小説・2

BL二次創作&創作。18歳未満の方はお戻りください。無断転載厳禁です。
*オリキャラ注意


手を伸ばせば淡く溶ける。
溶けて、そしてその先は何もない。
男はそれでもそれに手を伸ばす。淡い光となって消えるそれに。


「ぷろもーしょん?ってなんですか?動画サイト……?」
日本語として、単語としてはわかる。だが夏目には名取の言葉がさっぱり理解できなかった。
「そうなんだ。私の俳優業のほうのマネージャーが目をかけているインディーズバントのね、新曲の内容に合わせてストーリー性のあるPVを作ってね、それを動画サイトで流して。人気が出たらメジャーデビューさせようという目論見で。それでね私がそのPVに出演することになったのだけれどもね」
「はあ……」
妖払いの仕事ではなく、表の俳優業の、何やらよくわからないけれどまあそういう仕事があるんですね名取さんも大変だなあ……、と夏目はぼんやりと名取の言葉を聞き流していた。
「画家が絵を描いていて、その画家の役が私の役柄なんだけれど。その絵に描いていたはずの女の子が絵の中から出てきて、男はその女の子を追いかけて捕まえる。だけど、捕まえたと思ったらその女の子は消えてしまったという感じの内容なんだけど」
「ええと、ファンタジー系の話……なんですか?」
「そう。その女の子がまるで妖精のようというべきなのかふわりという感じで現実感がないというか浮遊感のある感じで、且つ透明感も持ちあわせていて……。絵の中から生まれても、そして消えても違和感がないとかまあそういう雰囲気の子を探していてね」
「はあ、そーですか」
「だけど条件に合う子がなかなかいなくてね」
「それで名取さんそんなに憔悴しているんですか?お仕事大変ですね?」
愚痴くらいなら聞いてもいいが。それよりもおいしいものでも食べて元気出しましょうと建設的な発言をしようとしたところで名取は夏目の手を取った。
「だから夏目、助けてくれないか?」
「は?」
「夏目の写真を見たプロデューサーがね、イメージぴったりだと」
「……ちょっと待ってください名取さん。おれの写真ってどういうことですか?」
「頼む夏目。引き受けてはくれないか?」
じっと、掴まれた手を見つめ、そしてそれから夏目は名取を思いっきり睨みつけた。
「名取さん、おれの写真ってどういうことですかと今おれは聞いたんですが?」
「……プロモのほうの出演を、引き受けてくれたら教えてもいいよ?」
睨まれたくらいではビクリともしない名取の厚顔さに、呆れ果ててため息をつく。
「おれ、名取さんに写真なんか撮られたことなんてないですよね。もちろん藤原家に引き取られてから塔子さんや滋さんや……学校とかで多軌とか西村とかにとられたのとかありますけど……。隠し撮りとか、名取さんがしたんですか?」
撮られ慣れていない夏目の写真など、ほとんどが引き攣った顔か困った表情のものばかりだ。そんなぎこちないものを見て『プロデューサーがイメージぴったり』などというわけはない。夏目は一歩も引かない構えで名取を睨み続けた。
「猫ちゃんにねえ、報酬としてロケ先の各種有名どころの銘菓を差し出して……ね、」
あははと笑って言葉を濁されたが、後は言われずとも分かる。あの食欲魔人の先生が、銘菓を報酬にして自分を隠し撮りしたに違いない。そしてその写真を名取が所有しているのだ。がったんと音を立てて、夏目は立ち上がった。
「どこに行くつもりかな夏目」
掴んでいた手を離さないで良かったと思いながら、名取は夏目に問う。
「…………ちょっと藤原の家に帰ってにゃんこ先生ぶん殴ってきます」
食べ物ごときで自分の売ったのかと夏目は憤慨した……ふりをして、プロモーションビデオのことなど誤魔化すつもりでいた。が、名取はにこりと笑むと、更に強く夏目の手を掴んだ。
「引き受けてくれるね?」
にこ、っとまた一つ笑顔を重ねる。
「う……っ」
「夏目?」
「や、です……」
「なーつーめ?」
「今の話の流れからすると、その女の子の役柄をおれにして欲しいってことなんでしょう?」
「その通りだよ夏目。きっと似合うよ。絵から飛び出してくるような透明感のある子だからね」
「女の子の役柄なんて冗談じゃないです。嫌だったら嫌です。それに動画サイトで流すんでしょう?そんなおれはご免こうむります」
「顔とかあまり映らないから。それに……妖払いの仕事じゃなくて、表の仕事で夏目と一緒に居られる機会なんてめったにないだろう?私の我儘なんだけどね、撮影にかこつけてなんだけど、本音を言うと一度くらいでいいからゆっくりとね夏目と一緒に過ごす機会が欲しいんだ。藤原さんには私のほうからお願いするから。だからね、夏目。私の我儘を聞いて切れないか?撮影の期間は一泊か二泊かその程度だけれど泊まりがけになるから。撮影の合間とか、一緒に過ごせる時間はかなりあると思うんだよ。私はね、夏目と……もう少し長く一緒に居たいんだ……」
困ったように、けれど真剣な眼つきで。名取に言われて夏目は再び「うっ」と詰まった。
そんな役どころで、しかも大勢の人の目に触れるような動画に出演などたまったものではない。だが、コイビトという関係になったばかりの名取に、迫られれば顔が赤くなってくるのがわかる。一泊か二泊。その言葉が夏目の頭の中にぐるぐると回る。
「ううううう、」
俳優としての仕事での泊まりなのだろうから他意は無い……はずである。だが、しかし。名取の口から一緒に過ごしたいだの一泊か二泊の泊まりがけだのと言われれば、その先を考えずにはいられないのだ。
「ううううううううううううううううううう……」
唸ってはみたが、顔どころか全身真っ赤になっていれば夏目が今何を考えているかなど名取にはお見通しだろう。

結局。断り切れずに夏目は、名取に引きずられて、撮影先まで赴くこととなってしまったのであった。

空を仰ぎ見てみれば、そこにあるのは青い色と白い雲。そんな穏やかな景色ばかりを見てきたわけではない。都会と称される場所で暮らしたこともある。
だが、なのである。
空を隠すようにそびえ立つビルの群れ、何よりどこからこんなに湧いて
出てきたのかと思うくらいの人・人・人……に眩暈がする。藤原の家のある田舎とは真逆なその都会の風景。スクランブル交差点の信号待ちをしている間に視界に映る人々を数えているだけで気が遠くなりそうだった。その交差点を自分が横切るのも一苦労である。ぶつかるのだ、他の人に。せかせかと歩く背広姿の男を避けた途端にけばけばしい化粧を施した女子高生にぶつかってしまい、すみませんと頭を下げようと足を止めれば腕を組んでというよりもひっついて歩いていたカップルに邪魔と睨まれる。あたふたと人ごみに翻弄される夏目の腕を名取は無理矢理に掴み、ぐいぐいと足早に歩かせる。
「え、……っと名取さ……」
ぶつかってしまったのに謝ってもいないんですけど、と言おうとしたところでそのぶつかった相手など人ごみにまぎれてもう見えない。
「いいから。ぶつかったくらいで足を止めてたら何時まで経ってもたどり着けないからね。まあ、我慢して?」
「はあ……」
新幹線だの電車だのを乗り継いでやってきたこの街は夏目にとってわけの分からない人の多さだった。
……今日はなんかお祭りとかイベントとかあるんだろうか?
半ば茫然としている間にも名取に手を引かれずんずんずんずんとやってきてしまったのは本日宿泊予定のホテル。
「宿泊手続きしてくるから夏目はここで座って待っていてね」
「はあ……すみません」
正直ホテルにたどり着いた時にはすでに疲労困憊していたのだ。だからロビーのソファに腰をかければもう動きたくないほどだった。
「夏目、荷物だけおいたらすぐに出かけるけど……。大丈夫かい?人ごみに酔ったかな?」
心配そうに見つめる名取に「すみません」とだけ答えるのも億劫なほどだった。
「あー、夏目はこのままここで少し休んでいていいよ。着替えとかの荷物だけ部屋に放り込んでくるから。ホントは少しくらい横になったほうがいいのかなと思うけど、時間がないからごめんね?」
そう言って名取は夏目の荷物を持ち上げた。
「す、みません名取さん……」
「構わないよ。少しだけだけど、ここで休んでいて」
すたすたと二人分の荷物を持って去る名取の背に視線をやりながら、夏目はソファに沈み込んだ。

ホテルからタクシーを使ってやってきたのはいわゆるライブハウスというものだった。狭く薄暗い階段を地下まで下りる。そしてその扉を開けた途端に夏目の耳に飛び込んできたのは腹の奥まで響くようなドラムの音だった。爆発音に似たそれに、夏目は咄嗟に耳を塞ぐ。
「うわっ!」
音の発生源はステージの上に組まれているドラムセット。そこでスティックを力任せに振り回しているように叩きつけている男は、入ってきた名取と夏目に気が付きドラムを叩く腕を止めた。
「遅いっすよー、名取さんっ!つかお待ちしておりました~」
手にドラムスティックを持ったまま、ステージから名取達の居る入口まで走ってやってくる。
「やあ、ごめんね遅くなって。今、は……」
「ういー、練習中っす!名取さん来ねえと撮りも出来ねえってか。あ、ソーヤは寝てますそこで」
そこでと言われた先には壁に寄りかかっていびきをかいている青年が居た。その彼がソーヤと言うらしいと夏目は思った。あんなウルサイドラムの音の中でよく本気でいびきをかくくらいに熟睡できるものだと感心する。名取はそのソーヤと呼ばれた青年のほうに歩み寄り、その髪をぐしゃぐちゃに撫ぜた。
「おーい、ソーヤ君。お待ちかねの名取さんが来ましたよ、起きなさいね」
自分で自分のことを「名取さん」などと「さん」をつけて呼ぶなと心の中で突っ込むをする。何故だかわからないが不機嫌な気持ちが少しばかり夏目の胸の中にあった。
「んんんんんん?なと……り、先輩?」
ソーヤは目を瞬かせると、くわあと大きな欠伸をした。それからにこお…と無防備に笑い、名取に抱きついた。
「名取先輩っ!」
抱きついてきたソーヤを振り払うわけでもなく、そのまま名取はソーヤの髪をわしわしとかき混ぜる。
「はいはいはいはいキミは相変わらずだねえ……」
仕方なさそうに微笑んだ名取の顔から、このソーヤという青年が名取の親しい相手と言うことが知れた。
……名取さんの俳優業のほうのマネージャーさんが目をかけているインディーズバンドの人って聞いてたんだけど。
夏目は先ほど覚えた不機嫌な気持ちが一気に膨れ上がるのを感じた。
……先輩ってなんだよそれ。
抱きつくのはいい。だが、名取がそれを受け止めて、髪まで撫でるのがものすごく不愉快だった。が、それを言葉にできるはずもない。夏目は一人置いて行かれたような気分で名取とソーヤと呼ばれた青年を睨む。
が、しかし。
「おおおおおお?その子?その子が名取先輩のご自慢のっ!」
睨んだ先のソーヤからにこやかな視線を向けられて、夏目は「へ?」と戸惑った。とまどったのは夏目のほうに突進という勢いで、そのソーヤという青年が走り寄ってきたからかもしれない。
「うっわー、可愛いなあ可愛いなあ、さっすが名取先輩のコイビトサン!」
両腕を取られてブンブンと振り回される。
……何かおかしな単語が聞こえてきたような気がする「コイビトサン」って聞き間違え……かな?
先まで芽生えていた不機嫌が吹き飛ばされるかのような邪気のない歓待の様子。
「ええとですね。今回はお世話になります。俺はボーカル担当の宗谷って言います。あっちのドラムのヤツはイチって呼んでやってください。後のメンバーはそのうち紹介しますねって、それはどうでもいいや。ホント可愛いな~可愛いな~」
……可愛いと連呼しなくてもいいじゃないかと女顔にコンプレックスのある夏目はまたもやムっとしかかった。
「はいはいソーヤ君。それは私のだから勝手に触らないように」
すっと、腕を取られて今度は名取に抱き寄せられた。
「な、なとりさ……」
「私は心が狭いからね?いくらソーヤ君でも夏目に手を出したらタダじゃおかない」
本気で、どす黒い暗雲を背負っている名取に、それでもソーヤはにこにことした笑みを崩さない。
「やっだなー、名取先輩ってば独占欲丸出し~」
「……悪いかい?」
「いーえ!そんな名取先輩珍しいってカンジ~ってくらいでっ!」
「…………ソーヤ、君?私が夏目を連れてこんなところまでやってきたのは誰のためか覚えてるかい?」
「そりゃあもうっ!名取先輩にもマネージャーさんにもホント俺達のバンドのためにありがとうっ!感謝感激!このご恩は俺達がバリバリ売れてから出世払いっ!先輩と恋人さんの結婚式には呼んでね♪」
「……………………ソーヤ君、」
いい加減にしろと誰かがキレる前に、名取とソーヤの間にイチが割り込んだ。
「あーのー。プロモ撮り、しないといけねえんですからさっさと準備してくださいよー」
気がつけばこのイチとソーヤ以外のメンバーも、そしてそのプロモ撮りに関係のあるであろう何人かの人間が、ぐるりと名取や夏目たちを取り巻いていたのであった。



2へ続く




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