小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
「証拠は……ないんですよね?」
夏目はやはりヒナが妖などとは思えなかった。いや、思いたくなかったのだ。名取は夏目の言葉を否定することなく頷いた。
「もちろん今言った通りに可能性が高い推論に過ぎないよ」
「そ、そう……ですよね」
「今はね」
「名取……さん?」
「ヒナは人としては成長が早い。だけどたまたまそういう子もいるかもしれない。だからまだ推論の域を出ない」
「まだ……ですか?」
名取の言い方に夏目は引っ掛かりを感じた。まだ、ならばまだの先のいつかは?ざわざわと胸の奥が沸き立つ。この先の名取の言葉を聞きたくない。だがこのまま曖昧なまま、不安を抱え続けるのも既に限界だった。
「そう。私の考えが正しいとするのならあと何年間ヒナは人より早く成長し、そこで成長は止まるだろうね。そして人よりも長い時を生きる。ヒナに妖の自覚が無いとしても成長の度合いがそれを証明するよ」
「もし本当に名取さんの言う通りなら……。ヒナはおれや名取さんが死んだ後もずっとずっと独りで生きることになるじゃないですか!そんな……っ」
孤独の辛さを夏目は身を持って知っている。藤原夫妻に引き取られる前。あの頃は大丈夫だと自分の心を偽り続けたが、今またあの頃に戻れと言われたら。戻りたくなど決してない。そしてあの頃の夏目と似たような気持ちをヒナに覚えて欲しくもない。夏目は唇を噛んで下を向く。握り締めた拳は小刻みに震えていた。だが。
「独りじゃないよ夏目。大丈夫」
名取が安心しろとばかりに夏目に向かって微笑みを浮かべたのだ。
「え……」
「柊がいる。笹後も瓜姫も。きっと猫ちゃんもね」
「にゃんこ先生達……ですか?」
「そう。それから夏目には友人と思っている妖がたくさん居るだろう?きっと彼らもヒナと仲良くしてくれる。私はやはりね、妖は今でも好きになれないし、夏目のように大事とは言えない。私の式には……情はある。猫ちゃんもね、楽しいが、ヒナに対するように無条件に好きだとは言い切れない」
知っている。名取と夏目は妖対して認識の差がある。名取は妖を憎んでいる面さえあった。名取の身体を動き回るヤモリの痣。それを疎ましく思う気持ちは今も消えてはいないのだ。
「だけどね夏目、ヒナを愛せたことでもしかしたら私も……妖を信じることができるかもしれないと、そう変わってきているんだよ」
「名取さん……」
「気持ちは変わる。状況だってね。全てが良い方向へ向かうなんて楽観的にはなりきれないけれどね。いつかの未来が明るいものだって希望みたいなものを持てる気持ちが何処かにあるんだ。それにね、ヒナは私たちの娘だよ。だからなにがあっても大丈夫。きっとどんなことでも乗り越えていってくれると信じられるんだ」
夏目は詰めていた息を吐き出した。
「楽観的……と言うよりそれじゃ単なる親馬鹿でしょう……」
「だって夏目。ヒナは私達の娘だよ?相当頑固で諦めが悪くて……めげないってふうに育つと思わないかい?人見知りもしないし素直だけれどね。一人きりにはならないよ。あんな愛らしい娘なのだから、誰か必ずヒナの傍にいてくれるだろう。一人でないのなら何があっても乗り越える力が湧いてくる。……私だってそうだ。夏目と出会ってとても幸せになれたのだから」
「頑固……ですか。確かにその点については相当名取さんに似てますよね……」
後半の言葉をあえて無視したようにヒナは名取に似ているとだけ夏目は口に出したが夏目の顔は赤かった。おれだって、名取さんと出会って一緒に暮らして今がすごく幸せだと、そんな風に口には出せないが、何よりもその顔の赤さが雄弁に語る。
「夏目だってそうだろう?ヒナは夏目にそっくりだ」
「……おれが産んだおれの娘ですから」
そっと、引き寄せられる。名取に腕の中に。夏目も名取の背中に手をまわして、ぐっと強く抱きついた。
「ひとりでため込むのは夏目の悪い癖かもしれないね。自分で解決しようとする姿勢は良いことだけど、だけどもう少し私を頼ってくれると嬉しいなあ」
決して咎めるような口調ではなかった。さらりと軽く名取は告げた。だが名取の背を掴む夏目の指ばかり揺れた。
「ごめんなさい名取さん……」
「謝る必要はないけれどね。私も夏目もお互いに言葉が足りないんだと思う。誰かに頼ろうとする事に私達はまだ慣れていないんだろうね」
夏目もそれはわかっていた。心配をさせたくない。だから黙ったままでいる。ずっとそうしてきたのだ。今まで。だけど。
「……黙っていることが、心配をかけないことではないんですよね」
わかっている。けれど、分かっていることとやれるということは別だ。誰かを巻き込むこと、それがずっと怖かった。自分のせいで誰かを傷つけるのなら自分一人で解決すればいい。そう、生きてきた。ずっとずっと。
今はもう心を許すことが出来る人たちと穏やかな暮らしを営むことが出来ている。信頼していないわけではない。大事だからこそ守りたくて、だからこそ、一人で悩んでしまう。それが決して相手のためではないとわかっていながらも既に性癖となってしまったようなそれは、悪循環だと自覚はしていても簡単には治らないのだ。わかっては、いる。
「うん。夏目だけでなく私もね自分ひとりで片を付けるクセがついてしまっているんだ。なかなか直らないけれど、少しずつでいい。一緒に直していかないとね」
頼ることと一方的に甘えて寄りかかることは違う。名取も、そして夏目も誰かに頼ることが本当に苦手だ。だから、すれ違ってきた。今まで何度も、何度もだ。
「そう……ですよね」
「ヒナのこともきっと独りでは悩むだけだ。だけど私も夏目も皆もいる。今は悩むだけだかもしれないけれど大丈夫。皆ヒナを愛して支えてくれるはずだ。私とそれから夏目の娘なのだからね。だからあの子はちゃんと幸せになる。それを信じていこうよ夏目」
不安はある。ヒトではないかもしれない存在。妖かもしれず、いつ消え去ってしまうかもしれない。逆に名取や夏目がいなくなった後もずっと独りで生き続けなければいけないのかもしれない。
わからないことが不安だった。いや過去形ではなく今でも夏目は不安を抱えている。
けれど悲観はしない。
差し伸べてくれる手がある。突き放すのではなく一緒に、と言ってくれる温かな気持ちがある。ならば、少しずつでも上手くいかなくても。前に進んでいくことが出来ると、そう信じられる。
夏目はほっと息を吐くと、ゆったりと名取に寄りかかった。
「おれ……、名取さんを好きでよかったと思います」
「な、夏目?」
「よかった……」
目を瞑り、想像をする。
成長していくヒナの姿を。 楽しげに笑いながら過ごす様子を。
名取や藤原夫妻、田沼や多軌。夏目を理解してくれる心優しい人たち。
先生や柊、そしてヒノエや三條達。妖ではあるが大事な仲間だと思える存在。
人と妖の区別なく大切だと思える者達と一緒に皆で笑いあえる未来。
それを信じることが出来る。
そんな簡単に全てが上手くいかないことなど知っている。
たとえばカイのことのように、上手くいかなかったことのほうが夏目にも名取にも多い。
だけど、大丈夫だとそう思えるのだ。
あり得ない話かもしれない。
そんなに簡単に笑いあえる未来など手にすることなど出来るはずがないのかもしれない。
だけど、それでも。
前を向くことは出来るのだ。
もう、一人ではないのだから。



……責任を、取ってください名取さん。

最初に夏目が名取に告げた言葉。ヒナが生まれてくる前のこと。あの時名取は夏目の言葉に何と答えたのか。
覚えている。

……一緒にその子を育てて幸せになろうね。

覚えている。確かに名取はそう夏目に告げた。
一緒に。
そして、幸せになろうと。

一人じゃない。一緒に、だ。

名取が、ヒナが、そして皆が居るからこそ幸せになれる。

分かってもらえないから。
普通ではないものを見えるから。
だから当たり前の幸せなんてありえない。

そうではない。

独りじゃないから乗り越えられるのだ。



目を開けて、名取を見る。浮かんでいるのは少し不器用な、それでも優しい笑顔だった。


一緒に幸せになろうね。


大丈夫。一緒に居る。ありえないなんて思わない。


「ありがとう名取さん」
目を細めて、夏目は名取に笑顔を向ける。俯くことなく真っ直ぐに。
独りじゃない。皆が居る。名取の言葉を信じられる。それがとても嬉しいのだ。


現実にはあり得ないかもしれないけれど、物語の結末はいつも「そしていつまでも幸せに暮らしました」


だから、ここで幸せになる。なることができる。


一緒に幸せになろうね。


はい、おれは今幸せです。幸せになりました。

今も、今だけじゃなくこれからもずっと。



‐ 終 -






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