小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

それを運命と呼ぶのか偶然と呼ぶのか。

その時、ロイ・マスタングは後部座席に凭れ掛かって目を瞑っていた。
寝ていたのでもなく、長距離の移動に疲れていたのではない。
運転手のフュリーも護衛のハボックも、そしてロイの隣に座っているホークアイやブレダもロイが心から信頼する部下であり、気を張る必要が無かったので、目を瞑り、考え事に没頭していた。

そう、考えていた。
数ヵ月後にはイーストエンドの国王として即位するはずの自分が、何故今この時期にわざわざアメストリスを訪れているのかということを。

もちろん、これはロイ自身が言いだしたことだ。
王になる前に、まだ多少なりとも自由のきく身の間に、自身が学生時代を過ごしたともいえる中央の大国、アメストリスに赴き、当時の友人に会っておきたいと、ロイが自分から国王に申し出た。
東の小国、イーストエンドの王族のそのほとんどは、文化や政治経済を学ぶためにこのアメストリスに留学をする。
身分を隠して学業に励む者もいれば、単に箔をつけるためだけに留学をしたという形式だけを整える者もいる。
ロイは、前者だった。
小国とはいえ次代の国王となることが決定されているロイにとって、その身分を明かして、周囲から傅かれるのは好む所ではなかった。単なる一般の学生に身を扮して、アメストリス中央大学に留学をし、そして、友人もできた。
その友人の名をマース・ヒューズという。
ロイの身分を知る前も知った後も、まったくと言っていいほど態度の変わらなかった唯一の男。
彼に会うために、ロイは留学を終えた後一度も赴くことのなかったこのアメストリスへやって来た。
車外の風景は懐かしいとは思う。
ヒュースの事を思い出せばやはり同様に、懐かしみを感じる。留学を終えてイーストエンドへと帰って来た後は直接会うことは叶わず、やりとりは手紙だけとなってしまったが、きっと彼は学生時代と変わらず自分を迎え入れてくれるだろうと思った。
会いたいという気持ちは確かにある。
だが、それ以上に何故と思う。
この時期に、何故ロイ自身がアメストリスへ行きたいなどと言いだしてしまったのか。
それを何故、国王が許可をしたのか。
分からない。
即位前のこの時期に、やらなければならないことは山のようにあるというのに。
何故?

ロイにも理由などわからない。
ただどうしても行かなくてはならないように感じてしまった。
それは郷愁ではなく、むしろ焦燥。
アメストリスに行きたい、ではなく、行かなくてはならない。
強迫観念のようなそれ。

何故、私はこの時期に、こんなにも焦りを感じるほどアメストリスに行かねばならんと感じているのだろうか?
それを自分に問うてみた時に、ふと浮かんだのがヒュースに会わなくては、ということだったのだ。
何故そんなことを思ったのか、考えても考えてもわからない。寧ろヒューズに会うという理由は後付けの理屈のようにさえ思えてしまう。
アメストリスに行くための理由が他に見当たらないから、無理矢理ヒューズに会いたいのだと言っているような、そんな気がしてならなかった。

それ以上に、国王がロイのアメストリス行きを快諾した理由が不明だった。
てっきり咎められると思っていたのだ。
即位前のこの時期に、昔の友人に会うために他国に行くなど次期国王たる自覚が足らんと叱責されることも覚悟した。
なのに、国王は快くロイを送り出す始末だった。
おかしい。
明らかに、おかしい。
謀略だの次期国王をロイから別のものへとすげ替える工作でも行うつもりかとさえ疑った。
だが、国王は笑って「それも運命かもしれないねえ。行っておいで」とだけロイに告げた。
考えてもわからない。
それであれば、それ以上の思索は停止するしかない。
ロイはとにかくさっさと行動を起こすことにしたのだ。

そして今。ロイはヒューズの家へと向かっている。
一応、外交官という職務の従事しているため、ヒューズの家はそれなりに警備も配備されているし王族を迎えるにふさわしくないということは無い。
だが、イーストエンド公国の時期国王が、中央の大国アメストリスの外交官を訪れるという体裁は全くと言っていいほど取られなかった。
「お?なーんだロイ久しぶりだなあ。あー、俺の家に来る?おお、そんじゃ俺のかみさんの手料理食ってくれよすげえ旨いぜ?それから娘なー、これが天使のように可愛いんだぜ俺のエリシアーv」
とまあ、一般庶民が普通に友人を招くような返事だったのだ。
相変わらずだと苦笑して、それでもそんなヒューズの態度をどこか嬉しく思ったのもまた確かで。

納得はいかない上に、腑に落ちないことばかりだが、まあ何とかなるかと、半ば気楽に、ロイは肩の力を抜いていたのだ。


「殿下?お休みですか?」
ホークアイの控えめな声に「ああ……」と答えてロイは目を開けた。
「いや、考え事をしていただけで眠ってはいない」
「間もなくセントラル中央駅です。ヒューズ邸まであと二駅分というところですが……」
「ああ、」
車外に視線を向ければ少々先にセントラル中央駅の煉瓦作りの建物が見えた。駅へ向かう人、駅からバスに乗り換える人、タクシー待ちの行列。相変わらずここは人が多いな……などと少々懐かしく思いながら、駅前を何気なしに見やる。
すると、その駅の改札口を目指して、疾走する金色の光がロイの瞳に飛び込んできた。
「……ハボックっ!」
半ば腰を浮かせるようにして、ロイは叫んだ。
「はっ!」
「あれを追えっ!」
あれと、ロイが指さしたその先に居たのは金色の長い髪をなびかせて失踪する女子高生。短いスカートからすらりと伸びた脚。その脚は軽やかに地を蹴り、まるでカモシカのようにロイの目の前を駆け抜けた。
「あれってあの美少女と美少年二人組っすか?」
「そうだ、彼女がどこに行くのかを追い掛けて報告しろっ!」
何故とは分からず、ただロイは叫んだ。
それまで助手席に座っていたハボックはシートベルトをはずすと、即座に二人の後を追い掛けた。
少年と少女を追いかける理由はなどと、ハボックはいちいち聞かない。必要があれば後からでもロイから説明があるだろうことは分かっているのだ。
理由を尋ねたのはハボックではなくホークアイだった。
「殿下、どうなされました?」
「ああ……、いや、」
追いかけねばならないような気がしたのだ。
「私にもわからんが、彼女を見た瞬間に血が騒いだ……ような気がした」
「ははは、殿下。一目惚れでもなさいましたか?」
からかうように告げたのはブレダだった。
「一目惚れ……?」
違う、とロイは思った。
そんな生易しいものではないと。
あの金色の髪の少女を、手に入れることができなければ命さえ失うような焦燥感。それを覚えたのだ。
「私は運命論者ではない。国王の言葉の意味もわからんが……」

――それがお前の運命だ。アメストリスへ赴きお前の運命を掴んでこい。

「多分あれが、私の運命とやらか……?」
半信半疑で、思い出す国王の声。
運命だから、焦燥をおぼえるほどにアメストリスへとやって来たかったのか?
常ならば馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまいそうな考えだった。
だが、焦燥をおぼえているのは紛れもない自分の心。
「いや、そんな馬鹿な話があるか……?」
焦りを覚えるほど、この国に来たかったのは、ヒューズに会うためでも昔を懐かしむためでもなくあの少女に出会うためなのか?
分からない。

そのまます数十分の時が過ぎる。
ロイを乗せた車は渋滞にも嵌らずに、順調にヒューズの邸宅へと向かって行く。分からないと、ロイが眉根を寄せながら考えていたとしてもその進行に影響は無く。

そして、ホークアイのケイタイ宛てに、ハボックからの連絡があった。
「さっきの少年少女ですけどね。向かった先はどこだと思います?すげえ偶然って言うんですかねぇ?」
ホークアイのケイタイから聞こえてくるハボックの声。その声が『偶然』と言う単語を発したその瞬間にロイはごくりと唾を飲み込んだ。
「なんとヒューズ邸ですよ。実に元気な声で『ただいま』って走って行きましたが」
アメストリスに行かなくてはならない。ヒューズに会わなくてはならない。
違う、その焦燥はすべてあの少女と出会うため。
偶然?運命?
何でもいい。かまわない。
出会えばきっと何かが変わる。
運命など信じてはいない自分の心が、そう告げる。
ロイは知らず知らずのうちに口角を上げ笑っていた。
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