小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
どこに行ってもロイは気さくに声をかけられた。
「殿下-、これどうぞー、焼き立てほくほくで食べごろですよ、美味しいでしょう?」
「今朝とりたての新鮮な果物ですよ殿下。お連れサンにも差し上げてください」
などなど。
そしてそれらに対してロイは笑顔で応える。適当に相槌をしているわけではない。
「ああ、これは美味しいね。この間いただいたものよりももっと味が良くなっているようだね。タレに何か……工夫をしたのかい?」
だの。
「ああ、エドワード、アルフォンス。このおやじさんの作ってる果物はね、イーストで一番おいしいんじゃないかと私は思っている。手間暇かけて無農薬で育てているから、さっと拭くだけで丸かじりで食べることができるんだ」
だの、実に詳しいのだ。
「アンタ……やけに詳しいっつか……」
エドワードは半ば呆れ、半ば感心してロイを見上げた。
「うん?」
「ふつーさあ、殿下とか次期国王とかって……王宮とかでふん反り返ってるんじゃねーの?なんでこんな市場のおばちゃんだのおっちゃんだのおねーちゃんだのと仲いいんだよ……」
「おや、焼きもちかい」
からかうようなロイの声に、じろりと睨みをきかせてみる。
「ちげーよ。フツーに疑問なだけ。誰が何を作ってどんなふうに店出してるとかさ、すげえ詳しく知ってるのって調査とかしてんの?」
「イーストエンドの国内総生産は13兆5348億6000万センズ。この王都下を中心とし産業や商業が発展してはいるがそれでも他国の国内総生産と比較してみれば、アメストリスの4分の1程度。国民一人当たりの総生産は世界の平均を下回っており、30万センズ程度。貧しくはないが豊かでも無い。地域格差も比較的大きい。基幹産業は鉱業と言いたいところだがまだまだアメストリスの水準には達しない。発展途上と言ってもよい程度。地下資源は産出量は非常に少ないが種類は豊富……などのデータだけでこのイーストエンドを知っているとは言えないだろう?誰がどんなふうに生きて暮らしているのか。書物や書類だけではわかりはしない。誰かに調べさせた調査結果だけでは不足だ。もちろん、国の全てを見聞きすることは不可能だし、、私自身がこうやって市場へ出向いたところで全てを知ることは出来ない。だが、その一端程度は見えてくるのではないかと思う。必要なのは客観的なデータ。それに実際の体験。そこからの推測。どれが欠けても知るということには足りない。だが、知るために出来ることはいくらでもある」
滔々と語るロイに対してエドワードは首をかしげながら「ふーん……」と答えたのみだった。
困ったような口ぶりで口をはさんだのは護衛として付いてきているハボックだった。
「本当なら殿下にこんな市場へなんて来てもらっちゃあ警備が大変なんすけどねー。次期国王なら次期国王らしく王宮でオレら部下の報告でも聞いてふんぞり返ってしかるべきなんじゃないかとかは思いますが?御大自らしゃしゃり出てこないで、現場仕事はオレら下っ端に任せりゃいーって言っちゃいますよー」
批判、とも受け取れる内容だったがハボックが浮かべているのは笑みであり、しかも語り口調は非常に軽い。
「偉そうにふんぞり返って命令をするだけのボンクラにお前たちがついてくるか?」
「いいえー」
「だろう?」
「まあ、この地域の住人はみんなアンタに好意的っすからね。危険はないとは思いますけど、万一の時にはオレら部下を盾にしてちゃんと逃げてくださいよ」
「もちろんだとも、とでも言うと思うか?」
「いいえー。アンタの事だから参戦しちまうでしょ?そんでもってオレらともども皆で無事に王宮に帰ってそんでもって……」
「まあホークアイには小言の一つでも貰うかな?」
ちらりと後ろを見れば、実にひんやりとした目でホークアイがロイ達を見ていた。
「……わかっているのでしたら自重していただけると助かるのですが?」
「まあ無理だとあきらめ給えよ」
軽口をたたき合うロイ達をエドワードはじっと見つめた続けた。
どうも、おかしい。
いや、おかしいというのもおかしいのかもしれないが、市井の民に好意的に受け入れられている次期国王が、なにやらこの市場でのロイの姿が非常に真面目な好青年に見えてしまうのだ。
ごしごしと、目を擦ってみようかとも思う。擦ったところで意味がないかと思って止めたのだが。
ハボック達部下も軽口をたたきながらもロイのことを信頼していることが言葉の端々からわかる。ロイやエドワード達一行を見つめる市民の皆さまの目線も温かい。
どうも、おかしい。
エドワードは思った。
初対面でいきなりプロポーズをかますような、失礼な変人という第一印象と今のロイの様子が合致しない。
ロイに対する認識を改めなければならないのだろうか、と思いながらもとりあえず手にしていた焼き鳥の肉をほおばってみる。
美味い。
これも、ロイのお勧めのものだった。
……お貴族様っつうか次期国王っつうエライ身分だっつーのになんでこんな屋台の何が美味いとかまで知り尽くしてんだろーなあ。部下の人とかが思ってる通り王宮の奥でふんぞり返ってるっつーのが普通なんじゃねえの?
わからず探るように目を細めてロイを見れば、茶目っ気たっぷりに「まあ、大目に見たまえよ。国民が何を求めているのか知るのも王族の務めだ」などとウインクまでかましているのだ。
「務め……だから、色んなこと知ってんのかアンタは」
ぼそりと呟いたエドワードの言葉にロイは「それもある」と答えた。
「それも?」
「国政を司るものが国のことを知らんというのは本末転倒だろう。けれど務めに縛られているわけではない。私は私の国を愛している。この国がより良いものになるためにどうすればいいか。その答えの一つがここにあるだろう?」
「ここ……に?」
「そう。例えばこの市場。活気がある。私への視線に尖ったものが無く概ね好意的だ。ここの民は私を……王族のものを、その頂点に立っている現女王を信頼してくれ、国政にも不満はないのだろう。この場に立つとそれを肌で感じられる。……私にとってこの場を知ることは必要なことであり……、私が心からそうしたいと願っているだけのことだ。わかりやすく言えば……そう、だな。好きな人のことはもっと知りたくなるし、好きだからこそもっと幸せになって欲しいと思う。当たり前の心情だ。国政も恋愛もそれは等しく同じだ。愛する人が幸せであるように。そのために私は必要なことをしているだけにすぎんよ」
「へえ……」
「もちろん知識も必要だ。国を動かすための外交政策、国内情勢に他国の情勢、帝王学、儀礼……それらのものを身につけるために学ぶことも必要だ。けれどね、本にかじりついているだけでそれらがすべてわかるはずなどない。直接見て触れて知って……体験して感じること。これが大事なのではないのだろうかと私は思うのだよ」
ロイの言葉にはっとなってエドワードは顔を上げた。
この市場へと誘われたときに「時間がもったいないなどと言わずに少し周りの風景も眺めてみたまえ。きっと新たな発見がある」と言われたそのことが思い浮かんだのだ。
「……もしかして、それ、オレ達に伝えるために、わざわざこんなところに連れだした……とかなのか?」
ロイはにっこりと笑った。
教師が生徒によくできましたと褒める時のような顔だった。
「魔女の呪いを解くための方法。それを探るには書物も有効な手段だろう。だが、本ばかり読んでいたところで魔女の気持ちはわからんだろう?」
「魔女の……気持ち?」
「そう。書物からわかるのは魔女がどんな存在でどんな呪いを吐いたのか、どれだけの災厄を与えたのか。事実的な記述だけだ。それを知ることは確かに必要だが……。それだけでは足りない」
ロイは一呼吸置いて話を続けた。
「恋人に裏切られ、その恋人はあっさり別の女を選んだ。それを嘆き悲しみ魔女は呪いを吐いた。……どこにでもある珍しくもない話だろう。規模の大小の差はあれど、失恋してその相手を恨んで刃傷沙汰……などという話など魔女に限ったことでなく、現実にも物語でもよくある話だ。けれど、魔女が最悪の魔女と呼ばれ一種の禁忌となるほどの存在になったのは何故なのだろう。それだけ傷ついたというのか……ほかに何があったのか……。調べてわかるかもしれないし、またわからないままかもしれん。ただ……私は思うんだよ。魔女は可哀想な女であったと。単に恋人に裏切られただけだったら。強大な魔力など持ち得なかったら。最悪の魔女などと言われることなく、新たな別の相手を見つけ、平凡で幸せな一生を送れたのかもしれないとね」
「でも……さ。結果として呪いは振り撒かれて、挙句の果てにオレとアルフォンスの命が危ねえんだぜ?」
魔女なんて知らないのにとんだとばっちりだとエドワードは思った。
「そう。それが問題だ」
「魔女は……確かに可哀想かもしれねえけど。そんなことでオレ達の命を簡単に差し出すわけにはいかねえから……」
「もちろん。君たちに死なれるわけにはいかない。私と共に幸せな人生を送ってもらいたいのだからね」
「……ちょっと待て、余計な言葉を付け加えるんじゃねえよ」
じろりと睨みつけてもロイは笑顔のままだった。ただ、穏やかにエドワードを見つめている。
「魔女が、世界を呪うくらいの強い気持ちを君は理解できるかい?」
「……え?」
「好いた相手に好かれる幸福を知っているかい?」
「何……を、言ってんのアンタ」
「恋愛は人の感情の中で最もと言っていいほど強いものだ。愛する者のために死力を尽くせることもある。想い合う恋人達、結婚式真っ最中のカップル……世界は自分のためにあるというほどの幸福を感じられるだろう。逆に想いが通じなかった時の絶望感も恐ろしく強いものだ。……君は、そのくらい誰かに執着したことはあるかい?」
「オ、オレ……は、」
そんなもの知らないと、答えられなかった。ロイに気押されて、思わずどもってしまったエドワードだった。
「アルフォンス。君はどうだね?恋人に裏切られて世界を呪った魔女の気持ちがわかるかい?」
それまでロイとエドワードの言葉に口を挟まずにいたアルフォンスは、いきなり自分に話をふられて反射的にロイを見た。
深い、漆黒の瞳がそこにあった。
単なる世間話ではなく、何か、深い意味がその瞳の奥にはあるようだった。
アルフォンスはゆっくりと頭を横に振った。
「……ボクは……、それほどまでに誰かを強く思ったことなどありません。多分、兄さんもそうでしょう」
「恋愛出なくても構わんよ。裏切られて悲しさのあまり世界を呪うようなことはなかったかい?」
「例えば兄さんや……友人と喧嘩をしたとかで、悔しくて悲しい感情を相手にぶつけることはありました。けれど、世界を呪うほど強い気持ちは……ボクにはわからない」
「エドワードはどうかい?」
「……わかんね」
ぼそり、とそれだけを呟いた。
分からないのだ。魔女の気持ちなど。
魔女と直接的には無関係な自分達に呪いを振りかけるほどの黒い気持ちなどは。
「……同情するのではなく、彼女の気持ちを考えることも必要なのではないかと私は思うのだがね。魔女とて所詮人間だ。ただ、強大な魔力を持っていただけの女にすぎんと私は思う」
「アンタには……魔女の気持ちとかがわかんのかよ」
エドワードが尋ねた。
ロイはあっさりと首を横に振った。
「そんなものはわからんよ」
「おい……」
「わからんが推察することはできる。けれど、私の意見が正しい答えとは思わないで欲しいのだがね」
「何だよそれ、いーかげんじゃねえの?」
じろりと、ロイを睨みつければ、ロイは肩をすくめた。そして続けて口を開く。
「例えば、私の想いが君に通じれば私はこれ以上も無く幸せだ。言葉になどしたくはないのだが、君が私以外の誰かと恋に落ちれば君やその相手を呪いたくなるかもしれない。矜持の限り堪えるかもしれん。……私がわかるのは私の心だけだ。けれど、魔女の気持ちを考えることは可能だ。もしかしたら、それが大事なのかもしれないな……」
最後の言葉はぼそりと、まるで自分自身への問いかけのようだった。
「ああ……そうだ、きっとそうだ。エドワード、アルフォンス」
そして、二人に向かってきっぱりとした声で告げる。
「考えてごらん。書物にばかり向かうのではなく。恋愛という感情を。魔女の気持ちだけではなく、君たち自身の心をね」




スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。