小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No.6-1「kiss kiss kiss」その1



ACT.1 過去

エドワードはうっとりと瞳を閉じてロイからの唇を待ち受ける。その表情を覗き見るのがロイは好きだ。薄目を開けて、そおっとエドワードの唇に触れる。軽く触れただけでもエドワードの睫が震え、頬も桃色に染まるのだ。思わずロイの口角は上がる。舌を絡め、深く差し込めば、はあ……と息を吐いてロイに凭れ掛ってくる。そんなエドワードの身体の温かみが心地よくてロイはついニヤケそうになり、慌てて顔を引き締めた。キスなどもう数え切れないほどしている。毎日毎日朝から晩まで。今の自分とだけでもそうなのだから、失くした数年分の記憶の中でも何度も何度も繰り返したはずだろう。おはようのキスに始まっておやすみのキスで終わる一日。身体をあわせる確認のようなキス。軍務中でも隙を狙って仕掛けることを忘れない。舌を絡めれば熱情的に受け止める。星の数ほど繰り返しているというのに。なのに。
……君はこんなにも幸せそうに唇を重ねるのだな。
至福の時間というのはこんな時のことを言うのだろうとロイはくすくすと声を漏らした。エドワードは恋人が漏らした声に何かを感じたのか閉じていた瞳をそっと開いた。
「何?どした?」
「いや……君が実に嬉しそうに受け止めてくれるのでね」
ロイはエドワードの唇に自らの何度目かのそれを重ねる。エドワードは顔を赤らめながら受け止めて。それから上擦った声を上げた。
「べ、べつにっ。いいじゃねえか。……オレ、ホントに、う、うれしーんだし……」
「エドワード……」
ロイはご満悦だ。エドワードはそんな恋人の、気分がよいことを隠そうともしない顔を確認すると何故だか悔しくなった。けれど、アンタが記憶なくしてオレのコトを忘れててた分、今が嬉しいんだよと言えばロイを責めているようで。さすがにそれは言葉に出来なかった。仕方なく言い訳のように、赤らめた顔はそのままに声だけを大きく張り上げた。
「それに。今はこうでもオレだって、最初のころはアンタのコト突き飛ばして逃げようとしたりとか、いろいろ大変だったんだからなっ」
最初の頃、というエドワードの言葉にロイは眉を上げる。そんな初々しいであろう頃の恋人を知ってしまえば、きっと自分は嫉妬に駆られるに違いない。けれどそれでも知りたかった。なにせ今のロイには数年分の記憶がないのだ。だから、ロイにとっては最初からエドワードはキスもその先も慣れていて。お互いの身体は既に馴染んでいるという状態で。その恋人という関係に不満はない。いや、不満はないどころかもうこれ以上の幸福などないと、今まさに思ったばかりで。けれどもどうやってあの乱暴で、子どもとしか思えなかったこの部下と恋人になったのかは不思議だったのだ。ロイは「君と私の付き合い初めの頃を教えくれないか」と嫉妬も不思議だと思う心も抑えつけ、甘やかな表情をエドワードに向けた。エドワードは、「付き合いはじめかぁ」と遠くを見た。
「どっから話せばいいんかな……?」
いやどの時点からを付き合いはじめとすればいいのだろうか?とエドワードは過去の記憶を振り返った。告白された時は……まだ、自分の気持ちに気がついていなかった頃。自分がロイを好きだとわかるまでそれはけっこう長い期間がかかったし、自分の気持ちに気がついて『好きだ』と告げたと同時に『でも恋人にはならない』とも言ったのだ。それに、と思う。
「どこからでもかまわないよ。私が君を好きだと告げた頃の話でも、君が私の恋人になってくれた時の話でも」
そうロイは言うけれど、エドワードの眉間から皺は取れなかった。そう、それに……、自分がロイと「ほんの少しの間でいいから恋人でいよう」と覚悟したのは全てを済ませた後なんて言ってもいいのだろうか?それだけじゃなくて紆余曲折がありすぎて、なかなか一言ではいえないとも思う。全部話すにはどれだけ時間が必要なのだろう? まあ、でもとりあえず馴れ初めでも……、と、エドワードはロイの腕の中で、当時のことをゆっくりと語っていった。

ACT.2 過去

その時、エドワードは電話の前で悩んでいた。
「……大佐に、連絡……」
自分の上司たるロイ・マスタング大佐にもうかれこれ連絡しなくなってから四ヶ月が経とうとしていた。が、連絡をしにくい事情がある上に、報告する内容などこれっぽっちもない。報告書の提出を、などと言われても書けることはただ一つ。
今日もダブリスの師匠の下で修行に励んでいます。アルフォンスもオレも元気です。
時候の挨拶でもつければこれは単なる手紙のようで、報告ではないとエドワードは頭を抱える。 軍属である以上、報告は義務だ。自分はまだ銀時計を返還していないのだ。
けれどこれでは――。
そうして電話を睨みつけること三十分。
つまりエドワードは電話を前にして、受話器を見つめたままじっと立ちすくんでいるのだ。アルフォンスはそんな兄に呆れたような声を掛けた。
「兄さん。さっさと電話くらいすれば?」
エドワードは受話器を見つめたまま、ため息を付く。
「……そうは言っても報告することなんかねえからさ」
「することならあるじゃない。そろそろ銀時計返上するとか。それともこのまま国家錬金術師続けるの?」
そう、目的を果たして既に四ヵ月。もともと身体を取り戻すためにあえて軍の狗に甘んじていたエドワードである。もはや軍属など辞めてしまっても問題はない。弟の身体だけでなく、自分の手足もほぼ元通りだ。後はゆっくり身体を鍛えて、その間に将来の展望を決めて。そうして自由の身として過ごせばいいはずなのだ。ガリガリに痩せ、肋骨の浮き出ていた弟の身体も、骨と皮だけになっていたエドワードの手足も。今では日常生活に支障のない程度には肉も付いてきている。さすがにエドワードの右手と左手を比べてみれば、やはり右のほうがややまだ筋の付きは薄いと感じるが、組み手をしてみても以前と遜色のない程度には達している。アルフォンスも身体の感覚を取り戻し、日常生活上は特に何の問題もない。
けれど、鋼の錬金術師は、目的を果たしたと上司であるロイ・マスタング大佐に一通の手紙を出しただけで、軍の狗の証である銀時計を未だ保持したままであった。生きていくうえでは当然お金が掛かるから、身体を鍛え終わるまでとか持ったまま、研究費をもらう魂胆なのかなあとアルフォンスは思ってみたけれども。今まで支給されて、手元に残った分だけで数年間は働かなくとも食べていけるほどはある。
「それ、なんだけどなあ……どうしよ……」
それが最大の問題だといわんばかりにエドワードは腕を組み、電話を睨み続ける。
「何?兄さん、続けるつもりなの?」
アルフォンスは驚いて兄を見た。意外だったのだ。もともと自分たちの身体を元に戻すために軍の狗に甘んじていただけだった上に、元大総統であるキング・ブラッドレイに銀時計を突っ返したことさえあったのだから。
「……決めてねえんだ」
決められないのは理由がある。
それも金銭や将来を決める上といったことではなく。問題は単なる上司のはずであったロイ・マスタング。その存在だった。
身体を取り戻すためにリゼンブールに戻る。それから錬成をする。その挨拶のためにロイの執務室を訪れた四ヶ月前のことをエドワードは思い返していった。

当時のロイ・マスタングは前大総統を打ち倒し、軍部の暗部を取り払ったという功績のため准将へと昇進が決まっていた。全てが新しい未来へと進む予感がするその時にエドワードはロイの執務室にやってきたのだった。今まで、世話になった。これから弟の身体を取り戻すための錬成をすると告げたエドワードに、ロイは表情一つ動かさず、いつもの通り椅子に深く腰を掛け、組んだ手に顎を乗せていたていた。
「そうか。これで君も目的を果たせるというわけだ。……おめでとうと言わせてもらおう」
エドワードは歯切れ悪く答える。
「いや、これからだって。もし、失敗したらこれからもまだ旅を続けて行かなきゃならなくなるかもしれねえし……成功の可能性は高いと思う。ケド、100%成功するとは言い切れなくて……」
本当は不安だった。
これでいいのか。錬成の方程式に間違いはないのか。けれど一度真理の扉の前で出会ったアルフォンスの本当の身体。がりがりに痩せて、骨まで浮いて見えた。取り戻すなら一刻も早く。けれど失敗は出来ない。自分の手足はともかくアルフォンスの身体は。
けれど、本当に成功するのか。
何度も何度も錬成陣を引きなおした。完璧だと思った。けれどふと別の考えも過ぎってしまう。母を錬成しようとした時。その時だって完璧な錬成だと思っていたのだ。そして完璧だと思い込んだ結果、弟は魂だけの存在となり、自分は手足を失って。アルフォンスの身体を取り戻すための錬成。大丈夫だ、これ以上の方程式は浮かばない。成功するはずだ。けれどそんな思いを吹き飛ばすほど大きな不安がある。
エドワードは下を向いて、唇を噛み締めた。
決意が必要だった。
何としてでも成功させるという決意が。もし失敗に終わってもそこで諦めずに、いつかアルフォンスの身体を取り戻すまで何度でも試してやるという覚悟が。
そんなエドワードの様子を見て、ロイは深く腰を掛けていた椅子からゆっくりとその身を起こした。エドワードの目の前まで歩を進め、そうして小さな子どもにするように、腰をかがめ、視線をエドワードの高さに合わせた。じっと見つめてくるロイの視線の強さに気がついたのか、エドワードも顔を上げた。お互いの目と目がしっかりと合わされて。
ロイは何も隠すことがない真っ直ぐな視線をエドワードに向けた。
「私の、鋼の錬金術師が失敗などするわけないだろう。錬成は成功する。次に会うときは君も、アルフォンスも元の身体だよ」
告げてから、ロイは微笑んだ。
それは初めて見るロイの穏やかな笑みだった。慈愛に満ちていると言えるほどの。エドワードはそんなロイの無防備な笑みに声も出なかった。ただじっとロイの瞳だけを見つめていた。いつもの薄っぺらい、貼り付けたような笑顔ではない。母が、自分たち兄弟に向けていてくれたようなそれと同じだった。胸が一杯になった。信じられているのだ、励ますための嘘なんかじゃない。それがわかった。大佐はオレが失敗するなんてこれっぽっちも思っちゃいない。本気で、心の底から次に会うときは元の身体だって疑いもしていない。
エドワードは苦笑し、口角を上げた。
オレが自分を信じてないで、大佐がオレのこと信じるなんておかしいだろ。オレも、信じる。大丈夫。成功して身体を取り戻せる。
その心のままに、エドワードはロイに対して初めて感謝の言葉を口にした。
「今までありがとう、大佐。……次に会うときは元の身体だ」
もう銀時計はいらねえなと、クサリをベルトからはずしてロイに差し出した。国家錬金術師の証である銀時計をロイに返却する、そのつもりだった。けれどできなかった。
ロイは差し出された銀時計に触れもしなかった。エドワードが伸ばした腕を見て、だた、さっと表情だけを変えた。
瞬時にしてロイの顔から笑みが消えた。奥歯を食いしばり、目を細めて、まるで苦痛を堪えているようだった。エドワードはそのロイの変化に驚いて、差し出した腕のまま、ロイを凝視した。
……どうしたんだ?大佐は。
自分がヘンなことを言ったとは思えない。確かに今まで素直に「ありがとう」など礼を述べたことはないが、それを変に思ったとしても、こんなに何かに耐えるような顔はしないだろう。それでも急激な顔色の変化は自分が発した言葉によってだとしか思えない。他に原因など見当たらないのだ。エドワードは首を傾げた。
「大佐?オレなんか……」
ヘンなこと言ったのか?との疑問は性急にせき止められた。ロイがエドワードを引き寄せて、その唇を塞いだのだ。
……何、これ。
唇の感触が、奇妙に温かくて。柔らかで。
エドワードは衝撃に、抵抗することも忘れてそのまま立ち尽くした。掌の銀時計をぐっと握り締める。それ以外には何もできなかった。エドワードは現実感がないまま、ただ、ロイによってもたらされる感触に息を詰める。
「……ん…っ、」
唇が開かされて、そこを擦り上げるように進入してきたロイの舌に、エドワードは声をあげた。頭の中が真っ白になって、どう反応していいかわからない。それでもロイの身体を突き放そうと両手に力を込めた。が、それも叶わなかった。差し入れられた舌。それから柔らかく吸い上げられるエドワード自身のそれ。何かわからない甘い疼きが波紋のようにエドワードの身体に広がっていった。音を立てて、角度を変えて何度も舌を、唇を吸われて。全身から力が抜け、突っぱねることもすがりついてしまうこともできずに立ち尽くした。
抵抗などは思いつかなかった。頭が真っ白で。
息継ぎもそこそこに深く貪られて。背中に回された大きな手の感触に、ざわざわと背を何かが走った。それが快楽だとエドワードは知らなかった。ようやく突っぱねようと思考が働いた時にはすでに力などは入らなかった。絡められた舌を強く吸われて、かくんと膝から力が抜けた。
「……や……っ」
口から洩れる自分の甘ったるい声に意識の何処かで愕然としたが、それはすぐ遠いものとなった。全身が痺れてまるで麻薬のようだ、と思ったのは後からこのことを思い返した時。
この時は、ただ、エドワードはロイにされるがままでいた。
唇が離された時、エドワードは腰が抜けてそのまま執務室の床にずるずると座り込んでしまった。
「な、なに……」
言葉は浮かんでは消えた。何をするのか、何のつもりなのか。どうしてありがとうと告げたことからこんなふうになってしまうのか。疑問は渦巻くけれど何がなんだかわからなかった。
いきなりキスをしてきた大佐も。
殴りもせずに陶然としてしまったいた自分も。
けれどそれは音声にはならなかった。何を言っていいのかわからずに、ただ、手の中の銀時計を握りしめた。それだけが支えのようだった。
「君が好きだ。鋼の」
告げられた言葉の意味が判らなくて。それでも座り込んだままエドワードは反射的にロイを見上げた。嘘を言っている顔とは思えなかった。からかっているふうにも。ロイが膝をつくようにして、ゆっくりとかがんできた。視線が交わる。
「錬成に成功した後でかまわない。私と共に歩く未来を考えてみてはくれないか」
ロイは、それ以上何も言うつもりがないのか、じっとエドワードを見つけ続けているだけで。
時間が停止してしまったようだった。
そのまま数秒だか数分だかわからない時間、見詰め合ったままでいた。お互いに言葉を発することが出来ずにエドワードは呆然とロイを見つめる。
意味がわからなかった。
ただ、見つめてくるロイの瞳が強くて、それが痛いほどで息が詰まった。真剣なのだということだけはわかった。
好きだって、言った?誰が、……誰を?
私と共に歩く未来って……大佐と、オレ、が?
呆けていた神経の回路が途端に動き出す。

大佐が、オレを、好き。

告げられた言葉の意味を理解すると同時にエドワードはいきなりすっくと立ち上がる。逃げるように無言のままロイに背を向けて、執務室を出て行こうと早足で歩を進めた。その背中に、再度同じ言葉が掛かった。
「……好きだよ」
その声に震えを感じて、思わずエドワードは足を止めた。
ドアが目の前だ。このまま何もいわずにドアを開け、走り去っちまえばいい。
そうは思っても、出来なかった。
好きだと告げられたその声があまりにも切なくて。大佐のそんな震えるような声もはじめて聞いた。自信過剰な、偉そうとしか形容の出来ない声なら嫌と言うほど聞いているのに。何で、こんなに弱々しい声出すんだよ。 そんな大佐は嫌だった。アンタはいつも強くて偉そうにしていて、いけ好かなくて嫌味な男だろ。エドワードは振り向きもしないまま、自分でも思いもしなかった言葉を吐いた。
「……返事は成功した後っ!!」
エドワードは自分から咄嗟に飛び出した言葉に自分で驚いた。
ちょっとまて、なんだオレ、返事は後って今、自分で言った。何で?なんだそれ?ちがう、そうじゃないだろ、エドワード。オレはそんなふうに大佐のことを見たことはないって、そう、言うべきだろう。取り消せ、そう、さっさと取り消さなきゃ。
エドワードが混乱している間に、ロイはエドワードの背後にまでやって来ていた。
「……待っていてもかまわないということだろうか?鋼の」
声の近さに思わずエドワードが振り向いて見れば、そこには嬉しげな目をしたロイがいた。そのロイの瞳に吸い込まれたようになって、またもや立ったままでいれば、ふわりと優しく抱き寄せられた。エドワードは自身の背に回されたロイの手が震えているのがわかった。優しげに抱き寄せたその体が熱くて、指からはいつもの余裕など感じられなくて。
……からかってるわけじゃない。きっと、本気だ。
そう思った途端に、エドワードの頭は沸騰した。耳や顔だけでなく、全身が赤く染まっていった。エドワードは居た堪れなくなり、慌ててロイの身体を押して、怒鳴る。
「し、しらねえっ!勝手にすればいいだろっ」
言うやいなや、扉を開け駆け出して。銀時計を握り締めたままアルフォンスの待つ駅へと一直線に駆けて行った。執務室に残されたロイは口元に笑みを浮かべたまま、いつまでもエドワードが飛び出していったその扉を見つめていた。
それからリゼンブールに戻っても、錬成を終えて身体を取り戻しても。キスをされた時に感じた何かが身体に残っているようで。エドワードは司令部に行くことも出来なくなった。思い出せば、何故だか身体は熱くなる。
……これは、キスなんかされたからっ!驚いてるとか怒ってるとかそーゆーもんだ。
そう言い訳をしてみても、決して怒ってはいない自分をエドワードは知っていた。かといって大佐のことを好きなのかと問われればそれもわからない。ただ、衝撃で。それで頭が一杯になって。
だから、錬成成功後も司令部などに向かえなかった。電話すら、かけた後どうすればいいのかわからなくて。銀時計の返還よりもロイにどう接していけばいいのか、それだけを考えてしまっていた。とにかく、錬成が成功したことだけでも報告するべきだと思い、「成功した。しばらくリゼンブールに居るけど、身体を元通りに鍛えたいから、アルがもう少し動けるようになったら師匠のいるダブリスに修行に行く」とだけを殴り書きした手紙を送った。その手紙に銀時計を同封して、そのまま会わずにいるということも実は考えたのだが、それは断りのサインだと、大佐は取るだろうと考えてしまえばそれもできない。
好きなわけがない、でも大佐とそんなふうに縁を切るのもなにやら嫌な感じがして。
520センズの約束もある。だから一方的に関係を切るわけにはいかねえんだ、とエドワードはそれを言い訳にして。そうして保留しているうちにあっという間に月日は経って。だからこそ、電話も架けることが難しくて。
「……そろそろ、大佐に連絡しとかねえと、いくらなんでもマズイよなあ……」
エドワードは電話を睨みつけること三十分。アルフォンスに咎められるまでじっと立ち尽くしていたという訳だった。けれど、このまま電話を眺め続けていたところで仕方がない。
「覚悟を決めて……連絡するか」
そうしてエドワードは受話器を上げた。そうだ、このままずるずると連絡もしないままでは自分もどうしようもない。
エドワードはよしっ、と気合を一ついれると、ロイ・マスタング宛てにダイヤルを回し、交換手に二つ名とコードを告げた。
しかし、せっかく覚悟を決めてかけたというのに、電話に出たのはロイ本人ではなく彼の副官だった。
「ごめんなさいね。少将は今日夕方から出勤なのよ」
「え?少将?昇進してたんか、大佐」
ロイが居ないという安心感で、エドワードは緊張していた身体の力を抜いた。
「ええ、先日ね」
そうかーと息を吐いて安心すると同時にふと疑問が湧いた。
「将軍職になったくせに夜勤?下働きじゃねえのになんだって……テロとか暗躍とかか?」
「それがどうしても外せない用事があって出かけなければならないから、今日の仕事は夜にまわすって……」
「どうしても外せない用?」
「それが『個人的に会いに行かねばならん人がいる』って。私もそれが誰かは知らないのよ」
「えー、デートとかサボリじゃねえの?」
いいわけだろ?と揶揄すれば、ホークアイもそれがそうでもないのよ、と嘆息した。
「本当に大事な用事のようなのよ。その上今日か明日でなければ駄目だって。……明日は会議で外せないから、仕方なく今日。会議の資料にも目を通してもらわないといけないから夜までには戻ってもらわないと」
「そっか……。じゃ、今日の夜も忙しいんだな?大佐……じゃなくて少将か。オレから連絡あったことだけ伝えてもらえる?報告することなんてねぇケド、元気で修行中だって」
そう言って電話を切ったけれど、何か胸のうちはもやもやした。悩みに悩んでようやくのことで決意を固めて連絡をしたというのに。当の本人が不在で。その上何かわからないけれど『大事な用事』があるなんて。
……大事な用事ってなんだろ?個人的に会いに行かなくちゃならない人?それ、誰だよ。大佐はオレに好きだって言ったくせに、それよりも大事な人とかいるのかよ。
その自分の思考にエドワードは驚いた。
いや、これは違う。大佐が誰と会おうと、大事な人がなんであろうとオレには関係ないけどなっ!それに大佐が出なくてよかったじゃねえか。オレは連絡、した。ならもう報告の義務は果たしたわけだし。
しかし、理不尽と思いつつもエドワードは何となく面白くなかった。
電話を見つめたまま額に眉を寄せ、不機嫌な顔つきをしているエドワードにイズミが声を掛けた。
「おい、エド。おマエに客だ」
師匠に呼ばれ、反射的にエドワードは姿勢を伸ばす。
「オレに客、ですか?師匠……」



続く
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