小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No.6-2「kiss kiss kiss」その2


声がかかった方向に顔を向ければ、ちょうどイズミの後ろから見覚えのある黒髪の男がやってきたところだった。シンプルなスーツを着て、手にはコートを持っている。驚いて声もでないエドワードをよそに、律義者の弟がきちんと挨拶をした。
「あ、大佐。お久しぶりです」
ぺこりと頭をさげたアルフォンスに、ロイはいつもの通り片手を上げた。
「やあ。アルフォンス。身体の具合はどうかな?ついでに言うと今は少将だ」
エドワードは自分の目が見たものが信じられなくて、言葉も発せないまま、その場で硬直した。のんびりとしたアルフォンスの言葉も、それに対応しているロイの言葉もどこか遠くの方でなされているようだった。
「うわ、昇進おめでとうございます。えと、ボクはもうけっこう大丈夫です。身体の感覚もかなりつかめるようになったし。それに師匠に鍛えてもらってますから筋肉だって、ほら、こんなについてきたんですよ」
セーターを腕まくりして、アルフォンスはぐっと腕に力を入れてみせた。それを遮るようにエドワードは大声をあげる。
「た、大佐!じゃなくて少将!!アンタ今日、出かけてるって中尉が言ってたぞ」
「おや、連絡してくれたのかい?」
ロイに微笑みを向けられると、エドワードは顔を桃色に染める。
「ほ、報告っ!ほれ、あれだ。ずっと報告してなかったし、だからそろそろ連絡しなけりゃアンタに怒られるかな、とかそう思って……っ」
「怒りはしないよ。心配はしたかな?錬成は成功との手紙は受け取ったが……順調に体が回復しているのかとかね」
その言葉にエドワードはうっ、と小さく呟いて下を向く。ロイはそんなエドワードの頭を軽く撫でた。子どもにするかのようにゆっくりと。
「まあ、いいよ。それよりこれを、君に」
ロイは一冊の本を取り出すとエドワードに差し出した。
「ナニコレ?」
「以前頼まれていた錬金術書だが。……身体を取り戻した今となってはもう不要かな?」
それはかなり前にロイに手に入らないかと尋ねた本だった。中央図書館にも東方にも古書店にもどこにもなく。既に絶版となっている。書名だけは有名で、けれど今ではもう誰が所持しているのかも現存しているのかさえわからずに、幻の一冊とまで言われていたものだった。
「え、これ。マジ?うそっ、手に入ったんだ」
エドワードは自分が頼んだ幻の本と判った途端、それまでの居心地の悪さも顔の赤さも忘れてその本を捲っていった。ページを捲り、興奮したようにその一字一字を熟読していく。書物に没頭してしまった兄にため息をついて、その代わりにと弟が礼を述べた。
「ありがとうございます。お忙しいのに……すみません」
「いや、送ることも考えたのだが、明日は鋼のの誕生日だろう?だからプレゼントに丁度いいと思ってな。それに君たちの様子も気になったから。じゃあ、私はこれで」
ロイは手に持っていたコートを羽織る。さすがにダブリスは南部とあってコートは不要なほど暖かだけれど、それでもロイは習慣のようにそれに袖だけを通した。
「……って、もう戻られるんですか?せっかく遠いところ着てくれたんですからお茶くらいは飲んでいってください」
「用件は済んだし仕事が山済みでね。帰らないとホークアイに風穴を開けられてしまうから」
冗談めかしてそう告げて、ロイは玄関口へと足を向けた。本に没頭しているかと思ったエドワードがロイのコートをむずと掴んだ。
「鋼の?」
「……駅まで、送る」
「本を読んでいたのではなかったのかな?」
ロイは微笑んで、エドワードの頭を撫ぜてやった。
「送るって言ってんだろ!さっさと付いて来い!!」
エドワードは貪るように読み始めていた本をアルフォンスに渡すと、ロイを待たずにさっさと足早に家から出ていく。エドワードの耳が言葉の乱雑さと異なり赤みを帯びているのを目に留めて、ロイはくすりと笑った。そしてイズミとアルフォンスに「では、失礼」と会釈をして、ゆっくりとエドワードの後を追いかけた。

石畳の道をただ、歩いた。エドワードは足早に前を歩き、ロイは後ろからエドワードの揺れる三つ編みの金色を眺めていた。
「こちらはずいぶんと暖かいな。雪など降りそうもない」
「ん……」
歯切れの悪くエドワードは答える。黙っているのもおかしい気がするのだが、何を言っていいのかわからない。ただ、思い出してしまう。ロイに抱き寄せられ、キスをされたあの日のことを。そしてホークアイとの電話の内容を。
……大事な用事って、オレに本を渡しに来てくれることだったのか?
そう思えば胸の奥がざわざわと音を立てる。エドワードは額に眉を寄せたまま黙々と、ただ歩いた。自分の考えに沈んでいったエドワードはロイの表情にかげりが浮かんでいることなどには全く気が付かなかった。
「……迷惑だったかな?」
「え?」
その言葉に驚いて、振り向いて見ればロイがじっと辛そうな顔をエドワードに向けていた。
「それとも会いたくなかった、のかな?」
「そ、そんなことねえし。う、れしかったし。……その、本のことな……」
聞かれてみて、初めてわかった。そうだ、オレは大佐に会いたくなかったわけじゃない。ただ、どうしていいかよくわかんねえだけで。キスなんかされても嫌じゃなかった。わざわざ会いに来てくれたのかと思えば嬉しくて。
――嬉しくて。
その思考にエドワードは動転した。
嬉しいって、何?オレどうしたんだ?だけどうれしい。そう素直に思えた。
「私の気持ちが重荷では?」
重荷、ではない。それは違うと即座に思う。
けれど、大佐の気持ちに対してどう答えていいのかはわからないままで。
「……正直、考えてもわかんねえ。あれ嘘とかだとは思えねえし、不思議と嫌な感じはしなかったけど。でもアンタ、何人ものオンナノヒトとデートとかしてんのも知ってるし」
いくら考えても自分がロイをどう思っているのかなどはわからなかった。だから、自身の感情をそのまま口に出した。
「……それは大人の事情というヤツで。君に告白してからはきれいさっぱりとしたものだよ」
ロイは困ったようにそう口に出した。
まさか君を無理やりに手篭めにしないために、その身代わりにあちこちの花に手を出していたとはとてもではないが正直に告げられはしなかった。
「……それに、オレ。アンタが好きな人ってホントはホークアイ中尉かなあ、って思ってたし」
「彼女は……私の背を任せている。お互いに背負うものがあってな。私も彼女も。本当は部下というよりも同士というほうが合っているかもしれない。……ヒューズと同じく共に私の片翼ではある」
それは本当の話だった。イシュバールがなければ、お互いに背負うものがなかったら。もしかしたらそういう感情を抱いたかもしれないと思ったことは何度もあった。けれどお互いに単なる恋愛に陥るには甘さが足りなかった。背負うもの、それは決して重いものではなかったが、人生を変えるほどの大きさではあったのだ。
「……オレも、そうなりたいのかな?よくわかんねえケド……。少なくともアンタの隣で立っていられるくらいの人間にはなりたいとか思う。だから銀時計、返そうと思ってもなんか決断が付かなくてさ……」
「ゆっくり考えてもらえばいい。君の将来も、……私のことも」
私のことも、とのロイの言葉にエドワードはなにやらホッとした。
だって、わからない。
拒否することもおかしいようで、かといって自分がロイをどう思っているのかわからなくて。保留のままでいいというその言葉に肩の荷が下りたような気がした。答えを引き伸ばしただけ、ということはわかっている。そのうち自分の将来のこともロイに対する返事もきちんとケリを付けなくてはならない。けれど今は答えようがないのだ。だから、猶予期間をもらったようで気が楽になった。
「ん……デモさ、やっぱもう身体取り戻してからけっこう時間が経ってるし。オレこれからどうしようかなあ……」
エドワードは空を仰いだ。晴れてはいるが冬の空だ。浮かんでいる雲はなにやら灰色がかっているし、吹く風も決して冷たくはないにしろ温かさはない。
春の花が咲くころには、オレの将来も、コイツに対する気持ちもわかるようになってんのかな?今までずっと弟の身体を取り戻すことだけを考えてきた。取り戻した後は、その身体を元のようにすることだけを。これから、将来はどうするのか。エドワードは真っ白なままの未来に思いを馳せる。
「君は、目的を果たした。そしてまだ若い。これからいくらでも考える時間はあるよ」
「そーだな。保留にして、ちゃんと考える。自分の将来だもんな」
エドワードはロイにへへへと笑いかけた。気が楽になって、駅へと向かう足取りも軽くなった。先ほどまでとは違い、今度はゆっくりとロイに顔を向けながらエドワードは歩いていった。

「私のことはその後でも構わないよ。いまさら一、二年待たされたところで変わりはしない。もうずっと君を好きでいるしね」
ロイはなんでもないという口調であっさりと語った。が、ぴたりと、エドワード足が止まった。今さっき軽くなったばかりの足取り。なのに、ロイのその言葉によってまるで石膏で固められたかのように動かなくなった。返事を保留することを喜んだのは自分だった。けれど一・二年待たされたところで変わらないほどずっと、好きだという気持ちを心に秘めていたのだろうか?エドワードはその言葉に顔を赤らめることもできずに、ただ、何か言わなければと、口を開けた。
「大佐……あ、じゃなくて少将……」
「どちらでもかまわないよ、呼びやすいほうで。ああ、だが階級に慣れないのなら……そうだ、名前で呼んでくれないかな?」
「はい?」
唐突に切り替わった話の内容に、エドワードは首をかしげた。
「『ロイ』とだね」
「え、えええええっ!」
何がどうなれば自分が大佐……ではなく少将を『ロイ』などとファーストネームで呼ぶという事態になるのだ。エドワードが否定の言葉を発する前に、ロイはにこやかに続きの言葉を放った。
「うん、そうしよう。私も君のことは『エドワード』と呼ぶから。『ロイ』とだね」
エ、エドワード、だって。大佐……いや違った、少将がオレの名前を。
初めて呼ばれたそれにエドワードは顔を赤らめる。呼ばれただけでもこんななのに、オレがコイツを呼ぶのか?『ロイ』って?
「よ、呼べねぇ……」
ロイ?ロイかよ……。恥ずかしすぎる……。
エドワードはそれでもその名を心の中で呼んでみた。顔だけではなく身体も火照った。なんでだ?名前で呼ばれただけなのに、名前を呼ぶだけなのにこんなに恥ずかしさを覚えるんだ?エドワードなんて、母さんからも呼ばれてた。親しい人間は皆エド、とかエドワードとか呼ぶ。軍部の人間だって、例えばホークアイ中尉は自分をエドワード君って呼んでいる。
ロイってのが聞き慣れないのか?いや、ヒューズさんはそう呼んでいたし、コイツが口説いていたオンナノヒトなんか甘ったるい声で、ロイさ~ん、だろ?あ、なんかムカついた。
「エドワード」
ぐるぐると考え込んでいたエドワードがロイからにこやかに自分の名を呼ばれ、動揺した。
「……うわ、呼ぶなよっ」
思わず一歩、後ずさるエドワードにロイはもう一度その名を呼んだ。
「エド?」
「て、照れる……んだけど……」
「抱きしめてもいいかな?」
「あ、んた、何言って……」
いきなり腕を取られて、すたすたと路地に連れ込まれた。大通りからたった一本入った細い裏路地。そこにのんびりと寝転んでいた数匹の猫が、驚いたようにパッと身を翻して更に奥へと消えた。
「呼べるまでこうしているぞ」
言葉の強引さとは裏腹に、ロイは壊れ物を扱うようにそっとエドワードを抱きしめた。正直なところ、ロイはエドワードに会うのが怖かった。好きだと告げて、逃げられて。その上連絡もないとあれば期待など持てそうにもなかった。もとより恋人として好かれるはずもないとも思っていて。けれど、銀時計を返還されれば道は離れていってしまうように感じられた。
だから、とっさに告げてしまったのだ。共に歩く未来を考えて欲しいと。
私のことを考えて欲しいと。ずっと秘め続けてきた心を。
そう思ってみてもエドワードにしてみれば青天の霹靂であったであろうことも理解している。単なる上司で、しかも同性ある私に対し、そんなことを考えたこともないだろうと。だから、キスを仕掛けた。いや、仕掛けたのではない。咄嗟に、衝動的に唇を奪った。それをしたことには後悔はない。けれど、イエス以外の答えは聞きたくなかった。
ならばこのまま待っているだけでは求める未来は手に出来ないと、誕生日のプレゼントを口実にこんな所までやってきたのだ。今は私のことをどう思っていても、いずれきっとこちらに振り向かせてみせると。そんなふうに強気になってみても、エドワードに触れた手が震えそうになる。
鋼の。今ではなくていい、そのうちでいいから。私のことを好きになってくれないかな?少しでも、可能性があるのなら私は待つつもりだから。
震えそうになる身体を、意志の力で押さえつけて。ロイはエドワードを腕に収める。
「うー……」
突っぱねてしまえば、ロイの腕の中からすぐにでも逃げ出せるというのに、エドワードは大人しくその腕の中にいた。頬に当たるロイの胸の感触。エドワードの頬はロイのシャツに当たっていた。そのさらさらの感触と、伝ってくる心臓の音。体温。不思議とそれが気持ちよくて、エドワードは大人しくロイの腕の中に納まっていた。
……鼓動がオレよりも早い。身体もオレより熱くって。
「ロイ、だ。……呼んでくれないか?」
ロイの心臓が更に速さを増した。声の響きに変化はないというのに、先ほどから冷静と思えるくらい静かな声だというのに。身体が熱い。鼓動が早い。背にまわさている手が小刻みにうごいて、それが震えているのだとわかった。
大佐は、オレのこと、本気……なのかな?なあ、言葉は、声はいつもと同じでも、アンタの身体はいつもどおりじゃないってわかるぜ。オレより早い心臓の鼓動。それが何でこんなに気持ちいいんだろう。わかんねえけど、嫌じゃない。思考が溶けていきそうだ。ここ、気持ちいい。離れたくないかも。名前、呼んだら。そしたらここにこのままいられるのか?
半ばぼんやりと、エドワードがそんなことを考えていれば、ロイは業を煮やしたのか、
「しかたないな。無理にでも呼ばせるぞ?」
と告げて。その発言と同時にエドワードの背に回されていたロイの手が、今度はエドワードの顎に伸びて。くいっと上を向かされた。瞳が合わさって、吐息が落とされた。
……あ、また。
キスされる、と思った。一瞬にして四ヶ月前の執務室がエドワードの脳裏を横切る。
思い出した途端、エドワードはロイの胸をドンと突き飛ばしていた。
逃げなきゃ、コイツから。でないとまた、オレは。
エドワードは背を向けて、だだだだだっと走っていき、そうして唐突に足を止めた。
――何で逃げるんだ?
そうだ、嫌なことでもされたのなら、本当ならボコボコに拳固で殴ってるはず。なのに自分は逃げるだけで。嫌なこと?そうじゃなかった。大佐の腕の中は気持ちが良かった。ずっと居たいって思ったくらいに。何でオレは逃げるんだ?嫌じゃない、ばずなのに。それに、逃げるなんてオレはどうしたんだ。いつだってなんだって立ち向かってきた。そうしてその結果目的を果たせたというのに。嫌じゃないのに逃げるなんて何でだ?怖いとかか?だから逃げるのか?。――怖い?何が?
恐れるなんてオレじゃねえ、大佐なんて怖くねえぞっ!
くるりとエドワードはロイのほうへと向き直った。
「……っ、ロイっ!!」
望みどおり呼んでやったぞ、文句あるかとばかりにエドワードは叫んだ。
「つ、次は負けねぇぞ!覚えていやがれっ!」
捨て台詞を残して。コートよりも赤くなった顔で、全力でその場から走り去っていった。一人裏路地に残されたロイは、しばらくの間呆然として。エドワードの姿が見えなくなっても、エドワードの走り去る足音が聞こえなくなっても、ただ、この場に立ち尽くしていた。風が何度か通り抜けて、先ほど奥へと消えたはずの猫が戻ってきた。ロイの足元でにゃあと鳴く。そうしてようやくロイは口元に笑みを浮かべた。
「……おぼえておくとも。なあ?」
ロイは一人で駅へと向かった。一人で。その顔には隠しきれない期待が溢れ出ていた。

ロイという台風一過のその数日後。アルフォンスが一通の手紙をエドワードに手渡した。
「これ、兄さん宛てだよ。大佐じゃなかった、えーと少将から」
「たい……少将っ!?」
エドワードは手紙を引っ手繰るようにして受け取ると、びりびりと乱暴に封を開ける。中の手紙を取り出して、読み進めていくうちに思わず声を出してしまった。
「な、なんだこれ!」
そこにあるのはびっしりとした愛の言葉だった。つまり、この手紙はロイからのラブレターというわけで。
「何、任務だった?兄さん。それ、ボク見ても大丈夫?」
「だ、駄目!」
「じゃあ、何が書いてあるかくらいでも」
「それも、駄目」
「何?極秘任務なの?」
「……ち、違うけど、駄目」
エドワードはアルフォンスに見られてたまるかと、その手紙をこれでもかというくらいにぐちゃぐちゃに丸めて。それでも捨てることなくポケットの奥に押し込んだ。

「兄さん。今日も手紙届いてるよ……なんなの?こう毎日毎日……」
「い、いいんだよ!アルには関係ねえんだ!!」
手紙は開封もされないうちに丸められて、ポケットの奥に押し込まれる。けれど、アルフォンスは知っていた。兄はぐちゃぐちゃに丸めた後の手紙を、自分の部屋に戻ってから丁寧に引き伸ばすのを。そうしてもう一度その文面を読んだあと、きちんと愛用のトランクにしまうのも。
なんなんだろうなあ、もう兄さんてば。
最近の兄はおかしい。明らかに挙動不審だ。錬金術の本を読んでいても上の空だ。カタンとポストが鳴ればびくびくして。ロイ・マスタング少将からの手紙がこのところ、毎日のように届いている。判っているのなら自分から取りに行けばいいようなものなのに、決してポストには向かわない。ボクが兄さんに手紙を手渡せばぐちゃぐちゃになるほど丸めてしまうというのに、それでも大事そうに仕舞って。夜、皆が寝静まった後とかにこっそり赤い顔で読んでいるのだ。
あ~あ、アレかな?兄さんも思春期ってヤツ?
アルフォンスは気がつかなきゃよかったかな、と思いつつため息を付いた。

「にーさーん、今日は電話だよー」
アルフォンスは、ボクは何にも言わないからね。兄さんのことは兄さんが決めなよ、と中立の立場を取る事にした。兄とロイ。それに反対する気も賛成する気も無かった。というよりも、変に突付いて馬に蹴られるような事態に遭遇するのはごめんだった。
「オ、オオオオオレはいない!で、出かけてるって、言ってくれっ」
言葉では拒否するようなことを言っているけれど、エドワードの顔は赤い。その上電話だと告げたその一瞬に嬉しそうな表情を浮かべたことをアルフォンスは見逃さなかった。
「そんな大声出せば兄さんの声、聞こえてるでしょ。……ほら、さっさと出て!」
「うー……」
そういうふうに唸るけれど、背中は喜んでるよ、兄さん。とコレはアルフォンスの感想だ。それを口にすれば兄がますます恐慌状態に陥るだろうことがわかっているから言葉にしないだけだった。
「やあ、エドワード。手紙は受け取ってもらえたかな?」
「……」
「……ああ、手紙は嫌だったかな?では、直接言わせて貰うとするか。君が好きだよ、エドワード?」
艶めかしい甘い声が耳元で流れた途端、エドワードは家中に轟くほどの大きな声をあげた。
「うわあああああっ。耳元で、そんな声でオレの名前呼ぶな!」
その声に驚いたのは電話の向こうのロイだけではなかった。兄の様子が気になって廊下の向こうから聞き耳を立てていたアルフォンスも、肉切り包丁を研いでいたイズミも目を剥いた。ロイは電話の向こうから抗議の言葉をかける。
「……エドワード。そんな大きな声では私の耳が痛いとも。君の可愛らしい声を聞けるのは嬉しいかぎりではあるのだが」
「か、かわいいとかいうな」
「では、愛しいでどうかな?」
「そ、それも駄目!!」
「愛しているよ?」
「もももももっと、駄目だっ」
「電話では嫌だと、そういうことか。うん、決めた。今度休みを取ってそちらに行くから。いくらでも囁いてあげよう」
「……カンベンしてください……」
「私の勝手にしていいと言ったのは君だったがね。前言撤回するか?」
「……しねえ。アンタが前言撤回しろよ……」
「はっはっは。それは却下だ。私は君を愛しているのだからな、エドワード。……好きだよ?」
エドワードの雄叫びを聞き、アルフォンスとイズミは目を見合わせる。当然二人にロイの言葉は聞こえてこない。ただ、聞こえてくるのはエドワードの、
そんな声でオレの名前呼ぶな!
かわいいとかいうな!
ぎゃあああああああああああ!
とか言う声だけなのだが……。
「……おい、アル。なんだあれ?」
師匠であるイズミは今まで見たことのない弟子の姿に頭を抱えた。


続く
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