小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
「…………責任を、取ってください名取さん」
重々しい口調で夏目は向かいの席に座る名取を睨んだ。
「は……?」
状況を告げるならばここはさびれて客も少ないコーヒーショップだ。そこに夏目は名取を呼び出した。そして向かい合って座ること数十分。コーヒーのオーダーをしただけでずっと夏目は無言のまま名取を睨み続けていた。呼び出した理由を聞いても無言。何かあったのかと聞いても無言。もしや何かしてしまったのかと思ってあれこれ過去を振り返ってみても名取には心当たりはない。
だがただ睨まれている。
理由がわからないままに。
そしてようやく、無言の果てに夏目が告げてきたのが責任を取れ、だ。名取にはさっぱり皆目見当もつかない。
だが、呆けているわけにもいかない。
「ええと、夏目?君に何かしてしまったのかな?」
身に覚えはない、だがしかし。何もないのに八つ当たりで睨んだり責任をなどと言う夏目ではないことはよくわかっていた。
「しました。責任とってくれますね?」
「ええと……気がつかないうちに夏目に何かしたというのならもちろん謝るし、責任が取れるようなら取るけれど……一体何をしたのかだけは教えてほしい」
「できました」
「はい?」
「赤ちゃん。病院行ったら三ヶ月だそうです……」
「は、い?」
今夏目は何と言ったか。まったくもって理解不能だった。もしや聞き間違えか耳がおかしくなったのか、それとも今日はエイプリルフールだったかなと思考をそらすがあいにく夏目の目は真剣だった。少なくとも名取に身に覚えはなかった。寝ていた夏目にキスをうっかりしかけたことはあってもそれすら未遂だ。どうしてなんで子供ができるのか。しかも男同士で何もしていないのに。
「男のおれが妊娠なんておかしいでしょう!ええもう絶対おかしいです!こんなの絶対名取りさんのせいですよっ!アンタおれにどんな呪とかかけたんですかっ!」

思考は一瞬停止した。が、すぐに名取の頭脳はフル回転を始める。
夏目に子供ができた。しかも三ヶ月。夏目は憤っているが呪などかけていない。そんなこと出来るものならとっくの昔にかけておいてさっさと夏目をモノにした。好きだと告白して一カ月、夏目からの返事は保留だ。そっと手を繋げば真っ赤になってうつむいて、それでもその手を振り払いはしなかったから返事は保留でもいつかイエスと返ってくるとのんびり待っていたのだった。そんな状態で子供など出来るわけもない。かといって夏目が嘘を言っているとも思えない。その上病院に行って三ヶ月というのであれば想像だの妄想だのの類でもないのだろう。確実に、夏目の腹には子供がいるのだ。誰の子供だとは分からないが、しかし。仮に名取以外の誰かと肉体関係を結んでいた結果であれば、こんなことを名取に告げる夏目ではない。その相手に子供ができたと告げるだろう。だが夏目はほかでもない名取に責任を取れと言ってきた。しかも呪をかけたせいで男の夏目に子供ができたなどというおかしな事態になっていると。推測するしかないが、夏目が誰かに乱暴をされたわけでも合意の上で名取以外の誰かとそういう関係に陥ったのでもないはずだ。そんなことがあれば怒りもあらわに名取に責任を取れなど言わずに、逆に名取のそばから去っていくだろう。何よりも、男の夏目に子供ができる。そんなアリエナイ事態が起こっているのだ。常識で考えても仕方がない。
ならば。
数秒後、名取はにっこりと、これ以上も無いほどの満面の笑みで微笑んだ。
「もちろん。責任は喜んで取らせてもらうよ?」
この事態を逆手にとって、夏目をモノにすればいい。名取はそっと夏目の手を取った。
「ええもう責任とって下さいよっ!こんなのおかしいんですから!さあ、さっさとこんな呪なんてといてくださ、」
い、と最後の一文字を夏目が言わないうちに名取は夏目のその指先に口づける。
「結婚しよう、夏目。一緒にその子を育てて幸せになろうね」
「は……?」
「父親としての責任は取るよもちろん。さて、忙しくなるな。まずは藤原夫妻にご挨拶をして結婚式をして……ああ、新居はどうしようか?ええとね、藤原夫妻と同居の方がいいかな?お互い学校や仕事があるし、塔子さんに子育てを手伝っていただけると助かるというか」
「は……い?」
「まあそれはちゃんと相談しないとね。じゃ、行こうか夏目?」
「どこに……ですか?」
「どこって藤原家に。もう三ヶ月なんだろう?ならのんびりしていないでさっさとしないと」
「は………………いいいいいいいっ!?」
ずるずるずるずると、名取は夏目を引きずってコーヒーショップを出ていった。


結婚をして約三年。未だに夏目には目の前の現実が信じられなかった。すくすくと育つ子供はとても可愛い。無条件で可愛いが、正直信じられないと頬を抓ることしばし。名取との同居生活も慣れた。結婚生活と言いたくないのはささやかな抵抗だ。抵抗しても無意味なのだが。責任は取る結婚をしようと言われて正直目の前が真っ白になった。夏目は名取に呪などさっさとといてくださいとそう要求したはずなのだ。なのに嬉々として藤原家に向かい、そして同居にこぎつけた。夏目が子供を産むというその事実に当初驚きを見せていた藤原夫妻も生まれてきた子供の可愛らしさに悩殺された。そう、この子どもが問題だ。いや、可愛い、可愛いのだが。
……なんで名取さんに似ているんだろう…?
じーっと夏目は自分が産んだ娘を凝視する。
すると、にぱっと笑い返してくれるので夏目もついつい笑みを浮かべてしまうのだが疑問は残る。
現在の状況は置いておいて、子供ができた当時、夏目は名取と所謂肉体的関係など欠片も結んでいなかった。キスすら未遂だった。かといって他の誰かとそんなことをした覚えがない。だからてっきり呪をかけられたとばかり思っていた。が、娘の出産時、あまりの激痛に「名取さんが呪をといてくれないからおれがこんなに痛い目にあうんじゃないんですか馬鹿ーっ!」と涙ながらに八つ当たりをしたところ「呪……も実はかけていないんだけどね。こればっかりは肩代わり出来ないから、夏目、頑張って私の子を産んでくれ」
と、うさんくさい笑顔を向けられた。
「へ……?」
と呆けているうちに生まれてしまった娘は塔子さんによって「ヒナ」と名付けられた。
過去を振り返るたびに疑問に思う。
絶対に呪だと思っていたのに名取からは出産のどさくさにまぎれて呪などではないと否定された。
……じゃあこの子は一体……?
まぎれもなく自分が生んだ娘だ。あの激痛を夢とか言ったらぶん殴りたいほどだ。
そして、生まれた子供は本気で愛らしい。塔子も名取も既にメロメロで親馬鹿路線を一直線だ。夏目とて娘を溺愛してはいる。「ぱぱ、ヒナと遊ぶの!」そう言って見上げてくる瞳の何と美しいことかと感動も覚え、うっかり拳を握ることも多いのだ。が、その目の形や鼻筋、それが実に名取に酷似していると思うたびに疑問が生じる。
……名取さんの呪でもないし、遺伝的なつながりもないのになぜ似ているんだろう……?
夏目は本気で悩んでいた。そもそも男の自分が出産というのだけでもおかしいのはわかっている。だが自分だけに似ているのならまあ、何とか納得をしてもいい。だが名取に似ている理由がさっぱり分からないのだ。
……ヒナが出来た当時は名取さんとそーゆーことしてなかったんだけどなあ…………。
やっぱり呪じゃないないのかと疑いたくなるのだが、かけていないと名取が言うからにはかけていないのだろう。そういうところで嘘を言うような名取ではないことは知っている。
はあ、とため息をつけばヒナは「ぱぱ?」と心配そうに首を傾ける。
「ああ、ごめんねヒナ。何して遊ぼうか?」
「おえかき!しゅういちパパの絵をかくの!」

紅葉のような小さな手にクレヨンをぎゅうと握って真剣に絵を描く娘はとても可愛い。目を細めながら見入っていれば、「あのね、ぱぱもお絵かきして!」とねだられた。
「はいはい。何をかこうか?」
「んーと、ヒナはしゅういちパパの絵かくのね。だからぱぱも!」
「あー、名取さんの絵ねぇ……」
手渡されたクレヨンを取ってぐりぐりと名取らしき人物を描いてみる。
……あー、描いた絵を見てもホントうさんくさそうな顔してるよなあ名取さんは。
ちなみに夏目は未だに「名取さん」と呼ぶ。事実上の結婚生活を営んでいるのではあるが決して「周一さん」などとは呼ばないし今後呼ぶ気も無い。そして名取には「貴志」などと呼んだら絶交と告げてある。理由は簡単。恥ずかしいからだ。未だ持ってしても名取との結婚生活に慣れたりはしない。むしろ月日が経てば経つほどに困惑が大きくなる。
……ヒナも、ついでに名取さんも好きなんだけどなあ…。
が、わからないのだ。
どうして自分が娘を産めたのか。どうして産んだ娘が自分にだけならともかく名取に似ているのか。
その根本原因がわからない間はどうもこうも愛情と同じくらいに困惑という感情が生じてしまう。
……考えてもわかんないことはこれ以上考えても仕方ないかもしれないんだけど……。
はあ、とため息を吐きかけて、娘の前で暗い顔だのため息をつくだのはしてはいけないなと思ったその時に玄関の方から声がした。
「ただいま帰りました」
その名取の声にいち早く反応したのはヒナである。
「あ、しゅういちパパ帰ってきた!」
手にしていたクレヨンを放り投げてぱたぱたぱたと足音も軽やかに玄関へと向かう。そんな娘の放り投げたクレヨンをきちんとしまうと、重い腰を上げるようにして夏目も名取を出迎えに玄関へと歩を進めた。

「オカエリナサイ名取さん」
ほぼ棒読みのような声で夏目が告げれば名取はきらめくばかりの笑顔を夏目に向けた。
「ただいま夏目」
ただいまのキスとばかりに近づいてきた名取の顔を軽く殴って牽制する。ひどいなと笑う名取を睨みつけるが夏目の耳は赤く染まっていた。
そんな夏目と名取の様子に気が付いているのかいないのかヒナは「ねえねえしゅういちパパ!今ね、ヒナね、ぱぱとお絵かきしてたの」と名取の手を引っ張っている。
「どれ、私にも見せてくれるかい?」
「うん!ヒナもぱぱもしゅういちパパの絵をかいたの!」
「そうか。ありがとう」
名取はヒナを抱きあげて、そして二人で顔を合わせて微笑んでいた。
……あー、ホント似てる。親子って見ればわかるくらいに似てるし。
二人の実に微笑ましい様子を見て、夏目の眉間には皺が寄った。
……ホントになんで似てるんだろう?
その疑問はいつになっても解消しないような気が夏目にはした。


2に続く








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