小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
「あー……、えっと、その……」
鼓動が速い。
頬が熱い。
すぐにでも何か反論しなければ自分がおかしくなってしまいそうだとエドワードは思った。
……う、美しいとかそんな言葉、言われたから、だから動揺しているだけだオレは。
落ち着けと、息を吸って吐く。
けれど、心臓はまだ早かった。
「その……アンタってもしかして……」
何か言わなければ、と。それだけがエドワードの脳内をぐるぐると回る。
「うん?私が何かね?」
「ほ、ホモの人とか、なのか……?」
動揺のまま適当なことを口走ったエドワードに、ロイは大笑いをし、アルフォンスは呆れ果てた目でエドワードを見る。
「にーさん?何馬鹿なこと言ってんの?」
「あ、いやそのだって……」
ごにょごにょと口の中でこねくり回す音声は、きちんとした言葉にはならなかった。エドワードは「ううう……」と唸り、下を向く。
「だってじゃないよもう。……すみません殿下、ウチの兄さんが変なこと言い出して」
ロイは肩を揺らしながらも「い、いや、構わんよ」と告げた。
その声が笑いで揺れるのは少々勘弁してほしいなと思いながらどうしても笑ってしまう。
ロイの性志向が同性愛嗜好なのかどうか本気でエドワードが疑った末にこんなことを聞いてきたのではないとロイには分かっていたのだ。動揺した挙句、思わず口走ったのが「ホモの人なのか」という言葉だっただけだと。
「そうだねえ……特に男が好きだというわけではないよ。私のこれまでの恋愛変遷を鑑みれば……女性としか付き合いは無かったから。同性愛嗜好は無いというか無かったというか、まあ女性のほうが好きだと言えるのだろうね。けれど君に関しては過去の私の経験などどうでもいいんだよ。美しいなと思った。思ったというよりも私のこの目が君を捉えて離さなかった。先にも言ったが男だろうと女だろうと関係ないよ。私は君に見惚れた。一目で心が魅かれたんだ。だから、即座にプロポーズをした。それだけだ」
エドワードの気持ちに付け入るチャンスかな、と思いつつ、出来るだけあっさりとした口調でロイは答えた。情熱的に攻めるよりも寧ろ淡々と当然のことだと言わんばかりに告げるほうがエドワードには効果があるらしい。その証拠に、エドワードの赤い頬はますますその赤さを増し、今にも沸騰しそうなほどだった。
「ま、それはともかく。君達は私の国に来てから書物に埋もれているだけだろう?今日は少しで出かけてみないかと誘いに来たのだよ」
「出かける……、ですか?書物以外に何か運命を覆す方法とかわかる場所とかがあるってことですか?」
「いや、違う。まあ、いうなれば気分転換だよ。今日の夕刻から定例の市が立つんだ。屋台の食べ物に大道芸的な催しもあってだね。私も以前からお忍びで出かけたりもしているのだが、どうかなと思って」
ロイの提案に、エドワードが顔を上げる。
「オレらの命がかかってるっつー時にそんなことしてる暇なんかねえだろ」
先ほどまでの動揺や顔の赤さはもうそこには無かった。
「君たちの命がかかっている。それは重々承知の上だ」
「ならなんで遊びに行くみてーなこと言い出すんだよ」
「気分転換だと言っただろう?書物に没頭するのは構わない。君たちは基本的に学問が好きなようだしね。いくらでも本くらい読めばいい……と言いたいところなのだが……」
「なのだが?なんだよ?」
「二人とも顔色が悪い」
ロイは少々眉根を寄せながら重々しく告げる。
「きちんと寝て食べているのかね?」
視線を逸らすエドワードと「ええっと……」と口を濁すアルフォンス。
「命がかかっている。だから必死になって運命を覆す方法を探す。それはいい。だが、そのために根を詰め過ぎてはきっと本末転倒になる。もう二三日、今の状態のままでいてみろ。君たち二人まとめて倒れて、そしてそのまま期限オーバーだ」
「……嫌なこと言うんじゃねえよアンタ」
恨みがましい目つきでエドワードがロイを睨むが、そこにそれほどの力がないのはきっとエドワードもわかっているのだ。
このままでは駄目だということに。
確かに莫大な図書と向き合うのは楽しかった。調べ始めてすぐは嬉々として読みふけった。けれど、考えてしまうのだ。
調べ続けるだけで運命に対抗する方法などわかるのだろうか、と。
確かに、魔女に対しての書物はあった。しかも山のように。
アメストリスの最悪の魔女は力の強大さを誇り、その力でアメストリスだけでなく世界の全てを自分の支配下に置こうとの野望を持ったとされていた。
少なくともそう言われていた。けれど、それに至った原因は支配欲ではない。
実に当たり前で些細な出来事。
人間の営みの中で幾度も繰り返され、よく聞く話でしかないそれ。
魔女は将来を誓い合った恋人に捨てられた。恋人はあっさりと別の女性を選んだ。そして魔女は恋人を恨んだ。
世の中にごろごろと転がっている話だ。
だが違ったのは魔女には他に類することが出来ないほどの魔力を持っていたということ。
己の力を全て使って、魔女は恨みの力を国中に放った。
その呪いの全てを解くなどと言うことは不可能だ。当時の魔道士や魔女たちが持てる力を結集して、ようやくその呪いの力をリゼンブールという狭い範囲に封じ込めただけでやっとだったのだ。そして、当時のアメストリス政府は魔女の災厄自体を隠すように、国策を魔道に頼ったものから機械文明へとゆるやかに移行した。通信機器は魔道によるものではなくて携帯電話等誰でも使いこなせるものへ。魔法で空を飛ぶのではなく国内の移動は車や電車といったものへ。そうして最悪の魔女のような強大な魔力を持つ者を排出しないようにとした。ただし、完全に魔道に関する知識をなくしてしまうのもまた問題だった。少なくともリゼンブールには残った呪いを完全に封じ込めるもしくは消滅するための知識は保存しておかなければならないのだ。エドワードのように時折出てくる魔女の呪いがかかる者たちのために。そしてまた、いつかの未来にもっと恐ろしい魔女の呪いが噴出するかもしれないという危惧もあった。寧ろ後者に対する懸念のほうが強かった。
いつ、どこで、誰に対して。何が送るかわからない、呪い。
そのため野最小限の備え。そして、最悪の魔女の呪いをリゼンブールだけに留めるための守り。
だから現在は魔力のある者はリゼンブールにしか住むことが出来ない。魔女の知識なり力なりを使いたいモノは政府の許可を取りリゼンブールへと赴かなくてはならない。逆にリゼンブールの魔女たちもリゼンブールの外へ出ることができない。
そんな記述なら、山のようにあった。
けれど、エドワードが知りたいことなど書物には無い。
未だ読んでいないどこかの書物に、記載があるのかもしれない。それにまだたどり着いていないだけかもしれない。
何せ、この膨大な書庫の本などわずか数日で読み切れるものではないのだから。
「書物で知ることのできる知識は確かに膨大だ。だが、本だけ読んでいればいいということではないだろう?」
「だからって遊びに出る余裕なんかねえっての……っ!」
「言っだろう気分転換だと。私には……そうだね、君たちがこの書物に埋もれて思考の硬直状態を引き起こしているようにしか思えてならないよ。運命を乗り越えるんだろう?ならば視界はクリアにしておきたまえ。凝り固まった思考ではいくら本など読んでも頭には浸み込んではいかないよ。もっと柔軟に」
「だから、アンタと市場でも行けって?」
「時間がもったいないなどと言わずに少し周りの風景も眺めてみたまえ。きっと新たな発見がある」
「発見……」
「少なくとも視点を変えてものごとを考えることができるようにはなるだろう?」
どうかな?一緒に出かけてはみないかね?と続けたロイを、エドワードはほんの少しの間探るように見つめて、それから、ふいとアルフォンスのほうへ顔を向けた。アルフォンスはロイに同意するように柔らかな笑顔で頷いた。
「確かにボクたち、ここに来てから本ばっかり読んでて身体も心も硬直していたかのように想われます。殿下の言われる通り気分転換が必要なのでしょうね」
アルフォンスの言葉にエドワードも「そ……そうだな」と頷いて、
「よっし、じゃあちっとだけアンタに付き合うとするか」
と出かけることに同意をした。



イーストエンドの中央駅を起点とした駅前の広場から王宮への大通りはこれでもかというほどの人にあふれていた。
見たことも無い果物や新鮮な野菜の数々、香辛料や肉の焼ける香り。美しい織物や異国情緒あふれる衣装、何を表しているのかわからないがとにかく技巧をこらした置物のようなもの……。それらが並べられている露店を人と人の隙間から眺めてはエドワードは「うわあ……」と呟いた。物語や書物の中の記述では市場の人ごみというものを理解はしていた。しかしリゼンブールではこんなに人は大勢はいない。ごったがえすという言葉は知っていても、それの対する実感は無い。ほんの少しの間だけ通った普通の学校は、周囲を気にすると言うよりも運命の相手が誰だとかなんで女装なんかしなくてはいけないのかとぶつぶつ文句を吐いていただけだった。だから、世話になっていたヒューズの家と学校を何往復かするだけでほぼ終わってしまったのだ。
……もったいないことしたかな。アメストリスのほうももっとちゃんと、見ておけばよかったかも。
少しだけ後悔して、けれど、そんなことを悔やむくらいなら今ここで、このイーストエンドのこの市場を堪能するべきだとエドワードは思考を切り替えた。
――少し周りの風景も眺めてみたまえ。きっと新たな発見がある。
言われたロイの言葉が不意によみがえった。
そうなのだ、言われたように硬直したままの思考では何も見てないし何も分からないのと同じだ。
書物に書いていない、だからわからない。
それでは意味がない。
どこかに書かれている正解を探すためだけにこんなところまで来たのではない。
運命を乗り越えるその方法を求めてきたのだ。
本を読んで、それに答えが書いてあるわけはない。
あくまで書物は手がかりで、思考を助けるためのものだ。
それを元に自分で考え、自分の足で進んでいく。
ならばもっと、知るべきなのだ。
世界を、自分を。
そして魔女を。
身体が滅んでも呪いを残すようなそんな強大な力。何が魔女を追い詰めたのか。
魔女と無関係はずののエドワードやアルフォンスに呪いなどが振りかかるのか。
知る、だけではなく。
乗り越えるために。
考える。
エドワードは窺うようにロイを見上げた。
と、同時に突然左脇の屋台から声が上がる。
「あらあっ!ロイ殿下!いらっしゃいませっ!」
恰幅のいい大柄な女性が黄色い声を上げた。
「おや、こんにちは。商売の様子はどうだね?」
ロイも気さくに返事をする。
「今日は結構暑いですからね、ウチみたいな店はそこそこ儲かりますよ。さ、殿下もお一つどうぞ」
どうやらこの店は新鮮な果物をジュースにして売る店らしい。しぼりたての果汁のいい香りが辺りに漂った。
ロイは笑顔で女性の差し出したコップを手にしてそれを飲み干した。
「ありがとう、とてもおいしいよ」
満面の笑みをロイが返せば、女性は頬を真っ赤にしてそれでも大きく笑った。
「そちらのお連れ様は?初めて見る顔ですねえ」
「ああ、私の客人だ。どれ、エドワード、アルフォンス。何か飲んでみたいものはあるかな?ここの店は私のお勧めだよ?」
綺麗にウインクをして、ロイはエドワードとアルフォンスの背中を店に方へと押し出した。
「あ、ええと……」
「えっとじゃあボクは……この、薄い黄色い色したやつを……」
「ああ、桜桃ね。これは美味いよ、ちょっと待ってね」
アルフォンスが指さした手のひら大の丸い果物の皮を露店の女性は器用に剝いて、それをいくつかの大きさにカットすると、容器に入れる。そこに氷をいくつか足し入れて、それをぐっと絞った。
絞り出された果汁を今度はコップに入れ替えて、「はいよ、坊っちゃん」と笑顔で差し出してきた。
アルフォンスが恐る恐るそれを口にすると、まろやかな甘みが口の中に広がった。
「うわぁ、すっごく甘い!」
目を輝かせたアルフォンスに、エドワードも「アル、オレにも一口……」と言えば、アルフォンスはエドワードにも飲んでみてよ、と無言で差し出した。
「うわっ!すっげー美味いっ!」
「だよねっ!ねっとりとした甘さが口の中に広がって、ボク、こんなの初めて飲んだよっ!」
「だよなっ!あの、さっ!これオレも一杯もらっていい……?」
アルフォンスとエドワードの反応に店の女性も、それからロイも上機嫌になった。
「気にいってくれたかい?もう一杯作ろうかね。それから、ウチの一番人気のヤツも飲んでみてごらん」
手早く作られたジュースを受け取ると、息を突く暇も無く、エドワードもアルフォンスもそれを飲み干した。
「う、うまいいいいいいいいい!」
「本当においしいですっ!」
キラキラと輝く金色の瞳で美味しい美味しいと連呼する二人を囲むように、いつの間にか周りに人だかりが出来ていた。
もちろんロイの身分が分かっているようで、人だかりと言ってもそれなりに距離は空けてある。周囲にはロイ達を護衛するようにホークアイ達も付き従っていたので、押されたりするようなことは無かったのだが。
エドワードはそれに気がつかないで、店の果物を物色中だった。
「ええと次……次は、」
「この店のジュースは美味いが、飲みすぎるとトイレが近くなるからほどほどにしなさい」
「えーでも、すげ美味いっつか、こんなにおいしいジュースとか俺のんだことねえんだもん。せめてあともう一種類くらい……」
「ボ、ボクも……」
遠慮がちに、アルフォンスまでがそう言うのでロイも「仕方がないな」と笑いながら「私のお勧めは先ほどアルフォンスが選んだ桜桃とこちらをブレンドしたものかな?甘さの中に酸味があってとても美味しい」
「へー……、じゃあオレそれ」
ロイのお勧めを飲んでエドワードは更に大きな声を上げた。
「これもすっげ美味いっ!さっきのも美味かったけどオレもこれのがお勧めかもっ!今までの人生の中で一番美味いジュースだこれっ!」
大げさに褒めるエドワードに周囲がどっと沸いた。
その皆に向かって屋台の女性が声をかける。
「殿下のお客人もこれだけおいしいってほめちぎってくれるウチのフレッシュジュースだよっ!さあさ、皆も喉を潤しておくれっ!」
そして屋台にはあっという間に行列ができた。
「殿下の御客人ご推薦とあらば飲んでみなくちゃいけねえなあ」
と、皆、口々に言いながら。
エドワードとアルフォンスは図らずも店の売り上げに大貢献してしまったようだった。
忙しく手を動かし、客をさばきながら、露店の女性は「殿下ー、またそちらのお客人達連れてうちの店きてくださいよー」と笑う。
ロイも「ああ、また来るとも」と気さくに答えながらこの店を後にした。


スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。