と声の正体はアルフォンス、だった。シンから帰還し、報告のためにハボックと共にこの執務室に訪れれば、そこで目撃してしまったのは、兄とロイとのキス・シーン。
兄さん、別れるんじゃなかったの、その人と!身を引くとかいってはずだ、ボクはそう、この耳で確かに聞いた!
沸騰するアルフォンスに気が付いたエドワードは慌ててロイから離れようとした。が、ロイはエドワードを離しなどはしなかった。体勢を変えることも無く、エドワードを抱きしめたまま、にっこりとアルフォンスに笑顔を向けた。
「やあ、アルフォンス。お帰り。ご苦労だったな」
「……ちょっと待ってよ。出発前とずいぶん違うようですけどねえええええ。詳しく説明、してもらおうじゃないですか」
「あ、アルっ……その…」
ロイの胸に押さえつけられたエドワードは何とか身体を引き離そうとじたばたと抵抗しながらも、何とかそれだけを言葉として発した。が、追究の手を緩めるアルフォンスではなかった。
「兄さんは黙っててよ!なんなのさ、ボク、本気で心配したってのに。なんですかっ、記憶取り戻したとかそういうオチ?」
「いいや、戻りはしないさ。だが、結論から言うとだな。……もう一度私が鋼のに恋をしないなどということはあり得ない、と思わないかね、アルフォンス?」
にっこりと、満面の笑みをアルフォンスに向けたまま、ロイはきっぱりと言い切った。
ハボックは俺は部外者ですよ、何も見てませんよというポーズで、窓の外を眺めている。
……ああ、今日もいい天気だ。
ほら、晴れた空にはぽっかりと雲が浮かんでいる。ゆっくりとその雲は風にのって東へと流されていっているじゃないか。あの雲の先にはシンがあって、自分はそこから帰ってきたんだよなあ……。
ハボックは目の前で繰り広げられる修羅場から目を逸らし続けた。
「もう、もう!ボク、この仕事の成功と引きかえに貴方と取引するつもりだったのに。全部無駄!そーいうことでしょう」
兄さんが泣かないようにするにはどうすればいいかって、それだけを考えてシンまで行ったボクは何!アルフォンスはロイと自分の間にある机をバシンと叩いた。その音の大きさが怒りの度合いを表しているようだった。アルフォンスは大きく息を吸うと、それを吐き出して。それを何度かくりかえして。それからようやくのことでロイを睨みつけた。
「もうっ、約束してください。しないと怒ります。いいですか!」
「何をかね?」
「兄さんをもう泣かさないって、もう一度約束してください。でないと本当にボクは怒ります」
もうとっくに怒っているじゃねーか、という突っ込みをハボックは心の中だけで告げた。下手に割り込んでは自分の身に危険が生じる。長年の経験からハボックは学んでいた。自分はよけいな一言をつい漏らし、ついていない役割を演じてしまうのだ。口をはさまないようにと胸ポケットからタバコを出し、それを咥えた。火をつけることはしないが、しゃべらないという意思表示のために。
「すまないアルフォンス。約束は出来ない」
咥えたばかりのそのタバコはロイの言葉を聞いた瞬に、ポロリと床に落とされた。

きっぱりと言い切ったロイに、アルフォンスもハボックもエドワードも固まってしまった。
三人が三人ともロイを凝視する。
エドワードはロイの腕の中から。
アルフォンスはロイの正面から睨みつけるように。
「な、なにいってんですか、アンタ。ここは約束でもして収めなさいって」
ふざけないで下さいとアルフォンスが言うよりも早く、見ない振りを決め込んでいたハボックが、あまりのロイの発言につい突っ込みを入れてしまっていた。
「うるさいぞ、ハボック。……何度泣かせても、鋼のは私のものだ。誰にも渡さん。それがアルフォンス、君だとしてもな」
エドワードは息を止めた。顔をロイの軍服に押しつけられて身動きが取れない。
ただ、私のものだと言い切ったそのロイの言葉を胸の内で何度も何度も再生した。
……わかってるわかってるわかっている。これはフリ。単なる記憶があるときの真似だ。
だけどそれでも嬉しかった。嘘でも何でも「私のものだ」と告げてくれたロイの言葉にエドワードは軍服を硬く握り締める。そうしないとこれは単なる嘘だという辛さと、ロイの優しさの二つがごちゃごちゃになって涙が溢れて止まらくなりそうだった。


……ああ、やだ。最近のオレの涙腺はどうなってんだ。壊れちまったんか。
エドワードはただ、きつくロイにしがみ付くしか出来なかった。腕の中で硬直したエドワードを抱きしめたまま、ロイはその頭をいとおしそうに撫で、満足げだ。ハボックは、俺は知らないっすよ、とため息を付きながらも落としたタバコを拾って。アルフォンスはロイを凝視し続けて。
「あーあ、もう勝手にすれば!ボクは知らない!」
兄さんの馬鹿、と捨て台詞を残して、アルフォンスは執務室から駆け出していった。
「あ、アルフォンス!」
エドワードはロイの腕の中から走り去る弟の背を視線で追った。ロイは腕を離すと、真面目な表情になってエドワードの肩を押した。
「追いかけなさい、鋼の」
「あ、ああ……」
エドワードがアルフォンスを追いかけて執務室から出て行ってしまえば、そこに残されたのはロイとハボックただ二人。元部下は元上司を見て、タバコを持ったままの手でがりがりと頭を掻いた。
「アンタ記憶戻んなくても性格悪いっすね……」
「ふん。一度言ってみたくてな。それに記憶の無い以前の私が告げた言葉とまったく同じものなど、もう一度鋼のには贈りたくはないな。まあ、いいだろうこのくらいは。……で、ハボック。報告は?」
「へーへー。アンタ、前の自分に嫉妬しないで下さいよ。ああ、ちゃんとリン・ヤオと結んで来ましたよ。あっちも皇帝の位に就くまでもう一歩ってとこで。アメストリス大総統と結べば有利だってことで」
「ふむ。あちらもこちらも共にいいコトずくめか。さて、ハボックこれからも働いてもらうぞ」
「いいすけどね……アンタについてくって決めたのは自分っすから」
でもなんか腑に落ちないんすけど、とハボックはもう一度窓の外を見上げた。いい天気ですね、とボケたい気分だった。


「アル、アルフォンス!!待てってばっ」
バタバタと音を立てて、エドワードはアルフォンスを追いかけた。
ルフォンスの腕を取り人気の無い一室に連れ込んだのは、アルフォンスが執務室から走り去ってすぐのことだった。
「ホント、人の気も知らないで!さっさともとのサヤですかっ。……あーあ、怒って損したよっ。わざわざシンにまで行ったってのにさっ!」
アルフォンスは拗ねて、エドワードと視線を合わせるようなことはしなかった。腕を組み、ぷいっと横を向く。エドワードは、そんなアルフォンスにゴメンと告げてから、下を向く。言わねばならない事があるのだ。ロイが、自分に「追いかけなさい」と告げた。それは……。
「……あのな、アル。本当は違うんだ……」
「何」
アルフォンスの声は冷たく簡潔だった。けれど下を向き、影を落とした表情のエドワードに、とりあえず惚気の言い訳ぐらいは聞いてあげるから言ってみればと、仕方なしに先を促した。
「あれは、ロイが優しいから。……オレが辛くならないように記憶がある時と同じのフリ、してくれてんの。本当にロイがオレのこと好きになったわけじゃないんだ……」
「な、なにそれ。フリって、嘘ってコト?」
「オレさあ、勝手に煮詰まって無理やり仕事ばっかりして、ろくに眠りもしなくて。そんで倒れた。……その時に言ってくれたんだ、ロイが」
「……ロイさん、兄さんに何て言ったの?」
「今のロイのオレに対する気持ちは情でしかないって。父性愛とかに近いものなんだって。でもそのうち好きになるはずだってさ。……待っていて欲しいって言ってくれた。オレのこと、もう一回好きになるまで待ってろって。だからちゃんと食べて寝て、それで自分の側にいろって」
「兄さん……」
「それ、ロイの嘘でもいいんだ。側にいていいって言ってくれたから。オレは期待しないで待ってるんだ。前のオレ達に戻ることはないけど、だけどいつかきっとって、夢、見てるんだ。……あのさ、前のオレ達。先にオレのこと好きだって言ってくれたのはロイだった。それから、オレがロイの手を取るまですごい時間かかっただろ?ロイが待ってくれてた時間分くらい今度はオレが待つよ。いや、待ちたいんだ」
兄さんってやっぱり馬鹿だよ……と、アルフォンスはその言葉を飲み込んだ。幸せそうだとも、寂しそうだとも受け取れる表情で、遠い何かを見つめているエドワードに何も言うことが出来なかったのだ。


明日は休みだからと、ロイは久しぶりに取れた休日に浮かれていた。書類を山ほど片付けさせられたことも既に記憶の彼方に追いやった。丸一日の休みなのである。さて、鋼のにどんな悪戯を仕掛けてやろう。記憶をなくす前の、以前の私はどんなふうにエドワードと休日をすごしたのだろうか?それを想像してマネをしてみるのも悪くない。ロイはワインを傾けながらあれこれと思索にふけった。形から入るという自分の案にロイは満足していた。エドワードの全ての反応。それが予想以上に可愛らしくて。以前の自分を真似ているだけのつもりが、いつしか本気でそれが楽しくなっていたのだ。キスを仕掛けるその瞬間のエドワードの表情。ロイの行動が、ロイの本心からではなく、ただ、記憶がある時と同じのフリということも薄々わかっていて、それでも隠しきれない嬉しさに頬を染めている……。それを明日の休日は二人きりで一日中堪能できるのだ。ああ、楽しみだ、とロイの頬は自然と緩む。手にしていたワインを飲み干して、更にと手酌でグラスに注ぐ。香りを確かめるようにくるくるとグラスをふるけれど、香りなどはどうでも良かった。レストランにでも連れて行ってみようか。確か鋼のはシチューが好きだったはず。いや、外だと仕掛けることは難しいか。ならば花でも買い占めて、寝室に敷き詰めてみようか。その褥に彼を押し倒して……。いやいや。それなら明日を待つまでもない。今、まさに今夜。もう、仕掛けてしまってもいいのではないか?あわよくばエドワードとベッドを共に……。
そんな不埒な思考を形成しつつ、テーブルに酒の肴を並べているエドワードを見上げた。その視線に気がついたのか、エドワードはロイの視線に気がついて、
「酒ばっかり、そんなにがばがば飲むなよ。なんか食いながらじゃねえと胃に悪い」
頬を染めながら、エドワードはドンと音を立てて乱暴に皿を置いた。ホウレンソウのキッシュが湯気を立てている。ベーコンを巻いたアスパラガスはワインに合わせて黒胡椒をきつめにふってある。それはエドワードのお手製の料理だ。他にもチーズやナッツも並べられていた。ロイはエドワードが作ったそれを温かいうちにいただこうと、どっかりと脚を組み、座っていたソファから身を起こした。右手に持っていたワインの入ったグラスを一旦テーブルの上に置くと、キッシュに手を伸ばす。
「君の手料理は美味いなあ、鋼の」
つまみがおいしいと酒は更に美味いのだよと、うきうきとロイは更にもう一本ワインの栓を抜こうとした。
「ローイ……明日休みだけどさ、それ三本目。いくらなんでも飲みすぎ」
エドワードはロイの手を取りワインの瓶を取り上げた。そしてオレも食うハラへってんだと、アスパラガスに手を伸ばす。それを食べながら、ロイの抗議も無視し、エドワードはロイの横に腰を掛けにやりと笑う。
「鋼の……」
ロイは、じとっとした目線をエドワードに送った。
「極上のつまみに、極上のワイン。この幸せを君は取り上げるのかね?」
そんな拗ねた表情の男にエドワードはくすくすと声を立てて笑った。
「そんな目で見たらイイ男が台無しだな、ロイ?」
ロイはエドワードのそんな様子に内心ほっとした。ようやく普通に会話が出来るようになったなと。以前の自分の知っているエドワードがよくしていた顔だと。安心したとたんに悪戯心がわいて出た。
「……ふむ。取り上げられては仕方あるまい」
わざとらしく肩をすくめてやればエドワードも。
「そーそー。大人しくお茶でも飲めな、紅茶いれてやろうか?」
「……そうだな。だが、紅茶ではないものをいただこうか」
お茶をいれるために立ち上がろうとした腕をつかみ、ロイはあっという間にエドワードをソファに押し倒した。
「な、にすん……」
ロイはさっさと唇を寄せた。舌が絡み、唾液が零れる。その零れた液体をロイはこれ見よがしに舌で舐めあげ、わざと音を立てて飲み込んだ。
「……鋼の、君を」
「いただく、って……」
「こういう意味だ」


続く
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。