小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。

実のところ、夏目はずっと長いこと悩んでいたのだ。ただ疑問を直視しないようにしてきただけで。いつか真正面から向き合わなくてはいけないような日が来るとしてもまだいいじゃないかと気持ちを誤魔化して。
それに何よりも突き詰めて考えたところで答えなどでるとは思えなかったのだ。
何故男の夏目に子どもが出来たのか。
何故産まれてきた子どもが夏目だけでなく名取にも似ているのか。
それに一番の懸念は……。
考えたところでわかるわけない。夏目はヒナが描いた名取の絵を手にとって、じっとそれを凝視した。三歳の子どもが描いたにしては上手に過ぎる絵。親の欲目ではなく、事実、小学校高学年の児童あるいは中学生が描いたものだと言われても信じる人間は多いだろう。
掛けている眼鏡にかかるくらいに伸びた前髪。口角を少しあげ薄い笑顔を浮かべる顔。丁寧に描かれたそれは実に名取の特徴をよく捉え描かれているのだ。あきらかに三歳児が描けるレベルのものではない。絵だけでなく成長の速度も一般的なそれよりもひどく早い。
考えても答えなどないのなら覚悟を決めるまでだった。
……なんであろうとヒナはおれの娘だ。
夏目は絵を握りしめそうになり、そしてそっとテーブルの上に置いた。

「なーつーめっ」
「うわっ、な、何ですか名取さん!」
ふざけ混じりに後ろから抱きつかれて、夏目はビクリと身体を揺らした。
「夏目が深刻そうな顔をしているからどうしたのかと思ったんだけど」
「べ、別に。ヒナが描いた名取さんの絵がすごく上手いなって思ってただけです……って、あれ?そういえばヒナは?」
先ほどまで名取が抱き上げていたはずの娘の姿がどこにも見えない。どこに行ったのかと夏目は名取の方に向き直った。
「さっきね。夕ご飯は滋さんが帰って来てからなんだけどお腹がすいたってヒナが言ったから牛乳あげて……」
「こぼしたんですね。わかりました。ヒナ、お風呂にいれてきます」
「あ、それもう搭子さんがしてくれてるよ」
「あー……、そうですか」
「うん、だからね。……夏目は安心して悩みを私に言ってごらんよ」
悩みと指摘された夏目は顔を曇らせた。まさに今悩んではいたのだ。だがそれを名取に告げて良いものか夏目は戸惑いを覚えた。
「えっと……、別に悩みなんて、」
「あるだろう?」
俯いてしまった夏目に名取は安心させるように笑いかけた。
「いつ私に打ち明けてくれるのかなあと待っていたんだけれど、待っていたら夏目はどんどん自分だけで悩んでしまうしね。そろそろ話してくれてもいいかなあと思うけど」
「名取、さん……」
「それとも頼りならないかな?」
「そんなこと……ない、です」
呟きのような幽かな声。震えを抑えているのが見て取れた。名取は先を急がせることなくただ柔らかく夏目を抱き寄せた。言葉よりも強く名取の気持ちが伝わってくる。夏目はそろそろと腕を名取の背に回した。
「おれ……、ヒナが大切です」
「うん」
「搭子さんや滋さん……名取さんももうおれの家族だって思ってます。だけど……」
「うん」
「ヒナはなんていうか……おれがお腹を痛めて産んだのもあるんでしょうけど大事で守りたくて……」
名取はただ夏目の言葉に頷き、そして少しずつ震えを増す夏目の肩を抱いた。無理に話さなくてもいい。だけど一人で悩むことはないよと。夏目は名取の胸に頬を寄せ、ぎゅっと目を瞑った。迷いがある。この気持ちを言葉に出していいのか。けれど名取の暖かさに後押しをしてもらえたことを感じ、震えを押さえきれないまでもきっぱりと告げた。
「ヒナが何であってもおれの大事な娘にかわりありません。だけど明らかにヒナは成長が早い。何でなのか理由がわからない。だからおれは……怖いです。あっという間にヒナがおれの腕の中から居なくなりそうで……」ヒナの正体が何なのか。確かにそれも懸念の一つだ。だがそれが気になるのは不安があるからだ。例えばヒナは天使のような存在で、今すぐにでも夏目の元から天に帰ってしまうのなら。例えば物語のかぐや姫のように、ある日突然月に帰るのだと言われたら。
理屈に合わない常識的ではない考えだと一蹴されてしまうような根拠のない不安。だがそもそも男の夏目が子どもを産んだこと自体が常識的には考えられないことなのだ。ならば理屈に合わないことでも起こらないとは限らない。
夏目はヒナがいつか自分の元から淡雪のように消えてしまうのではないかと、ずっとそれを不安に思っていたのだ。
「そうか……」
夏目の告白に名取は深く息を吐いた。
「夏目、あのね。私にも確証があるわけじゃないからこれは推測でしかないけれど、それは無いって言えると思う。ヒナは……私達の娘は消えないよ」
確証はないと言いつつも名取の声は自信あり気だった。
「名取さん……?」
「寧ろ私達の何倍も何十倍も永く生きると思ってる」
「……名取さん。何か分かってることあるんですか?」
夏目の言葉に名取は首肯した。
「今も言ったけど確証があるわけじゃないよ。だけどね、多分こうだろうなというところはなんとなく見当が付いているんだ……」
「ヒナは……なんなんですか?」
夏目の声が震えた。聞きたい、どうしても。だが、名取の推測が何なのか予想もつかない。だからその答えを聞くのがどこか怖かった。
「私達の娘だよ」
きっぱりとした声。だが、はぐらかされたように夏目には感じられた。
「そんなの分かってますっ!ヒナはおれが産みましたっ!だけどそうじゃなくって……」
ヒナは消えない。むしろ夏目達より何十倍も永く生きる。何故名取は推測と言いながらもそんなふうに言い切れるのか、それを答えてほしいのだ。その答えを聞くのが怖いとさえ感じているのに、こんなふうに言われてしまえば……誤魔化しをされているのとしか思えない。夏目は震える拳を振りあげた。
「おっと、それ振り下ろすのちょっと後にして、最後までちゃんと聞いてくれないかい?」
「……名取さんが最初からちゃんと言ってくれればおれだって殴ったりしませんよ」
拳の形に手を握ったまま、それでも夏目はその拳を名取に振り下ろすのはやめた。
ふう、と一つ。自分を落ち着かせるように息を吐く。
「うん、でも先に言っておきたかったんだ。ヒナは私達の大事な娘だってね」
「そんなの改めて言われなくてもいいです。ヒナはおれの宝物です」
今一緒にこの藤原の家で暮らしている者。滋に塔子、夏目に名取、それからヒナ。それだけではない。ニャンコ先生に……滋達の目には見えないが柊・笹後・瓜姫といった名取の式達。これだけ多くのものがこの家にいる。が、血の繋がりなどは非常に薄いものかもしくはないのだ。家族、ではある。想いは確かに繋がっている。けれど、そのつながりは目に見えないし、気持ちだけのものだ。それが悪いとかいいとか血縁のほうが強いつながりだとは夏目は思わない。事実、夏目は両親を亡くした後親戚をたらいまわしにされてきた。確かに血のつながりは彼らとのほうが強いはずで、しかし家族とまでは思えなかった人たち。だが、ヒナは夏目が自分で腹を痛めて産んだのだ。はっきりとわかる絆だ。男の夏目が子を産むなど、それが現実的にはおかしいことであっても、出産のときの痛みが辛ければ辛かったほど自分の子供だと実感ができた。本当に何よりも一番繋がっているし無条件で愛せるものだとそう感じているのに。
けれど現実を振り返ってみれば、男の夏目が子を産むなどあり得ないのはわかっている。その上生まれてきたヒナは明らかに成長が早い。
大事なのだ。普通だろうがなかろうが、それは変わらない。けれど……やはり不安が夏目の心の片隅にはあった。
「うん。私にとってもね。大事な娘で大事な宝だ。本当はそれだけでいいと思っているよ」
「だけど……おれはやっぱりどこか不安なんです。ヒナがすぐにでも消えて居なくなってしまうかもしれないって。もしかしたら幸せな夢を見ているだけなのかもしれないってときどき思います」
幸せな夢。それはいくらでも見た。本当は両親が死んでいなかった。本当は妖など見ずに当たり前に学校に通った。それから、滋や塔子が本当の血のつながった自分の両親だった。夢だ。空想でしかない。けれど、そんなことをふと夏目は考えたことはあった。何度も何度も。そうであったらいいなという気持ちと共に。名取を好きになった、だから名取との子供をふと想像してしまった。出来るはずのないその子供はもしかしたら単なる夢や空想の産物なのではないのかとさえ思ってしまう。
「すぐ消えるような夢なら嫌なんです。知っていることがあれば少しでも手掛かりでもあれば……ヒナがずっとオレの傍にいてくれるようにってそうすることが出来るでしょう?」
だから、知りたいのだ。名取が何か知っているのならば。推測でも確証がないと言われても。
夏目には見えていない何かが名取に見えているのであれば、それを知って、そして。
ヒナを守れるとそう思うのだ。
夏目はこれ以上も無い真剣な目で名取を見た。その視線を受け止めて、名取は口を開く。
「夏目、私達はヒトではない存在をこの目で見る。滋さんや塔子さん……普通の人間が見えないものも感知できる」
同じ風景を見ることが出来る友人は夏目だけどという言葉を、夏目は名取と出会った頃に告げられた。何故だが今それを思い出した。
見えるモノ、見えないモノ。……ずっと夏目が苦しんできたモノ。その存在の名は。
「名取、さん。まさか……」
まさかの、その先を夏目は言葉にすることは出来なかった。
「ヒナはね……妖だよ」
名取の声がどこか遠くから聞こえてくるように夏目は感じた。

「そ……んなの嘘です。だってヒナは塔子さんにも滋さんにも見えてます。妖なら目に見えるはずはない」
「うん、そうだね」
「まさか、ヒナは……カイみたいな力を持っている……んですか?」
人に化けて人のふりを出来るほどの力思った妖。結局誤解が解けないまま山に帰ってしまったカイを夏目は忘れたことはない。今でも時折カイを探しに山へ行くこともある。まだ姿を現わしてはくれないが、作っていった花冠やタキのクッキーなどを受け取ってはくれているようで。だからまた来るよと言って何度も訪ねて行っているのだ。彼は人の中に混じり、人のように過ごしていた。ヒナも、カイと同じような力のある妖なのだろうかと夏目は名取を睨む。
「逆だよ夏目。ヒナには妖としての力も自覚も何もない」
「力がないなら塔子さん達に見えるわけないじゃないですかっ!」
激昂しかかった夏目を名取が制する。
「だから、純粋な妖ではないんだよ。瓜姫や笹後もね、妖としての特別な力をヒナには全く感じないというし。猫ちゃんも夏目にそんなことは言ってはいないだろう?ただ……人間か妖かと言えば、力ではなく存在は妖に近いとね、それが柊の意見だ。実際にヒナは成長が早いだろう?それから……柊の姿もヒナは見ているよ。笹後や瓜姫たちとよく話をしているということだし」
「わけがわかりませんっ!どういうことですか名取さんっ!」
落ち着けというように、名取は夏目の頬に手を伸ばすが、夏目はその手を振り払った。
「……たとえばね、蛍の淡い光の残像。たとえば弾ける寸前のシャボン玉のようなもの。そんなものを想像してくれるかい?消えかかる一瞬前の、残り香のようなものを。当然存在を固定するだけの力も意識も何もない。ふわふわ漂っているだけの存在を、だ」
ゆっくりと含み聞かせるように夏目に告げる。夏目は言葉一つも聞き洩らさないようにとやはり睨みつけながら名取の言葉に耳を傾けた。
「触れれば消えるほど弱く儚い存在をこの世に繋ぎとめたものがあるんだ。何だかわかるかい夏目?」
「なんです、それは……」
名取は目を細めて微笑んだ。
「私だよ。……あと夏目もだと思うけれどね」
「は……い?おれ、ですか?」
「私はね。君に告白してからずっとまあその……色々想像を巡らせたわけで」
「え?」
「すぐに夏目からは返事はなかったけれど、気持ちはね。同じだと信じていたし」
確かに告白された当時、すぐに夏目はイエスとの返事などしなかった。保留状態で居る間に体調を悪くし、病院に行ったところで妊娠三ヶ月と宣告された。そんな馬鹿なと思っても、事実として腹の中には子どもがいて、そして無事に生まれてきた。悩んだが結局のところ産むと決めたのは夏目自身だ。生まれてきた命に対する愛情もあるが、もちろん名取への好意が在ったからだ。名取との子どもであるのなら、いくら常識外の存在だとて愛して育てることができると思ったのだ。仮に子どもができたということがなかったとしても、男同士で好きだなんておかしいのではないかと悩んだとしても、好きだと思うその感情に嘘はつけない。あえて言うのなら、もしもどちらかが女性であるならばすんなりと告白を受け入ることができたのだろうなとため息をつく程度だ。
「私のほうはと言えばだねえ。夏目が女の子だったら間違いなくさっさと押し倒して既成事実を作って出来ちゃった結婚とか簡単にできるのに、男だと子どもは無理だから単なる強姦になってしまうしそれは本意ではないなあとか。私も男で夏目も男だから、塔子さん達に受け入れてもらうためにはどうしたらいいのかなあとか。いっそ何かしらの策略でも練ろうかなあとかねぇ色々。あ、そうそう、その当時は妄想でしかなかったけれど、夏目によく似た可愛い女の子が生まれたきたら幸せだなとかまあそんなことを想像して楽しんでいたわけで」
「あ、あああアンタ何考えてたんですかっ!」
「だから、ヒナが出来て妄想が現実になってとても嬉しかったよ?」
「うううう嬉しいとかじゃないですよっ!いや、ヒナが生まれてきてくれたことはおれだって嬉しいですけどだけどっ!!」
「……夏目も、考えたことなかったかい?もしも私との間に……ってさ」
返事は、出来なかった。名取に何を考えているんだと今怒鳴ったばかりだが、大同小異のことを考えたことは確かにあったのだ。
顔をさっと赤らめて下を向いた夏目の頭を名取はぽんぽんと撫ぜる。
「だから、私のその想像というか妄想というか……意識かな?それと夏目の力とかまあいろんなものがその消えようとした存在をどういうわけかこの世にひきとめてしまった上に形をなしてしまったんだよ。融合した、とでも言ったほうがいいのかわからないけれど。まあ、その結果がヒナだと思っているんだよ。言った通り、私の想像というか推論でしかないので本当はどうかと言われたら、そこは確固たる証拠はないんだけれど、ね」


3へ続く



スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。