小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No.6-4「kiss kissnkiss」その4


ACT.3 再び現在

エドワードはもうずいぶんと昔に感じられてしまう当時のことをロイに語りながら笑みを零す。
「あの頃は、こんなふうになるなんて思ってもみなかったなあ」
幸せそうに目を細めるエドワードに対してロイは複雑な表情だ。
「私はつまり……君を口説き落とした、ということなのだろうか?」
それも口づけで。
「うん。口説かれ落とされた」
エドワードは思う。あの頃のオレって自分で言うのもなんだけど、純情って言うか慣れてないって言うか、コイツに振り回されっぱなしだったなあ。それをこんなふうに懐かしく思えるなんて思いもしなかった。
記憶を喪失したロイ・マスタング。
この恋人がもう一度自分を好きになってくれなかったとしたら。
きっと今頃。どこか遠くでオレは一人で、泣きながら思い出していたに違いない。もしもロイがオレを部下としてしか見てくれなかったのなら、多分あの時「……返事は成功した後っ!!」なんて叫んだ自分を後悔したことだろう。あの時、ふざけんなとか言って逃げてれば単なる上司と部下のままで。銀時計を返還して、それ以上関係することなんかなかったのにって。あのまま道が離れていれば好きになることなんてなかったのにって思っていたに違 いない。
でも今は。
記憶をなくしても、オレのこともう一度好きになってくれてありがとう。
その言葉が胸から退くことはなく。エドワードは幸せだった。
好き受け止めてもらって、そばに居られることがこんなにも嬉しくて。
それでも「離れる」と言う選択肢はいつでもエドワードの心にはあったのだ。ロイが記憶を失くす前も、失くした後にも。
……なぁ、ロイ。オレは、けっこう何度も思ってたんだぜ。「アンタのこと好きにならなきゃよかった」って。好きだなんて思わなかったら部下として、いつまでもアンタの側に居られたのにって。アンタが記憶をなくしてからじゃなくて、昔も何度も。
そう。口説き落とされる前までは気がつかなかった。けれど、エドワードの頭脳は優秀だ。セントラルで将軍然としたロイを実際に見てしまえば。大佐の時とは異なる軍部での扱いを肌で感じてしまえば。ロイには常に護衛がつき、自宅周辺も軍人が警備に当たっている。将軍と言うことはつまりこの軍事国家の要人だ。ダブリスにやってきたことには気がつかなかったが、それは、ロイがわざと護衛を外していたからなのだろう。自分はそれを知らなかっただけで。ロイは既に将軍で。そうしていつかこの国の大総統になる。それは最早遠い夢ではなくて、近い将来実現することで。だったら「男」のオレが恋人なんて醜聞じゃねえか。好きだと自覚した。それをロイにも告げようと思った。
だけどこの現実を知ってしまえば。
……恋人にはならないよ。好きだと、思うけど。だけど、だから。いや、好きだからこそオレはアンタの足を引っ張りたくないんだ。
エドワードはロイにそう告げるしかなかった。
好きだから嬉しい。
好きだから辛い。
その二つが混ざっていた時間は長かった。
単純に、幸福感に浸れた時って婚約指輪を押し付けられたその後と。……それから今、だな。だから、オレがうっとりしちまうのも無理はねぇ。
エドワードは微笑んでいるが、ロイは告げられたその言葉を耳にして、眉を寄せた。
「つまり、記憶を失くした今の私ではなく。以前の私も君を苦しめてことがあったと?」
「ああ……いや。うん。ほら、オレ。アンタの足を引っ張るくらいならアンタの恋人にはならねえって、好きだけど、いつかは離れてやるから、少しの間だけ、側に居させてくれって。そうやってけっこう足掻いてたんだ。でも結局それもあの『広報誌』の話聞いて、覚悟決めて軍に正式入隊する前の話だけど」
ロイは納得したように息を吐いた。
「過去の君も今の君も何一つ変わらないのだな……」
感慨深げに言葉を発した男にエドワードは首を傾げた。
「ほら、記憶を失くした私に対して『もうしばらくしたら、離れるから。平気になるまであと少しだけ側にいる』と私にしがみ付いただろう?それと同じことを過去にもしていたんだなあとだね」
エドワードは「あ……」と小さく漏らした。
そうだオレはいつもいつも、離れる離れなきゃ、って繰り返して。でも結局ロイのそばから離れられなくて。馬鹿みたいだと我ながら思う。どの道離れられないんなら、さっさと一緒に居る道を探せば良いのにな。
そうしてエドワードは再び自分達の過去に思いを馳せた。

ACT.4 再び過去

何度も何度も口説かれて。いつしか自分も本気になった。けれど相手も自分も性別は男で。自分は目的を果たして、自分の将来をどうするべきか悩んでいても、相手の未来は決まっている。ロイはこの国を民主化させる。そのために、この国の頂点を目指す。ならば、自分は彼自身の望みを果たす手助けにはなりえない。むしろ足を引っ張る存在でしかない。大総統になることを目指す男の恋人が男であるというのは醜聞だ。好きだと、自分の心に気が付いた途端にそのことにも気がついた。自分を好きだというロイに、オレも好きだと告げた瞬間から、別れを覚悟しないといけない。
いつか必ず別れるのなら、好きだなんて気がつかなければよかった。
それがその時のエドワードの想いだった。

ロイ・マスタング少将がエドワード・エルリックを司令部ではなく自宅に呼びつけたのは今日こそ積年の思いに決着をつけてやろうとの意気込みのためだった。エドワードはそんなことはうっすらと判っていてもあえて報告書を作成し、それを手にしてロイの自宅を訪れた。
「鋼の」
「何?報告書に不備でもあるか?ちゃんと書いたつもりなんだけど」
「……接吻していいかい?」
「アンタいつも勝手にするじゃねえかよ」
「エドワード……」
「なんだよ」
「…………抱いてもいいかな?」
「別にいいけど」
「……抱きしめるではなくてセックスを、という意味なのだが」
「わかってる」
「いい加減に付き合おう、鋼の。恋人として」
「それは却下」
ロイは腕を組んで、深い深いため息を落とす。もう何度も何度もこれと同様のやり取りを繰り返してきてはいるのだ。そのたびにエドワードの答えは判で押したように同じなのである。
つまり、キスだろうがセックスだろうがするのは構わない。けれど恋人になるのは嫌だ、と。
ロイは再びため息を吐いた。
「……エドワード」
「今度は何?」
「私は君が好きなのだが?」
「知ってる。オレもアンタが好きだぜ?」
「親愛の情ではなく、肉欲もあるのだが?」
「だから、していいって言ってるけど?」
ロイは額に手を当てた。恐ろしいほどの疲労で眩暈がしそうだった。
かみ合わない。
何故お互いに好きあっていて、身体を交わすことさえ躊躇しないという態度は見せるのに。なのに。
「何故、付き合うのは駄目なのかな?」
「んなの当たり前だろう。そんな話をするためにオレを呼び出したのかよ。オレはアンタから受けた任務とそれに関連する勉強で忙しいってのに」
エドワードの現在の立場は未だ軍属の国家錬金術師。そして現在ロイから受けている任務は、セントラルの、とある大学に錬金術を学問として学べる学科を設置し、軍属ではない国家錬金術師を養成するシステムを構築することだ。そのために、マルコーをはじめとする幾人かの錬金術師と共にチームを組んで、改革案の基盤となる極秘プロジェクトを進めていた。国の民主化、国家錬金術師の廃止と単語にすれば一言二言ですんでしまう改革だが、実際に施行するためには段階を経なければならない。単に錬金術を廃止、としたところで今更なくなるものではない。だから、錬金術と軍事転用を切り離し、例えは機械鎧技師のようにこの国特有の単なる技術の一つとして在るようにしてしまうことがベストだとロイは考えていた。禁止すればするほど闇の世界で重宝され、テロの手段に利用されるようになる可能性もある。それよりは軍事とは切り離したものにしてしまい、尚且つ高給優遇される国家錬金術師というもののみを廃止する。市場に流通している錬金術書を全て回収し、個人の所有を禁ずる。その代わり、この設置予定の大学でのみ閲覧可能として、管理する。つまり、錬金術をこの大学でのみ体系的に教授されることを許される専門技術とし、その技術を持つ人間、錬金術を学んだものを全て把握できるようにする。エドワードがロイから受けた任務はそのシステムのたたき台というか原案を作成してくれというものだった。もちろん錬金術師としての才はエドワードには充分すぎるほどある。しかし、錬金術師のあ り方を変容さえるシステム作りなど未経験のことだ。そのためエドワードも任務の傍ら別の大学にも通い、政治やら経済やら錬金術とは関係のない事柄すらも学んでいる。大学生としての生活とロイから受けたシステム作りの任務。
はっきり言って忙しい。
その忙しい最中、ロイから呼び出しを受けて、現状までの報告書を必死で作成し、途中経過を報告に来てみれば。
何のことはない。
途中までの報告などはロイにしてみれば単なる口実で。単に口説くために呼び出したようなものなのである。 エドワードもそんなことは実はわかっていたのだが。ロイがどんな意図で司令部ではなく自宅に、しかも夜にエドワードを呼びつけたのかなど。もう最初に口説かれてから一年以上が経過している。好きだと告げられ、キスをされて。毎日のように愛を語る手紙が届けられた。忙しいこの男がわざわざ休暇を取ってダブリスの師匠の下で修行に励んでいる自分の元にやってきて、することといえば口説いて口説いて口説きまくる。セントラルにやって来て引き受けた任務に没頭していれば、上官命令だ、デートしなさいと迫ってくる。合鍵を示して同居すら求めてくる。そんな男の自宅に一人で、しかも夜に訪れるという行為がどれだけ危険か知らないエドワードではない。婉曲的にも直接的にも既に何度もベッドに誘われている。その先に進まないのは、誘っただけで、直接の行為に及んでいないからだけなのだ。けれどエドワードとてそろそろ二十歳を迎えようとしている健康な男性だ。例えそれが男であろうと好いた相手に誘われれば。
……欲情しないわけはない。
そうそれを何処かで望んでいるからこそ、素直にやってきたというわけなのだが。譲れない線というものがそこには存在している。それが大きな障害となってしまっていることにお互い気がついてはいるのだった。
「……報告書は受け取ろう。けれどシステムの構築案は私が大総統になるまでにより良い案を何度も推敲してもらえればかまわない。急ぎではないからね。それよりも……こちらが切羽詰った問題ではあるのだが。そろそろ私も我慢の限界だ」
「……だから、別に。ロイの好きにしていい」
かみ合わない。それでもロイはソファから立ち上げるとその額に眉を寄せたままエドワードを抱き寄せた。
「……本当に、抱くぞ」
その声は地を這うように低く、不機嫌と受け取れそうなほどだ。
「……かまわないってオレも何度も言った」
エドワードの告げる内容のそっけなさとは裏腹にその頬は薔薇色に染まっている。つまり、エドワードだってロイの言葉の意味をわかっているのだ。キスだろうがその先だろうがロイがしたいのならすればいい。オレはそれを受け止めるだけだと。
「ならば何故っ!恋人になろうと何度も何度も告げているというのにそれは却下なのだ、エドワード。我々は愛しあっているのだろう!」
エドワードは頬だけでなく、耳まで赤に染め上げた。
そう、愛し合っているなどと言葉に出されれば恥ずかしい。けれどそれは嘘ではなく。
「オレ……も、うん。好きだけど……」
エドワードはそおっと手をロイの背に回し、ワイシャツをぎゅっと握り締めた。微かに漂うロイの香り。それにうっとりとしてしまう。
好きなのだ。身を捧げてしまってもいいほどには。だから、抱かれることにも躊躇はない。多少の不安は在れどもむしろ、ロイとベッドを共にするその日がいつなのかと心待ちにしてしまう自分を知っていた。それは嘘偽りのないエドワードの本心だ。エドワードはロイが好きで。いつの間にか口説き落とされた感があったが、それでも好きだと感じているのは紛れもないエドワードの本心だ。
「何故、恋人になるのは駄目なのかな?」
先ほどと同じ台詞をロイはため息をつきながら繰り返した。
「……だってオレら男だろ。お互いに」
「そうだが、それが何か問題でも?」
同性だろうが異性だろうがそんなこと問題ではない。要はお互いが好きあっているかどうかだろうとロイは思っていた。エドワードは、将軍職の男に男の恋人がいること自体問題だろうと思っている。けれど自分はロイが好きで。だから恋人になれなくても、好きだという自分の気持ちを偽ることは出来なくて。
エドワードは開きかけた口を閉じる。これは本当なら言葉に出したくはなかった。いや、胸の内では何度も紡いでいたことのあるこれを言ってしまえば、本当に現実になると認めてしまうようで。けれど、これを言わないとロイとの会話は平行線だ。
……このあやふやな関係のままでいい。オレたちの関係にきっぱりとした名前をつけてしまえば、それが壊れた時にオレが受ける傷はきっと深い。だからこのままでいいんだ。このままで。エドワードは重い口を開いた。
「アンタ、将軍職にあるんだからそのうちちゃんと嫁さんもらうんだろ?そん時フラレルのはオレだからな。初めからアンタの恋人になる気はない」
ロイは目を丸くした。
嫁?フラれる?いつか私がエドワードを捨てると、そう思っていたのか。ロイは大総統にもなるんだろ。なら、オレが恋人なんて醜聞だ。だから……好きだけど、ずっと一緒には居られないから。今までどおり上司と部下でいろ。そうエドワードは何度も繰り返してきた。いくら好きだと告げても、エドワードもロイ自身を好きだと言ってくれても。好きなのと、恋人という関係になるのは別だと、それとこれとは話が別だと突っぱねられた。お互いに思いあっているのに何故だと問えば、今まではお互いに男だからと、頑なにそれしか告げてこなかったエドワードが、初めて「同性だから、恋人にはならない」ということ以外の理由を告げてきたのだ。同性だから、いつか別れると?ロイは不機嫌になる。それは、君が私を信じていないだけではないのかね? エドワードはロイの怒りなど気がつかないまま、言葉を重ねた。
「けど、オレ。アンタのこと好きになっちまったし。いつか別れても……まあ、思い出くらいもらえればいいかなあって。おい、ナニ怖い顔してんだよ。……ロイ?」
「馬鹿、か。君は。何故私が君以外の嫁を貰わねばならん!君が私の嫁になるのならともかく」
嫁をもらって、エドワードと別れるなどとの発想はロイにはない。敵がいるなら排除する。障害なら乗り越えればいい。欲しいものは全て手に入れる。手に入らないと言うのなら、入るようにすればいい。それがロイ・マスタングだった。
「オレは男だ。嫁になんかなれるかっ」
「必要とあれば法改正くらいしてやろうではないか。さっさと私のところに嫁に来い!」
この国では同性婚が認められてはいない。それを理由にエドワードが自分を拒むのであれば。そんなもの撤回すればよいだけの話だ。法律がどうした。認められていないのがどうだというのだ。そんなもの、どうにでもしてみせると言うのに。
「ふざけんな、そんなバカなことしたらアンタが後ろ指刺されるだろう。そんなくだらないコトに労力使うくらいなら、さっさと大総統になって国内安定させろよ」
「くだらないこととはなんだ、我々の未来だろう!」
「アンタの未来はこの国の大総統だろっ、んで大総統夫人も要るだろう!独ちゃんとそれに見合う人見つける必要があるだろうってオレは言ってんのっ」
「大総統夫人は君がなればいいだけだろう!」
お互いに大声を出しあう。お互いにコレは譲れないのだ。
「男のオレが『大総統夫人』なんかになれるかよ。アンタが恥をかくだけだろっ」
「愛しているのは君だけだ。私の隣には君が立てばいい。私は堂々と胸を張れるぞ」
「やめろって」
「何故!」
「オレは男だって言ってんだろう」
「そんなことわかっている。私は君以外の者を側に立たせるつもりはない」
どこまで入っても平行線だ。誰もできないと思われていた奇跡を実現した稀代の錬金術師が、こんな小さなことを実現不可能だと言い張るのは。
……単に私の将来を懸念しているだけだとわかってはいるが。
ロイは大げさにため息をついた。本当は心のどこかで判っていたのだ。お互いに好きだという思いがあるのに、エドワードが自分を拒む理由など。野望を持つロイの足を引っ張らないように、男の恋人がいるなどという醜聞でロイの未来を塞がないようにと、そんな発想からだと、判っている。自惚れではない。好かれているかそうでないかなど、そのくらいのことはわかるものだ。 けれど、ロイはそれでもエドワードから言って欲しかった。
どんなリスクを負ってでも、ロイの側にいることを諦めないと。けれど、その言葉はいくら待っても告げられることはなさそうで。
ならばとロイは覚悟を決めた。

ロイは何度目かのため息をつく。それからたった一つだけ、望んでいたことを諦めた。
「……オレはアンタが好きだけど、でも恋人にはならないよ。いや、なれない」
「…………だが、私が愛しているのは君だけだ」
「うん。……わかってる」
エドワードのほうから、側にいると言って欲しかった。離れないと、ただその一言だけが欲しかった。それから身体を繋げたかった。
けれど、ロイは諦めた。
エドワードのほうから告げられることだけを諦めた。
……本当なら、こんなふうにしたくはなかったのだがな。
けれど、このままこんな無駄な議論を尽くしても意味はない。いつまで経っても平行線だ。ならば身体に言い聞かせてやろう。離れられなくなるくらいその身体に楔を埋め込む。そうできる自信はあった。
「エドワード。抱いてもいいと君は承諾したな?」
エドワードの身体がビクリと震えた。けれど、こくりと頷いて。
「シャワーが先かな?それともこのまま寝室へ?」
言外にこれから起こす行動をエドワードに告げた。もう、待たない、これから君を抱くと。
「……浴びる、シャワー……」
エドワードはほんの少し迷ったあと、それでもロイの告げた意味はわかっているからと頬を染めながら答えた。
「わかった。ゆっくり温まっておいで」
ロイはエドワードの唇に接吻を落として。そして私は寝室で君を待っているからと、優しく告げた。

エドワードはパタンと閉められた浴室のそのドアの音の大きさに、ほんの少しだけ身をすくめた。
……うん、覚悟なんてとっくにしてたつもりだけど。やっぱり、どきどきする。
コックを捻ればすぐに熱い湯が出てきた。髪を濡らさないように注意して、エドワードはその湯を身体に当てた。
これから、ロイに、抱かれる。
それを思うと、自然に身が硬さを増してしまう。
思い出になるくらいでいい。ロイがオレを好きになってくれて。オレがロイを好きで。でも別れは絶対にやってくるから。それでも、短い期間でいいから一生分、愛してもらえればいい。どくんと大きく心臓の音が響いた。心臓が速さを増したようだった。今夜、ロイの熱をもらって。そうして、引き受けた仕事を完成させたら。そうしたら、ロイの側から離れればいい。それくらいの時間なら、側にいてもいいはずだ。
それでオレはいい。
ロイの本当の気持ちをもらえたから、好きだって言ってくれたから。それでいいんだ。一生なんて側に入れなくても、いつかロイが誰かと結婚しても。この気持ちは本物だから。ロイが向けてくれた気持ちも本当のことだから。ほんの少しの時間だけ。ロイの時間をオレに分けてくれればそれでいいから。
だって、知ってしまったのだ。将軍になったロイ・マスタングを。大佐であった時と何も変わっていないと思っていた。けれど。ロイから依頼された任務を引き受けて、初めて少将である男の執務室に足を踏み入れたときの衝撃をエドワードは忘れていなかった。
東方司令部では、そう、ロイをそれっぽっちもそういう目で見ていなかった頃。単なる上司と部下でしかなかった頃などはノックもなしにこの男の執務室に飛び込んで、無作法に「大佐っ、オレ急いでるからさっさとこの許可証にサインよこせっ!」などと挨拶代わりに告げていたものだというのに。執務室に飛び込むなんて、とてもではないが出来はしなかった。執務室の扉の前には護衛だろうか、見たこともない屈強な男が直立不動といった感じで構えていて、扉を通ろうとした途端に腕を掴まれ、遮られた。ホークアイ少佐が「彼は『鋼の錬金術師』よ。問題ありませんから」と言ってくれても「決まりですから」と一旦エドワードを扉の前で待たせ、ロイの許可を取ってから、執務室へと入室させた。それから注意深くロイの周辺を監察してみれば、いついかなる時にも監視がついている。いや、監視というか護衛なのだろう。エドワードのアパートをロイが一人で訪れたとしても、窓の下を確認すればそこには軍部の車が止まっていた。きっと車内には護衛の軍人が詰めているのだろう。ロイの家の周辺にも幾人もの軍人が配備されている。それを見るたびに、エドワードは思った。将軍なんだ、この男は。気軽にダブリスまでやってきたように見えても、きっとわからないように影から護衛がついていたのだろう。もしかしたら、裏路地でロイに抱きつかれたのも見られていたのかもしれない。
それに気がつけばエドワードの思考はさっと曇った。
気がついてしまった。
仮にも将軍だ、この男は。つまりはこの軍事国家の要人だ。
ロイは、ロイで。なんら東方の時と変わっていないが、明らかに周囲の状況には変化があるのだ。それに臆するわけではないのだけれど。でも、一国の主になるべきこの男の恋人が、オレみたいな男って。それって醜聞になるんじゃねえか?
ロイが好きだと言ってくれたのは本当に嬉しい。そうだ、嫌じゃない。嫌だったら錬金術でもなんでも駆使して逃れることが可能なはずなのに、オレは大人しく、抵抗もせずにキスまでされて。ロイの腕の中でおとなしく目を閉じて。
好き、なんじゃねえか、オレ。ロイを。
でも、だけど。
好きになった男は将軍で。この国の要人で。
いいのか?オレがロイを好きだなんて言ってしまったら、この男の足を引っ張ることになるんじゃねぇのか?
気づいてしまえばもう、恋人だ、両思いなんだと単純に喜べない。駄目だ、この気持ちは封印して、アイツの足枷にならないようにしねえと。だって、アイツはこの国の大総統になるって野望がある。その男の恋人が男なんて恥だろう、どう考えても。今までそんなこと考えもつかなかったオレは馬鹿だ。ちょっと考えればわかるのに。今まで思いもしなかったのは……。


続く
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。