小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
No.2「別れ話は婚姻の確認」その1


――勝手知ったる他人の家だ。それに合鍵なんかも渡したのはこの家の持ち主だ。だから、勝手に入っても文句なんかは言われない。
エドワードはポケットから合鍵を取り出すと、一度手の中で転がして、それから本当にこの鍵でこの扉が開くのかを確認するかとでもいうかのように、それを光にかざしてみた。
鍵は陽の光を受けてキラリと輝く。
その光が目に痛くて、エドワードは目を細めた。
エドワードの誕生日すらまだまだ先の、始まったばかりの冬なのではあったが、それでもからりと澄み切った冬の青空は美しく、その陽の光も温かく全てを照らしている。だが、今のエドワードにとってはその明るさは眼に痛いだけだった。光から目を逸らし、視線をドアに移して鍵を開けた。かちゃりと小さな音が、イヤに耳の奥にこびり付く。勝手知ったる男の家だ。それにこの家に来るのは初めてではない。いつもは家の持ち主と一緒に来ていて、今日初めてこの合鍵を使うのだとしても。だから、遠慮することなんかないんだと、家に入り込んでいった。それでも自分の家ではないことにほんの少し躊躇をみせてエドワードは小声で呟いた。
「……お邪魔、します……」
雨戸を閉め切っているこの家の中は暗い。その暗さにエドワードはほっと息をつく。それでも雨戸の隙間から差し込んでくる陽の光はわずかであるだけに逆に強烈な鮮やかさを感じてしまう。エドワードはその光からも眼をそらし、視線を階段のほうへと向けた。目的の場所はその階段をあがった先にあるのだ。コートをするりと脱ぎながら、とんとんと音を立てて階段を上がっていく。いつも着用しているコートが今日は嫌に重く感じる。こんな邪魔なものを抱えていられるか。エドワードはコートを躊躇無く腕から落とした。それはバサリと音を立てて、階段の上に広がり、そのままそこに引っかかるように留まった。コートを拾わなきゃいけないのも面倒だと、一瞥しただけで背を向けた。次いで黒の上着も脱ぎ捨てた。それは廊下に落としていった。目的の場所はこの家の二階の主寝室。こんな昼日中では誰もいないのは先刻承知だ。今頃このベッドの持ち主である男は、司令室に缶詰になって書類にサインを書かされていることだろう。このところの様子からすると帰ってくるのは夜中かもしれない。帰ってくるのが遅ければ遅いほうがいい。いや、いっそ帰ってくるな。エドワードは歩みを止め、ぶるぶると頭を振った。違うだろ。そうじゃないだろ。アイツが帰ってこなきゃ、告げるもんも告げられねえ。覚悟、決めたはずじゃないか、もう言わなきゃいけねえって。
が、今すぐにはそれを告げられるとは思わなかったからこそ、男が今いる執務室ではなく、男の自宅で待つことを決めたのだ。だけど告げる前に、ほんの少しでいいから時間が欲しかった。そのため不在を承知でこの家に来た。
エドワードは主寝室の扉を開け、その部屋の中にずかずかと入っていった。ベルトを緩め、それも放り投げ、次いで服を脱ぎ去る。今の自分には服すら重く感じられるのだ。邪魔だとばかりに歩きながら服を脱ぎ捨てる。結果、部屋に敷かれている絨毯の上にエドワードのシャツやズボンや靴下が、アクセントのように散らばっていった。エドワードは先ほどまで自身の身体を覆っていたそれらの衣類などには目もくれず、さっさと毛布をめくり、ベッドの上に倒れこんだ。柔らかい毛布に顔を埋めれば、持ち主の匂いがした。エドワードは大きく息を吐き出すと、その毛布を両腕で抱きかかえ、胎児のように丸くなって目を閉じた。
もういい加減、引き伸ばしてきた。だから、そろそろ。いいや、ホントならもうとっくに告げなくちゃいけなかったんだ。
だけど、言い出せなかった。別れ話なんて。せめて、告げるまでのわずかない時間だけでいいから、最後の温もりを感じたい。だから、この部屋にやってきたのだ。
「……ロイ。オレ達もう別れよう……」
エドワードは小さく呟く。
エドワードの眼から、涙が一粒こぼれ落ち、そうして毛布を濡らしていった。


ロイ・マスタング少将が一日の業務を終え、自宅に戻ったのは繁華街すら眠りの気配を見せる深夜ではあった。
このところの激務を省みれば自宅に戻れるだけでもマシか。
そう思い直して自宅の扉を開けた。めったに帰ることも無い自宅であるので、雨戸などは締め切ったままだ。だから深夜であろうと昼間であろうとこの家の中は暗い。ロイは明かりのスイッチをつけて、いつものとおり浴室へ直行しようとした。しかし、そうしなかったのは二階へと向かう階段に自分のものではないコートが広がっていたからで。
「エド?来ているのか?」
声をかけてみても返事はなかった。居るのであれば部屋の明かりが漏れてくるはずだ。そうではないということは、自分を待っている間に寝てしまったのだろうか?
そう思い直してロイは階段を上がっていった。途中、エドワードのコートを拾い上げ、次は廊下に落ちていた黒の上着をも拾い、二階の廊下の明かりも灯した。……確かにエドワードのもののようだが。なぜ、このように上着が点在しているのだろうか?ロイは首をかしげながらも自分の寝室の扉をそっと開いた。予想通りベッドには金の髪の青年が眠っている。寝室の床にも点在している彼の衣服を拾いながらロイはベッドへと足を向けた。ベッドサイドの小さなランプの明かりを点ければそれに照らされて、エドワードが身体を丸めながら眠っているのが見えた。
ロイは、ふっと笑みを漏らすと纏めた衣類を置いて、エドワードの頬に唇を寄せた。人の気配を察したのか、それとも灯りのためか。エドワードは目を二、三度瞬かせると、起きあがる気配を見せた。
「やあ、エドワード。待たせてしまったかな?」
うきうきとした男の声が聞こえて、エドワードは起き上がることを止めた。
――ああ、帰って来ちまった……。
告げるはずの言葉が咽喉の奥で固まって音にはならなかった。言葉と同様に、身体も硬直したまま起き上がることすら出来なくて。だから、動けずにそのままの姿勢で寝転んでいれば、勝手に誤解をした男が嬉しそうに、というよりはストレートにいやらしげに話しかけてくる。
「ベッドの上で、その上こんな姿で待っていてくれるとは……嬉しいものだね、エド」
ロイはエドワードを抱き起こし、エドワードの腰を引きよせ、頬に手を添えると唇に接吻を一つ落とす。エドワードはロイからの口付けの、そのあまりにも甘い熱にようやくのことで視線だけを逸らした。
確かに下着姿の恋人が眠っていればそういう誤解をしても仕方がない。
とはいえエドワードはそんなつもりで服を脱いだのではなかったのだ。ただ、全身で、最後の温もりを感じたかっただけだ。
毛布の残り香などではないロイ自身に直接触れられて、エドワードの身体はますますその硬さを増した。それが甘ければ甘いほど、熱ければ熱いほど、これから言わなければならないことの重さに絡め取られて動けなくなる。
――言わなけりゃならない。だけど、声が出ない。
そんなエドワードなどには気がつかず、ロイはさっさと唇に、頬に、耳に、うなじにと接吻を降り注いでいる。
ああ、このまま。言わずにいれば。そうすればこの腕も、この唇もオレのもののままなのに。
エドワードが無言のままで、その上ロイの愛撫に反応することもなく、身体を硬くしていれば、さすがのロイも訝しげにエドワードの顔を覗き込んだ。
「エドワード?どうかしたのか?」
裸になって自分を待ちわびていたかと身体をまさぐっても何の反応も見せないエドワードのその瞳をじっと覗きこんだ。寝室のランプの暗さでははっきりとその色はわからないが、なにやらエドワードの瞳が赤く腫れているようにも感じられた。
「……ん」
エドワードはため息とともにそれだけを何とか吐き出してロイの肩にもたれ掛かった。
「今まで、言えなかった、ことが……ロイに」
その言葉にロイは額に皴を作った。
……何かがあったのだろうか?言えなかったこととは何だろうか。いやそれよりも、目が赤いのは泣いたから、ではないのだろうか?思考をめぐらせても何が起こったのかなどわかるわけもない。だから、ロイは自身の肩にもたれ掛かっているエドワードの頭を慰めるようにゆっくりと撫でながら、
「私にかね?うん、聞こうか、エドワード?」
出来る限り柔らかい声でエドワードに続きを話すようにと促した。
言えなかったことの内容ではない、別の言葉をエドワードは口にした。
「……少しでいい。このまま抱きしめろ」
と震える声でロイに短く告げたきりで、口を閉ざしてしまった。
ロイは返答の代わりに、エドワードの身体を優しく抱き寄せて、その背を撫でてやった。


エドワードは瞳を閉じて、ただ、その手の暖かさだけを感じていた。毛布に残されていたロイの香り。それよりも今自身を抱きしめ、撫でてくれているこの腕のほうがいい。もっと、なあ、ロイ。もっとそうやって抱きしめてくれよ。今だけでいいから。もう、こんなふうにアンタの手を感じられることなんて、これで最後にするんだからさ。
エドワードは何も言わないまま耐えるようにロイの腕の中でじっと息を詰めた。
ロイも同じく何も言わないまま。ただ、エドワードの望みどおり抱きしめ続ける。
そうして幾許かの時間が流れたころ、漸くエドワードはロイを見つめた。
「……ありがと、ロイ」
そうしてロイの頬に接吻を一つ落とした。ロイはお安い御用だと、冗談めかして息を吐いた。
「話してくれるかね?」
口調は軽さを装っているが、エドワードを見つめる目は真剣そのものだった。手助けが必要なほどの事態ならいくらでも手を貸すからと。が、そうではないのだ。いい難いだけで。告げてしまうことが本当は嫌で。引き伸ばしているだけ、なのだ。エドワードは力なくため息を一つついた。
「うん……べつに何かあったわけ、じゃねえんだ。いや、あることにはあるんだけど、悪いことじゃなくて。むしろ喜ぶべきことなんだ……一つ目はな。でもその先にある別のことも、そろそろ決断しなけりゃならないってさ、ずっと前から覚悟していたはずなんだけどな、本当は」
ロイはエドワードが話をしやすいようにと、そっとを抱きしめて、その背を撫で、髪を梳く。黙ったまま、ゆっくりと。エドワードも、ロイの肩に頬を寄せた。
「……うん、そう。めでたい話なんだよな。でも……もう一つは。」
「うん?おめでたい話なのかい?」
「ああ、アルが……」
そこでエドワードは弟の名を出し、気持ちを整理するために、一呼吸置いた。
そう、一般的に言うのなら、めでたい話なのだ。それだけならば。でも自分はその話によって、自分の将来をも鑑みてしまって。保留し、誤魔化していた問題の決断を迫られた気になったのだ。だから、素直に喜べず、それを辛さに感じてしまって。それでも、もう決断しなければとロイの家までやってきたのに、この期に及んでまだ、躊躇している。
「アルフォンスがどうかしたのか?」
エドワード・エルリックの最愛の弟は、その身体を取り戻した後、セントラルを中心に国中を旅して回っているはずだった。自分が鎧の身体で見たものをもう一度今度は生身の目で確認してみたいとそう言って元気に一人旅をはじめたのは生身の身体を取り戻してからしばらく後だ。最初は師匠のところで修行をするのだと、エドワードと一緒にダブリスへ赴き、その後は一緒に行くと言ったエドワードを置き去りにしてさっさと旅立った。アルフォンスに「ボクはね、やりたいことがあって旅に出るんだ。でも兄さんは違うでしょ?ロイさんに頼まれた仕事もあるよね?それにこれから兄さんがどうしたいのか旅してみなくても、もう答えは出てるんじゃないの?それはボクの道と違うよね?だから別々の行動しようよ。それでもボクと兄さんが兄弟であることには変わりはないんだからそれを実行しなよ」としっかりとした目で見つめられて、エドワードは不思議に思った。
いつの間にオレの弟はこんなにも成長したのだろうかと。
これからどうするのか、どうしたいのか。そんなのはとっくに決まってた。でもそれは実現不可能だと理解はしていた。しばらくの間は許されても、一生なんて無理だと。
エドワードの願いはささやかなものだった。ずっとロイと一緒にいる。それだけだ。
けれど将軍職の軍人に男の恋人がいるなんて、醜聞にしかならならないのではと思えば。出来るだけ早く離れたほうがいいのかとの懸念は常に付きまとっていた。そう、恋人という関係になる前からそれはエドワードにもわかっていたことだった。わかっていたからこそ、ロイの告白にもイエスと告げるつもりはなかったのだ。けれど、自分の心は誤魔化せなくて。
オレもロイが好きだと告げてしまって。それを言ってから後悔した。いつか別れる日が来るのがわかっていて、何で好きなんていってしまったのだろうかと。離れることも出来ないまま月日は流れて。言い訳のようにロイから請け負った仕事をこなして入るけれども、軍属であることも国家錬金術師であることもそのまま保留の状態だ。
まだ、側にいていい。もう少しだけ。まだ大丈夫。
そんなふうに引き伸ばして引き伸ばして。エドワードは自分の未来から目をそらし続けていたのだった。
「……アルフォンス、結婚するんだって。だから一人旅はもうおしまい、ちゃんと落ち着いた生活するって」
喜ばしい話のはずなのにエドワードは浮かない顔だ。
「おめでとう。よかったではないか」
ロイには素直に喜びを口にした。
「……ああ、そうだよな。よかった、んだよなぁ」
「浮かない顔だな、アルフォンスが身を固めるのは寂しいのか?」
何せ、この兄弟の絆は固い。ロイは何度も何度も「君は弟と私とどちらが大事なんだね」とそんな嫉妬に駆られた気持ちを抱いたことなど何度もあった。だから、今のこの喜べないエドワードを見て、弟の結婚というよりは、手塩に育てた娘を嫁に出す父親の気持ちになっているのだなと勘違いをした。
「ち、がう。そうじゃねえ……。寂しいんじゃなくてアルが……」
「アルフォンスが、どうなんだね?」
――うらやましいんだ。アルフォンスが。オレはずっとずっとアルフォンスを羨んでた……。
自分の足でさっさと未来を掴もうと前に進んでいくその姿。
それに比べて今の自分は。
弟の身体を元に戻すという目的を達した後の自分は、ただ、立ち止まっているだけで。
立ち止まってしまったのはこの先に進める道がないからだ。
どうしても進みたい道への扉は見つからなかったからだ。
いつか別れる時が来るなんて思ってはいたけれど。本当はロイと、ずっと一緒に居たかった。ただ、そんな小さな望みが、どうしてかなわないんだろうといつもいつもため息を付いていた。
……母さんも、こんな気分だったんだろうな。親父を待って待ち続けて。
そうして会えないまま逝ってしまった。母が自分と重なるなと、エドワードは唇を噛み締めるしかなかった。


結婚。あのアルフォンスが。
そう思えばロイの胸には父性的な感慨が浮かんでくる。そんなに大きくなったのか、彼は。そう微笑ましいような気分で。が、その微笑ましさを払拭するほど、腕の中のエドワードは辛そうにただ、ロイの背にしがみ付いてくる。アルフォンスの結婚がそんなに寂しいことなのだろうか。それともエドワードは別の何かで塞いでいるのか。不安などさっさと解決してやりたかった。けれどロイはエドワードの言葉を待った。接吻をし、名を優しく呼んで。
……早く理由を言いたまえ。手を差し伸べてあげるから。
エドワード自身の口でその辛さを吐き出せるようになるまで、ロイは待った。
「アルは、結婚するんだ。ちゃんと仕事もさ、見つけて。そう、ハボックさんを手伝って探偵業みたいなことするんだって。ロイを助けるって為じゃなく、錬金術も使えて人のためになる一石二鳥の仕事だって、アイツ楽しそうに笑ってさ」
「そうか。ハボックもアルフォンスに手伝ってもらえれば助かることだろう。……いや、もしかすると主導権はアルフォンスが握るのかもしれないぞ。ハボックはハボックだからな」
軽口のようにロイはそう言うとくすくすと笑みを漏らした。ハボックは自身の元部下だった。いや軍人は辞めたのだが、ハボック自身もロイ自身も部下と上司という意識はそのままだった。ただ、ロイを上へと大総統にするためのその手助けとなる方法が変わっただけだ。軍部内だけじゃなく、市井からでもいくらでも出来ることあるからと、いまだに少し引きずる不自由な足でハボックは街からロイの助けとなり動いていた。
「うん。すげえからなオレの自慢の弟はさ。あっという間に手伝いなんか返上して共同経営者とかになるんじゃねえの?いつの間にかそんなふうに人生決めてさ。その上、ウィンリーと結婚だろ?アイツちゃんと自分の足で歩いてる。……オレとは違ってさ……」
自嘲するようなその声の響きがなにやらおかしくロイには感じられた。
「エドワード?君だって誰もできない奇跡を現実にして、そうしてちゃんと歩いているではないか」
ロイはエドワードを腕の中から離すとじっとその瞳を見つめた。いつも真っ直ぐなはずの目。
それが今は光を宿すことなく俯いている。
「オレは、違う。あの時から、オレは歩いてなんかない。何もかも、保留にして、立ち止まってるんだ」
「立ち止まっている?そんなことはないだろう。きちんと錬金術の研究も進めているし、軍属として私の手伝いもしてもらっている。『鋼の錬金術師』といえばこの国では知らない者などいないほどの一流の錬金術師としての人生を歩んでいるではないか」
そう畳み込むように告げても、エドワードは首を横にふるだけだった。
「違う。結果的にそうなっちまってるだけだ。しなきゃいけないこと、保留にして誤魔化して立ち止まっちまってんの、オレは」
「したいことがあるのなら、すればいいではないか。どんなことだって君が望むのなら私は手助けをしてやれるぞ。……ああ、何ヶ月も何年も私と離れてどこかへ行くというのでなければの話しだがね」
愛しい恋人をもう手放すことは出来ないのだからと気持ちを込めてロイはエドワードの唇に触れた。エドワードは眼を伏せるでもなくただ、じっとロイを見つめたままそれを受け入れた。
――何ヶ月も何年もそれこそ一生。ロイから離れるってオレは今から告げるんだ。
アルフォンスは愛する女性と結婚する。けれど自分が愛したのは他でもないロイ・マスタング。結婚など出来るはずはない。
アルフォンスはわかっていたのだ。
――兄さんは、自分の思うとおりに好きな人の、ロイさんの側にいなよ。
そう言いたかったから、一人旅を選択したんだ、アルフォンスは。
アイツは、オレのためを思ってオレを置いて一人旅に出た。
強いな。
オレの自慢の弟は、オレよりも強くてしなやかだ。なのに、オレはそんな自慢の弟を羨んでる。
アルフォンスは結婚という形が取れて、オレにはそれが無理だから。一緒の未来なんてどう考えても無理なんだよな。
そう思ったからこそずるずると保留の期間をただ引き延ばしていた。
決めなければ、まだ、側にいられる。まだ、後もう少しだけ。そうやって、それだけだったんだ。でも、わかっていたんだ。そんなこと、長い間続くはずがないんだって。このまま、ロイの側に居たかった。けれど、それはオレが、オレ自身がロイの足を引っ張ることになる。そんなこと本当は知ってた。ロイはそのうち大総統になる。そうなることが目標だ。一国の元首が結婚もせず、しかも男の恋人がいるだなんてどう考えても醜聞だ。自分はいつまで、側に居られるんだろう。将軍職のままなら、隠しておけば側に居られるか?大総統になったらちゃんと側に立つ大総統夫人が必要だろう?オレ以外の誰かと幸せになるロイなんて祝福できるのか?嫌だって、わがまま言ってロイの足を引っ張ることだけはしたくはない。けれど……。もしもオレがオンナノヒトだったら、こんなこと思いもしないんだろう。だけどオレは男で。ロイも男で。
……離れたくなんかない。
アルフォンスの結婚はいい加減決断しろという警告でもあったのだ。もう、別れてやらないと。いつまでも側で足を引っ張っていてはいけないんだという警鐘なのだ。
もう、決断しなきゃならない。オレが、ロイの側にいられる幸せな時間に別れを告げなきゃいけないんだ。それが、ロイの、為だ。
エドワードの眼からほろりほろりと涙が溢れた。


続く

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