小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No.4「ホークアイの復讐」


はたしてあの子を心の底から大事に思ったのはいつからだろう?
それはきっと彼の本音を聞いた時。
「なあ、リザさん。オレ、やっぱりアイツが好きで。でも側に居たままじゃ、アイツの足を 引っ張るだけで。居られる道を探してみたけど見つからなくて。……もう諦めて、離れてやんなきゃいけないんだよな……」
伏せた目の縁に、涙が滲んでいたのを覚えている。
きっとあの時に決めたのだ。
あの子には、エドワード君には絶対に何が何でも幸せになってもらうと。
あの人の側にいることが彼の幸せというのなら、自分はそれを実現させる。それはあの人の望みでもあったのだから。「エドワードはちゃんと幸せにするとも」、そう告げたのは当時中将で、現在は大総統の地位に就いている自分の上司のあの人だ。
けれど。
ホークアイは、以前の自分の言葉を思い返していた。
「万が一の場合は愛用のコレでちゃんと中将の頭、打ち抜いてあげるから」
「それから閣下。これ以上泣かせたら射撃の的にさせていただきます」
……有言実行するべきなのか、それとも他の手段にするべきかしら?
ホークアイはその沈着冷静な頭脳の中と鉄壁のポーカーフェイスの下に隠し、実行するべきタイミングを図っていた。


ロイ・マスタング大総統はめでたく再び恋人となったエドワードから聞かされた『それ』がどうしても気になって、まず自身の執務室を徹底的に探した。
が、処分されたのか。それともまだ解かれていない大総統官邸のダンボールの中に紛れ込んでいるのかどうしても『それ』を発見することは出来なかった。
……しかたあるまい。書庫にて検索するか。
と言ってもロイ自ら探そうなどという手間をかけたりはしないのである。自分の部下の優秀さは自慢できるくらいである。よって、歩く辞書であるファルマンに探してきてくれと、そう指示したのみである。
『それ』はつまり軍の広報誌だった。
ロイ・マスタングが自身の恋人のことを掲載したという記事に何が書かれていたのか。それが気になって仕方がなかった。
実際のところ、インタビューの内容というよりもそれを探そうと思ったのは。
……過去の自分などには負けるものか。今の私のほうが数段上だとエドワードに思い知らせてやろう。という感情からである。
自分自身に嫉妬をしても仕方がないのだが。そこはそれ、これはこれである。


そうしてその掲載誌を検索してもらったところ、なぜかファルマンは広報誌を二冊持って執務室に現れた。疑問に思ってロイは尋ねた。
「二冊ということは……私は二号に渡ってインタビューを掲載したのかな?」
優秀な部下は明瞭に答えた。
「お探しのものはこちらの一冊のみですが。この一号前のものにもホークアイ補佐官の記事が掲載されております。あわせてお読みいただくほうがいっそう理解も深まるかと」
ありがとうと簡潔に伝えて、ロイはまず自身のインタビューの記事に目を通した。


ぱっと目に入ったのは自身の営業スマイル。階級証を確認して見れば少将の位にあるらしい。ロイがいかにエドワードを大事にしているのか、その関係が親密なものであるのか。形容詞も美辞麗句もふんだんに盛り込まれ、ここぞとばかりに臆面もなく述べられている。
一言で表せば単なる「惚気」。それ以外のナニモノでもない。ロイは隅から隅までその記事を眺めると、ふん、と息を一つ吐き出してその雑誌を机に叩きつけた。
……よろしい、ロイ・マスタング。この記事以上に私はエドワードを幸せにしてやろうではないか。
いくら喪失している記憶であるとはいえ自分に挑戦状を叩きつけてどーすんですか、と咥えタバコの元部下ならばよけいな口出しをするところだろうが、彼にとって幸いなことに今この部屋はロイ一人きりであった。叩きつけたそれの一号前のものを今度は手に取った。あのホークアイがインタビューを受けるというのにも興味が引かれるところではあるが、何よりもファルマンの言葉が気になったからだ。
『あわせて読めばいっそう理解も深まる』
いったい何が書かれているのかとロイはページを捲った。


「アメストリス軍部に咲く麗しきスナイパー――リザ・ホークアイ。その恋愛感と理想のタイプ」
そう大見出しで書かれている書き出しにロイは思わず吹きだしそうになった。いつの間に軍部はゴシップ記事のようなものを機関紙として発行するようになったのか。いや、間違いなくこれはグラマン殿が大総統でいらっしゃった影響なのだろうと、ロイは確信を強めた。そうして、面白がって読み進めていくうちにロイの顔面は蒼白になった。


「では、ホークアイ少佐の理想のタイプは?」
「頭脳明晰、温厚篤実」
「あのー、簡潔すぎです。具体的には、その、長年付き合っていらっしゃる黒髪の将軍などはよく噂になっておりますが、そこのところはどうなのかと……」
「対象外です」
「ええっと、では、具体的に一人!身近な男性でこれというタイプなど、具体例として上げていただけると嬉しいのですが……」
「例えばでいいのなら……」
「はい。例えば、でけっこうです!」
「金色のさらさらの長い髪で、同じく金色の瞳を持っているわね。錬金術師としての才能も誰と比較しても引けを取らないわ。その上性格もいいわよ。浮気するタイプじゃないから一途に相手を大事にする心の優しい男性と言えるのではかしら?とても可愛らしくて私も大切にしているの。まだまだ若いけれど、将来有望よ」
「……あの、そんな人実在するんですか?」
「貴女も名前くらいはご存知だと思うけれども?」
「そんなオイシイ男性がいれば私自ら捕まえに行きますよ!と言いますか、そんな人、見たことありません!」
「そう?エドワード君といえば『鋼の錬金術師』の二つ名で有名だと思うけれど。この国でその名を知らない人などまだいるのかしら……」
「は?」
「ああ、話がそれたわね。私の理想のタイプは『鋼の錬金術師』、かしら?彼を困らせるような人がいればこの愛用の銃でリザ・ホークアイ自ら倒します。他に質問は?」


ロイはその一文から目が離せなかった。自身の副官であり、背中を預けている女性。唯一自分に銃口を突きつけることを許した存在。その部下の理想のタイプが――。


……敵はホークアイか!


ロイは過去の自分よりも強敵を見つけ、蒼白になった。


まずい。
彼女が本気になったら……まずいかもしれん。

そうか。と、ロイは唐突に理解した。
自身のインタビュー記事。それはいかに自分がエドワードを大事にしているかホークアイに牽制するためのものだったのかと。
蘇る彼女の声。
「それから閣下。これ以上泣かせたら射撃の的にさせていただきます」

あれは、本気で言ったのか――。

気を抜けば私は銃の的になり、エドワードは彼女の手に落ちる。
ロイは、生命をかけてでもエドワードを取られてたまるものかと決意を固め、その広報誌をビリビリビリと音を立てて破り捨てた。


ホークアイは廊下ですれ違ったファルマンに声をかけた。
「少佐。首尾はどう?」
「はっ。ご指示通り広報誌は二冊とも閣下にお渡しいたしました。……でも、よろしいのですか?あれには……」
ホークアイはにこりと微笑んだ。いや、表情だけは笑い顔だ。けれどファルマンはその笑顔を目に留めた瞬間、一気に辺りの気温が下がったような気がした。
……ここはブリックスではなく、中央司令部なのですが……。
背中が寒くて仕方がない。
麗しい金の髪の女性の背後にブリザードが見えた、ような気がする。いや、幻覚だ。ここは中央司令部の、廊下だ。今日は晴れているし、陽射しだって温かい。ファルマンはぶるっと一つ頭を振った。「あれでも読んで危機感でも募らせればいいと思って。……記憶喪失くらいでエドワード君を泣かせるなんて……っ」
幸せにしないと殺すわよ、との言葉も聞こえてきたような気がして。ファルマンは全身の血が足元へと引いていくのを感じた。
蘇る彼女の声。「それから閣下。これ以上泣かせたら射撃の的にさせていただきます」
エドワードが無理をして倒れた時に掛けた言葉。あれは――。
あれは、本気で言ったのですか――。

ファルマンは復讐の女神の名はなんと言ったか……と停止した思考のまま、歩き去るホークアイの背中を凝視し続けた。


ホークアイは自分の執務室に戻り、優雅にお茶を飲みながら二冊の広報誌の発端となった過去の会話に思いを馳せていた。
「『皆に知られると、閣下の足を引っ張るから恋人にはなれない』とエドワード君が言うのですか?」
「……ああ。どうすればいいかとね。私も悩んでいるのだが……」
時間をかけて口説き落として。ようやくエドワードから「オレも好き」と小さな声で答えてもらった。その時の喜びは直後、暗転した。「でも、アンタは大総統目指すんだろう?なら、オレが恋人なんて醜聞だ。だから……好きだけど、一緒には居られないから。今までどおり上司と部下でいろ」
それがロイ自身の未来を考えてのことだとわかっている。けれど、それが何だとも思う。
お互いに好きだというのなら、それで何の問題があるのかと。
キスすることも嫌がらない。抱くぞと迫れば好きにしろと目を逸らす。合鍵を渡しても、一緒に暮らそうと何度告げても肯定することがなかったエドワード。いっそプロポーズでもして結婚式でもすればと考えたが、恋人となることすら否定するエドワードではそれも受け入れてくれないだろうと、その当時、ロイも悩みに悩んでいたのだ。
「万人に知られることが閣下のマイナスになるという理屈なら、万人に知られてもマイナスにはなっていないという状況を作り上げてしまえば良いだけではありませんか?」
ホークアイは明瞭に解決策を提示した。
「うん?そんな方法があるのかね?」
ロイ・マスタング少将の目がきらりと光った。ホークアイのアイデアだ。きっとよい案を提示するに違いない。ロイの目が期待に満ちて、先を述べろと促した。
「エドワード君に気が付かれないように軍部内に公表してしまいましょう。その上で、閣下が順調に出世なさればいいだけです。エドワード君と閣下が将来を誓い合った関係である。けれど、今は少将、さっさと中将。関係が白日の下に晒されていても、順調に出世したという実績を作ってしまえば、エドワード君の言葉は拒絶の理由になりえません。その上、軍部内外に関係が広まっても閣下が、ついには大総統まで上り詰めたとあれば、反論の余地はありませんよ」 自分の出世と恋人との明るい未来。二兎を得る素晴らしいアイデアだとロイも納得した。自分はよい部下を持った、そう確信して満面の笑みを浮かべた。
「さすがだな、ホークアイ少佐。相変わらず素晴らしいな、君は」
「恐れ入ります。……まあ、『足を引っ張るから恋人にはならない』というのがエドワード君の断りの言い訳、でないとよろしいのですが……」
「……君ね……」
どこまでも表情を崩さない部下の女性に、ロイ・マスタングはがっくりと肩を落とした。
「まあ、どの道、閣下がさっさと大総統になっていただければ問題ないわけですね。法改正もしてしまいましょうか?同姓婚可能ということに。必要とあらばグラマン大総統に申し出ましょうか。それとも『マスタング大総統』となった後にご自分で改正されますか?」
そうして単に公表したのであれば、非難や中傷などがエドワードに寄せられるかもしれないからと先手を打って、「彼を困らせるような人がいればこの愛用の銃でリザ・ホークアイ自ら倒します」と、述べたのだった。インタビュー記事の真相は単にそれだけなのだが。
記憶を失った今のロイ・マスタング大総統に『この記事』を見せれば。

……きっと勝手に誤解するわね。

ホークアイは、ふっと一つ笑ってお茶を飲み干した。そう、「理想の男性」は「エドワード」。
それは嘘偽りのない真実だ。けれど、「理想の恋人」でも「理想の結婚相手」でもない。大切で大事な私の子ども。弟のような、息子のような。家族のように想ってる。そのエドワード君をこれ以上泣かせるのなら。

ホークアイは愛用の銃を取りだして、目を細めてグリップを握る。

……泣かせてしまったのですから落とし前程度のことは付けさせていただきました。だから閣下。これからはちゃんと幸せにしてあげてくださいね。もしまた泣かせるようなことがあれば……。


ホークアイの銃が陽光に輝く。きらりと光を反射して。
それはまるで彼女の決意のようだった。


- 終 -



No.5「晴れやかな未来」に続く
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