小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

次の日、空はきれいに晴れていた。駅のホームで夏目はぼんやりとそれを見上げる。身体は気だるく、正直立ったまま電車を待つのは辛い。けれど、胸の中は昨夜の熱がまだ残っているようで、満たされてるってこんな感じかなとさえ夏目は思う。
たった一日の出来事。だけれどもたくさんの出来事が夏目の中に鮮やかに住みついた。
歌も、そして夕べの熱も。それから今見ているこの青い空も決して一生忘れることができないのだろうな、と想いながら空を仰ぐ。すると、どこか遠くから呼ばれる声がした。
「せんぱーい、夏目君っ!」
人込みをかき分けながらソーヤが走ってやってきた。
「あれ?ソーヤ君どーしたんだい?」
ぜいはあと、肩で息をしながらも、ソーヤは「これ」と名取に四角いケースを差し出した。
「お、俺たちの、プロモの……撮ったヤツ、の、データ。昨夜あの後飲み会ん時に編集して貰って……」
「仕事早いなあ。流石上条さんだねえ」
「うん……夏目君、が、もう帰っちゃうって言ったから急いで……渡さないとって……」
「えっ?あ、ありがとうございます」
息を整えたソーヤが夏目の手を取った。
「ありがと夏目君。おかげで納得のいくのが出来ました。名取先輩と一緒に見てね」
「あ、はいっ!こちらこそ、ええと……」
「じゃーまたっ!ちゃんとメジャーデビューしたらコンサートとか招待するから来てよ。チケット絶対に送るから」
「あ、あの、色々とありがとうございました宗谷さん……」
「じゃあまたね。名取先輩もまたっ!」
手を振ってからソーヤはくるりと背を向けた。忙しなく人ごみの中に消えていくその背中を夏目はただ黙ったまま見送っていた。そしてその背が見えなくなった時に夏目が言う。
「これ、おれすぐに見たいんですけど、どうしましょうか……」
何せ夏目はパソコンなど持ってはいない。自分の女装姿など見たくはないという気持ちもあるがそれよりも何よりも、大事なことを気がつかせてくれたその時間がこの中に凝縮されているかのようで。もう一度、今すぐにでもその感情を感じてみたいと思ったのだ。
「じゃあ、私の部屋に寄るかい?一緒に見よう」
「はい…っ!」


そうしてしばらくの後、そのPVは動画サイト上に流されて、そしてそれだけにとどまらず、新発売となったとある商品のCMとして使われるようになる。
ちなみに夏目の役の少女はその可憐さに話題になったが、関係者一同には緘口令がきっちりと敷かれているらしく「謎の美少女」という扱いがなされていた。夏目のところに記者やら何やらが来ることはなく、夏目は藤原家での今まで通りの生活に戻っていた。CDの売り上げは、流石にデビューしていきなり一位とはいかなかったが、かなり良いようで、音楽番組などでもソーヤの顔を見るようにもなった。街角で、テレビで。ソーヤの曲を聞くたびに夏目は彼の言葉を思い出す。思い出すたびに、名取とお互いの気持ちを伝えあえた奇跡を大切にしようとそう噛みしめるのだった。

それから、またいつくかの季節が流れて、一通の手紙が届いた。ソーヤからのコンサートのチケット。約束通り彼は夏目と名取を招待してきたのだった。
「なーつーめー。これ、昨日ソーヤ君から届いたんだけど、手紙が同封されていてね」
手渡されたそれには確かに何やら走り書きのような非常に下手な文字が書かれていた。夏目はその手紙を手にして見る。

『ようやくあの人口説き落としたよ』

走り書きされていた一言に、夏目は驚いて名取を見た。
「名取さん、これ……っ」
夏目は勢いこんで名取を呼ぶ。口説き落とした。その文字が夏目の目に飛び込んできたのだ。
……届いたんだ、宗谷さんの気持ちが。
まるで自分のことのように嬉しくて、思わず微笑んだ。が、しかし。名取の表情は訝しげだった。
「なとり……さん?」
喜んだりしていてもいいのに、と思い首をかしげる夏目に、名取は肩をすくめる。
「夏目……、それ、最後までちゃんと読んだかい?」
「はい?」
言われてみれば書かれていたのはそれだけではなかった。慌てて、再度手紙に目を向ける。
「ソーヤ君はめげないなあ……」
あははと名取は苦笑をする。夏目は急いで続きを読んだ。

『なのにねえ、一緒に過ごす時間なんて皆無なんだよ。俺の傍になんてちっとも居てくんねえのっ!ひどいと思わない?あの人ね「もう軌道に乗ったから大丈夫だろうからお前ら後は勝手に前に進め。オレはそろそろまた別の新人発掘する」とか言ってさあああああ。俺のこと、突き放しやがってこの野郎って文句言ってもシラっとしてるしっ!』

「あ……、」
思わず声が零れて出た。

『だから俺は今度は一緒にいろよって曲歌います。歌いまくってやるチクショーっ!』

なんと言っていいのか夏目にはわからない。名取は仕方なさそうに苦笑をした。
「まあ、口説けただけでも奇跡かな?上条さん仕事人間だし」
「え、上条さんってあの……ええと、大きい人?」
「そうそうあの空気読まない人」
そうか、そうだったのか、と夏目はほっと息を吐いた。そして思い出す。あの時ソーヤに言われた言葉を。

想い合えるのは奇蹟だ。

だけど、今の夏目は更に思う。
想いあえるのは確かに奇蹟だ。けれど、そんな奇跡などには頼ってばかりはいられない。奇跡なんてそんなものはいつか消えてしまうようなあやふやなものだ。
儚いもの。
細い糸のように頼りのないもの。
想いが通じ合うのは確かに奇跡だ。けれどその先を紡ぐのは、繋いだ手を離さないでいるのはお互いの努力ではないのかと。
ソーヤは歌いまくってやると書いてきた。それを見た名取はめげないなあと笑った。
うん、おれも。
夏目は思う。
おれも宗谷さんみたいに。
あの時の夜の言葉通りに。
おれもめげないでがんばりますね。もっと強い絆を結びたいんです。決して離れないように。出会いを奇跡で終わらせないように。
手紙を大事そうにしまいながら微笑む夏目に、名取はその笑みの意味がわからなくて名を呼んだ。
「夏目?」
夏目は心の中で宗谷に向かって呟いてみる。
そうして一生、おれ、名取さんの傍に居られるようにがんばりますね。
まずは気持ちを伝えるのが第一歩。伝わったら、それで十分だというのではなく、それを続ける。奇跡なんてもののままでは終わらせない。

淡く消える光に手を伸ばす。
それだけでなく。

いつまでもその光を消さないように。

「大好きですよ名取さん」
いつまでも、そう言い続ける。




絵筆を持っているのは画家の男だ。男はカンバスに向かっていた手を少し休めるとテレビをつけた。そのテレビから流れてくる曲に合わせて男は歌う。小声で、口ずさむように。男は歌いながら、再びカンバスに向き直る。一筆一筆色を加えていく。そこに描かれているのは少女だった。テレビの中のボーカリストが高く低く歌い、そして。それに合わせて男も楽しげに歌う。だが、その表情が凍った。少女が絵の中から浮かび上がる。ふわりと出て、そしてそのまま曲に引きずられるように、テレビのほうへと向かった少女。男は思わず男は手を伸ばす。指をお互いに触れさせ合う。少女を引き寄せて、抱きしめる。そしてその頬に手を伸ばす。少女も抵抗はしない。が、少女は男の腕の中で儚く消える。一筋だけ、少女の流した涙が床へと落ちる。淡い、雪のように幻のように。呆然とする男の心情を表すかのように切ない歌が流れていく。ボーカリストは最後に歌う。心臓が痛んでも、ダメージは受けない。何があっても。決して諦めずにいつか、掴む……と。高らかな声で。届かなくても諦めない強い歌が終わる。静まり返った部屋の中。男は真っ白になったカンバスを睨む。先まで描かれていたはずの少女の姿はそこには無い。真っ白なカンバス。そして、男はもう一度絵筆を握る。一筆一筆、また初めから少女を描き始めるのだ。
また、消えるかもしれない。手を伸ばしても溶けてなくなるのかもしれない。けれど男はそれでも手を伸ばす。淡く、消えてしまったその光。
今消えたとしても、もう二度とは消えないように、強く。諦めない。
何度でも、諦めずに。繰り返す。今度こそと、何度でも。
男は少女を描き続ける。
ボーカリストは歌い続ける。
いつまでも。
諦めずに手を伸ばし続ける、その決意は「No Damage」。

‐終‐





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