小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
カツンカツンと静かな空間に鳴り響いていたロイの規則的な靴の音が止まった。
「ほら、エドワード、アルフォンス。上ばかり見上げていないでこちらにおいで」
天井まである書架、そこの並べられている本。
ここはイーストエンドの王立図書館である。王立、と言っても広く国民に一般開放されているので王族だけのものではない。普通の図書館のように貸し出しも可能であるし、また、学習用のスペースなどもふんだんにある。今も、ソファに座って何やら本を読みふけっている人たちがたくさんいる。年齢も幼児から老人までさまざまである。その中を、ロイはエドワードとアルフォンスを案内しつつ歩いていたのだが、二人はきょろきょろと視線を動かし、本棚にへばりつき、今すぐにでも片っ端からこれらの本を読みたいとうずうずしているようである。実際エドワードなどは既に両腕に何冊もの本を抱えていた。
「後でちゃんと案内させるから。先ずは君達がここで研究に専念できるように用意した迎賓室でお茶でも飲まないかね?」
ロイの言葉など、エドワードもアルフォンスも聞いてはいなかった。
ロイは仕方なさそうに肩をすくめ、突き従っていたホークアイに「先にお茶の準備をするように」と目配せをした。それに一つ頷いて、ホークアイは先に迎賓室へと向かう。更にロイはハボックに視線を流す。ハボックは「了解しました。いざとなったら二人抱えて迎賓室に放り込みます」と軽く敬礼で答える。
蔵書に夢中になっている二人をしり目に、ロイは視線だけで部下たちに指示を下した。
が、そんな気配など気が付きもしない二人であった。
「うわあ、ここの本って何冊くらいあるんだろう……」
アルフォンスが誰に問いかけるでもなくうっとりとした瞳で図書館内を見渡した。
「一生かかっても読み切れねえくらいありそうだよな。うわーすげ。オレ、イーストエンドに来てよかったーってマジで思った……」
エドワードもキラキラした目で視線を忙しく動かし、一冊、また一冊と本を引き出して、それをぱらぱら捲っては、手に抱え直す始末だ。
「総計で申し上げれば蔵書数は3750万点です。内訳は図書で970万冊、雑誌で967万点、新聞460点、地図が54万点、録音資料が66万点、マイクロ資料が884万点、各種剥離そん文が54万人分、文書の類で32万点です。先月時点の概数ですが」
淡々と説明したのはロイの部下であるファルマンであった。
「うわ、そんなにあるんかっ!」
「ええ、お二人で片端から調べるのは大変でしょうから、どういうものを読みたいのか、私に仰って下されば検索してまいります。お気軽にお尋ねください」
そう言ってファルマンは軽く頭を下げた。
説明を補足するようにロイが後を継いで語る。
「ここにいる間はファルマンを君たち付きの下官として置いておくからわからないことがあればなんでも聞きたまえ。ちなみにファルマンは記憶力が良くてな。ここの図書館員よりもはるかによくどこにどんな本があり、どんなことが書かれているか知っているよ。検索機より優秀だと冗談半分に言われているくらいだからね」
「へー……、すげえのな……」
「ファルマンが居れば調べ物など軽いはずだ」
「おお……」
感動のため息しか出ないエドワードの横で、アルフォンスが律儀に頭を下げた。
「よ、よろしくおねがいいたします」
二人の様子ににっこり笑って、ロイは先を促した。
「とりあえず、書籍の検索は後回しにして行くぞ。ここに居ると差しさわりが出る」
気がつけば、図書館員達はロイに対して直立不動の体勢を取っているし、それを見た一般の図書館利用者達が何事かと訝しげな顔になる。中にはロイの顔を知っている者達も居て「もしかしたらマスタング殿下じゃないかしら?」と小声で言い合っている。
また、ロイも、自分の身分に気が付いたものには完璧なる王室的な笑顔で手まで振るものだから小さく「きゃあ」という声が上がる。ここが図書館だということを皆が分かっているからまだそれなりの静寂さがなんとか保たれているが、このままロイがここにい続けでもしたらすぐにでも大騒ぎになるかもしれない。自分達を取り囲み、自分達を見つめてくる人々の視線にようやく気が付き、エドワードとアルフォンスはようやくロイについて歩きだした。


重厚なオーク材のドアには金色の文字で迎賓室と浮き彫りがされていた。ロイがそのドアの前に立つと係の者が左右からその扉を開く。
「ありがとう」とロイは告げて、迎賓室のソファのほうへと進んだ。テーブルの上には既にケーキだの紅茶だのが用意されていた。ソファの横にはホークアイが直立不動で立っている。
「ほら、エド、アル。疲れただろうからこちらにおいで」
「べっつに疲れてねーよ」
「君はそうかもしれないが、アルフォンスはどうかね?朝から移動に挨拶にと忙しかっただろう?その上ゆっくりと昼食も取れなかったからな」
「え、えっと僕は大丈夫です。……女王陛下にはちょっと驚きましたけどね」
今朝アメストリスを出発し、イーストエンドに到着したのが昼過ぎである。エドワード達は到着して先ず最初に王宮に行き、国王に謁見したのだ。
恰幅の良い腹を揺らして「ようこそ」と笑った国王は年配の女性だった。
「ロイ坊、お前、二人も嫁候補を連れてきたのかい?」
などとふざけ半分に笑う国王に、「嫁じゃねえっ!」と怒鳴りかけたエドワードをアルフォンスは必死になって抑えたのだ。
国王に失礼な振る舞いがあったら不敬罪……と、アルフォンスはエドワードの耳元で繰り返した。
「私はともかく初対面の者達をからかわないでください陛下。まだ嫁ではないですよ。『運命の相手』はこちらのエドワード。もう一人のアルフォンスはエドワードの弟です。アルフォンスの運命の相手は私の周りにいる誰かだと占いが出たので同行させました」
ロイは陛下に淡々と答える。
女王は「ほう、ロイ坊の周りの誰かがその子の『運命の相手』かい。……なら、このアタシがアルフォンスとやらの『運命の相手』かもしれないねぇ」
豪快に笑う女王に、ロイは明後日の方向を向いて、その冗談を受け流したのであった。
「陛下は……、まあ、あれでも結構お茶目なところがおありだが……、怒らすと恐ろしいからな。あまり逆らうなよ?」
茶目っ気たっぷりにロイは「女王陛下には驚いた」と言ったアルフォンスにウインクまでした。
女王にからかわれるだけからかわれた後、すぐにこの王立図書館までやってこれたのかと言えば実はそうではなかった。
辿りついたのはもうすぐ夕刻だという時刻である。空を見上げれば、まだ青さは残っているが、もう半刻もすればきっとその青の空は鮮やかなオレンジ色に染まるだろう。
と言ってものんびりしていたから王立図書館にたどり着くのが遅くなったのではない。ただ、元々ロイは「調べるのは明日からでも構わないだろう?とりあえず今日の夜は女王陛下と共に晩餐があるから、身を清めて正装をしてもらわないと……」とのんびりするつもりではいたのだが。
しかし自分達の命がかかっている以上一秒たりとも時間を無駄にしてはならない、とエドワードは強く主張した。
「晩さん会とやらは出ないといけねえんだろうけど、それまで時間くらいあるだろっ!さっさと案内しろよ」と。
意気込みに圧されたわけではないが、ロイは小さく肩をすくめただけで拒否はしなかった。
「構わんが、警備の関係上すぐには無理だ。小一時間程待て。ああ、時間がかかるからその間に君たちの採寸を済ませてしまおうか?」
「さいすん?」
「そう。ここに滞在する間の服をだね、いくつか作らせるから」
「自分の服くらい持ってきてるし」
そんなのする必要はないからさっさ図書館まで案内しろという不満がありありと顔に浮かんでいた。警備などエドワードにとってはどうでもいいというかむしろ不要のものだ。
「だが、正装などはないだろう?それにだね、君たちはこの私の客人だ。つまりはこのイーストエンドの国家挙げての賓客になるのだよ。着るものも食べるものもそれなりのものを用意するし、下官も君達専属のものをつけさせる。警備は必ずつけさえる。だから勝手に動くなよ?」
「げー、メンドクセっ!」
冗談じゃないと文句を言いかけたエドワードだったが、王族の城に外国人である自分たちが邪魔をするのだからある程度は仕方がないと最終的には妥協はした。
「それにしてもどこに行くにも警備警備って……すげえうっと―しくないんかよアンタ」
ちらとエドワードはロイを見た。
「まあ、そうだねえ……。多少の慣れもあるが、やはり、私が次期国王になると指名された後は警備も倍以上になったからな。それはさすがにねえ……」
言葉を濁したロイに、何か気が付いたようにエドワードが少しだけ眉根を顰めた。
「指名される前は警備の人とか少なかったんか?」
「ああ……。王宮内の移動くらいは比較的自由だったな……。元々私が次期国王などというものになるはずはなかったのだから」
「へ?」
「先ほど会っただろう?女王陛下は私の伯母だ。本来なら伯母の息子……、つまりは私の従兄殿だが、彼が国王になるはずだった」
「だった。……って何で過去形?」
「……まあ、いずれ、機会があれば話してあげよう」
言葉を濁したロイだった。
そんな挙句にようやくたどり着いた貴賓室。
ロイはソファにどっかりと座りこんだ。
「まあ、飲んで食べたまえ」
しかし、エドワードもアルフォンスも運ばれたお茶にもケーキにも目を向けはしなかった。エドワードが両手に抱えていた書籍をそのケーキの皿の横に積み上げると、二人して一心不乱にページを捲りだしたのだ。
二人のそんな様子に、ロイはふっと笑みを浮かべて、自分の分の紅茶を優雅に口へ運んだのであった。


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