小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

楽屋から客席のほうへとソーヤと二人で戻ると、イーゼルの前に絵筆を手に持ち何やら演技の確認をしている名取の姿が見えた。真剣な眼差しで上条達と何らや言いあっている。
「あー、それじゃこうしたほうが動きがいいかな?」
名取が手を伸ばす。その動きの意味は夏目にはわからなかったけれど、名取の真剣な表情に思わず見惚れた。
「オーケイ、その案で」
上条が一つ頷いた。
「最終確認するぞ。名取はここで絵筆をこう持って描いてる演技。そして一瞬腕が止まる。こんな感じでゆっくりと少女が絵の中から出てくる。それに合わせて視線をこの速度で、ここまで移動。一歩足をこっちへと動かす。少女を抱きしめる。少女が消える。そして、もう一度前を向く……ここまでもう一回通してやってみるか?」
「ああ、そうですね。一回確認してから本番……っと、ちょっと待ってもらっていいですか?」
「ん?なんだ?」
名取は夏目に気が付き手を大きく振った。
「なーつーめー、こっちおいでー」
俳優としての顔つきからプライベートのいつもの名取へと顔つきが変わる。
……あ、いつもの名取さんの顔だ。
演技の確認中に傍に寄っていってもよいのかと思案する間もなく「おお、着替え済んだか。それじゃ夏目君こっち来て。ここにな、座っててくれ」と上条にも呼ばれる。
「あ、はいっ!」と慌てて夏目は返事をした。
「それじゃあ俺はステージのほう行くからね」
頑張ってね、というようにぽんと軽く肩を叩かれ、夏目はソーヤを振り返る。
「あの、その……、宗谷さん。ええと、あの……」
ソーヤはにこりと笑みを浮かべた。
「歌うから俺は。聞いてね」
じゃあねーまたあとでなー、と明るく言ってソーヤはステージのほうへと小走りに向かった。「おーい、俺のベースどこー?」とスタッフらしき人に声をかける。そして、ドラムのイチやキーボードのヤスと何やら一言二言言葉を交わしていく。ソーヤの後ろ姿を見ながらも、夏目は名取達のほうへと急いで向かった。
「やっぱり可愛いなあ夏目っ!サマードレスがすごく似合う」
満面の笑みでいきなり名取にぎゅっと抱きしめられる。いつもなら照れ隠しに殴るくらいはするのだが、先ほどのソーヤの言葉が胸にあり、夏目は大人しく名取の腕の中に収まってしまった。
「あれ?夏目どうしたの?」
「…………どうしたのってなんですか名取さん」
「二人きりじゃない時にこんなふうに抱きしめてるのに怒らないのかい?」
「……怒って、欲しいですか?」
「うーん、怒られたくはないけどねえ。元気のないのはちょっと気にかかるよ。ソーヤ君に何か言われた?」
――両想いの夏目君と名取先輩はすげえ羨ましい。気持ちが届いて伝わり合うって、奇跡だとか思わない?
言われた言葉が胸の中に突き刺さり続けている。それはまるで棘のように。だが不快なものなのではない。むしろ逆だ。大事な言葉。ガラスの欠片のようにキラキラと輝くくせに触れると痛い。そんな気がしてならなかった。
上手く言葉にならない気持ちを、それでも名取に伝えようと夏目は顔を上げる。
「名取さん、おれ……」
だが、その何かを言葉に出来ないうちに上条が遮った。
「悪いな夏目君。ちょっとだけメイクさせてくれ。こっち座って」
こっちと指さされたところにはパイプ椅子が一つあり、その後ろでファンデーションやら口紅やらといったメイク道具を抱えている女性が一人立っていた。
「肌キレイだから、薄化粧ねー。少しだけ紅入れさせてね。あとは髪梳かしましょうかぁ?」
「ええええええええっと、お化粧とかするんですかっ!」
「あくまで少しよぉ。透明感出す感じで。あと髪がね、ふわーって広がってたなびくっていうの?軽さだけ出すからね。あ、毛先だけちょっとくるんってカールさせたほうが可愛いかも」
「えええええええええっとそのおれあのー」
「大丈夫大丈夫カメラ映えするためにちょっとだけだから。ね、大人しく座って?」
抵抗しかける夏目の肩を、無言で上条ががっしりと掴み、名取からべりっと引き離す。そして半ば無理矢理椅子に座らせた。
「目を瞑ってねぇ、夏目君」
上条が押さえているうちに、女性がてきぱきとメイクを始めてしまう。夏目は息を止めるようにしてその苦行に耐えた。
「ううううううううううううう」
「はいはい、そんなに歯を食いしばらないっ!可愛い顔が台無しよぉ」
そう言われてもどうしようもない。
……もう、やっぱり全部名取さんのせいにして呪うべきかな。
そう夏目がヤケのように思った時にカツカツカツとドラムスティックの音がステージから響いてきた。
「あー、ほらほらあっち見て。そろそろソーヤ達が歌うんじゃないかなあ。顔顰めてないで、聞いたらー?」
夏目にメイクを施した女性はそう言ってステージのほうを指でさす。つられたように夏目がステージに目を向けたのと同時に観客席側の照明がほんの少しだけその明るさを落とされた。

何も見えないというほどではない。少し離れた位置に居る名取の顔もしっかりとその表情がわかるくらいには、見える。だが、少し暗くなっただけでもステージの上を照らす白のライトの眩しさが増したように感じられた。
スポットライトがステージの上のソーヤを照らす。先までの人懐こい笑みなど綺麗に消えた無表情。目だけが何かを突き刺すように真正面を見据えていた。強い、視線。静かな熱。そしてゆっくりとソーヤがその右腕を上げていく。腕を、振り下ろした途端にソーヤのベースかギターの音かそれともドラムなのか、何かわからない複数の音がたったひとつの塊りになって真正面からぶつかりあう。爆発音に似たそれが、耳より鼓膜より何より先に真っ直ぐに、夏目の心臓をめがけて飛び込んだ。
思わず夏目は胸を押さえた。そうでもしなければ音に吹き飛ばされそうで。
けれどそれは始まりの合図でしかなかった。高音のギターが空気を切り裂く。叩き殺す勢いのドラムを従わせるようにソーヤが最初の一声を出した。
音の激しさよりも、その歌詞に。
そしてそれを歌うソーヤの存在自体に。
たった一瞬で、夏目は引き込まれてしまった。意識などしないままに、思わず夏目は椅子から立ち上がる。
――おれはぶっちぎり片想いだけどね。
ソーヤが言ってきた言葉。それが歌に重なって響く。
――好きだって言ってもキスしてもセックスしてもおれのこと振り向いてくれなかったんだよねあの人。
伝わらない、心。気持ち。どんなに切望しても届かない。ソーヤが歌っているのはそんな曲だった。
――何をしても無駄だったよ。でもねえ、おれ、あの人好きだって気持ちは変えられないんだよね。だから仕方がない。
仕方がない。だけど諦められない。どうしてもどうしても。だから何度も手を伸ばす。歌に乗せて響かせる。決して負けない強い気持ちで。
――気持ちは全部歌にして吐き出すんだ。あの人に届けって、さ。……届かなくても歌うけど。
届かなくても歌うんだ、宗谷さんは。こんなに、痛いくらいの気持ちを抱えながら。
夏目は息を止めたままその場に立ちつくした。耳に聞こえてくる歌声。そんな生易しいものではなかった。身体を切り裂くような声と曲。魂が震えるほどの、感情。
息が止まってそしてそれを吐き出せないまま、夏目は歌に飲み込まれた。
完全に動きを止めていた夏目を不審に思い名取が小声で夏目を呼んだ。
「……夏目?」
その名取の声にハッとして、思わず夏目は名取を見る。
「なとり……さん、」
わずかに一歩だけ、足を出す。緩やかに白のドレスのすそが揺れた。
「夏目?どうしたの?」
もしおれがの気持ちが名取さんに伝わらなかったとしたら、それでもこの曲みたいに思い続けていられるのかな……?
届かなくても歌う。ソーヤは言った。
おれなら……きっと気持ちが伝わらなかったら、その気持ちを閉じ込めてしまう。……苦しくて悲しくて身動きが出来なくて……どうしようもなくなってしまうかもしれない。
――気持ちが届いて伝わり合うって、奇跡だとか思わない?
「名取さん……」
ステージで歌うソーヤ。この時の夏目は歌に入り込んで、ソーヤの切ない気持ちと歌に自らの心を重ねていた。
また一歩だけ、夏目は名取のほうへと足を向けて、そして震える指を名取に伸ばす。指が、届いて欲しかった。気持ちが、伝わって欲しかった。その夏目の指を名取はそっと絡め取る。
指と指が触れただけの微かな温度。ほんの些細な接触。けれどそこから伝わる気持ちが確かにあった。
――好きです。
以前に、そう夏目が初めて名取に気持ちを告げた時。名取は驚いて目を見開いて、そしてそのまま夏目の肩を抱き寄せた。
――私もだよ夏目。
その時の名取の顔を一生忘れないと夏目は思った。泣きそうで、それでいて嬉しいという気持ちが伝わっていた。その時の、震えた心臓。触れ合った指。抱きしめられた幸福感。
思いが伝わって触れ合う。それがどんなに嬉しかったか。夏目の身体の、心の、そして魂にまで焼きついている。
おれ達の、気持ちはきっと。おれと名取さんはきっと、あの時も今も、こんなふうに繋がってる。だけど、宗谷さんは……。
ソーヤの伸ばした指の先に触れてくれる人はいない。
痛くて、苦しい。心臓が潰れそうになる絶望。
この歌が苦しくて切ないのは、伝わらない気持ちを、それでも抱えて続けているからなのだ。声がそれを痛いほどに伝えてくる。
聞きながら、夏目は目を瞑って名取の胸に凭れかかる。
今こうやって一緒に居られること自体、これも奇蹟みたいな確率で起こった幸福なんだ。
そのまま夏目はソーヤの歌を聞き続けた。手が届いた幸福と、それが届かない悲しみ。けれど何度でも手を伸ばし続ける強さ。
それを、痛いほどに想いながら。

音が、止まった。しんと静まり返ったステージからソーヤが夏目のほうを見つめていた。
そしてゆっくりとステージから降りて、夏目達のほうへと小走りにやってきた。
「どーだった?」
今の今まであんなに苦しいほどの想いを歌にしていたとか思えないほどの、あっさりとした声で。けれど夏目は声も出せずにいた。
「ん?夏目君?」
どうして伝わらないんだろう。あんなに痛みさえ感じるくらいに叫び続けているのに。伝わればいいのに。
そう言いたかった。伝わって欲しかった。誰とも知らないソーヤの想い人に。けれど痛くて苦しくて……心臓が壊れそうになって言葉が出ない。夏目はぎゅうとドレスを握る。
「夏目、」
名取が、そっと夏目の髪を撫ぜてきた。
「泣かないで」
名取の言葉に「え?」と夏目は驚いて顔を上げる。
「泣いてなんか……」
いません、と言おうとした途端にすうっと、雫が零れて頬を伝った。
「あ、あれ?なんで?」
慌てて腕で涙を拭う。ほんのわずかではあったが確かに頬が濡れていた。
「う、わ。……ごめんなさい」
夏目は慌てて顔を伏せる。
ソーヤは黙ったまま、首を横に振った。ありがとう、と、そうソーヤの口が動こうとしたその時、ぼそりとした呟きがソーヤのそれを遮った。
「おお、イメージ通り完璧だなあ……」
「ありが…、はい?イメージ?」
言いかけて、言い終わらないうちにソーヤがその呟きを聞き、上条を振り向く。
「後は、少し歩いてもらったり立ち上がるとか、そういうところだけ撮れば夏目君の撮影終わっちまうな」
誰かに向けた言葉ではなく、上条が自分の確認のように言ったものでしかなかったけれど。ソーヤが呆れたように上条を睨みつけた。
「……ホント空気読まないよね上条さんてば。それに俺の歌も、全然聞いてなかったのかよっ!」
夏目君が泣いてくれちゃうくらいに俺、今、すっごい気持ちを込めて歌ったのにっ!と憤慨するソーヤに、涼しい顔で上条が発したのは「商売優先。チャンスは逃すか」という言葉だった。視線をソーヤに向けもせず、何やらカメラを弄っている。
「…………知ってるけど。で?俺が歌ってる間、上条さんは俺の歌そっちのけで夏目君の撮影しとかてたんだ?」
「おお、見るか?いいぞこれ、このまま使えそうなくらいのクオリティだ。ま、多少編集必要だが、ああ、音声は消さないとな。まあ、元々合成だの編集だのはかける予定だったし素材としては完璧だろう。……いいものが出来そうな予感がする」
うわー、すげえムカツクっ!でもそれすぐ見たいっ!とじたばたとソーヤが暴れだす。そんな二人を見て、夏目は顔色を変えた。
「あ、あのっ撮ってたって……今、おれ、撮影とかされちゃってたんですか?」
今の今まで自分はソーヤの歌に引き込まれながら何をしていたのか。
自分から名取を呼び手を伸ばし、そして抱きしめられて。仕舞いには涙まで流して。
うわああああああああと、冗談抜きで夏目は叫んだ。
「そ、そんなもの撮らないでくださいっ!け、消してっ!消して下さいいいいいいいっ!」
必死になって叫ぶ。が、そんな夏目などきれいに無視して上条はスタッフと思われる男にそのカメラを渡してしまった。
「あーこれ、パソコンにデータ落としといてくれや。間違っても消すんじゃねえぞ、同じもん二度も撮れるとは思えねえからな」
低い声にスタッフの男は「はいもちろんっ!」と威勢よく答える。
叫ぶ夏目に答えてくれたのは、名取の「諦めなね夏目」という視線と、「上条さんの馬鹿ーっ!超すげえムカツクーっ!」というソーヤの怒鳴り声だけだった。


撮影を終えて、打ち上げと称されたスタッフ含めた大宴会も一次会のみ参加して。そうして夏目と名取は早々にホテルへと向かっていった。
「ふう……」
寒くも熱くもないぬるい空気の中をゆっくりと歩く。ホテルまでタクシーを使おうかと言った名取を制したのは夏目だった。確かに身体は疲れていた。気持ちも同様に。だが、今日知り、そして感じたこと全てが身体の中をめぐっている。熱に浮かされたようにぼうっとするがどこかぴんと張り詰めたものがあるような、そんな感覚で。だからこそ、夜風に吹かれながらゆっくりと歩きたかったのだ。
「疲れただろう?」
「いいえ……と言いたいところですけど、正直疲れ過ぎて何が何だかわからないくらいです……。みなさんすごい……大宴会で…」
撮影の疲れだけでなく。その撮影を終えた後の打ち上げと称する宴会は疲れた身体を更に限界まで疲労させた。そもそも夏目は大人に交じっての飲み会など初参加なのである。頼んでも頼んでもすぐに消費される大量のビールやアルコール。交わされる会話の際どさ。マイクなしでも歌いまくるソーヤと、並んだコップ類や皿、テーブルをドラムの代わりに叩くイチ。それに合わせて踊りまくる女性スタッフの、ミニスカートが揺れるたびにやんややんやと煽る声などなどなど。店の人の怒られないのかなと夏目が心配になったほどの大騒ぎだった。
「あはは。打ち上げだからね。まああれでも大人しいくらいなんじゃないかな?」
名取がその大宴会の様相を思い出したのか、声を上げて笑った。
「あれで、大人しい……んですか?」
呆れたように夏目は名取を見る。
「まだ一次会だからね。今度二次会三次会四次会……って最後まで参加してみる?前にねぇ、ソーヤ君なんて歌って踊って跳ね過ぎて、テーブルは壊すし、お店の天井に穴開けるし……でね、それで上条さんが弁償したってことまであったよ。まあ、あの人抜け目ないから会社の経費で落としただろうけど。笑えるエピソードもりだくさんだから」
「……遠慮しておきます」
「それが懸命かもね。夏目はああいう馬鹿騒ぎ苦手だろう?」
確かに大騒ぎは苦手かもしれない。けれど、驚きはしたけれど不快ではなかった。さすがにソーヤに手を取られ、テーブルの上で踊らされた時には叫びたくなったし、それをにこにこと眺めている名取を殴りたくはなったがしかし。
……初めて、だったな。おれ、あんなに大きな声を出したり、大人に交じって踊ったり。
面食らったのは確かだ。だが、単純に楽しかった。妖や普段の日常とかけ離れた世界。初めて出会った人たち。それに。
「でも、」
「うん?」
「おれの知らない名取さんの世界を今日は初めて体験したんだなあって……」
「夏目?」
「妖とか、そういうの見えるから……同じもの、おれと名取さんは見ることができる。だけど、今日みたいな表の仕事の名取さんておれは今まで全然知らなくて」
柊達といった使役している妖や普段夏目に向ける顔とは違う名取を今日初めて知った。
「宗谷さんとか上条さんとか普段おれの周りには居ない人たちとか知って……、歌とかすごい胸に迫ってきて……」
今まで知らなかった世界。それから、俳優としての名取の顔、ソーヤ達に向ける表情。そしてそのソーヤの歌とその言葉。それに引き込まれた時の夏目自身の感情も。
「おれ、名取さんのこと。もっと知りたいと思いましたしそれに……おれの気持ちも、ちゃんと、ええと、すぐおれ照れたり恥ずかしくて殴っちゃったりするけど。でも、ちゃんと、名取さんに伝わって欲しいって、伝わるのってホント幸せなんだなってそう思ってええと、だから……」
伸ばした指の先が繋がる幸福。奇蹟のような確率で結びついた手と手。その幸福をどうやって言葉にできるのかわからなかった。気持ちが溢れて、言いたいことが上手く言葉に出来ない。けれど、黙ったままでは伝わらない。だから夏目は言葉の代わりにそっと名取の手に触れた。手を繋いで、そしてそのまま。夏目は足早に歩く。耳が、顔が赤くなる。身体中の熱が上がって火照ってしまう。だけど、手を離すことはしたくなかった。名取はそんな夏目に引きずられるようにして足を進めて、そしてしばらくそのままではいたが、ふいにぴたりと足を止めた。
「やっぱりタクシー捕まえよう」
「はい?名取さん?」
「ごめんね夏目。疲れてるだろうけれど……、今、すぐに。一秒でも早く。私は夏目に触れたくて仕方がなくなった」
「な、とり……さん」
触れたくなったのその意味を、わからないはずはない。手を繋いでいるのだから触れ合っているじゃないかなどという誤魔化しは今の夏目もしたくは無かった。
「おれ……」
「嫌かい?」
首を横に振るのが精いっぱいで、言葉が出ない。だから、言葉のかわりに、夏目は名取にそっと寄りかかり、そして名取はそんな夏目を強く抱きしめた。

ホテルの部屋の明かりもつけないままに、二人はベッドに倒れ込んだ。
窓のカーテンの隙間から少しだけ見える街の明かり。それに照らされる名取の表情。これから先を考えれば目を瞑りたくなる。けれど、その名取の顔をずっと見ていたいとも夏目は思った。心臓が、壊れそうな勢いで鳴り響く。
「なとり……さん、」
震える手を夏目は伸ばして名取に触れる。お互いに服など全て脱ぎ去った。初めて触れる温かな肌の温度。隙間などほんの少しもないほどにぴったりと重なり合う身体に泣きたくなる。
奇蹟のようなこの時を夏目は一生忘れない、とそう思った。

4に続く




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