小説・2

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No.2「別れ話は婚姻の確認」その2


「エドワード?」
「離れ、たくねえんだ。ロイと……だけどさ。もうそろそろ、潮時だと思って……」
本心とは違う、言いたくも無い言葉をもう言わなくてはならないのだ。アルフォンスと違って結婚なんて、オレとロイにはありえない話なんだ。だから。目を強く瞑った。ただ、ロイの未来が明るく照らせるように、オレがロイのために出来ることはこれだけだからと。
出来ることならオレはアンタと一緒に人生歩いていきたかった。それ、もうとっくに諦めていた。だけどあと少し、もう少しだけって引き伸ばして。
「ロイ、オレたち別れるべきなんだ。アンタももう少将、だし、もうすぐ中将だろう?ホントはもっと早く離れるべきだったんだ。だけど、オレが離れたくなくて、ずるずるとこんなふうにしてきちまった……」
「離れる?冗談ではない。私は君を手放すつもりなどない」
ロイはエドワードの肩を掴み、睨みつけた。
手放す気など無い。これまでも、これからも。不安がっていたのは知っていた。合鍵を渡しても使おうとしない。一緒に暮らそうと告げても拒否された。それでもいつだって手放すつもりなどなかった。長い時間をかけてようやく口説き落とした恋人だ。最愛の、これ以上ないほどの存在なのだ。ロイはこれをエドワードの不安を解消するチャンスに転じてやるつもりだった。言葉にもしないで一人で抱えていたままの不安をようやくエドワードが口に出したのだ。きっぱりと否定してやろう。ロイは慎重に言葉を選んだ。
「私は君を手放す気などない。不満があるのならお互いにきちんと解決しようではないか。別れる、離れるなどと言われても答えは『断る』だ」
ロイは見つめる目に力を込めた。いつまでも不安など抱えさせるものかと。吐き出せば、その分解消への道も早い。そう私はとっくに手を打ってある。さあ、エドワード。抱え続けた不安など全て吐き出したまえ。そうして吐き出した後に残るのは私と君との明るい未来だ。
エドワードは、顔を歪める。喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
いや自分とて、離れたくはない。だから、手放す気などないと言われればそれは嬉しさしかなくて。だけど、とエドワードは思う。
「なあ、ロイ。オレは、オレたちはアルフォンスと違って結婚なんかできねえだろ?その上アンタは大総統になる。この国のトップになってこの国を変える。そういう目的がある。なら、男の恋人が居ますなんて醜聞だ。オレは足を引っ張りたくねえ。……もっと早くそうアンタに言ってやらなきゃならなかったんだけど、言えなくて。言いたくなくて、ずっと隠して、忘れてるフリしてた。アルが結婚するって言って、それでもう忘れてるフリも出来なくて、だから……」
一言一言を噛み締めるようにエドワードは発音した。口の中で自分が言った言葉は砂になった。じゃりと嫌な音を立てて、口から吐き出される嫌な味だった。エドワードはこれ以上涙を流さぬようにと唇を噛み締めた。
が、ロイはその言葉に、「知っていたよ」とは胸の内のみで答えて、エドワードの頬を指でつまみ、引っ張りあげた。
「私を見くびっているのかね、エドワード?」
「な、痛えな、離せよ!見くびってなんかいねえ、アンタの将来をちゃんと考えての結論だろっ」
ロイは、おお、よく伸びる頬だなあ、はっはっはとエドワードに笑いかけた。そんな深刻さの欠片もないロイに向かってエドワードはふざけてんじゃねえぞとロイの手を叩いた。
「それが見くびっていると言うんだ。私は両方諦める気などないぞ。前にハボックにも言ってやったがな『男たるもの仕事と恋人と両方とってみせんか』とな」
「そんなレベルの話じゃねえだろ!」
ロイに引っ張られた頬がひりひりと傷む。
いや痛いのは頬ではなく胸だ。自分が切り出したのは別れ話なのだ。傷む心を押しやって、決死の覚悟で告げたというのに、この男はふざけたように頬などを摘む。馬鹿にしてんのか、それとも本気にしていないのかと、エドワードはロイを睨みつけてやった。が、そんなエドワードの感情など気にしていないかのようなマイペースさでロイは言葉を重ねた。
「両方あってこそのこの私だ。君が何を考えて別れるなど口にしたのかはわかるけれどもね。君も大総統のイスも私のものだ。これは決定事項だよ。文句があるなら書面で提出したまえ」
「ふざけんじゃねえ、オレは真剣なんだよっ」
エドワードが顔を顰め、激昂した。が、ロイは落ち着いたまま、冷静に言葉を発した。
「私とて真剣だとも。別れるなどは即刻却下だ。決定は覆らん。以上だ。何か文句があるかね?」
「ある!オレは、アンタの将来考えてっ」
「同じ台詞を繰り返す気はないぞ、エドワード?……ああ、アルフォンスが結婚するのなら私達もしようではないか。別れるなど言わずに、前に進もう。そうだ、合同結婚式はどうかね?」
ロイはエドワードの今はもう生身の右手を取ると、その手の甲に誓うように口付けを落とし、
にこりと微笑みかけた。
その晴れやかな笑顔にエドワードは堪らず爆発した。
「結婚なんて出来ねえから、別れなきゃならねえって言ってんだろっ!言いたくねえ台詞を何回も言わせんなっ!!」
それこそ、エドワードの本心だった。別れたくなどない。しかし結婚など出来やしない。
エドワードの叫びをロイは鼻先で一蹴した。
「結婚くらいできるとも。君が望むのなら実現してみせよう。簡単なことだ。それこそ君が手足を取り戻したことより簡単なことだよ」
何か問題あるかね?と詰め寄れば、エドワードは一瞬だけ、ぽかんと口を開けた。
「か、かんたんにできるって、アンタ何言って……不可能だろ?」
この国では同姓婚など認められていないのだ。だから自分達の関係も秘密で。そりゃうわさ程度にはなっているのかも知れないが、公然と、明らかに出来る関係ではないことも重々承知していた。
「簡単だ。何、軍部内では私たちの関係を知らぬ将軍職のものはおらんよ。ああ、私が女性を見て褒めちぎるのをみても、『鋼の錬金術師との関係を隠すための隠れ蓑だ』と他ならぬ私が公言しているからな、皆、そう思っているぞ。将軍だろうが部下だろうが誰だろうが私が君に惚れきっていることは自明の理だ。おかげで三十を半ばの独身の将軍で、その上国家錬金術師の男前な私に、見合い写真一枚すら寄こさんぞ」
結婚が簡単だというそれもあきれ返ったが、それ以上にお互いの関係も明らかにしているだとは。
「……嘘、だろう?」
「嘘なものか。ああ、経緯でも説明しようか?このことを最初に掴んだのはハクロ将軍でな。まあ、私の足を引っ張るための美味い材料と思ったのだろう。軍部内にそういううわさをばら撒いてくれたぞ。それから問い合わせが多くてな。いちいち応えるのは面倒だったからその通りだと、私が愛しているのはただ一人、鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだと軍の広報誌にも載せてもらった。まあ、オリヴィエ殿などはあきれ返っていたが、文句はどこからも出なかったしな。グラマン大総統などは面白がってくれたぞ」
はっはっは、とロイは高らかに笑った。嘘ではない。まあ、このうわさを最初にそれとなく広めたのは実は私とホークアイだとは告げないでおこう。とロイはその点だけは隠したまま、わざとらしく声を立てて笑う。エドワードが別れを考えていることなど薄々わかっていた。それがロイ自身の将来を考えて身を引くとの健気な発想から生じたものだとも。エドワードのそんな不安を解消するために、ロイがいくら愛していると言葉を重ねても寂しげに微笑むだけで、信じようとはしなかった。合鍵を渡しても、一緒に暮らそうと何度告げても肯定することがなかったエドワード。いっそプロポーズでもして結婚式でもすれば不安を解消できるかとも考えたが、同居すら否定するエドワードではそれも受け入れてくれないだろうと、ロイも悩みに悩んでいたのだ。
そこで、ホークアイに知恵を借りた。二人の間だけではどうにもならないというのなら、周りの状況から、結婚せざるをえない状況に追い込んでしまえばいいと。万人に知られればさすがのエドワード君もあきらめて、一生閣下のお側にいますよと、広報誌を提示したのは彼女だった。
時間をかけてでも一生共に過ごすことを受け入れさせよう、たとえエドワードが嫌だと言っても、そうせざるを得ない状況に追い込んでしまえ。罠を仕掛けて獲物を待った。
そう、覚悟したまえ、エドワード。逃がすつもりなどこれっぽっちも私にはないのだから。
「ちょっと待て。広報誌って、みんな知ってるってなんだよそれ……」
「だから、結婚なんて簡単だとも。ああ、法律的には書類などは受理されないだろうから、その場合、親子縁組の書類にするとしても、親しい友人も、知人も、軍部の人間さえ納得するさ。私の家に、君が越して来れば、それで結婚成立だ。ああ、そのまえに指輪がいるな。そうだ今度の休みにでも一緒に宝石店に行こう、エド。エンゲージリングをつくりにだね」
ロイは次々と畳み掛けていった。にこにこと、わざとらしいほどの笑みを浮かべて続けて。
「だああああああっ!待て、待て、待て!何だそれは」
青天の霹靂とはこのことかもしれない。何でこの馬鹿は俺達の関係を公なんかにしてやがるのだ。とエドワードは蒼白になった。
「だから、結婚なんて簡単だと言っただろう。私は嘘はつかん」
策を張り巡らせはしたが、との言葉は隠したままのロイであった。
エドワードはきっぱりと偉そうにそう告げる目の前の男に眩暈を感じた。だけど先ほどまでの悲壮感は、この衝撃でどこかに吹き飛ばされてしまったようだった。
隠して隠して隠して。
秘密にして。
ロイを守ろうといつか身を引く日が来るのだと思い続けてきた自分はなんだったのか。今日一日、別れ話を切り出そうと、もう別れなければならないのだからと悲壮な覚悟でロイを待っていたその時間をどうしてくれるのだ。自分が知らないうちに、公然の秘密どころかあからさまにして、恥にも思わず、照れもせず、広報誌まで使って男の恋人と将来を誓い合っていますなんて、触れ回っていた大馬鹿者の恋人に叩きつけるべき言葉など見つかりはしなかった。


は、っと息を吐く。
エドワードの全身からは力が抜けてしまっていた。背を丸め、ぼんやりとロイを見る。見ると言ってもその目の焦点は合っていない、呆然とする、というほうがぴったりとするだろう。国中でもトップの部類に入るだろう回転のよい頭脳はその働きを停止した。罵倒すら、浮かんでこない。エドワードがぼんやりとてしているうちにロイはさっさと軍服を脱ぎすて、エドワードをベッドに押し倒した。押し倒されたことにも気が付かず未だ呆然としたままのエドワードの胸の突起にロイは舌を這わせた。そしてロイはエドワードに駄目押しとばかりに語りかける。
「エドワード、君、読みが甘いよ。私が君の手を離すとでも思っていたのかね?君が嫌だと言っても私は君の手など離す気はないんだ。君のことだからいつかこんなことを言い出すのではないかと思っていたがね。まあ、予防線はとっくの昔に張っていたのだよ。君が悩んでいる間に包囲網はもう完成済みだ。どんなに足掻こうと逃がしはしない。あきらめてさっさと私と一緒の未来を歩みたまえ」
が、エドワードはこのロイの言葉も耳に入ってもいないようだ。未だ、焦点の合わない目で、ぼんやりと空を見ている。ならば、とロイはエドワードの身体を弄び続けた。手を、エドワードの下肢に落とし、さわさわと柔らかいままの中心を撫でていく。
「ちょっと待てロイ。何してやがんだ……」
その刺激によってようやくエドワードは我に返った。が、ロイはそんな言葉などには見向きもせずに手と舌を動かし続ける。
「ロイっ!止めろ、さわるなってっ!!」
「うん?いや、君がこんな素敵な格好で待っていてくれたのだから、堪能しなくてはもったいないだろう?婚姻の意思も確認したことだし、もう夜も遅い。さっさと愛情の確認といこうではないか」
「なにが婚姻だっ、オレがしてんのは別れ話であってっ」
「いや、なに。アルフォンスが結婚するということで君も焦りがあったのだろう。はっはっはっ。不安にさせてすまない。そんなふうに拗ねなくていいから素直に『ロイ、オレ達もそろそろ結婚しよう』とでも言ってくれれば」
「だあああああ、ふっざけんな、誰が誰と結婚だと!」
「もちろん私と君だ、エドワード」
「できねえだろうがっ!」
「実現可能だと、告げたばかりだが。まだ信じられないというのならその身体に刻み込んでやろうか」
エドワードの非難など馬耳東風。首筋を深く吸い上げ、所有の印を刻み込むロイであった。


エドワードには、文句をいいたいことが山ほどあった。
オレの決死の決意をあっさりと覆すんじゃねえよとか。
アンタを誘うためにこんなカッコウしてたんじゃねえよとか。
婚姻の意思?冗談じゃねえ、結婚なんか出来るかよとか。
軍部内でこの関係を公表してるだと、取り消せ、撤回しろ、とかとかとか。
文句なら次から次へと浮かんでくる。
しかしそれは言葉にならなかった。
ロイの手が、肌が、唇が。さっさとエドワードを絡め取ってしまっていた。口から零れるのはもはや嬌声だけで。あああああ、とそれしか言葉にならなくて。言葉と全身と視線の全部で愛を囁かれてしまえば、もうそれに飲み込まれていくしかなくて。エドワードは自ら進んでそのロイの熱に自身を飲み込ませていった。
愛していると告げられれば、言葉で否定するより早く心も身体がイエスと応えてしまう。
ロイの熱で、身体をかき回さされれば、もっともっとと欲しがってしまう。
――ああ、もう駄目だ。
エドワードは観念して理性を手放した。
別れてやるなんていう理性と常識からの退路は絶たれてしまった。自分はロイとの未来を本当は望んでいて。それが無理だと思っていたからいつか別れるつもりで。アルフォンスの結婚がそれを表面化させる契機になってしまうと辛く思えて。なのに、とっくの昔に公にしていたとは冗談としか思えない。
オレが悩んだこの年月を返せ!
そんなことを言ってもこの男は初めから悩む必要などなかろう。無駄なことに回転のよい頭脳を使っていたなんてなんとまあ君も無意味なことをしていたものだとか笑って今みたいにオレの身体、勝手に弄りやがるんだ。オレが呆然としている間に、オレの足、持ち上げてアンタの肩に乗っけるんじゃねえよ。その右手、オレの胸を勝手につまむんじゃねえぞ!唇も、舌も、勝手に蠢くな!ああもう。そこっ、だから触るなって言ってんだろ、勝手に、突っ込んで、動くんじゃ、ねえっ!ああもう、オレの身体までオレの気持ちを裏切るなっ。勝手にロイの背中に腕、回してしがみ付くんじゃねえよ、オレの腕。それからオレの腰も!ロイにあわせて動くんじゃねえ。
あああああああ、もうっ気持ちがいいから動くなっていってんじゃねえか!
こんな男に惚れた自分が悪い。
自分のしたことは自分で責任を取る。そんなことは知っている、身に染みるほど知っている。退路がないなら、前進あるのみ。立って歩いて前に進む。ならば、迷わず進むしかない。かくなる上は、男の恋人が醜聞だという常識を覆すほどの存在になってやるしか残された道はない。そうでないと正直言って居た堪れない、というか恥ずかしいだろうがこの中年め。ロイ・マスタングの隣に立つのはエドワード・エルリックただ一人だと、誰にも認められるくらいの存在にさっさとオレはなってやる。ああ、恥ずかしい。こんな台詞を思いついちまう自分に自分で羞恥を覚える。だけど。だけど、だけどさ。
何があってもこの手を離してやらねえから、後悔すんなよっ!
エドワードは決意を込めてロイを睨みつけると、両手でロイの頬を覆って。そして、噛み付くかのようにそのロイの唇に貪りついてやった。それから口を離すと大声で罵った。
「この大馬鹿ヤロウ!ちったあ恥じらいってもんを持てよ、三十五にもなって何言いやがるっ。世間の常識ってもんも考えやがれ」
「常識がなんだ。私はいつでも胸を張って言っているではないか。君は私の最高の恋人だとな。信じなかった君が悪い。エドワード、拒否権は認めん。年功序列という言葉もあるのだよ。弟より先に兄が結婚して身を固めるべきだろう。さあ、さっさと覚悟を決めたまえ」
「ああもう決めてやる。覚悟くらいすぐにな!アンタこそ後悔すんじゃねえぞ。後になってやっぱり男のオレと結婚なんて止めたとかいっても離れてなんかやらねえからなっ!」
ちくしょー、とエドワードは叫んで、身体の奥から湧き上がる熱に、身を委ねた。
ロイは、それでこそ君だと笑顔を見せて、更に深くエドワードの身体に自身を深く埋めこんだ。そうして引き抜き、抽入を繰りかえす。罵倒も言葉もどこかに追いやって、二人の間に繰りかえされるのは、熱さを伴う動きと口から漏れる声だけになった。その声が一際大きくと寝室に響くと、エドワードの背が弓なりに撓り、そのまま二人の身体はベッドに沈み込んだ。
「ああ、そう、だ、エド、ワード……」
ロイは脱力したエドワードの身体をその腕に抱え込むと、はあはあと熱を放出したばかりの息を整えながら、囁くように恋人の名を呼んだ。
「な、んだ、よ……」
呼ばれたほうの恋人の息も整わない。呼吸の合間に何とか言葉を音にする。
ロイは自身の息がある程度収まるまで、わずかな時間を置いてからこう告げた。これで恋人の不安が解消すればいいと、ずっと長いこと胸に秘めていた台詞を。
「一生かけて、幸せにするから。もう何があっても別れるなんて言わないでくれたまえ」
エドワードは目を見開くと、返事の代わりに強く恋人の身体を抱きしめた。


終わり。

No.3「それは記憶と等価な恋で」に続く
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